屋形船




 私の姉、小原麻衣は大阪で働いている。
その姉から先日、同僚の妹さんに「おしがま事件」があったと聞かされた。
それは今から数年前の夏、そう8月8日の夜のことであった。
その妹さんの名前を仮に愛理(えり)として、その時のお話を再現してみよう。

 愛理は滋賀県草津市に住む私立高校3年生。
家はびわ湖畔で釣り船等の貸しボート業をしていて、団体客用に屋形船も一隻備え、びわ湖遊覧や花火大会などに貸し出していた。
屋形船は畳敷きの純和風作りで、詰めればおよそ40名が乗れるが、動力は付いていない。
それをエンジン付き母船で曳航していく。
母船には簡単な調理器具と冷蔵庫が設備されていて、そこで料理も出来るようになっていたが、ともにトイレの設備はなかった。
 8月8日はびわ湖で一番大きな大津の花火大会がある。
浜大津を中心に1万発の花火が上がり、見物人も30万人を超えていて、びわ湖周辺は人であふれかえる。
それをゆっくりと湖上から見られるとあって、屋形船の予約は1年前から詰まっていた。
父親が船を操縦し、母親が料理係である。
料理はいつも事前に家で用意して、船に積み込んでから暖めたりしていた。
その内容は、おでんや焼き鳥、唐揚げなどが多かった。
 愛理は毎年この日が嫌いであった。
3人兄姉の末っ子に生まれた愛理はわがままで、手伝いなどすることなく、いつもこの日は友達の家などに行ったりしていた。
 それがあの年・・・、
いつものように、手伝わされるのを避けて学校の部活に出かけていた愛理。
夕方、草津駅前でお茶していると愛理の携帯が鳴った。
それは、母親が船で脚を捻挫して病院に行った。人手が足りないのですぐに帰って手伝えという父親からの電話であった。
「もうおぉ!」
兄も姉も働きに出ていて、この日は混雑を避けるために遅くまで帰ってこないので、手伝えるのは愛理しかいないのである。
愛理は友達と別れて自転車をこいだ。
 およそ20分ほどして家に着くと、
「愛理、急いで船に乗れ!」
父親が怒鳴るような声でそう言った。
「え、船に乗るの?」
どうやら母親はまだ病院から戻っていないようで、愛理が代わりに料理の用意をしろと言う事であった。
「けど私・・制服のままやで!」
「時間がないんや。かまへん!!」
「いややそんなん。着替えてくるわ!」
「時間がないねんて!(ないんだから!)」
父親は半分怒っている。
花火は午後7時30分から始まる。
屋形船はそれよりも先にポイントまで行き、花火が上がる頃には宴会がたけなわになっているように準備しなければならない。
その時はすでに6時半を回っていて、船には40名ほどの中年男女の団体が乗り込み、今や遅しと出航を待って騒いでいた。
「もうおお!」
愛理は仕方なく渋々と母船に乗り込んで、汗をぬぐいながら冷蔵庫から缶のコーラを一本取り出して、それを一気に飲み干した。
 愛理が通う高校の制服はかなりスカートが短い。
それは県下でも一番短いとされていた。
母船と屋形船を飛び移ったり料理を運んだりすると、きっと座っているお客の目線では見えてしまう。
愛理はそれを思うと気が重かった。
案の定、宴会が始まってお酒が入り出すと、
「お嬢ちゃん、見えたでー!」
「やっぱり女子高生は白に限るなあ!」
セクハラめいた言葉がいくつか飛び交った。
はじめふてくされた顔をしていた愛理であったが、女性客から「かわいい!」
とか「スタイルがいい」と言われると、お客のほとんどが自分に注目している事に気をよくして、花火が上がる頃になるとスケベ親父たちともうち解けて、その横に座ってビールをついだリまでするようになっていった。

 屋形船の明かりを落とし、およそ1時間の花火に酔いしれる。
この日はあいにく夕方から曇りだして、湿った風が吹き出していたが、それでも打ち上げられるたびに湖面にも大きな華が咲き、その炸裂音は船を揺らすほどに響いて、そのたびに大きな拍手までおきていた。
「お嬢ちゃんも疲れたやろ。ちょっと飲み!(飲みなさい)」
スケベ親父が優しく言いながら、空いているビールグラスを愛理に持たせ、栓を抜いたばかりのビールを注いだ。
確かに愛理はのどが渇いていて、先ほども母船で350ccのウーロン茶を1缶飲み干していたが、それからも動き回っていたので、その乾きは癒えていなかった。
「おっちゃん、私まだ高校生やで!」
「かまへんがな。誰も見てへん。」
「なに言うてんの。みんな見てるやんか!」
「みんな見て見ぬふりや。かめへんかめへん!(かまわないかまわない)」
愛理は本気で拒む気持ちはなく、何度か漫才めいた押し問答をした後、そのビールを一気にあおった。
「ほう、ええ飲みっぷりやな!」
「おとうちゃんの相手させられてんねん。(させられているんです)」
「ほうか、ええ娘やなあ、さ、もう一杯!」
「あかんて(だめだよ)おっちゃん!おとうちゃんが睨んでるで!」
「ほんまや。怖い顔してはるわ!」
船の中に笑いが起こって、愛理はみんなにチヤホヤされながら、もう一杯ビールを飲んでいた。
父親も、ムリに手伝いを頼んだからか、あるいはお客が愛理によって盛り上がっているからなのか、特にしかりつけることもなかった。
 愛想を振りまいていた愛理であったが、その頃、内心少し落ち着かない事情が持ち上がって来ていた。
(やばいなあ・・トイレ行きたくなってきた・・)
愛理がこの日、最後にトイレに行ったのは部活が終わった3時頃である。
それから友達とCDショップなどを回り、駅前のファーストフード店で、Lサイズのアイスコーヒーを飲んでいた。
船に乗ってすぐにコーラを飲み、それからウーロン茶とビール。
かなりの分量が汗になって出ているとは言っても、それ相当の水分が体に入った事に間違いはない。
 花火が終盤にさしかかる頃になると、お客の中にも尿意を訴える者が出てくる。
8時30分に花火が終わると、船は方向転換して大急ぎで岸に戻るが、それでも30分近くかかり、その間にも尿意と戦うお客は増え続けて行く。
船の縁で用を足すような男性はいなかったが、口ではもう限界だと騒いでいる人物もいた。
女性客の中にも、神妙な顔で唇をかみしめている人もいた。
 風を切って湖面を走ると、今までの汗が冷やされて心地よいが、それは同時に尿意に拍車をかけることにもつながっていく。
お客さんの多くが耐えているように、愛理もまた次第に緊張感を増していく膀胱からの信号に困惑していた。
短いスカートから伸びた足をさすりながら、愛理は母船を操縦する父親の横に立っていた。

 岸に近づいてきた頃、ポツリポツリと雨が降り出してきた。
いつ降り出してもおかしくない空模様であったので、よく花火の間に降らなかったものだと感謝したい気持ちであった。
 岸に着き、父親がロープで船を固定すると、お客たちは争うように船を飛び出し、湖岸道路を渡って愛理の家めがけて走り出す。
目的はひとつ、愛理の家の玄関先にあるトイレであるが、元々船宿ではないのでトイレの設備は少なく、男女それぞれ1カ所しか用意されていなかった。
そこへお客が列を作りだし、当然のように愛理はすぐには利用出来ない。
オマケに船の後片付けもしなければならない。
 ひとり船に残っていた愛理の元へ父親が来て言った。
姉が大阪から帰ってきているので、お客さんのお茶とか、帰りのタクシーの手配などは姉に任せて、八橋(やばせ)の病院まで母親を迎えに行ってくる。
母親は骨折はしていないが、念のためにギブスを巻いたので歩けないと言う事であった。
父親はそう言うと船のエンジンを切ったので、屋形船の照明も落ちてしまって、湖岸道路にある照明だけの薄暗い状態になってしまった。
「暗いし、片付け出来ひんやん!(できないじゃん!)」
愛理が口をとがらせながら言うと、父親は病院から帰ってきてからするから構わないと言い、「おまえも病院に行くか?」と聞いてきた。
愛理は今、おしっこがしたい。
病院に行く事よりもトイレを選択して「いい。家で待つ。」と言って、車で出かける父親を見送った。
(おしっこしたいなあ・・、まだ空いてないやろなあ・・)
女性客も十数人いた。
ひとり2分かかるとしても30分近くかかるかもしれないし、仮に空いていたとしても、すぐ横に男性用があるので、愛理はお客がみんな終わるのを待つ覚悟でいて、家には戻らなかった。
トイレに並んでいる人を見てしまうと、自分の我慢が利かなくなるような気がしていたのだ。
 たしかに愛理の尿意は切迫していた。
わずか40分ほど前に芽生えた尿意なのに、おまけに汗をかいているのに、その尿意は急激に愛理を苦しめだしていて、湖畔に吹き付ける小雨交じりの風ですら敏感に感じてしまうほどになっていた。
(今日って・・飲み過ぎたかなあ・・。)
汗になっているのは部活中に飲んでいたお茶などで、ファーストフードで飲んだコーヒー以降は、全部愛理の膀胱に集まっているのではと思えるほどであった。
(ああおしっこしたい!まだかなあ・・?)
愛理は膨らんできたおなかをさすりながら、目をこらして家の方を見つめていたが、玄関先には先ほどのお客がまだひしめき合っているようであった。
 愛理は普段、そんなにトイレが近くはなかったが、逆にあまり我慢出来る方でもなくて、尿意を感じたらすぐにトイレに行く性格であったので、このときはかなりきつい試練になってしまっていた。
(ああ・・おしっこしたいぃ!!)
お客さんのせいにして、このまま座布団の上にしてしまおうか!
愛理はそんなことまで考えていた。

 屋形船の畳の上に横座りして、かかと押さえしながら体を揺すっていると、
「愛理、なにしてんねん?(なにしてるんだ?)」
自転車の止まる音がして、京都の薬大に通う修司が声をかけてきた。
この修司とは部活の先輩で、かつて愛理が一方的に好きになり、告白したことからつきあいが始まり、何度かデートを重ねて、最近やっとエッチするまでの仲になっていた。
(わっ、一番会いたい人に、一番会いたくない時に会ったあ!!)
突然現れた修司に愛理は焦った。
「どうした?、おまえ一人か?」
修司はそう言いながら自転車を降りて船に乗り込んでいた。
それと同時に、今まで小康状態だった空模様が一変して、いきなりたたきつけるような大雨になって、強い風が吹き出し、船が揺れるようになってきた。
「ひゃー、間一髪やったー!」
修司が言う。
愛理は身震いした。
おしっこがしたくてたまらない時に彼氏が現れ、おまけに大雨になって船から出られない。
(おしっこできひんやんー!!(できないじゃん!))
最悪の条件が揃って、愛理はなすすべがない。
夏場は屋形船の障子を外している。
雨が吹き込んでくるため、愛理と修司はテーブルを少しずらして、船の中央に移動した。
風に寒気を感じる愛理。
そんな愛理を、修司はそっと抱き寄せた。
(ちょっと・・これってヤバい雰囲気とちゃう!?(雰囲気じゃない?))
抱き寄せられる事はうれしいが、今はおしっこをしてしまいたくて、ただそれだけが願いの愛理。
やむどころか、激しさを増しているかのような雨に、愛理は恐怖感すら覚えていた。
 エッチまでする仲になったとは言っても、愛理はやっぱり彼の前でトイレに行く事に抵抗があって、デートの時は水分を控えめにしていた。
幸い彼もよくトイレに行く体質らしく、いつも便乗してトイレに行っていたので、それほど強いおしがま状態になった事がない愛理。
それだけに、今の状態は最悪であった。
 修司が顔を近づけてキスをする。
(やっぱり来たー!!)
今はそれどころではない愛理は、
「ちょ、ちょっと、人に見られるやん!!」
そう言って拒もうとしたが、
「こんな雨の中で誰が見てる?」
修司はあっけらかんとそう言った。
たしかに数メートル先もかすむほどの大雨である。
「けど・・」
愛理はそれ以上返す言葉が見つからずにいた。
抱き寄せられて体の体制が中途半端になり、一点に集中している力のバランスが取り辛い。
「ちょっと・・」
愛理は言いかけて言葉を呑んだ。
修司はそんな愛理をそっと畳に横たえた。
体育座りの格好から寝たので、きっとパンツが見えているに違いない。
愛理はスカートの裾を直そうとしたが、再び修司に唇を重ねられて、動けなくなってしまった。
まさかこの船の中でエッチをする事はないだろうが、パンパンにふくれあがった膀胱が、今にも破裂しそうなほどにうずき出していて、愛理はこれ以上我慢出来る自信すらなくなっている。
(やばい、どうしよう、もう漏れそう!)
修司に気づかれないように、そっとめくれ上がっているスカートの上から下腹部を触ってみると、寝ているにもかかわらず、膀胱部分がはっきりとわかるほど、それは丸く大きくふくれあがっていた。
(ひっ、最悪ー!!)
Lサイズのアイスコーヒーが、缶のコーラが、350ccのウーロン茶が、コップ2杯のビールが、今まさに愛理の膀胱の中に集まって暴れている。
(やばい、もう漏れる!!)
我慢経験が少ない愛理にとって、それはもう限界を超えたと言っても過言ではない。
けれど外は大雨。
どういってこの場を逃れよう?
まとまらない頭をなんとか集中して、愛理は考えようとした。
 修司の手が愛理の胸にあてがわれた。
「ん!」
想像していたとはいえ、それはやはり愛理に対して大きな刺激となってしまった。
ビュル・・
おまたのあたりが急に熱くなり、次の瞬間おしりに向かって流れ出す液体。
(出たあっ!)
それはわずかであったようだが、呼び水になってしまった。
ピュル・・・
また吹き出してくるおしっこ。
(やばっやばっ!)
次の流れが走ったらもう止められない。
愛理にはそれがわかっていた。
いま下腹部を触られたら、パンツの上からであってもきっとバレてしまう。
それどころか、一気に漏れ出してしまうであろう。
「ちょっと私・・」
愛理は最後の力を振り絞って修司の腕から体をすり抜け、船の縁をつかんで、這うようにして下足場まで行った。
パンツ丸出しで、おまけにおチビリのシミが出来ているかもしれないが、もう今更それはどうでもよい。
きっと薄暗いからはっきりとは見えていないであろうと、愛理は開き直って、スっと立ち上がろうとした。
その瞬間、おなかに力が加わって
シュルルルル・・・
あっという間に熱い液体があふれ出してきた。
(ああ、出てきたあ!!)
もうどうしようもない。
愛理は次の瞬間、靴も履かずに船の外に飛び出してしまった。
そこはたたきつける大雨の中。
「おい愛理!?」
修司が船の縁ごしに呼びかける。
ジュワジュワジュワ・・・
下着の中で絡まって、たぶんそんな音がしていたかもしれない。
愛理はその大雨の中で仁王立ちになり、天を仰ぎながら・・・・・・
おしっこをしていった。
両方の太ももを伝って流れ、あるいは下着を突き抜けて勢いよく落下する。
しかしそれは降りしきる雨に紛れて、傍目には全くわからない。
(あああ・・気持ちいいっ!)
薄暗い事と、船の中にも雨が吹き込んでいる事と、そしてこの大雨。
不自然さをのぞけば、愛理がお漏らししている事実は誰も知る由がない。
「愛理、なにやってんねん?(なにしてんだよ?)」
「うん、しゅうちゃんもおいで。気持ちええよ!」
愛理は開き直って修司を手招きした。
その間も、たまりすぎた愛理のおしっこは流れ続けていた。

 それ以降、愛理ちゃんがおしがまに目覚めたのかどうかは、姉も知らないと言う。
今彼女は(別の人と)結婚して幸せに暮らしているそうだ。
一度会ってみたい。
そんな気がする私であった。


おしまい

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