ゆいちゃん 5(雨の中の二人)




 小原唯(おばらゆい)当時14歳、埼玉県新座市。
 ふとしたきっかけで、隣のクラスの男の子祐哉(ゆうや)を好きになったのは、2年生の2学期が終わるころであった。
祐哉と同じクラスの亜紀と翔子にうち明けたところ、コクれコクれとけしかけられたが、唯にはその勇気がなく、できることと言えばわざと廊下ですれ違う細工をしたり、下校時に遙か後ろを尾いていって、彼の家を確認したりして、ただそれだけで満足していた。
 そんな唯がバレンタインデーに意を決して行動を起こした。
下校時に先回りして彼が通るのを待ち、
「あ・・あの・・こ、これ・・」
ほとんど声になっていない声で、うつむいたままチョコレートの箱を差し出した。
「ありがとう、小原さん!」
彼は唯の事を知っていた。
「キャーッ」
唯はそれだけで舞い上がり、奇声を上げて駆け出していた。
かなり走って立ち止まり、おそるおそる振り返ると、彼はまだ先ほどのところに立っていて、振り返った唯に手を振っている。
「キャーッ」
唯はまた奇声をあげて、彼の手に応える事なく走り出していた。
 うちに帰り部屋に飛び込んだ唯は、チョコレートを渡した達成感と、彼が自分の存在を知ってくれていたうれしさと、会話することなく逃げ出してしまった悔しさが入り交じって涙ぐんでしまった。
(あーあ、私ったらなんで逃げてきたんだろう・・・!)
胸の奥が痛くなり、唯は何も手につかなくなって、ろくに夕食も食べられなかった。
 そのことがあってから唯はますます彼を意識してしまって、偶然廊下ですれ違っても下を向き、彼を見ることが出来なくなってしまっていた。
「唯、あんた意識しすぎだよぉ!」
「ほんと、純情すぎる。」
「思い切って話してごらんよ!」
亜紀や翔子はそう言って唯を励まし、
「私たちがデートのチャンスを作ってあげようか!」
とまで言ってくれたが、
「ダメェッ、絶対にだめぇ!」
唯はかたくなに拒んでしまっていた。

 ホワイトデーのその日、唯は朝から落ち着かなかった。
彼からの意思表示であるお返しが・・あるのかないのか!?
それを思うと勉強も手に着かない。
しかしその日、祐哉は風邪をひいて欠席していると伝えられ、唯は沈んだ心のまま放課後を迎えた。
亜紀たちと下校するその途中、
「ちょっとぉ唯、ほらあれぇ!」
翔子が唯の肩を強く叩いて叫んだ。
促されて見たその先に、彼がダウンを着てマスクをし、寒そうに立っている姿が見える。
おそるおそる駆け寄っていくと、これだけは渡したかったと、祐哉は咳込みながら唯に小さな箱を手渡し、
「オレ、おまえのこと前から気になってたんだ!」
と、きっぱりと言ってのけた。
「きゃーっ!!」
と叫んだのは唯ではなく亜紀と翔子。
当の唯は真っ赤な顔をし、泣き出しそうな目で彼を見つめていた。
「風邪が治ったら連絡するから!」
彼はそう言ってゆっくりと歩き出した。
「あ・・待って!送っていく!!」
風邪をひいているのに、無理をして待っていてくれた祐哉。
その彼を一人で帰らせる事はいけないと思い、唯は友達に目で挨拶し、彼の横に並んで歩き出した。
「ゆいー,がんばれー!」 
「春が来たぞー!」
翔子たちは冷やかしながらそう叫んでいた。
 こうして唯と彼の小さな恋はスタートし、終業式までのわずかな間に、ふたりが話している姿を見ることが何度かあった。

 3年生になる直前の春休みのある日の午後、唯は友達4人と新座市民会館で開かれたイベントを観に出かけていた。
 午後3時過ぎにそれは終わり、人混みに押されるようにホールを出ると、ロビーの一角に祐哉たち男子生徒4人がたむろしていた。
唯の心が躍る。
「平林寺の桜でも見に行こうか?」
祐哉がごく自然にそう言って、唯たちは何のためらいもなく一緒に歩き出した。
唯は友達からツンツンとつつかれ、恥ずかしくもありうれしくもあり、押されるがままに、徐々に祐哉のそばに寄って行く。
 花曇りの日であったが寒くはなく、満開の桜見物の人で平林寺境内はかなりにぎわっていた。
「ノドかわいちゃったね。コーラでも飲まない?」
出店の前で誰かが言った時、唯は確かにノドが乾いていたが、実は少し前から尿意も感じていて、あまり気が進まなかったが、それでもベンチに腰を下ろし、祐哉としゃべりながら飲むコーラは心地よく、ついついつられて飲み干していた。
 それからまた境内を歩きだし、時間とともに緊張が解けてきた唯は、祐哉と並んで歩くうれしさで有頂天になり、ふたりだけの世界に入り込んでしまっていた。
「あれえ、みんなどこに行ったんだ?」
ふと振り返ると、後ろにいたはずの友達が誰もいない。
目を凝らしてみても、来た道に仲間の姿は見あたらなかった。
「あは、あいつらわざと違う方へ行ったな!」
どうやら唯と祐哉は、わざと二人きりにさせられたようだ。
「まぁいっか!」
ニコッと白い歯を見せて言う祐哉に、唯はコックリとうなずいて、また彼の横を歩き出した。
 学校以外でふたりきりになったのは初めてである。
これが初デートになるんだと思うと、唯はまた緊張していた。
祐哉の右手がそっと唯の左手に触れ、やがてしっかりと握りしめられる。
初めて手をつないだ喜びに、唯の心臓は高鳴っていた。

 かなり曇っていた空から、ポツリポツリと雨が降り出したのは、二人きりになってから1時間ほど過ぎた5時前であった。
「降ってきたなあ。ちょっとオレん家に寄っていきなよ。」
祐哉がごく自然にそう言った。
「え、でもぉ・・」
唯はとまどった。
まだつきあいだしたばかりなのに、いきなり彼の家に行くのは恥ずかしく、とてもそんな勇気はない。
それに唯は尿意のことが気になっていて、この先の行動に不安を抱いているところであった。
「本降りになりそうだからさ、うちで休んでいったらいいよ。」
たしかに雨足は強くなりかかっていて、桜見物の人たちも一斉に動き出している。
「え・・でもぉ・・恥ずかしいじゃん・・」
唯は祐哉の手をにぎったままうつむくことしか出来ない。
「ああ、両親は留守だよ。いるのは姉貴だけ!」
彼はそう言うと、唯の手を引っ張るようにして歩き出した。
(なんか・・やだなあ・・)
 市民会館のイベントが終わったとき、誰かがトイレに行くと言ったら便乗するつもりでいた唯だが、誰もそう言う者がいなかったので、自分から言うのも気が引けて、まあいいか・・と思っていた時に祐哉たちと出会った。
その時はそれほど尿意があった訳ではなく、ついでに行っておこうかなという程度であったので、唯は気にすることなく皆と行動していた。
しかし先ほどコーラを飲んだ頃から、はっきりと尿意を感じるようになり、話などに夢中になると忘れてしまうが、何かの拍子に呼び戻って来ると、それはそのたびに感覚が強くなっていた。

 歩く前方に、境内に2カ所しかないトイレのひとつが目に入った。
(あ・・やっぱトイレ行っておこうかなあ・・)
これから先のことを考えると、早めに済ませておいた方がいいのではと考えた唯だが、
(けど・・恥ずかしいなあ・・)
たしかに「ちょっとトイレ行ってくるね。」と、気安く告げられるほど親しい仲にはなっていない。
どうしよう・・と思いあぐねながら見ると、そこのトイレには順番待ちの列ができ、それは建物の外まで続いていた。
(わあ・・あんなに並んでいたら・・)
トイレに行くこと自体が恥ずかしいのに、その列に並んでいるところを見られるのはもっと恥ずかしい。
まだ切羽詰った状態ではなかったので、唯は(大丈夫!大丈夫!)と言い聞かせて、彼に引っ張られながら足早に平林寺を後にした。
 祐哉のうちがここから5〜6分であることはわかっていた。
しかし本格的に降り出した雨は容赦なく二人を濡らし、しぶきが跳ねて靴の中までしみ込み、おまけに風までが追い打ちをかけるように吹き出して、あとわずかで到着するその行く手を阻みだした。
「やばいなあ、ちょっと雨宿りだ。」
祐哉はそう言ってシャッターが降りた商店の軒先に唯を連れていった。
もうわずかで彼の家なのに、この激しい雨では動けない。
「まいったね。傘もってくればよかったよ。」
髪のしずくを払いながら言う彼に
「・・うん・・」
唯は気のない返事をしていた。
(・・ホントにおしっこしたくなってきたぁ・・)
制服のスカートもソックスも濡れてしまって、それが体温を奪い、ひざまで跳ねたしぶきが冷たくて、唯の尿意は増大しつつあった。
(どうしよう・・我慢できるかなあ・・?)
唯は落ち着かない。
一度気になりだした尿意が、早い時間で膨らんできている。
(今日・・トイレって・・いつ行ったっけ?)
考えても仕方がないのに、唯はこれまでの行動を振り返っていた。
(あ、そうか、お昼前に行ったきりだ!)
およそ5時間ほどトイレに行っていないことになる。
お昼は久しぶりに父親が作ったラーメンを食べ、スープも飲み干し、水も飲んでいた。
先ほど飲んだコーラも合わせると、この5時間は唯の膀胱が膨らむのに充分すぎる時間であったと言える。
それだけに、このままいつまでも雨宿りをしていたら、きっとすぐに我慢できなくなるだろう。
 しかし彼のうちに行ったとしても、いきなり「トイレ貸して」と言うのはとても恥ずかしく思え、かといって、いつまでも我慢できる訳がなく、どうしたらいいのかわからなくなって、唯の顔は曇っていた。
(やっぱり市民会館で行っておいたらよかったなあ・・)
 雨と風で気温が下がり、唯はしだいに体がふるえだす。
「よし、オレ走って帰って傘を持ってくるよ!」
祐哉はそう言うと、いきなり雨の中に飛び出した。
「え、どうすんのぉ!?」
唯がさけぶ。
「待ってなよ。すぐに傘を持ってくるから!!」
祐哉は唯にそう言い残して雨の中へ消えていった。
 私のために傘を取りに行ってくれたんだと、唯はとても嬉しく思ったが、それとは裏腹に、ひとり残されたことで緊張が高まり、急に強い尿意がおそってきた。
(やんっ、だめぇっ!)
体をよじってその波をこらえる唯。
(やばぁい・・おしっこ漏れちゃいそう・・)
じっと立っている事がつらくなってきて、両足をすりあわせたり体をよじったり、唯はひっきりなしに動いていた。
 時折道行く人が、ひとりクネクネと動く唯の姿を好奇の目で見ていく。
風も強くなって軒先にも雨が吹き込み、足下からの冷えはますます強くなって、
(あーん、ホントにおしっこ・・)
唯は半泣きで尿意と戦っていた。

 祐哉はわずか数分で傘とタオルを持って走ってきた。
しかしひとり雨の中に残されていた唯にとっては、かなりの時間に感じられ、彼の顔を見たときはホッとして、思わず閉めていた尿道口までもが緩みそうになってあわてていた。
そのタオルで濡れた髪や制服を拭き、傘を受け取って歩き出す。
「悪かったな、濡れちまって・・」
「あ・・ううん、仕方ないよ、急に降ってきたんだもん・・」
「靴下とか・・乾燥機で乾かしたらいいよ。」
「あ・・うん・・ありがとう・・」
 次の角を曲がれば彼のうちが見える。
唯は緊張が高まり、激しい尿意に押しつぶされそうになって、思わずその場に立ちすくんでしまった。
「あっれぇ、オヤジたち帰ってきてるよ。」
「え!?」
その声につられて見やると、カーポートに車が停まっている。
「さっきはいなかったんだけどなあ・・。」
祐哉はやや迷惑そうな感じの言い方をした。
唯の全身に追い打ちをかける緊張が走り、最大級と思われる尿意の波が襲ってきた。
(やだっ!)
祐哉から一歩離れ、唯は傘で体を隠すようにして身をよじり、その尿意をこらえた。
「あ・・わ、わたし・・ややっぱり・・」
「え?」
「あ・・やっぱり帰る・・」
「なんだよ、ここまで来たんだからさ・・」
「あ・・でもやっぱり・・」
緊張しているせいもあるが、もう平気ではいられないほど尿意の波が押し寄せてきており、余裕がなくなってしまった唯。
しどろもどろな口調で、それでも一生懸命に帰ることを伝えようとしていた。
「あ・・ほら・・靴の中も・・足がびしょびしょdだし・・」
「足ふきは用意してあるよ。」
「あ・・けど・・服も濡れてるから・・お部屋よごす・・」
「気にしなくていいから!」
「あ・・でもやっぱり・・」
「濡れたままじゃあカゼひくぞ!」
「あ・・けど・・もう遅いし・・」
「んー、まあそうだけど・・」
「あ・・この傘・・か、借りて帰るね。」
玄関先の濡れたアスファルトの上を、唯は半歩また半歩と後ずさりしていた。
その足は小刻みにふるえている。
「ふぅん!」
祐哉がニヤリと笑いながら唯に近づく。
「え・・!」
唯はおしっこを我慢していることが気づかれてしまったのではないかと、また緊張してしまった。
「小原ってさあ、ほんとに恥ずかしがり屋だよな!」
「え・・あ・・」
傘の下からのぞき込むようにして、祐哉は唯の顔を見やった。
(よかった、おしっこの事・・気づかれたんじゃなかった・・)
唯は返す言葉が見つからなくて下を向く。
「悪い悪い、確かに恥ずかしいよな、オヤジたち帰ってきてるし。」
「あ・・うん・・」
「よし、じゃあオレ送っていくよ。」
「え・・いいよぉ、そんなに遠くないから・・」
ここから唯の家まではおよそ10分ほど歩く。
その10分、10分ならなんとか我慢できると考えて、唯は帰る決心をしたのであった。
「もう暗くなってきたしさ、送るよ!」
「あ・・けど・・」
唯は困惑していた。
たしかに暗くなってきているし雨も降り続けているが、今は一刻も早く家にたどり着いてトイレに飛び込みたい。
そう思っているのに、彼が送ってくれるとなると走って帰ることが出来なくなる。
「よし、行こうか!」
祐哉はニコニコしながら唯に言った。
彼にしてみれば、唯を送っていくことは決して迷惑ではなく、むしろ喜んでいるのであろう。
しかしせっぱ詰まってきた唯にとっては、迷惑としか言いようがない。
(わーん・・走って帰りたいのにぃ!!)

「小原のおやじさん、何している人?」
「あ・・えとねえ・・(おしっこしたいよぉ)」
「へぇえそうなんだ。カッコいいんだろうな!」
「あ・・そんなこと・・(おしっこ!)」
「小原も将来はそっち系にいくのか?」
「あ・・私はまだ・・なにも・・(あぁん・・したいよぉ)」
「いいなあ、オレもあこがれるよ!」
「・・・(はやくぅ、おしっこ!)」
「オレのおやじはさ、」
「・・うん・・(もう漏れちゃうよぉ!)」
「典型的なサラリーマンだからさ、」
「・・・(早く早くぅ!!)」
雨の中を歩く二人の会話は上滑りしていたが、彼はさほど気になっていないようで、しゃべり続けていた。
(!!)
なにげに下を見た唯は驚いた。
制服のブレザーで隠れてはいるが、おへそから下あたりが、まるでゴムまりでも入っているかのように丸く、プックリとしたラインを浮かび上がらせている。
濡れたスカートが肌にくっついているので、その丸さが強調されているようだ。
(やぁん恥ずかしいぃ!)
彼に気づかれないように、唯は傘を体の前方に深くさして、彼が振り向いても下腹部が見えないようにさえぎった。
(あああ・・ホントおしっこしたいぃ!)
自分自身の膀胱の膨らみを知って、唯はまた大きな尿意の波に飲まれかかっていた。
(助けてよぉ、もう出ちゃうよぉ!)
傘に隠れておなかをさすりながら、必死で彼の後について歩く唯。
 はるか向こうに関越自動車道の中原橋が見えてきた。
もう後わずかで家に着く。
(はあ・・あとちょっとで・・)
はやる唯の気も知らずに、彼はなおも話しかけてきた。
「・・でさあ、」
「え・・?」
「だからオレは言ってやったんだよ。」
「あ・・ぅん・・(つ・・おしっこ出ちゃうぅ!)」
もう唯には彼の言葉が耳に入っていない。
ただただ排尿の欲求をこらえる事に神経を集中するのが精一杯であった。
 次の路地を左に曲がれば、あと100メートルほどで・・・
ここまで戻ってきた唯は、もう駆けだしていきたい。
「ね・・ねえ・・(おしっこ!おしっこ!!)」
「ん?」
「あ・・ここまででいいよ・・もう・・(早くしたいっ!)」
「いいから!、うちまでちゃんと送るから!」
「あ・・けど・・もうすぐそこだし・・(お願いだから帰ってっ!)」
「何言ってんだよ。」
「・・ほんとにもう・・(出ちゃうからぁ!)」
「小原のうちを知っておきたいしさ。」
「あ・・(お願い、トイレ行かせてよぉ!)」
本当の気持ちを伝えられない唯は、それ以上彼を拒めない。
そこから100メートルの道のりが、唯には地獄のような道のりに感じられ、もう手で押さながらの歩行になっていた。
下半身はずぶぬれになっている。
雨で濡れているのか、それとも少しずつ漏らしているのか、それさえもわからない状態で、唯はふと
(このままやっちゃっても・・わからないんじゃ・・?)と考えてしまうほど追い込まれていた。

 ようやく唯のうちにたどり着いた。
「あ・・今日はありがとう・・(早く!早く帰ってっ!)」
門扉を開きながら唯は震える声で言った。
「こ・・この傘、乾かしてから返すね。(出ちゃうぅ!)」
じっと立っていることが出来ない唯は、我慢していることを気づかれたら恥ずかしいと思うような、そんな余裕はすっかりなくなっていて、狭いポーチの中をうろたえるように動き。
「あ・・タオルも・・せ洗濯してか、返す・・(おしっこぉ!!)」
何か言いたそうにしている彼を無視するかのように、唯は一方的にしゃべり続けた。
「ご・・さ寒いから・・もう入るね。(早くぅ!)」
唯は足早に玄関ドアーを開け、半身入ったところで振り返り、
「ほ・・ほんとにあ、ありがと。た楽しかったよ。(いいいぃ!)」
体をふるわせながらそう言うのが精一杯で、
「ご、ごめんね・・(あぁんっ!)」
ドアーを閉めるようなしぐさをし、早く彼が帰ることを願った。
「じゃあな、カゼひかないようにしろよ!」
ようやく祐哉は帰る意志を示してくれ、また電話するからと言い残して、大きく手を振りながら雨の中を引き返して行く。
「ありがとう!」
ちょっと気まずい別れ方になったような気がして、唯はかろうじて出せる声を投げかけてドアーを閉め、現実の戦いに臨んだ。
(あっあっあっ、まだよっまだよっ!)
祐哉から借りた傘を放り投げ、左手を股間にあてがいながら、濡れて脱ぎにくくなった靴を必死で脱ぎ、ソックスを脱ぐことはあきらめて、ピチャピチャと濡れた足音をたてながら廊下を走った。
「あっあっダメダメェ!」
家にたどり着いた安心感で緊張が緩んでしまって、押さえている左手に熱いものがあふれ出してきている。
「ダメェッ!」
こうなってしまっては、いくら頭で制止の指令を出しても止められない。
唯はそう悟って、トイレではなくお風呂場へと飛び込んだ。
ライトをつける余裕もなく、廊下から届く明かりだけのお風呂場に入ると、かろうじてスカートはめくりあげたものの、下着を降ろす事は出来ずにしゃがみ込んだ。
シュルシュルシュル・・という音を立てながら、ずっと我慢し続けたおしっこが薄い布を突き破って、あるいは隙間からこぼれるようにしてあふれ出し、洗い場の床を濡らしていく。
それはソックスにも濡れ広がっていったが、いまさらどうしようもない。
(ふぅ・・間にあったあ!)
この状態が「間にあった」と言えるかどうかは疑問だが、少なくとも彼の前や外での失敗だけは免れたと、唯はそう安堵していた。
「ゆいちゃん、どうしたの?」
キッチンから母親の声がする。
「ママー、雨で濡れちゃったからシャワー使うねー!」
濡れてしまったパンツやソックスを洗面器に入れ、バスタオルで大まかに拭いてからいったん自分の部屋に行き、大急ぎで替えの下着などを用意してお風呂場に戻った唯。
こうして家族に気づかれることなく、おしっこで汚れてしまったパンツやソックスも、ひそかに洗濯できた唯であった。


つづく

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