華穂番外編 (未来の過去のこと)




 華穂には6歳ちがいの妹・未来(みく)がいる。
社交的で物怖じしない性格の華穂の、その後ろをいつもついて回る生活がそうさせたのか、未来はおっとりとした内向的な性格に育ち、姉妹とは思えないほど対照的存在になっていた。
しかしその容姿はふたりとも甲乙つけがたく、華穂は長身美形、未来は童顔萌え系の美人姉妹で、成績も上位を保つふたりであったが、強いて挙げれば、何事においても姉の華穂がお膳立てをしてくれるので、未来は受動的な動きが当たり前になってしまい、唯一そのことが親から心配される要因になっていたようだ。
 恋多き華穂の内面を見て育った未来は、逆に恋愛に関してはオクテになってしまい、中学を卒業するまで片思いすら経験していなかった。
 そんな未来も高校生になり、軽音楽サークルに所属し、幼い頃から習っていたピアノが功を奏してキーボードを担当することになって、そこで出会ったひとつ上級生の宮下という男子に思いを寄せるようになる。
宮下とは好きなアーチストが共通していることなどから、CDの貸し借りをしたり音楽の話をしたりと、何かと接する機会が多くあり、未来の心の片隅で徐々に彼の存在が幅を利かせていった訳だが、あくまでも未来が思いを寄せているだけであって、特につきあっているという形はまだ出来ておらず、肝心の宮下から心弾ませる言葉をかけてもらった訳でもない。
そんな未来のピュアな初恋に気づいている者も少なからずいたようだ。

 京都市の北西、北区紫野という地域に「船岡山公園」という、周囲約3〜4キロ、標高110メートルほどの小高い自然公園がある。
西に金閣寺、東に大徳寺と、有名な観光コースの真ん中に位置しているが、これと言った設備は何もない。
周囲はすべて住宅に接していて、石段や遊歩道で気軽に上っていけることから、付近の人たちが散歩したり、夕暮れ時はカップルの密かなデートコースであったりするだけの静かな存在だ。
ただ山頂からの眺望はそこそこ有名で、特に五山の送り火(8月16日)など、生い茂った木々の間から見える大文字は格別のようで、かなりの人であふれかえるという隠れた名所になっている。
 山頂付近に傾斜地を利用した野外ステージがある。
扇状の観覧席はコンクリート製のベンチが整然と配置され、およそ200人以上が観覧できる広さを持ち、半円形のコンクリートステージは、幅約10メートル、奥行き最大で5メートルほどと、それなりの規模を構えているが、そのステージに屋根はなく、また音響や照明の設備などは一切ない。
 使用許可を取れば電源を使うことも可能なので、音響機材などを持ち込めばそれなりのイベントは出来るようだが、普段は自由にそこを使うことが出来るので、子供たちがかくれんぼやおにごっこをして遊んだり、若者がバンドの練習をしたりする光景などがよく見受けられる。

 未来が所属する軽音楽サークルは、別の高校のグループと船岡山公園のステージで、イベントをする準備を進めていた。
 10月に入ったある日の放課後、皆そろって下見をしに行く予定になっていたが、それぞれ事情が重なってなかなか出かけられず、4時過ぎになってやっと宮下はじめ男子3人と未来がそこへ向かう。
他の女子も一緒に来る予定であったが、時間が取れなくなった為に女子は未来だけになってしまった。
宮下と学校以外の場所に出向くのは初めてである。
未来はそれだけでドキドキと心ときめいていたが、恥ずかしさも同じように感じていて、横に並んで歩く事も出来ず、ひとり遅れて皆の後に続いていた。
 学校から船岡山公園まで歩いて15分ほどだ。
なだらかなスロープの遊歩道であるために、山に登っているという感覚は沸かないが、ステージ付近まで上ってくると、さすがに少し空気が違う。
どんよりと曇っているこの日は、まだ10月に入ったばかりなのに少し肌寒く感じる風が吹き付け、時々その風が未来の短いスカートを巻き上げようとするので裾から手が離せない。
 メジャーでステージの実寸を測り、ドラムスやキーボードなどの配置関係や電源の場所、持ち込むスピーカー配置などを確認する。
実際にステージに立ってみると、かなり大きな会場である事を実感し、初めて人前で演奏する事への不安で、未来は少し気後れしてしまっていた。
 30分ほどかけて入念に下調べをしていると、怪しかった空模様が更に悪化し、冷たい風が吹き付けだして夕立が来そうな気配を感じる。
やばいと感じたみんなは、屋根がある場所へ避難しようとそこを離れ、少し行った先にある休憩所のような所に走っていった。
それを待っていてくれたかのように、駆け込んだ瞬間に激しい雨が降り始める。
 その休憩所というのは、5メートル四方ほどの小さな場所で、四隅に柱があって屋根こそ着いてはいるが、壁になるものはなくて吹きさらしだ。
ちょうど相撲の土俵に柱があるような感じである。
未来たちは吹き込む雨を避けようと、みな風下側に集まっていたが、それでも横殴りの激しい雨で、みるみる足下のコンクリートは濡れていき、設置されている木製のベンチも雨しぶきに襲われて、座ることが出来ない状態になっていった。
黒い雲が立ちこめたこともあって、照明がないこのあたりはすっかり薄暗くなってしまった。
(………)
 未来は肌寒さに少し震えながら、自然と足をすりあわせていた。
急に寒くなった事もあるが、実はこの公園に着いてしばらくした頃から尿意を感じていて、正直に言って早く学校に帰りたいと思っていた矢先の事であった。
下見に出かける予定が曖昧だったので、未来は部室ではなく自分の教室でクラスメイトたちとお茶を飲みながら談笑していて、サークルの先輩たちから呼び出されて慌てて同行して来たために、出かける前にトイレに行っていない。
それは昼食の前に行ったきりなので、およそ4時間ほどになるだろう。
クラスメイトたちと飲んでいたウーロン茶が作用してきたのか、この休憩場所に駆け込んできた時に、その尿意は一気に膨れあがってしまった。
 雨でかすみ見える少し先にトイレの存在がある。
気持ち的にはそこに駆け込んで行きたいが、男子ばかりの、ましてや意識している宮下がいる前で、激しい雨の中をひとりそこに走っていく勇気はない。
(……トイレ……)
 いったん気になってしまうと、尿意は頭から離れなくなってしまう。
ましてやすぐそばにトイレがあるのに、そこに行くことが出来ない現実がよりいっそう尿意を高めてしまうようだ。

 夕立は10分ほど続いたであろうか、ようやく小降りになってきて空も少し明るさが戻ってきた。
今なら少し濡れるけれど走れば何とか学校にたどり着けるかも知れない。
男子たちはそんな風に言い出したが、おしっこがしたくなっていた未来は走って帰ることに抵抗がある。いや、むしろもう走ることが出来なくなっていると言っていいほど尿意は高まってきていた。
男子だけ先に帰らせてトイレに行こうかとも考えたが、ここではかなり怖いような気もするし、かといってトイレに行く間みんなを待たせるのは恥ずかしい。
どうしたものかと迷っていると、
「そうだ、前から渡すって言ってたCDを取りに来ないか?」
 と、宮下が言い出した。
彼の家はこの公園の○○出口のすぐ近くだそうで、今ならそんなに雨に打たれないし、もし帰りに雨が強くなっていれば傘を貸すという。
他の男子たちは皆学校の方角に帰るので、冷やかし半分でそうしろと口々に言って、早々に休憩所を走り出して行った。
「じゃ、また降ってこないうちに行こうか!」
 宮下に促されて未来はその後に続いた。
意識している先輩と二人きりである。
それだけで未来の心臓はかなり高鳴っていたが、それに平行して尿意もますます強くなって来ていた。
今すぐにでもトイレに駆け込まないと大変なことになってしまいそうな、そんな状態になりつつある。
(恥ずかしいけど……おうちでトイレ借りないと…けど…やっぱ恥ずかしいなぁ…)
 もうすぐにでも我慢の限界が訪れるであろう事がわかっている未来は、彼の半歩後ろを歩きながらそんな風に考えていた。
 宮下の家の方角へは石段を下りていく。
急激に膨らんだ尿意を抱える身体にその衝撃は辛く、おまけに雨でかなり滑りやすくなっていて追い打ちをかけられる。
もし足を滑らせて転んだりしたら、そのショックでおしっこが飛び出してしまいそうな、そんな恐怖があっておぼつかない足取りをしている未来に、何気に振り返った宮下が気づいて手を差し出してくれた。
状況はどうであれ、初めてあこがれの人と手をつないだことで、未来の心臓は更に高ぶって、それだけで意識が飛んでしまいそうになり、一瞬尿意の事も忘れて幸せをかみしめていた。
 ようやく石段を降りきって一般道に出ると、人通りがあるからであろう、宮下はそっと手を離した。
つきあっている恋人同士ではないので当然だが、少し寂しい気持ちになる。
平坦な道になって足下の緊張は緩んだものの、その分おしっこの感覚が甦って更に強調されてしまう。
(あ〜…早くおしっこしたいっ!)
 未来は改めてそう思うようになっていて、彼の家でどのようにしてトイレに行こうか、一番恥ずかしくない方法は……などと頭の中でそのシュミレーションを展開させていて、宮下の話しかけをうわの空で聞いていた。
「オレんちは相当古い家だからビックリするなよ。」
「ぁ…うん……」

 京都の古い町家のことをよく「ウナギの寝床」と表現される。
家幅5〜6メートルに対して奥行きが十数メートルという、非常に縦長の形状であるためにそう呼ばれるようで、代表的な間取りは、間口のどちらか端にある玄関を入るとその幅の土間がずっと奥まで続き、一番奥に「おくどさん」と呼ばれる台所が位置する。
その廊下風土間に面して四畳半や六畳の部屋がつながって並び、それぞれの部屋はふすまやガラス戸で仕切られてはいるものの、それらを取り払えばこれも縦長のひとつの部屋になる。
2階建ての場合、玄関を入った所に位置する部屋に階段があることが多いようだ。
また奥の「おくどさん」には、天窓があって明かりを取り入れる工夫がされている事が多い。
 宮下の家はまさにその古い「ウナギの寝床」そのものの家であった。
ただ、やはり現代風にかなり改造されているらしく、玄関から先の廊下は土間ではなくフローリングになっており、おくどさんも今風のシステムキッチンが取り入れられて、一部屋仕切りを取り払って広いLDKになっていた。
 宮下がスリッパを出してくれたが、ソックスがかなり濡れてしまっているので躊躇していると、構わないと言われそのまま履き替えて廊下を進むと、彼の母親が台所で夕飯の支度をしている。
顔を真っ赤にしながら未来はかすれる声で挨拶をするのがやっとであった。
おしっこがしたくてたまらない未来にとって、意識している男子の母親と初対面で会話するという緊張は地獄の様な苦しみにも化していた。
 彼の母親もまた、突然現れた未来の存在に少なからず驚いていたようだが、優しい丁寧な歓迎の言葉が返ってきて未来は更に緊張した。
(え……でもまさか……ここで……)
 そこはダイニングである。
そこで座って待っていろと言われるのかと、未来は更に緊張した。
夕飯の支度をしている彼の母親のそのすぐそばで、今にも飛び出してきそうなおしっこを堪えながら待っている事など、とてもじゃないが出来そうになく、かといって初対面の母親にトイレを申し出ることはまた恥ずかしい。
「オレの部屋はこの奥なんだ。」
 顔色を失いかけている未来に宮下はそう言って、おいでと言うように手招きをした。
台所の端にガラス製の引き戸があり、その奥にもまだ廊下が続いているようだ。
母親に軽く会釈して後に続くと、そこは渡り廊下風になっていて、隣家の塀との間に四畳半ほどの小さな中庭のようなスペースがあり、その奥に更に部屋らしきドアがある。
裏手にあたる家を買い取って、渡り廊下でつないだ構造になっているようだ。
「あ、トイレ行くならここな!!」
 唐突に宮下がそう言って右手を指さした。
中庭の手前にトイレと風呂らしきドアがある。
「えっ…ぁ…うん……」
 ずっとガマンしているのを気づかれていたのだろうかと、未来は一瞬血の気が引きかかったが、どうやら彼は位置関係を案内しているだけのようで、さらに言葉を続けていた。
(ぁぁ……トイレあるのにぃ……)
 少しでも気を抜いたらすぐにおしっこが飛び出してしまいそうな状態にまで追い込まれているのに、未来はまだトイレに行けないでいる。
 彼の部屋は中庭に面した六畳ほどの広さの和室だが、床はフローリングでベッドも入れてあり、壁一面に好きなアーチストのポスターなどが所狭しと張り巡らされていて、中だけ見ていると和室とは感じられない雰囲気だ。
 宮下に促されてベッドに腰を下ろし、用意してくれたタオルで髪や脚などの雨しずくをぬぐっていく。
好きな男の子の部屋にいるという緊張感と、限界に達しているおしっことで未来の動きはぎこちない。
(ぁぁ…おしっこした〜い……)
 そればかりが頭の中をめぐってしまって、彼の話し声もあまり耳に入ってこなくなっている。
(困ったなぁ…やっぱり先にトイレ行っておきたかったなぁ……)
 いざ彼の部屋に入ってしまうと、すぐにトイレと言うの気が引けてしまう。
今まで我慢していたんですと打ち明けるようなものだ。
(じゃぁ…いつトイレって言えばいいんだろう……?)
 先ほど歩きながらしていたシュミレーションは何の役にも立っていない。
未来は身を固くしながら両足をギュッととじ合わせ、ベッドに深く座り直した。
その目の前に大きな本棚があり、そこに兄からのもらい物だというミニコンポが陣取っていて、彼はその傍らにあるCDケースをあさりながら
「おかしいなぁ、ここにしまっておいたのになぁ…」
 などと独り言を言っている。
(早くして……もぅおしっこ……)
 CDを受け取ったらすぐに帰る事にして、その前にトイレ行かせてもらおうと思いついた未来は、彼のその動作がじれったくてたまらなくなっていた。
なのにお目当てのCDが見つからず、兄が持って行ったかも知れないから探してくると言って、彼はドアを開けたまま部屋を出て行ってしまった。
(もぉいいよぉ…おしっこ出ちゃうよ……)
 もう未来にとってはCDなどどうでも良くなっていたが、後の後を追ってそう言うことも出来ず、黙ってベッドに座ったままでソワソワと足をすりあわせているだけであった。
 そこへ彼の母親が入ってきた。
持っているトレイにコーヒーが乗っている。
お構いなくと言いかけた未来に、彼の母親は机にコーヒーを置きながら、夕飯を食べていくかとビックリする事を聞いてきた。
唐突にそう言われたことで言葉を返せないでいると彼が戻ってきて、余計なことをしなくていいと母親を追い出しにかかる。
 破裂しそうなほど大きく膨らんだ膀胱を抱える未来にとって、これ以上は一滴の水分も身体に入れたくない心境だが、彼の母親がせっかく煎れてくれたコーヒーを、全く口をつけずに帰る事は気が引けるので、身体を少し机の方に移動してカップを手にした。
「おっブラックで飲むのか。さすがだな!」
 彼にそう指摘されて初めて砂糖もミルクも入れていない事に気づいたが、今は早く飲み終わっておしっこに行きたいと、そればかりを願っていたので、未来はそのまま口をつけてみた。
(に…にがっ!!)
 コーヒーそのものを飲み慣れていない未来にとって、ブラックはかなりハードルが高い。
おまけに身体は水分補給を拒んでいる。
ズキズキと下腹部が脈を打っているのを感じる。
(もぅ…もぅ早くおしっこ…もぅ漏れる……)
 一口飲み干すたびに、それがすぐにおしっこになってしまうような、そんな恐怖にも似た感覚を押さえながら、未来は必死でコーヒーを口に運んでいた。
それに反して宮下は、まったくコーヒーを飲む気配を見せず、コンポの電源を入れて音楽を聴く準備を始めている。
どうやら未来に渡そうとしているCDを一緒に聞こうという様子だ。
(そんなの…いいよぉ…もぉ帰るっ!おしっこっ!!)
 季節的にまだ暖房が入っている訳ではないので、雨に濡れた脚が熱を奪われて冷えてきている。
特につま先あたりの冷えはかなりのようで、それがよりいっそう尿意をかき立てているようだ。
(おしっこしたい!おしっこしたい!!おしっこしたいっ!!!)
 今まさにCDトレイを開けようとしている宮下の後ろ姿に、未来は頭の中でその言葉を何度も投げかけて、
「え…もう5時半を回ってるんだぁっ」
 と、やや白々しくも聞こえる驚いた様な声を上げ、
「ぁの…私…そろそろ帰らないと…」
 と続けた。
サークルの部室に置いたままのカバンを取りに学校経由で帰るとなると、確かに歩いて30分以上かかる。
宮下にそう伝えると、実は彼も学校にカバンを置いたままであることを思い出して、送りがてら一緒に学校まで行こうと言ってCDを片付け出した。
「あ…その前に……わたし…ちょっとトイレ……」
 未来は必死でそう言った。
宮下は「ああ!」とだけ言って片付けを続けている。
未来は机に片手をついて立ち上がったが、あまりにも下腹部は大きく膨らみきっているために身体をまっすぐ伸ばすことが出来ず、かなり前屈みの恰好になりながら静かに部屋を出た。
宮下が背中を向けていたのが幸いであった。
 部屋の中でも寒さを感じていたが、廊下に出ると外の空気に触れるためによりいっそう寒く感じ、
(やんっ出ちゃうぅっ!!)
 その感覚で膀胱が縮まろうとしたのかおしっこが飛び出しそうになり、未来はいったん歩みを止めて壁にもたれかかり、その波が引いてくれるのを待った。
そこへ宮下が部屋から出てきて、
「そうそう、電気のスイッチがわかりにくいんだ。」
 と言いながら未来を追い抜いてトイレに行き、明かりをつけてくれた。
「ぁありがと……」
 未来はとにかく平静を装ってそのトイレに向かう。
「オレんちはトイレも古いから驚くなよ。」
 宮下はそう言いながら部屋の方に戻っていった。
そのトイレの板状のドアには見慣れたドアノブらしき物が見当たらず、やや手垢で薄汚れたような木製の取っ手が着いている。
横スライドだとすぐにわかり急いでドアを開けると、タイル張りの床に和式便器が目に入ったが、大きな違和感がある。
俗に言う男女兼用の和式便器なのだが、段差があることや便器の手前が後ろにかなり出っ張っている事など、未来には初めての代物で一瞬戸惑ってしまった。
おまけにドアには鍵らしき物がない。
(これって……どうやって…)
 スリッパを履き替えてはみたものの、未来はまだ次の動作に移れない。
しかしトイレという特別な個室に入ったという確認信号が発せられて、瞬時に未来のおしっこの出口を閉めている機能が開きかかりだした。
(やばっ!!)
 鍵のことは気になるが、まさか開けられることはないだろうと願って、未来は急いで一段上がったが、
(え……どの辺でいいのっ!?)
 初めての便器だけにしゃがむ位置確認にとまどってしまった。
それというのも一段上がっている事で、あり得ない事ではあるが後ろに転びそうになる恐怖のようなものを感じていたのだ。
(こ…この辺でいいのかな!?)
 しゃがんでも後ろに転ばない、そして前すぎない頃合いの場所を決めようとしていた未来に対して、おしっこはそんな悠長な時間を待ってはくれなかった。
シュ…と、まだパンツも下ろさずしゃがんでもいないのに、これでもかとガマンしていたおしっこが堰を切ってしまったのだ。
「あっだめぇっ!!」
 思わずそう叫んで、未来は瞬殺でパンツを下ろしながら腰を落とす。
スカートのおしり部分を気にする余裕は全くなかった。
勢いよく飛び出したおしっこは、そのまま前にある水たまりにジョボボボボと大きな音を立てて落下していき、時々勢いの強弱がつくのかその前にまで飛んでしぶきを跳ね出した。
「やんっハズッ!!」
 あまりにも大きな音に未来はうろたえ、あわてて左前方にある水洗タンクの水コックをひねって、水流の音でごまかそうとした。
が、おしっこの勢いが弱まらない内にその水流は止まってしまって、タンクに流れ込む水音だけになってしまい、それに混じって未来のおしっこの音はまだ続いていた。
 後でわかるのだが、水洗コックは大と小の使い分けになっていて、未来はどうやら小の方へひねった為に水流がすぐに止まったようだ。
 和式便器は前の方だけではなくおしりの下あたりにもうっすらと水が溜まっているので、勢いがなくなって下に垂れるだけになったおしっこでも、やはりビチャビチャとそれとわかる音を出し続けていた。
(はぁ…やっちゃったぁ……)
 死ぬほどガマンしていたおしっこを終わらせてホッとしたのもつかの間、未来はフライングで濡れてしまったパンツの事で憂鬱になった。
はっきり言っておまたの部分からおしり部分にかけてビッショリだ。
未来はホルダの音がカラカラと鳴り響かないように静かにペーパーを引き出し、濡れた部分にあてがって少しでも水分を吸い取ろうと何度か試みたが、そんなことで元に戻るものではない。
 あまり時間をかけるのも恥ずかしいので、仕方なく未来は濡れたままのパンツを引き上げた。
「ひっきもちわる〜いっ!!」
 不快感に襲われるが脱いでしまうわけにはいかない。
未来は意を決して何事もなかったかのようにしてトイレを出た。

 このあと宮下と一緒に学校まで行き、真っ暗になっている校舎に入ってカバンを取り、送っていくという彼を丁寧に断って未来は家路を急いだ。
せっかく彼が送ってくれるという、本来なら嬉しくてたまらない事を断ったのには二つの理由があった。
 まずひとつは、おしっこで濡れてしまったパンツからにおいがしないか気になっていたのだ。
自分ではわからないが、短いスカートなのでにおいが漏れていないか気が気ではなく、彼と歩くのも少しではあるが距離を置いていたほどだ。
 もうひとつは、濡れたままのパンツでおなかが冷えてしまったのか、彼の家で飲んだコーヒーの作用なのか、未来は学校に着く頃からまた尿意を感じていた。
それは先ほどよりも早いスピードでグングン高まってきて、暗い校舎を歩いている恐怖でオチビリしそうなほどになってしまっていて、彼に送ってもらってゆっくり歩く余裕がなくなっていたのであった。
(早く…早く…漏れちゃうよぉっ!!)
 古い商店街を横切り、住宅街にさしかかってあと5分ほどで家に着くというとき、やんでいた雨がまた急に降り出してきて、未来はあわてて近所の軒先に駆け込んだ。
(もうおぉ、おしっこしたいのにぃっ!)
 折りたたみ傘を取り出そうとカバンに手を入れるが、
(あ、この前出したままだったっ!!)
 先日の雨で使ってしまい、カバンに戻すのを忘れていたのだ。
仕方なく小ぶりになるのを待つ事にする。
(ぁぁ…おしっこしたいよ……)
 ついさっき、まだ30分も過ぎていない前におしっこをしたばかりなのに、未来の尿意は相当に高まってきていた。
おそらく身体が冷えてしまった事によるものだろう。
先ほど極端に我慢しすぎたせいなのか、今回は我慢しづらい感じを受ける。
(やばいよ…漏れちゃいそうだよ……)
 未来は焦った。
そうこうしているとわずかではあるが雨が小降りになったように思われる。
(もうダメだっ行こうっ!!)
 未来は尿意に迫られて雨の中へ飛び出して行った。
水たまりにはまって靴の中まで完全に濡れてしまったが、今はそれどころではない。
一目散に我が家を目指し、ようやくたどり着いた未来は、玄関を入ったところで大急ぎでソックスを脱ぎ去り、ビチャビチャと濡れた足跡を廊下に残しながらトイレに飛び込んでいった。
(はぁあおしっこできるぅっ!!)
 便器のふたを開けながらそう思った未来。
その安心感が災いして、あろう事かその体制のままでおしっこが一気に噴き出してきてしまったのだ。
「えええっウソォっ!!」
 自分の意識を無視するかのように、勢いよく出てしまったおしっこに圧倒されてしまって、未来は身体の向きを変えることも便器に腰を下ろすことも出来ず、そのままの状態でおしっこを続けていた。
(もうおぉなによこれぇっ!?)
 自分がしでかした事ではあるが、未来はその結果にあきれかえってしまった。
(あ〜ん、お掃除しなきゃ……)
 汚してしまった床や便器をきれいにしなければならない。
掃除用具を手に取りながら
(そういえばいつだったか……お姉ちゃんがトイレ掃除してたのも…これっ!?)
 姉の華穂が夜遅くにトイレ掃除をしていた事を思い出した未来。
(お姉ちゃんもおしっこ我慢しながら帰ってきてたんだっ!)
 未来の過去のお話はここから始まるのであった。



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