権田郁蔵日記 第1話




 私の名前は権田郁蔵。65歳。
 仏文学者である。大学での講議の他に、 一応60册以上の本も出している。
 8年前に妻に先立たれ、今は先代から伝わる、まあそこそこ立派な洋館に初老の使用人と2人で暮している。
 趣味は「美味しい物を食べること」と「料理」。
 それと、これはあまり大きな声では言えないが「女性の小水」。
 私は何故か幼少の頃から、女性がお手洗いを我慢している姿に性的興奮をおぼえていた。
 長年連れ添った妻に先立たれて、身も心の抜け殻のようになっていた時に、あるちょっとした事件が私を目覚めさせてくれた。
 それ以来、再び人生に明かりを見い出した私は、まるでまだ女性を知らない青年のようにワクワクと第2の人生を楽しんでいる。

 その「事件」は妻が亡くなって半年ほど経った秋の日曜日に起こった。
 あまり仕事をする気にもなれず、かといって頼まれている仕事を随分と抱え込んでいた私は、当時勤めていた大学の私のゼミの学生達に翻訳のアルバイトを頼んでいた。
 その日は朝から私の家にひとりの女子学生がアルバイトに来ていた。
 昼すぎから教え子の結婚式の披露宴に招待されていた私は、11時すぎに彼女の作業をしている部屋に昼食のサンドウイッチとコーヒーのポットを運んで、
「すまんが私は教え子の披露宴に出かけなくてはならないので、あとはよろしくたのみます。夕方の4時くらいには戻れると思うので」
 と言い、邸を後にした。
 当時、私は1人きりでこの洋館に住んでいたのだが、彼女は今までに何度もアルバイトに来ていたので、私が出かけて1人っきりになっても特に心配ないと思っていた。
 だが、「事件」は、その私の留守中に起こった。

 私の家には先代から引き継いできた高価な絵画や調度品などが数多くあるので、ひとりで暮らすようになってからセキュリティーの会社に頼んで、各部屋ごとにしっかりと保安を頼んだばかりであった。
 午前中に外出した時にセキュリティーのスイッチを入れたもので、高価な絵画が何点か壁に掛かっている彼女のいた部屋のドアにも鍵がかかってしまい、私が戻るまで彼女は部屋に閉じ込められてしまったのだった。
 暗証番号を知っていれば部屋のドアは開けられるのだが、彼女は暗証番号など知る由もなかった。
 4時すぎにシャンパンとワインでいい気分になって邸に戻ると、彼女のいる部屋のドアを開けた。
「ただいま。今もどりましたよ」
 椅子に座っていた彼女は、立ち上がるとこちらを向いて、少し話しずらそうに言った。
「あのー。先生が外出されてから部屋のドアが開かなくなってしまって、部屋から出れなくなっちゃったんですよ」
「えっ、何だって、、。何でまた、、、ああそうか、出かける時のセキュリティーのロックがかかってしまったのかな。それは悪いことをした。申し訳ない」
「いいえ、もういいんですけど。で、あの、私、お手洗いに行きたいのを我慢していたんですけど、あの、さっきもう本当に我慢が限界になってしまって、で、あの、、」
 と言って、チラッっと机の下に目をやると、顔を真っ赤にして、
「あの、すみません。机の下のゴミ箱に、、、あの、どうしても我慢できなかったんで、してしまったんです。すいません。あの、先生、わたし、すぐに中味をすてて洗ってきますから」
 と言うと、バッグから白いハンカチを出して、プラスチック製のゴミ箱にかぶせて中が見えないようにすると両手でそれを持ち上げた。
「あっ、そ、そうかい。すまないねえ」
 と思わぬ事態にこちらも赤面しながら言うと、彼女をバスルームに案内しようと部屋を出た。廊下を歩くと、後ろの彼女が持っているゴミ箱からチャプチャプと小さな音が聞こえた。
 私はその時、そのゴミ箱の中味と、それに至るまでの彼女の姿を想像して、体中の血が逆流してしまいそうな程の興奮を覚えたのであった。

 この「事件」があって間もなく、私はこの邸のいくつかの部屋に隠しカメラを設置して、時々アルバイトの女の子達が尿意の限界に耐えるのをビデオに録画して楽しんでいる。
 まあ、人には言えないが、老後のささやかな楽しみといったところであろうか。

 今日も朝から18才の可愛い女の子が翻訳のアルバイトに来ている。
 2週間ほど前にアルバイト情報誌で募集をしたところ、学生の前期試験がちょうど終わる時期という事と、他のアルバイトの3倍近い時給という事で30通を超える履歴書が送られて来た。
 その中に1通だけ、久々に胸が高鳴るような可愛らしい写真が貼ってある女の子の履歴書があった。

*   *   *

(おトイレ行きたいなあ)
 優里は先程から尿意を我慢している。
 壁の時計を見るともうすぐ2時になろうとしている。
 窓の外は、先週の梅雨明けからもうすでに夏の青い空が広がっている。

 今日は朝10時から翻訳のアルバイトで、この瀟酒な古い洋館に来ている。
 2階にある仕事部屋で、中世のフランスの文化、風俗に関する文献の翻訳が今日の優里のアルバイトである。
 帰国子女で私立高校3年の優里は、アルバイト情報誌で今日のアルバイトを見つけた。
『仏語文献の翻訳』という仕事で、他のアルバイトの3倍近い時給が表示されていた。
 こんなのわたしじゃ無理だろうな、とダメでモトモトと 思いながら履歴書を書いて写真を貼って送ったら、幸運にも採用されてしまったのであった。
 部屋には窓に向かって机が二つ並んでいて優里の左隣の机には、やはりアルバイトの男子学生が座っている。
 空調のきいた部屋の窓の外は、真っ青な初夏の空が広がっている。
 今朝この邸に来て、ハーブティーをご馳走になりながら、今日一緒に仕事をすることになるその大学生を紹介された。
 12時になって、2人は1階の応接間でサンドウイッチとサラダを御馳走になりながら、お互いに自己紹介や世間話しをして、少しだけ馴染んだ。
 30分ほどの昼食ブレイクの後、2人は再び2階にある仕事部屋に移って、それぞれの机に座って翻訳をはじめた。
 それ以降は会話を交す事もなく、2人とも黙々と机に向かっている。

 優里のとなりに座っているササキヒロシという学生は、有名な私立大学の大学院生だ。
 初等部から大学院までずっと同じ学校に通っているという彼は、少し話しただけでもその育ちのよさがよくわかった。
 外見はどちらかといえばあまりサエない方かもしれないが、何しろその誠実で暖かな人柄が会話の中からすぐに伝わってきた。
(ふーん、すごい真面目そうな人だなあ)
 優里のまわりにはいないタイプだった。

 優里は先程から尿意を意識しながら、黙々と仏文を訳している。
(おトイレ行きたいなあ。このページが終わったら行ってこよう)
 今朝起きて家を出る前にトイレにいってから5時間以上経っている。
 尿意を覚えてもおかしくない時間だ。
(ところでお手洗いはどこにあるんだろう)

昼食後、コーヒーを持って来てくれたこの邸の主人は、
「少々外出しますが、3時までには戻ってきますので、よろしくお願いいたします」
 と言って部屋を出て行った。
 この邸の主人が戻って来て部屋に現れたら、会話をきっかけに「すいません、お手洗いをお借りしていいでしょうか」と言ってトイレを借りれるのだろうが、主人が戻ってくるまで我慢できないかもしれない。
 隣の机ではササキヒロシが黙々と仏文を訳している。
 優里はトイレに立つきっかけを探していた。
(ササキさんトイレ行きたくないのかなあ。ササキさんが席を立ったらそのあと私も立てるのになあ)
 優里は翻訳の作業を中断させて、エアコンの効いた室内から窓の外に広がる初夏の青空を眺めている。
(あー、それにしてもいい天気だなあ。来週あたり佳代子といっしょに海に行こう。今日のバイト代、帰りにもらえるみたいだし、渋谷で水着買って帰ろうかな。今年はどんなのにしようかな。ああ、それにしてもトイレ行きたいなあ)

*   *   *

 さてさて、場所は変って、ここは同じ邸内の主人の書斎である。
 読者の方はもうご存じだと思うが、例によってこの邸の主人が楽しそうに机の上のモニターを眺めている。となりには、やはりお馴染みの使用人が座っている。
 2台のモニターには、それぞれ別の角度から机に向かっている優里とヒロシが写し出されている。
「今日のアルバイトの優里さんは写真よりもずっと可愛いのお」
「はい。そうですね。先日の亜矢子さんにひけをとらず、お美しゅうございます」
 この2人の悪ガキ、いや悪じじいコンビはまたしても悪いイタズラを企てているのであった。
 先程のコーヒーの優里の方にだけ利尿剤をこっそりと1/2錠混ぜておいたのだ。優里がコーヒーを飲んでから1時間ちょっと経つ。優里の胃から吸収された薬が効いてくる時間だ。それでなくても優里はここに来てからまだ一度もトイレに立っていない。
「そろそろかねえ」
「はい、もうそろそろだと思いますが」


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