権田郁蔵日記 第2話




 権田郁蔵が女性のおしっこに興味を持ったのは、小学校に入学して間もない頃であった。
 一人っ子の郁蔵少年は、毎日のように隣に住んでいた3年生の尚子ちゃんといっしょに遊んでいた。
 郁蔵少年の両親は共に大学の教授で、2人共家を留守にしがちだったので、郁蔵少年が小学校から帰ってくると家にはお手伝いさんがいるだけという事が多かった。
 隣の尚子ちゃんは電車で私立の小学校に通っていたので、近所に住んでいる友達がいなかったという事もあり、学校から帰ると郁蔵少年の家に遊びに来て毎日夕食の時間まで2人で一緒に過ごすようになっていった。
 2人は広い家の中でおままごとのような事をしたり、外に出て近所の空き地で秘密基地をつくったりして姉弟のようにいつも仲良く遊んでいた。

 それは夏休みが終わって秋が訪れる前の少し曇った日の事だった。
 2人は家から少し離れたところにある草の生い茂った空き地で、新しい秘密基地を作っていた。その空き地一面に生い茂っていた草は2人の背丈の1.5倍ほどはあって、小さな2人はまるでジャングルを突き進むかのようにその茂みの中をワクワクしながら探検していた。
 2人が入ってきた茂みの入り口からどのくらい進んだのであろうか。目の前に直径2メートルほどの空間がポッカリと現れた。ちょうどそのあたりだけは草があまり生えていなかった。
「ナオちゃん、ここをあたらしい基地にしようよ」

 それから毎日2人はその何処からも見えない2人だけの秘密の空間に、お菓子やマンガ本を持ち込んで日が暮れるまでの時間を過ごしたのであった。
 そんなある日、郁蔵はおしっこがしたくなって、
「ナオちゃん、ぼく基地のおトイレつくってくるね」
 と言って、そこから茂みの中を少し進んだところに来ると、生い茂っている草を根元のあたりから足で踏みつけて、小さな空間をこしらえた。
 よし!これでいいや。
 郁蔵はズボンを降ろすと、溜まっていたおしっこを一気に放出した。
 すっきりとした郁蔵は、基地にもどると、
「ナオちゃん、基地のおトイレつくってきたからね。ナオちゃんもつかってね」
 と言った。
 すると、
「うん、ありがとう。でも女の子は外でおしっこ出来ないんだよ」
 という返事が帰ってきた。

 その夜、郁蔵少年は布団に入ってずっと考えていた。
 ・・・「うん。でも女の子は外でおしっこ出来ないんだよ」・・・
 なんでおんなのこはそとでおしっこできないんだろう・・・
 おちんちんがついてないとそとでおしっこできないのいかなあ???

 その日から郁蔵少年の頭の中では『おんなのこのおしっこ』の謎が右往左往し始めたのであった。
 どうしておんなのこはそとでおしっこできないんだろう?

 そんなある日、2人が秘密基地で家からこっそり持ってきたお菓子を食べながらマンガを読んでいると、尚子ちゃんが、
「ねえ、郁ちゃん、基地のおトイレどこだっけ?」
 と聞いてきた。
 郁蔵は、
「えーと、そこからはいっていくんだけど」
と 言って、立ち上がり、
「こっちだよ」
 と言って、尚子を手招きした。 
 生い茂った草をかきわけて秘密基地のトイレにつくと、郁蔵は、
「ここだよ!」
 と、少しだけ草が踏まれて空間が出来ている場所を指差し、尚子にむかって言った。
「ありがとう。じゃあ郁ちゃんは基地にもどっていてね」
「うん」
 郁蔵は基地に向かって歩きはじめたが、途中で、なんともナオちゃんの事が気になってしょうがなくなってきた。

 ナオちゃん、あそこでおしっこするのかなあ。
 おんなの子はそとでおしっこできないっていってたのに。
 どーやってするんだろう。

 ナオちゃんの事が気になってしょうがない郁蔵少年はUターンをすると、抜き足差し足でナオちゃんのいる方へ戻っていった。
 基地のトイレではナオちゃんがスカートをまくって、白いパンツを降ろしながらしゃがもうとして中腰になっているところだった。
 郁蔵は始めて目にするその光景に、思わず唾を呑んで全身が固まってしまった。

 ナオちゃんはしゃがみこむと同時に「ショワー」という音をたてておしっこを始めた。
 郁蔵は思わず身をのり出してしまい、ガサガサと草の音をさせてしまった。
 ナオちゃんは郁蔵に気がつくと、
「あー、郁ちゃん見ちゃだめー。あっち行ってて!」
 と叫びながら基地の方を指差した。

 結局その場で固まったまま、郁蔵はナオちゃんの放尿の一部始終を見てしまった。しゃがんだ両足の間から前方に向かってすごい勢いのおしっこが地面に吸い込まれていくのと同時に、ちいさなおしりの方からもおしっこの滴がポタポタとたれていた。なんだかすごくいけないものを見てしまったような気がして、心臓がドキドキとしてしばらく止まらなかった。
 ナオちゃんはおしっこが終わると、そのままパンツをあげて、何事もなかったように基地に戻ってマンガの続きを読み始めた。

*   *   *

 さてさて、再び権田郁蔵の書斎である。
 机の上の2台のモニターには優里たちのいる部屋がそれぞれ別の角度から映し出されている。優里は白いTシャツに明るい黄色のミニスカートを履いていた。椅子に座り両足を交差させて机に向かって文献を翻訳しているが、交差された足先は先程から小刻みに動いていた。
 隣に座っているササキヒロシは、黙々と机に向かってシャープペンを走らせている。
「あのー、すいません」
 優里はついに自分の左隣に座っているササキヒロシに声をかけた。耐え続けていた尿意がもう限界だった。
「はい?」とササキヒロシは爽やかな顔を優里に向けた。
 優里は恥ずかしさを忍んで、
「あの、お手洗いどこだか知ってますか?」と聞いた。
「えっ、いや、僕もここに来たのは初めてなんで、、、」
 と、いかにも申し訳なさそうな返事が帰ってきた。
「あ、そうですか。じゃあちょっと探してきます」
 そう言うと優里は椅子から立ち上がり部屋の入り口のドアに向かって歩きはじめた。
 膀胱がもうパンパンで、どうしても前かがみになって摺り足になってしまう。
(ああ、私がトイレに行くという事がササキさんにわかっちゃった、、、)
 そう思うと、優里は恥ずかしさのあまり全身の血液が頭にのぼって行くような感覚を覚えた。優里は部屋の入り口まで歩くとドアノブをまわしたが、押しても引いてもドアは開かない。
「あれえ」
 と言ってドアノブをガシャガシャやっていると、ササキヒロシが、どーしたの?という表情で優里の方を振り返った。
「なんか、ドアが開かないんですけど、、、」
「えっ」
 ササキヒロシは椅子から立ち上がり優里の方に歩いてきた。
 ドアノブをまわしてみたが、やはりドアは開かなかった。
「おかしいなあ、開かないですねえ」
 ササキヒロシはドアノブの横のドアの隙間や把手の鍵穴を覗いてみたりしている。
 優里は前かがみのまま両足を固く閉ざしている。
 ドアの横にはセキュリティー会社のマークのはいった操作ボタンが付いていた。
「さっき権田さんがお出かけになる時にセキュリティーのロックがかかってしまったんですかねえ?」
 とササキヒロシは淡々とした口調で優里に言った。
 優里とササキヒロシは壁に掛かっている時計を見た。
 2時44分。
「もうすぐ権田さん、帰ってくるんじゃないですか。それまでお大丈夫ですか?」
 とササキヒロシは優里を見て言った。
「あっ、はい、そうですね」
 と言って、なんだか恥ずかしさで一瞬尿意を忘れて優里は再び机についた。

 再び椅子に座ったものの、気がつくと優里の尿意はますますつのって来ている。隣のササキヒロシは今までと同じように黙々を翻訳をしている。
(ああ、マジでやばいなあ。おしっこ我慢できないかもしれない)
 優里は先程から危険信号を送り続けている自分の膀胱の事を想像した。
(ああ、おしっこしたい。まいったなあ。私の膀胱っておしっこどのくらい溜められるんだろう、、、)
 足をきつく組んで、前かがみの姿勢でとりあえず椅子に座っているものの、シャープペンを握った優里の手はさっきからまったく動いていない。

 こんなにトイレを我慢するのは生まれて初めてかもしれない。
 優里はまた壁の時計を見た。
 2時49分。
 朝、家を出る前にトイレに行ったのを思い出した。
 ここに来てからはもちろんトイレには行ってない。
 それにしても先程から急激に尿意が増している気がする。

 優里は小学校5年の時、授業中にものすごくオシッコを我慢した事があったのを思い出した。
 たしか1、2時間目が水泳の授業で、そのあとの算数の授業中にものすごくオシッコがしたくなったのだった。教室の正面に掛かっている時計を見ると、授業が終わるまでまだ20分あった。隣に座っていたSちゃんに、
「おトイレ行きたくなっちゃった」
 と囁くように言うと
「先生に言って、行ってきなよ」
 と言いながら、まるで自分の事のように心配してくれた。でも、その算数の先生は結構きびしい年輩の男の先生だったし、なによりクラスの皆の前でトイレに行かせてください、とは恥ずかしくてとても言い出せなかった。
 その時は両足をきつく組み合わせて、体中を小刻みに揺すりながら必死の思いでチャイムがなるまで我慢して、終業の礼が終わるやいなや走って教室のドアを開けると、トイレに向かって突進したのだった。
 女子トイレの個室にはいってドアを閉めて、あわてて便器をまたいでパンツを下げると同時に我慢に我慢を重ねたオシッコが白い便器に音をたてて勢いよく迸った。
 あの時は本当に我慢した。
 固く組み合わせた足を 机が揺れるほど激しく揺すりながらオシッコを我慢した。揺すっている足が何度か机に当たってガタンッと音がしてしまい、2度ほど前の席の男子が優里の方を振り向いた。
 おそらくたぶん、その男子生徒には優里が必死でオシッコを我慢している事がばれていたに違いない。授業の最後の5分くらいは、羽織っていたカーディガンを膝にかけると、まわりからわからないように右手をスカートの中にいれて、パンツの上から自分のあそこを思いっきり押さえて尿意を耐えつづけた記憶がある。

 優里は再び壁の時計を見た。
 2時55分。
(ああ、早く権田さん帰ってきて!)
 限界状態の尿意を耐えながら隣のササキヒロシに目をやると、彼は相変わらず机にむかって黙々と作業を続けている。固く交差された足の付け根にある優里の小さな水門は、かつて経験したことのない位の水圧をかろうじて耐え忍んでいた。もう、机の上のフランス語の文章など何も目に入らない。


戻る

目次へ

次へ