ゆいちゃん 1(ダブルゆい)




 小原唯(おばらゆい)、埼玉県新座市在住22歳。
内気な性格の唯は、それが災いしたのかどうか、就職が決まらないまま大学を卒業し、アルバイトの毎日を送っていたが、10月、丸の内にある会社の途中採用枠試験に受かり、半年遅れの社会人になろうとしていた。
 新座から丸の内までは武蔵野線、東武東上線、営団丸の内線と乗り継ぐことになり、1時間半ほどかかる。
 この日途中採用者は午後1時に招集され、朝昼兼用の食事を済ませた唯は11時に家を出たが、乗り換えに手間取って時間ぎりぎりで飛び込んできた。
(はあ、間に合ったあ!)
しょっぱなから遅刻していては印象が悪い。
唯は額の汗をぬぐいながら席に着いた。
 案内された会議室には10名の途中採用者がいた。
そのうち女性は6名。
喫茶部からコーヒーが出され、それを飲みながら会社の概要や業務内容、グループ会社と関連業務などの説明を1時間近くにわたって受け、人事課長が現れて
「えー、ではそれぞれの配属先を発表します。」
ズシリと来る低い声で言った。
内気な性格の唯は、もし営業などに配属されてしまったら絶対に勤まらないとハラハラしていた。
「次に、小原唯さん。事業本部総務課。」
(よかったあ、総務だあ!)
胸をなでおろす唯。
エクセルもワードも得意ではなかったが、総務の仕事が自分には合っていると思っていた。
「えーでは休憩のあと、各部署の担当者と行動してもらいます。」
見知らぬ者ばかりが集まる会議室は、ざわめくこともなく静かに休憩に入り、総務課に決まった安心感で緊張がほぐれた唯は、ぼんやりと壇上にかかる肖像写真を眺めていた。
「おはらさん、おはらさんいらっしゃる?」
入り口から大きな声で名前を呼ばれ、一瞬うろたえながら
「あ・・はい私です!」
なにげに手まで挙げて応える唯。
「わたし総務課の根本聡実といいます。あなたの教育係です。」
「あ・・はじめまして・・{おばら}です。よろしくお願いします。」
唯は再び緊張が高まり、声がかすれてしまった。
「あらごめん。{おはら}じゃなくて{おばら]さんだったわね。」
「あ・・はい・・。」
「そんなに緊張しなくていいわよ。休憩、もういい?」
「あ・・はい、大丈夫です。」
「そう。じゃあ行きましょうか。」
「あ・・はい。」
唯は机の上に置いていたバッグを抱えると、聡実について会議室を出た。
 総務の部屋に着いた唯は職員に紹介され、自己紹介をしたあと、
「あなたはここのデスクを使ってもらうわね。」
聡実に示され、窓を背にした明るいデスクに腰を下ろした。
「あなた・・お名前は唯さんだったわよね?」
「あ・・はい小原唯{おばらゆい}です。」
「はは、こりゃあ奇遇だわ!」
「は?」
「あ、いいのいいの、あとでおもしろい人を紹介するわ。」
「・・はあ・・?」
何を言われているのか、このときの唯にはさっぱりわからなかった。

 ひととおり仕事内容の説明を受け、詰め込んだ頭が混乱しかけて疲れを感じでいた唯は、
「じゃあちょっと休憩してお茶にしましょう。」
と言う聡実の言葉にホッとした。
「給湯室を案内するわね。」
「はい・・」
聡実の後について歩きながら、唯はチラッと腕時計を見た。
ちょうど午後3時。
11時に家を出てから4時間になる。
(ちょっとトイレに行きたいなあ・・)
次々と仕事の説明を受けて緊張の連続であった唯は、休憩と言われたことで気が落ち着き、それまでは感じていなかった尿意が芽生えてきた。
 給湯室は、ドラマなどでよく見かけるそれとは異なり、まるで大きなダイニングキッチンを思わせるような作りで、カウンターまであり、そこでお茶を楽しむことも出来るようになっていた。
「すごーい!!」
思わず感嘆の声をあげる唯。
「うちはお茶くみ当番なんてないから、飲みたい人が自由に使うの。」
「あ・・はい。」
慣れない手つきで日本茶を用意し、聡実が用意してくれた湯呑みに注いでいると、
「あっゆいちゃんゆいちゃん!!」
いきなり聡実が親しそうな感じで名前を呼ぶので、驚いて振り返ると、
「あ、ねもっちゃん、どうしたの?」
総務のそれとは違い、フレアスカートの事務服を着た小柄な女性が足を止めていた。
松本由衣である。
(ああそうか、この人も{ゆい}って名前なんだ・・)
唯はおなじ名前であろうその子に、親近感を覚えた。
「紹介しておくね。」
聡実に促されて、唯は少し気後れしながら
「あ・・初めまして{おばらゆい}といいます。宜しくお願いします。」
と、恥ずかしそうにお辞儀した。
すると
「あわ。わ私は{おはらゆい}です・・」
と、由衣がうろたえるような感じで口走った。
「なに言ってんの、それは旧姓でしょ!」
聡実が笑いながら由衣の肩をたたく。
「あはぁ・・驚いて間違えたぁ。今は松本由衣です。」
顔を赤くしてそう応える由衣。
「あ・・旧姓が・・私と似た名前だったんですね!」
(へえ、この人もう結婚してるんだ。いくつなんだろう?)
正直に言って、自分よりも幼く見える由衣に対し、唯はますます興味がわいていった。
「ビックリしたよぉ。ゆいって{由衣}って書くの?」
「あ・・いいえ、私は{唯}って書きます。」
「あぁそうなんだ。でも奇遇だなあ・・・。」
「あ・・ほんとですね。なんだか嬉しいです!」
先ほど聡実が言っていた、おもしろい人に会わせるというのは、きっとこの事だったんだと唯は思った。
「あはあ、これで{ダブルゆい}の誕生だわ!」
聡実が楽しそうに笑う。
唯と由衣も顔を見合わせて微笑んでいた。
「よかったらさ、このあと一緒にお茶して帰らない?」
聡実が由衣を誘う。
「いいよ。今日はあ〜ちゃんも帰りが遅いし・・」
由衣がそう答え終わらないうちに、
「私も付き合うー!」
木下朋美が駆け寄ってきて、由衣の後ろから抱きついた。
朋美はパンツスーツ風の事務服である。
「ね、楽しそうな職場でしょ?」
聡実に言われ、唯は朋美とも挨拶を交わした。
「にぎやかになりそうね。じゃ5時に!」
聡実がそう言って給湯室を出る。
唯は軽く二人に会釈して、湯呑みを乗せたトレイを持ってその後に続いた。
「あ・・ここってみんな制服が違うんですか?」
「そうなの。部署ごとに違うからわかりやすいわよ。」
「はあ・・」

 総務課にあるソファーに腰を下ろし、お茶を飲む唯。
ほかの職員も休憩に入り、唯はみなからの質問攻めにあって、恥ずかしそうに答えていたが
(トイレ行きたいなあ・・)
だんだんと尿意が気になりだしていた。
「あなたのデスクね、さっき紹介した由衣が使っていたデスクよ。」
「え、そうなんですかあ!?」
「そう、あなたが{ゆい}第二号ね。」
「わあ本当だ。奇遇ですぅ。」
「となりは木下朋美がいたのよ。」
「へえ、すごいなあ・・」
話は途切れることなく続き、中座することが出来ないまま、時間だけが過ぎていく。
「さぁて、休憩おしまい。みな席に戻って!」
係長の指示でようやく解放された唯であったが、
「じゃあ次はね、関連部署に挨拶に行こうか。」
「あ・・はい。」
聡実に促され、あわてて立ち上がった。
 給湯室に戻って湯飲みを洗うと、水を使うことで尿意がいっそうこみ上げてくる。
(・・トイレ行きたい・・)
 家を出る直前にトイレは済ませたものの、それから4時間が経過しており、唯の尿意はかなり高まってきていた。
(あのとき・・トイレに行っておけばよかった・・・)
説明会が終わって休憩に入った時、聡実が迎えに来るまでには少し余裕があった。
ぼんやりと肖像写真などを眺めていた自分が悔やまれる。
(困ったなあ・・いつトイレに行けるかなあ・・?)
まだ切羽詰った状態ではないが、唯はそれなりに気がかりになっていた。
(私って・・ほんとに要領が悪いんだから・・。)

 唯はどこの部署でも暖かく迎えられ、和気藹々とした雰囲気に包まれていたが、その分話も弾み、ズルズルと時間が過ぎていく事に不安を感じていた。
 いくつかの部署と施設を回り、緊張のために足までが疲れだした頃、
「さてと一通りの説明は終わったわ。どう、疲れた?」
聡実が微笑みながら唯の顔を見た。
「あ・・はい・・あいえ・・。」
「はは、まだ緊張が抜けないみたいね。大丈夫。すぐに慣れるから!」
「あ・・はい、がんばります。」
これでやっとトイレに行ける!と唯はホッとして、総務に戻る前にトイレに行かせてもらおうと、そう言いかけたとき、前方から人事担当の男性が駆け寄ってきて
「困りますよ根本さん。もう時間が過ぎています!」
やや怒ったような口調で聡実に言った。
「あらら、調子に乗って引きずり回しすぎたわ。ごめんなさい。」
聡実は腕時計に目をやり、笑いながら担当者に謝った。
「他の人はもう集合してるんですからね!」
走って来たのであろう、担当者は息を切らせている。
何事かと唯がとまどっていると、
「さ、急いで会議室に戻ってください!」
担当者が唯を手招きして、急ぎ足で行こうとする。
唯は訳が分からないままそれに従った。
(え・・えっ、トイレ行きたいのにぃ!)
唯たちは午後4時に会議室へ戻すようにされていた。
もう10分以上すぎている。
 担当者に連れられて会議室に入ると、他の採用者からの好奇の目が唯に集まった。
(もう・・どうなっているのよぉ!?)
尿意もかなり強くなっていて、唯は恥ずかしさを通り越えて、少しいらだっていた。
 家を出てからおよそ5時間、朝昼兼用の食事で飲んだウーロン茶。会議室で出されたコーヒー、3時の休憩で飲んだお茶・・、利尿作用が強いものばかりが今、唯の体の一点めがけて集まってきていたのである。
(もぉ、早くトイレに行かせてよぉ!)
落ち着かないまま唯は席に着いた。
 会議室の一角で社員証や名札に使う写真を撮られ、雇用条件や内規の書類に目を通し、それに承諾のサインをしたり、定期券購入の申請書を書いたりと、バタバタしているうちに時間が過ぎ、
「えー、これですべて終了です。ご苦労様でした。」
担当者が締めくくった段階で、すでに5時を回っていた。
(ああ!トイレトイレッ!!)
ようやく解放された唯は、真っ先に席を立ち廊下に出ようとしたが、
「あ、小原さん、これに印鑑が押されていませんよ。」
書類の不備を指摘されてしまった。
尿意に迫られて落ち着きがなくなっていたせいであろう。
あわてて印鑑を取り出し、もう一度書類を確認して押印し終わると、すでに新人はだれも会議室にいなくなっていた。
(もうお、私ったらほんとにドジッ!)
恥ずかしくて、担当者に顔を合わせないように書類を提出し、一礼して廊下に出ようとすると、
「唯ちゃん終わった?」
そこに聡実、由衣、朋美の3人が立っていた。
「え・・あ・・(やだ、今のドジ・・見られていたのかなあ?)」
まさかずっと見られていたのではと、唯は一瞬どぎまぎしたが、そんな唯の肩を押しながら
「さ、それじゃ行くわよ!」
聡実が号令をかけて歩き出した。
「え・・あ、どこへ・・?」
肩を押されながら不安そうに振り返る唯。
「なに言ってるの。お茶に行こうって言ってたじゃない!」
「え・・あ・・」
まさか自分も誘われているとは思ってもいなかった唯である。
「あ・・でも・・」
言いかけて口ごもると、
「あなたのミニ歓迎会みたいなもんよ。」
満面の笑みを浮かべる聡実。
「あ・・私あの・・」
もう6時間もトイレに行っていない唯のおなかは、さすがにパンパンに膨れ上がっている。
誘われていることはとても嬉しいことであったが、トイレに行きたくてたまらない唯は、思ってもいなかった状況に困惑した。
(・・先にトイレ・・)
そう言いたい。
しかしすでに服を着替えて待っていてくれた先輩3人を前にして、さすがに{先にトイレ!}とは言いづらく、切り出すことが出来ないままにエレベータに乗り、職員通用口を出てしまった。

 暖かいというよりも、むしろ暑い日が続いていた10月。
しかし夕方の5時を回ると、さすがに秋を思わせる気配になり、特にビル風が吹き抜けると、薄着では一瞬肌寒さを感じる。
 退社時間とあって丸の内界隈は人通りが多く、その中を唯たち4人は歩いていた。
(どこまで行くの?・・ほんとにもうトイレ行きたいぃ!)
着慣れないリクルートスーツが窮屈で、履き慣れないローヒールで足が疲れ、タイトスカートがおなかを圧迫して、聡実の横を歩く唯は少しからだを折り曲げるようにしていた。
 聡実たちはみな私服に着替えている。
その中でリクルートスーツ姿の自分がひとり浮いているようで、気恥ずかしく、切迫している尿意と混ざり合って、唯の頭は混乱していた。
(ああだめ、ほんとにおしっこしたいっ!)
ショルダーバッグを少し前に持ってきて、パンパンに膨らんだおなかを目立たないようにする唯。
履き慣れないローヒールのため、一歩一歩の歩みが必要以上におなかを刺激し、辛くて歩調が遅くなる。
(もうだめ、ほんとにもう・・)
何度もそう思う唯だが、オフィス街に公衆トイレがあるはずもなく、
(早くどこかに入ってっ!)
そう願うしかなかった。
 かれこれ7時間食事をしていないので、空腹による不快感もあったが、それを大きく大きく上回る膀胱の充満感・・。
 やがて4人はとあるビルの階段を下りる。
それは想像以上に膀胱を刺激する動作で、唯は思わず手すりをつかみながら降りていった。
「大丈夫?」
聡実が気にしてくれたが、
「あ・・はい、ちょっと足が痛くて・・」
確かに足は痛くなっていたが、それ以上の事実は言えない唯であった。
先に降りた由衣が不思議そうな顔をして唯を見上げている。
 いくつかの飲食店が並ぶ地下通路。
「さあ着いたわよ!」
聡実がお気に入りにしているという店に入ると、さすがに退社時間と重なっているために混んでいて、入り口すぐ横のテーブルしか空いておらず、聡実は少し不満げにそこに腰を下ろした。
唯もその横に座る。
通路を行き交う人から丸見えで、おちついて話が出来ない席であった。
(トイレ・・トイレどこだろう・・?)
みなはメニューに目を通しているが、唯はトイレの在処を求めてキョロキョロと店内を見回していた。
(あれぇ・・トイレどこぉ!?)
さほど広くないその店のどこを見回しても、トイレらしき表示が見あたらない。
(ウソッ、トイレないのっ!)
店に着いたことで安心してしまい、唯はこれまでにない強い尿意に迫られていた。
「レアチーズケーキがおすすめよ。それのセットでいい?」
聡実の問いかけに、唯は上の空で
「はい・・」
と即答していた。
(どうしよう・・トイレってお店にないの?)
激しい尿意の波に飲み込まれ、唯は体をこわばらせ。ショルダーバッグを乗せた足を小刻みにふるわせていた。
無意識にそのバッグの下に手を入れると、タイトスカートの生地ごしに丸く張ったおなかが触り、唯の尿意はまた加速する。
(あああもう限界!今行かないと漏れちゃう!)
聡実や由衣たちの会話は全く聞こえておらず、頭の中は今すぐトイレに飛び込む自分の姿を実体化する、その手段ばかりを考えていた。
(通路のどこかにあるのかなあ?)
(誰に聞いたらいいの、根本さん?)
(なんて聞くの、トイレどこって!?)
(もし遠かったら・・どうしよう・・)
同じ事ばかりを何度も何度も繰り返し、思いめぐらせ、唯は額に汗まで浮かべていた。
(ああっもうダメッもうっ!)
人前であり、タイトスカートであることから、押さえて耐える事が出来ない今、唯の限界はついにやってきたようだ。
「・・ちゃん、唯ちゃん!」
由衣が遠くから自分を呼んでいるような気がした。
焦点が定まらない目で由衣の方を見ると、
「トイレね、こっちの通路の突き当たり左だよ!」
由衣がニコッと笑いながら言った(ように聞こえた)。
「え・・あ?」
まだ思考回路が現実に戻っていない唯だが、
「早く行ってきなよ!」
由衣からのその言葉はしっかりと受け入れられた。
「あ・・ちょちょちょっとすみませ・・ん。」
唯はかすれた声でそれだけ言うと、バッグをイスに放り投げたまま、あわてて席を立ち、通路へと飛び出していった。
入り口で数人の客とぶつかりそうになったが、まるで神業のようにそれをくぐり抜け、由衣が示してくれた通路へと、重い体を走らせる唯。
 奥まった方へ向かう通路には人影も店もない。
唯は漠然とそれを理解し、左手をスカートの奥に強くねじ込み、体を折り曲げて走った。
走るといっても全力疾走ではなく、すり足のような小幅な足の運びで、狭い通路に靴音だけがやけに多く響き、もう誰が見てもそれだとわかる状態の走りであった。
(ああ漏れちゃう漏れちゃうっ!)
通路の突き当たりを左。
その記憶を頼りにして角を曲がる唯。
(あったぁ!!)
あれほど恋い焦がれたトイレがすぐ先に見える。
(ひっ!!)
トイレの表示が見えた途端、唯の頭の中で何かがはじけ、ギリギリの段階まで膨らみきった水風船が、その中身を吐き出そうとして暴れ出した。
(ダメェまだっ!)
唯は思わず右手を壁につけ、体を預けるような格好で立ち止まってしまい、左手の力を更に増して最大級の波が収まるのを待った。
先ほどから呼吸はハァハァと荒くなっている。
(あと少し・・だよ・・)
タイトスカートの中に手をやり、じっと耐える唯。
ほんのわずか、ごくごくわずかな波の収まりを感じ、唯は最後の力を振り絞って、なだれ込むような感じでトイレのドアーを開けた。
ちょうどトイレを出ようとしていた女性と交差したが、
「すみませ・・あの・・」
もうかまっていられず、唯はなにやら口走って、扉が空いている個室へ飛び込んでいった。
 洋式であった。
普段から公衆トイレでは洋式を使わないようにしており、洋式しかない時はペーパーなどで便座を拭いてから利用していたが、もうそんな余裕は全く残っていない唯。
すでに流れ出そうとしているおしっこを、思い切り力を込めて押さえつけ、押さえていた手を離すのと同時にスカートを勢いよく引き上げ、パンストとパンツを一緒に引き下ろしながらかがみ込んだ。
ほぼ同時にチョロロロと流れ出したおしっこであったが、それはすぐに止まり、ゾクッとするような感覚が全身に走って、おもわず
「くっ!」
と、小さな叫び声をあげたその次の瞬間に、まさかと思うほどの勢いで飛び出し、大きな音を立てながら便器にたたきつけ、そのしぶきが太股の内側にまで跳ね返って水たまりに落ちていく。
体が軽くなっていく開放感が全身を包み、唯はその感覚にうっとりして
「はあ・・気持ちいい・・」
と、小さな声を出していた。
 体が軽くなったことで、唯はだんだんと気持ちが落ち着いてきたが、
(やだなあ、由衣さんはいつごろから気づいていたのかなあ・・?)
由衣にトイレを指摘されたことを思い出し、我慢している様子を見られていたのではと、急に恥ずかしさがこみ上げてきた唯。

 手を洗ったものの、ハンカチなどを入れたバッグは置きっぱなしで飛び出していたので、唯は濡れた手のまま皆が待つ店に戻ってきた。
「お帰り〜。間に合った?」
由衣があっけらかんとした表情で唯に聞く。
「あ・・はい・・なんとか。」
ハンカチを取り出して手を拭きながらそう応え、唯は席に着いた。
「ごめんねえ、ずっと我慢してたんだ?」
聡実が申し訳なさそうに言う。
「あ・・いえ、私ったら要領が悪いから・・いつもこうなんです。」
唯は恥ずかしくて下を向きながら答えた。
「要領が悪いって・・でさ、いつから我慢してたの?」
由衣が興味深げに聞いてきた。
「あ・・3時過ぎからです・・11時から行っていなくて・・」
「わ〜、6時間も溜めていたんだ〜。すごいね!!」
由衣が楽しそうな表現でそう言うのを、唯は少し不思議に思った。
「だったらさ、これまでにもいっぱい我慢経験あるんだよね!?」
さらにつっこんでくる由衣。
「あ・・まあ・・そのけっこう・・」
なぜかその雰囲気につられて、唯はそう口にしていた。
「でしょ。じゃあもう私たちのお仲間じゃん!」
あくまでもあっけらかんとした由衣のしゃべりに、唯はいつの間にか引きずり込まれていく。
「あはは、まあ私たちも前にね、すごく我慢した経験者だから・・」
聡実がそう言って、一昨年、信州旅行で体験したおしがま騒動をおもしろおかしく表現し、朋美もまた、総務にいた頃に由衣と張り合い、おしがま競争していたことなどを披露して爆笑していた。
「・・みなさんそうなんですか・・。よかった!」
唯は安心したような表情を見せ、由衣が人前であっけらかんとおしっこの話をする事に、なぜか楽しそうな雰囲気が出ていることを感じ取って、やや気後れしながらも、これまでに体験した「おしがま事情」を披露していった。

 初めての出勤で疲れた唯は、埼京線で戸田まで帰る聡実に誘われ、少し距離は長くなるものの、停車駅が少ないそのルートで帰ることにした。
 京浜東北線の中で、聡実が
「さてと、明日からあなた達をどう使い分けて呼ぼうかな!」
と、にこやかに言う。
「大きいゆいちゃん、小さいゆいちゃんかな!はは・・」
「はあ・・」
「二人一緒にいるときは{ダブルゆい}って呼ぼう!あはは・・」
聡実は楽しそうに笑っていた。
 赤羽で埼京線に乗り換え、戸田公園で聡実が降りて、唯はこの日初めて一人になった気分を感じた。
(おもしろい人たちだけど・・ちょっと疲れた・・かな?)
途中採用の身なので、肩身の狭い思いをするのでは思っていた唯であったが、どうやらその心配はなさそうでホッとしていたが、聡実のペースにどこまで着いていけるのか不安でもあった。
(ダブルゆいかあ・・・。うふ!)
唯は由衣に出会ったことが、訳もなくこっけいに感じた。
(やっぱり都内で部屋を探そうかなあ?)
これから毎日の事を思うと、通勤時間が長い事が苦痛になるのではと、唯は思い、明日、聡実たちに相談しようと考えていた。
 武蔵浦和で降り、武蔵野線の高架ホームで乗り換えの電車を待つ。
午後7時を回っていた。
さすがに秋の気配が感じられて、唯は少し肌寒くなってきた。
(やば・・またトイレに行きたくなってきた・・)
みんなとお茶してから1時間半ほどしか経っていない。
しかしその感覚はみるみる膨らんでいき、新座駅に着く頃には我慢できないぐらいになって、唯は初めて駅のトイレを使って帰宅していった。
(やっぱり都内で部屋を探そう・・・)


つづく

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