権田郁蔵日記 第3話




 ササキヒロシは壁に掛かっている時計に目をやった。
 時計の針は間もなく午後3時を指そうとしている。
 さっきから右隣に座っている高校生の女の子の様子が気になってしようがない。どうやらずっとトイレを我慢しているようで、足を組んでずっと貧乏ゆすりのように足を動かし続けている。彼女は先程トイレに立とうとしたが部屋のドアが開かず、あきらめて再び椅子に座っているのだった。
 あれから15分ほど経とうとしている。
 ササキヒロシは時折チラっと彼女のほうに目をやって気にしていたが、ペンを持った彼女の指先は白い紙の上をまったく進んでいない。
 ササキヒロシは彼女の事が心配になってきた。
 このままこの邸の主人が戻ってくるまで我慢できるのであろうか?
 彼女がさっきから我慢しているのは大きいほうなのか小さいほうなのか、どっちだろう?
 そう考えると、まるで自分の事のようにヒヤヒヤして来た。
 だが、今の自分には彼女を苦痛から解いてあげることは何もできない。
 せめて気の利いた言葉でもかけてあげられないものだろうか。
 こんな時、どうすればいいのだろう。
 しかも相手は年ごろの女の子である。
 このままここで彼女がおもらしをしてしまったらどうしよう。最悪だ。大きいほうでも小さいほうでも、とにかく粗相をしたら絨毯を汚してしまう事になるし、だいたいこんな年ごろの女の子が人前で粗相なんて恥ずかしくて耐えられないだろう。
 何とかしてあげなくては。彼女は確かユリという名前だったような記憶がある。
「あのー、ユリさん?でしたっけ」
 ササキヒロシは思いきって彼女に声をかけてみた。

 えっ、今だれか私の名前を呼んだ?
 尿意を我慢し続けててまっ白になっている頭の中の遠いところから突然自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
 びっくりして声のした方を振り向くと、隣に座っているササキさんがこちらを向いている。
「あのー、権田さん帰ってきませんねえ」
「ええ」
「あのー、お手洗い大丈夫ですか」
「えっ、あっ、はい、なんとか」
 私は恥ずかしさで顔が真っ赤になってしまった。
 隣にすわっている、初対面の男子学生に自分が必死にトイレを我慢している事が思いっきりバレている。
 ササキさんは心配そうな顔をしてこちらを見ている。
 もう恥ずかしさのあまりこの場から消えてしまいたい。
 だが、そんな事出切るはずがない。おまけに膀胱からの凄まじい水圧を耐え続けている私の尿道口は、いまにも決壊寸前だ。もう、じっとしている事は不可能で、恥ずかしい事に机の下の両足はさっきからすごい早さで上下に揺れ動いてしまっている。とにかくそうしないと、もう耐えられない状態になっていた。この尿意の苦痛からなんとか解放される方法はないのだろうか。このまま、おもらししてしまったら大変な事になってしまう。しかも男性の目の前だ。 もし同じ部屋にいるのが自分と同じ女性だったら、状況は随分ちがっていただろう。
 ササキさんは椅子から立ち上がると部屋のドアの方へ歩き、再びドアノブをガチャガチャいじっている。どうやら私の事を心配してくれているようだ。しかしドアが開く気配はない。
 ドアを開けるのをあきらめたササキさんは今度は部屋の窓まで歩くと、アンティークなつくりの窓ガラスを開けて、そこから上半身を乗り出して外を見ている。
(ああ、もうオシッコやばいよ、どーしよう)
 数分前まで全身に鳥肌が立っていたが、今はうっすらと脂汗が出てきている。
 私は床に置いてあるバッグを取ると、中からハンカチを取り出してササキさんにわからないようにミニスカートの中に手を入れて、パンツの上から股間にあてがって強く押さえた。そして股間を押さえている右手を隠すように、膝の上にバッグをのせた。もう、いつ自分のアソコからオシッコが滲みでてきてしまってもおかしくない状態だ。

 窓から乗り出した上半身を引っ込めて私のほうへふり返ったササキさんは、
「だめだ、ここからじゃどうやっても外へ出れそうにないです。2階といっても普通の住宅の2階より随分高くて、とても飛び降りられる高さではないです」
 と言って今度は部屋の中を見渡している。
 彼は私を2階の窓から外に脱出させようと思ったのだろうか。
 だが、仮になんとか飛び下りる事の出来る高さであっても今の私にはそんな事はほとんど不可能だ。たぶんもう普通に歩くだけの振動が伝わっただけでも耐えられないほど私の膀胱にはオシッコが溜っている。ましてや、飛び下りて着地などしようものなら、その瞬間にすべては終わってしまうに違いない。
「あの、失礼ですけど、お手洗い、大きいほうでしょうか、小さいほうでしょうか」
 とササキさんが聞いてきた。
「えっ、あの、小のほうなんです・・・」

 僕は彼女が我慢をしているのが大のほうではなく小のほうだと聞いて少しだけほっとした。
(おしっこかあ、どーすればいいんだろう?)
「あの、まだだいじょうぶですか?」
 と、とりあえず聞いてみた。
「はい、でも、あの、ずっと我慢していたんで、あの、もうダメかもしれません、ゴメンナサイ」
 ユリさんは懇願の眼差しでこちらを見ている。
「すいません、もうカナリやばいんです。本当にもうダメかも、、ゴメンナサイ」
 彼女は泣きそうな顔になっていた。体が小刻みに揺れている。
 本当に我慢の限界のようだ。一刻も早くなんとかしてあげなければ。
 もし自分が彼女の立場だったらどうすればいいのだろう?
 自分だったらオシッコだからビニール袋か何かににしてしまうか、最悪、窓から外に向ってすればいい。ああ、男はいいけど女性ががそんな事・・・
 不覚にも一瞬ユリさんが自分の前でパンツを降ろして放尿するところを想像してしまった。今日始めて会った高校3年生のとても可愛い女の子が、自分の前でオシッコをするなんて・・・
 (何てことだ、僕としたことが。彼女が必死なのに変な事を想像してしまうなんて)
 彼女に目をやると、下を向いてどうやら右手で股間を押さえて一生懸命我慢をしているようだ。
(ああ、どうすればいいんだろう。とにかく、今は一刻でも早く何かいい案を考えなくては)
 これはまぎれもない非常事態である。僕は何とか彼女の苦痛を解いてあげる方法はないものかと、必死で部屋中を見渡しながら歩きまわる。
(あっ、これはどうだろう)
 先程まで作業をしていた机のわきに白いプラスチック製のゴミ箱があった。中はからっぽだ。
(僕だったらこれにしてしまうんだけどなあ、女の子じゃどうかなあ)
 でも、もう他に考えられる選択肢は今のところない。とりあえず彼女に言ってみよう。
 僕はそのゴミ箱を手に取ると彼女に言った。
「あの、、、もし最悪我慢できなくなったらこれにしちゃいなよ。僕は後ろを向いて部屋の隅に行ってるから、、、」

 ササキさんは白いプラスチック製のゴミ箱を持ち上げて私の顔を見ていた。
「あっ、はい、ありがとうございます」
 ササキさんが私のすぐ横にそのゴミ箱を置いてくれた。
 そんな、男の人の前でそんな事できるわけないよ。
 ああ、でももうオシッコ我慢できない。限界だ。
 ひとりだったらあのゴミ箱に思いっきり・・・

 その時、耐えに耐え続けていた優里の小さな水門から一瞬、ダムの限界量を超えたオシッコが滲み出た。
 ああ、ダメー!
 優里は全身の力を水門に集中させた。
 だが、もはや彼女の小さな水門の力だけでは限界をこえたダムの水圧を押さえる事は不可能だった。優里は股間を押さえている右手の中指に力を入れて、割れ目の中心を思いきり押さえた。何とか一時的に水流を押さえる事は出来たが、額から脂汗が吹き出してきた。股間に当てているハンカチは滲み出てしまったオシッコであたたかい。
 ああ、これ以上はもう無理だ。
 もれちゃう。もうダメだ。
 優里は椅子から腰を浮かせて、中腰のまま左手で横のゴミ箱をつかんだ。
「ゴメンナサイ!ササキさん、もうダメです!」
 視界の隅に、ササキヒロシが部屋のドアの方に遠ざかっていくのがわかった。手にとった円錐形の白いプラスチック製ゴミ箱の中はビニール袋も入ってなく、本当にからっぽだった。ササキヒロシがドアの方に離れたとはいえ、同じ部屋の中でパンツを降ろして下半身をむき出しにする勇気は優里にはなかった。
 優里がゴミ箱にまたがると同時にパンツの中にジワっと暖かいものが溢れだした。
 ドアの方を振返ると、すまなそうなササキヒロシの後ろ姿があった。
「おねがい!耳も塞いでてください!」
 と同時に黄色い水流が勢いよく迸った。優里は急いでパンツの股間の部分を横にずらした。

「おねがい!耳も塞いでてください!」
 後ろからユリさんの声がした。ドアの前に立って彼女に背を向けているが、なにぶんこんな事は生まれて初めての状況なので心臓がバクバクしてきた。とりあえず両耳に手を当てて、耳を塞いでいるふりをした。
『しゅっ』
 という小さな音がしたかと思うと、
『バタバタバタ』
と水流がゴミ箱の底を打つ激しい音がした。
『ばたばた』とプラスチックの底を打つ音はすぐに『ピチャピチャ』と水面を打つ音に変わった。
 心臓の鼓動がものすごい早さで脳の先端に伝わって来ている。
『ピチャピチャ』という音と共に『シュ−』という音が聞こえる。

『シュ−』『ピチャピチャ』
 音はまだ続いている。可哀想にいったいどれ程我慢していたのだろう。
 これだけ長い時間オシッコが出続けているのだから、あの白いゴミ箱にはかなりの量のオシッコが溜っているに違いない。男性と同じように女性のオシッコにもやはり白い泡が浮くのだろうか。やがて『シュ−』という音は『ショー』という音に変わり、そのうち小さな『ピチャッ、ピチャッ、ピチャッ』という水面に水が垂れる音がかすかに聞こえるだけになった。
 そして『プッ』という可愛らしい小さなおならの音と共に彼女の放尿はやっと終わったようだった。

 静まりかえった部屋の中には、 深呼吸のようなユリさんの大きな息づかいだけが聞こえていた。

おしまい

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