神崎理保 17歳の秋




 高校2年生になった理保はある日、同じ学園の大学部に通う依里佳(えりか)という女性と出会う。
彼女は理保と同じ坂本地区に住んでいて、滋賀県内の高校から外部受験で大学に入学していた。
いつも同じ車両に乗り、京都駅から同じバスに乗って同じ停留所で降り、同じ坂を上っていく。
そんな日が数日続いたある日、依里佳の方から理保に声をかけてきた。
 依里佳は理保より2歳年上だが、小柄で童顔であるために同級生のように見える。
二人はすぐに意気投合し、休みの日には一緒に買い物に出かけたり、お互いの家に遊びに行ったりするほどの仲になっていた。
 理保の毎日は充実している。
朝は坂本駅で依里佳と待ち合わせて学校までの通学時間を楽しく過ごし、学校ではいつメン(いつものメンバー)と笑いが止まらない時間を過ごし、帰りの電車では三宅とトキメキの時間を持ち……と。
そう三宅とはあれ以来、発展するでもなく自然消滅するでもなく、帰りの電車で楽しく話すだけという、不思議な距離感を保ったまま1年が過ぎようとしていた。
 理保が三宅と一緒にいるときは、依里佳は同じ電車に乗り合わせていてもそっと遠くから楽しそうに眺めているだけで、あえてふたりの関係を問いただしたりはしなかった。

 依里佳はあるサークル活動に参加していた。
それは身体に障がいを持った人たちのイベントなどをお手伝いするというもので、特に組織だった団体に加盟しての活動ではなく、個人的に好きで参加しているという形だった。
「ボランティアじゃないよ。」
 依里佳は笑いなからそう言うが、理保にしてみればまだ未知の世界の話なので、その言葉の意味がよく理解出来ずにいた。
 夏休みに入ったある日、理保は依里佳が参加しているサークルの人たちのイベントがある、興味本位でいいから参加してみないかと誘われた。
障がいを持った人たちと接するという事だけに、正直なにか抵抗を感じた理保であるが、依里佳があまりにも楽しそうに誘ってくるので、不本意なりにそれを承諾した理保。
 足取り重くその会場に出向くと、そのイベントはその人たちの夏祭りのようで、仲間内でのバンド演奏があったりカラオケ大会があったりと、30〜40人ほどが集まった賑やかなものだった。
 初めて目にする光景だけに、理保はその中に入ることにかなり抵抗を感じたが、それでも依里佳の後ろをついて回っているうちに、お茶のおかわりを出したり、頼まれた物を持ってきたり持って行ったりと、決して自分からではないが少しずつ動けるようになっていった。
「え〜、高校生なの!?、それはうれしいなぁ!!」
 一人の男性が理保に声をかけてきて、自己紹介した事でとても喜んでくれた。
その男性の声を聞いて、その周りからも
「ありがとう!!」
 の声がかかる。
見ず知らずの人たちから感謝される。
それは理保にとって初めてのことで貴重な経験になったと言える。
 実際、夏休みの間に理保は依里佳とともに数回お手伝いに参加していた。
それは大きなイベントではなく、バンドの人たちが練習する施設でのごく限られたお手伝いであった。
少しキーボードを演奏出来る理保なので、音合わせを手伝ったり、代理演奏などもするようになって、次第にその人たちと打ち解けていくようになり、逆に言えば理保の存在感が少しずつ大きくなっていったようで、名前の呼ばれ方も「神崎さん」から「理保ちゃん」に変わっていったほどであった。

 秋の学園祭が終わり、生足が少し寒さを感じだしてきたある日曜日、この日は例のサークルが奈良の方で大がかりなイベントを行う日であった。
理保も当然参加するつもりでいたが、当日の朝、どうしても学校の教務に立ち寄らなければならない用事が出来てしまったために、終わり次第駆けつけると言うことになってしまった。
 急いで用事を済ませ京都駅から近鉄電車に乗り込む理保。
子供の頃に家族と一緒に奈良へ行ったことはあったが、一人で向かうのは今回が初めてのことであり、切符を買う段階からして理保はかなり緊張したが、
(なんか私…ちょっと強くなってる!?)
 不安を感じながらも、今こうしてひとりでそこに行こうとしている自分がすごいなと思って、そんな自分を褒めてあげたくなっていた。
 近鉄奈良駅に着くと、依里佳から連絡を受けたという関係者の人が迎えに来てくれ、車でイベント会場まで連れて行ってくれた。
広い奈良公園一帯でそのイベントはあり、例のバンドの人たちもその一角の施設で他のグループと入り交じって演奏している。
 学校の制服姿のままの理保は、外では少し寒いだろうからと、施設内での案内係を頼まれた。
 昼食は交代でその一角で摂る。
そのときになって初めて依里佳の顔を見た。
会場が広く、行き交う人が多いから仕方のないことではあるが、言い換えればこの日の理保、もう依里佳がそばに着いていなくても立派にお手伝いがこなせるようになっていたといえる。
「なんか理保ちゃん頼もしくなってきたね。」
 依里佳にそう言われたことが誇らしくてならない。
その勢いで午後からも積極的に動いた理保であった。

 空模様が少し怪しくなりかけた夕刻になって、それらのイベントはすべて無事に終了し、福祉団体の人たちの片付けを手伝って一通りの事を終わらせ、トイレに向かおうとしているところへ、
「理保ちゃん、○○さんたちが車で送ってくれるって!!」
 依里佳がそう言いながら走り寄ってきた。
○○さんとは理保を駅まで迎えに来てくれた人だ。
「寄り道して遠回りになるからすぐに出るってよ。早く行こ!!」
 依里佳はそう言って理保をせかせる。
「ぁはい…」
 理保は言われるままにあわててリュックを背負った。
○○さんの車は7人乗りのワゴン車で、理保と依里佳はその最後列に座り、他はみな20〜30代の男性5人で、理保は○○さん以外の名前を知らない。
 特に自己紹介するでもなく車はすぐに走りだしたが、乗り合わせた人たちはすでに理保のことをよく知っていたようで、前々から仲間であったかのように気軽に声をかけてくれ、照れながらもそれに応える事が出来た理保であったが、やはり名前を覚えられなくて困っていた。
 少し緊張が和らいでくると、理保はこの車に乗り込む前にトイレに行こうとしていた事を思い出した。
それは特に強い尿意を感じていた訳ではなく、帰る前に念のために行っておこうと思っていた程度のものであって、丁度その時に依里佳に声をかけられた。
(もし行きたくなったら駅で行けばいいや。)
 その時はその程度にしか考えていなかった理保。
しかし車は奈良駅には向かっているのではなく、どうやらどんどん郊外の方へと進んでいるようだ。
「え、奈良駅に行くんじゃないんですか?」
 何となく不安を感じて、理保はそっと依里佳に聞いてみた。
「あそうそう、理保ちゃんに言うの忘れてた。ごめんね!」
「は?」
「せっかく奈良まで来てるんだからね、ラーメンを食べて帰ろうってなったのよ。」
「ぇ…ラーメン!?」
「なんかこっちにすごくおいしいラーメンがあるんだって。ねぇなんて店だっけ?」
 依里佳は楽しそうにそう言って前の席の男性に店名を尋ねる。
「天理ラーメンだよ。」
「え…天理!?…じゃぁ今は…天理市の方へ…?」
「うん。なんかすぐ近くみたいだよ。でさ、すっごくおいしいんだってさ。」
「はぁ……」
 寄り道するというのはこのことだったのかなと理保は思った。
昼に食べたのは残り物の菓子パンひとつにポテチが少々だけだったので、確かに理保は空腹感があったが、依里佳が一緒とはいっても、まだ親しくない男性たちと一緒にラーメンを食べるのもなぁ…と、複雑な気持ちでいた。
(でも…おしっこしたくなってきたし、お店に着いたら依里佳さんと行こう!)
 車の振動に刺激されたのか、出発時点では何も感じなかった尿意が、控えめではあるが「ここにいるぞ〜!」と存在をアピールし始めていた。

 どれぐらい走ったであろう、あたりはもうすっかり暗くなったいた。
目的の店を探し出すのに少し手間取って、予定していた時間よりも10分ほど余計にかかってしまったそうだ。
 路駐ではないのかと思われるような場所に車を停めて皆は歩き出す。
周囲は繁華街ではなく静かな、むしろ殺風景という表現でもおかしくないような感じのところで暗く、前方に一つだけ目立つ建物が見える。
天理教の修行をする人たちの宿坊とでもいうのであろうか、宿泊施設だそうだ。
(こんなところにお店があるの?)
 理保はかなり心細くなりながら依里佳について歩いていた。
「着いたぞ〜、よかった。まだ空いて(すいて)いる!!」
 先を行っていた男性がその宿坊(?)のすぐ手前の路地のような角から嬉しそうに手を振っている。
たしかにその角にはラーメン店の幟(のぼり)が見えた。
 数十歩遅れて依里佳と理保がその角を曲がる。
(えっえっ!!?)
 理保は声にならない声を上げた。
ラーメン店と言うから、それは建物であって玄関があって扉があって、店内にはカウンター席やテーブル席がいっぱい並んでいる……という感じを想像していたが、目の前にはその想像していたものを全て打ち砕いてしまう、そんな光景が飛び込んできた。
 そうそこは玄関や扉などは一切なく、テントらしきものが張られた下にテーブルが10卓前後置かれ、その奥に調理のスペースがあるという、規模の大きな屋台というイメージのものであった。
全体的な雰囲気は決して悪くないのだが、理保は戸惑ってしまう。
(…ここって…トイレって…あるのかなぁ…?)
 自分から見える範囲にはそれらしき場所は一切見当たらない。
あるいは屋台の外に設置されているのかもしれないが、もしそうであったとするならば、おそらくそれは男女共用の粗末なモノではないのかと容易に想像できた。
(まっいいや、駅まで我慢したらいいんだし……。)
 おそらくこのあと天理駅まで送ってもらえるのだと思い、距離がどれほどあるのかは知らないが、まさか30分もかかることはないだろうと、理保はとりあえず気持ちを落ち着かせて依里佳の横に腰を落とした。
 ただ、女子校の制服姿の理保の存在は、少なからずその場で目立ってしまって、他の客からも注目されているようで落ち着かなかった。
 さらに、車の中では控えめに「ここにいるぞ〜!」程度のアピールだった理保の尿意は、この頃になると「テコでもここを動かないぞ!!」とばかりに、強くその存在を主張し始めていて、そのことも気になってならなくなる。
 気がつくとポツリポツリと雨が降り出した、それに合わせるかのように冷たい風が屋台の中を通り抜け出し始めていた。
(さむ……)

 カップ麺以外の本格ラーメンを食べたのが初めてになる理保。
物珍しそうににおいをかいだり具材をつまみ上げたりしていたが、一口食べるとすぐに
「あ、なんかおいしぃ!」
 と口走って、周りから「かわいいなあっ!」と冷やかされたりしていた。
すこし辛めのスープは冷えてきた身体を心地よく温めてくれる。
ただ理保は辛いものに弱いので、何度も水を飲ん舌の刺激を和らげていた。
そのためにすぐにお腹いっぱいになってしまって、かなりのスープを残してしまう。
 そうこうしているうちに雨が本降りになってきた。
道が混むといけないから早めに出発しようと、みんなは急いで席を立って車に掻けていく。
わずかの距離とは言え、食べてすぐに走るのはかなりキツかった。
 ちょうど皆が車に戻りきったのを待っていたかのように、まるで夕立のような勢いで雨が車の屋根をたたきつけ始める。
 理保はリュックからタオルを取り出して濡れた髪の毛などを拭いていたが、跳ねてクツの中に染みこんだのはどうしようもなかった。
 ラーメンで暖まり、すこし汗ばんでいた身体が一気に冷えてくる。
(なんか…はやくおしっこしたいな……)
 そのせいかどうか、少なからず感じていた尿意が一気にこみ上げてきた理保。
(駅まで…何分ぐらいかかるんだろう…?)
 漠然とそんな風に思いながら、窓の外に目をやったが、激しい雨しぶきで外は一切見えない状態で、街灯などの光がにじんで見えるだけだった。
(はやくおしっこしたいなぁ……)

 話しをしていた依里佳が突然、疲れたからすこし眠りたいと言い出した。
それは構わないのだが、
「え、でももうすぐ(天理)駅に着くんじゃ…?」
 と理保が言うと、
「何言ってんの。京都駅まで送ってもらうんだから、理保ちゃんも眠るといいよ。」
 依里佳はあっさりとそう言って、背もたれに首を斜めにもたせかけていった。
(えっきょ…京都駅ぃっ!?)
 理保は背中に寒いモノが走るのを覚えた。
確かに一連の会話の中に「〜駅まで送ってもらう」という言葉は一切なかった。
初め「奈良駅」だと勝手に思い込み、ラーメンの後は「天理駅」だと思い込んだのは理保の早合点だと言ってしまえばそれまでだ。
(京都までって……あと何分ぐらい……おしっこ……)
 地理的な事は全く分からない理保であるが、今現在がまだ天理市周辺だとしたら、奈良市を超えて京都府南部の市町村を越え、そのもっと北の方に京都がある事ぐらいは理解できていた。
うろ覚えでは国道24号線を北上するとか何とか……。
 どうであろうと電車よりも速く着くことなどあり得ないので、
(えっとぉ……たしか急行で50分ぐらいだったからぁ…)
 この激しい雨の中を走るのだ。
電車の倍以上の時間を見ておく方が正解と言えるだろう。
(ぇ…そんな…無理……おしっこ…トイレ…どうしたらいいの?)
 そのことを依里佳に告げようとしてふと見ると、もう彼女は首を斜めに落として寝息を立てていた。
(そんなぁ……)
 エアコンの除湿が働き出したのか冷たく感じる空気が周囲を包み出し、生足の太ももあたりにその風が当たる。
おまけに靴の中の湿りまでが冷えてきて足先が冷たくなり、理保の身体はますます体温を奪われていくようだ。
(……ほんと…おしっこがしたい……)
 理保はだんだん焦ってきた。
(どこかで休憩してもらえるのかなぁ…?、でないと……)
 感じだした尿意はかなりの速度で高まってきている。
それならば早めにトイレに行かせてもらうのが賢明なのだが、唯一の頼みの綱である依里佳が眠ってしまったことで、理保はそれほど親しくない男性5人の中に一人ポツンと置かれたしまった格好になってしまって、トイレに行きたい事を告げるのを躊躇していた。
 まだ走りだて数分しか経っていない事も理由の一つになる。
理保はとりあえず「時」が来るのを待とうと自分に言い聞かせ、徐々に徐々にと高まってきているおしっこたちに「STOP!!」と命じていた。

 何分が過ぎたであろう。
車は激しい雨の中を、時には市街地を、時には郊外を走り続けていた。
 依里佳は相変わらずスースーと寝息を立てて気持ちよさそうに眠っている。
前にいる男性陣はなにやら小難しそうな話で盛り上がっていて、およそ理保の存在など忘れてしまっているようであった。
あるいは眠ってしまったと思われていたのかもしれない。
 その何分間かの間に、理保の膀胱はみるみるうちに丸みを帯びだしてきた。
もうおしっこがしたくてたまらないほどの状態になってきている。
急速に高まる尿意ほど怖いものはない。
(はぁ……今日ってそんなに水分…摂ったっけなぁ…?)
 今さら思い返してもどうにもならないことだが、理保は改めて今日1日を振り返ってみた。
 朝は母親が入れた紅茶1杯。
学校でいつメンとペットボトルのお茶の回し飲み……たしか3口ほど……、
会場でのお昼にペットボトルの紅茶……そういえば時間を分けて500ccを1本全部飲みきっていた。
そのあと出されたお茶にも口をつけた記憶がある。
ラーメン屋では、スープはともかく大きめのコップ1杯の水を飲み干してしまい、更にすこし追加してそれも飲み干していた。
(だってあのときは…すぐに駅のトイレに行くと思っていたから……)
 逆にトイレに行ったのはお昼ご飯の後の1度きりで、このときのおしっこは、朝に飲んだ紅茶と、いつメンとの回し飲みのお茶の一部ぐらいのモノであろう。
 身体を動かすことがなくなり、しかも周囲の環境で体温が奪われている今の現状では、これら身体に入った水分がみんな「余剰分」として膀胱に運び込まれていったとしても何の不思議もない。
 そんな難しいことはいいとして、とにかく理保はおしっこがしたい。
ワゴン車の最後部に座っているために、タイヤの振動がもろに膀胱に伝わって、あるいは急な下り坂などで受ける「逆G」の衝撃なども何度かあって、理保はたまらなくなっていた。
(どこか…どこかコンビニとかで停めてもらわないと…)
 と、すこし身を乗り出して前方を見たが、ワイパーが動く範囲以外は雨粒で光がにじんでしまってよく見えない。
「コンビニがあったら停めて下さい!!」
 と頼めば済むことなのだが、運転している男性に伝えるには、まさか大声でそう言うわけにもいかないので、まず前の席の男性にそのことを伝え、その男性が更に前の運転者に伝えるというプロセスが必要で、それは
「理保ちゃんがおしっこしたいんだって!!」
と男性みんなが知ってしまうような感じに思えて、ずっと我慢していた事までも知られてしまうような恥ずかしさがあって…そんな風に先のことを思い巡らせてしまうと、どうしても言葉をかけられない理保になっていた。
 せめて依里佳がいてくれたらどうにでもなったのかもしれないが、そうかといって疲れて眠っている彼女を、おしっこがしたいからといって起こしてしまうのは気が引けた。
 その間も1秒ずつお腹は膨らんでいき、スカートの上からでもパンパンに張っていることが分かる。
最後列の座席なので、誰からも見られることがないからと、理保はスカートの中に手を入れたりして、とにかく少しでもおしっこが和らぐ方法を探ったりしてみたが、結果はどれも同じであった。
(おしっこ…したいよぉ…したいよぉ…)

 さらに何分かが過ぎた。
理保の膀胱はまだまだ膨らみを止めようとはせず、額にうっすらと汗をにじませるのをあざ笑うかのようにジワリジワリとその容積を増していっていた。
(ぁはぁ…もう…おしっこ……もう……)
 力を入れているおしっこの出口の周辺は、もうすっかりしびれてしまったようになっていて、感覚すらない。
おまけに膀胱が膨らみすぎてその周辺の血管を圧迫しているからか、冷えている足の方にもしびれたような感覚が広がり、さらに血行不良によるモノか、先ほどから気を失いかけそうな、そんな恐怖も感じ出す理保であった。
(…もうダメ…もう…おしっこ…)
 このままでは数分後にどういう事態を引き起こしてしまうか、それは理保には充分分かっている。
どんなに恥ずかしくても、もう今ここで「コンビニに停めてください!」を宣告しなければならない。
 意を決して前の席の男性にそう言いかけたその時、
「ん〜ん、う〜…」
 と、眠っていた依里佳が何かを叫びだした。
そして「ハッハッハッ」と短い呼吸を何度か繰り返した後、大きなため息をつきながら身体を立て直し、前屈みになって、
「わる〜い。ちょっと停めて…○きそうなの!!」
 と叫んだ。
それを聞いて運転者が、すぐ先にコンビニがあるから停める。それまでがんばれ!
と告げてスピードを上げた。
 依里佳は車に酔ったのではなく、ラーメンを食べてすぐに車に揺られ、なおかつ眠ってしまったために胃の消化活動がマヒしてしまったのであろう。
 これで理保がトイレを宣告することなくこの先のコンビニに立ち寄る事になったが、もしそのコンビニのトイレが1カ所しかなくて、そこに依里佳が入ってしまったら……その時は…もうダメかもしれない……と、理保は恐怖を覚えた。
 それからわずか20秒ほどで車はコンビニの駐車スペースに入り、玄関ドア前に停めてくれた。
中間座席の男性はスライドドアを開けて飛び降り、すぐに座席を倒して依里佳が降りやすいようにしてくれて、理保もその後を追うように続いて車外へ飛び出した。
 口をハンカチで押さえながら店内に走り込む依里佳とちがい、パンパンにふくれあがったお腹を抱えた理保はそんなに早く走れない。
それでももう「秒」との戦いになってしまっているので、理保は脇目もふらずに依里佳の後を追ってコンビニ店内に入っていた。
 幸いにもレジには女性店員がいて、依里佳は「借りま〜す!」と叫ぶような感じで必死にそう言って、その先の角を曲がってトイレに走り込んでいった。
遅れること数秒、理保はもう声を出すことすら出来なくなっていて、軽く頭を下げるようなそぶりだけして角を曲がった。
その時点から右手はもう完全にスカートの前を押さえている。
 トイレは男女別れていて、女性用のドアを開けると、入ったところにある掃除用具などを洗うための大きな流しの縁をつかむようにして、依里佳が髪の毛をかき上げながらがんばっていた。
 彼女が個室を使っていないのは幸いだ。
理保は依里佳の後ろをすり抜けるようにして
「ごめんなさい…」
 と言いながらその奥の和式トイレに滑り込んだ。
ドアを閉めて便器をまたいだその瞬間、我慢していたおしっこの出口の力が緩んでしまってシュワシュワシュワとあふれ出して来る。
「やっ、もうダメ!!」
 間に合わないと悟った里穂は、スカートをめくり上げてパンツを脱ぐ時間を省くために、左手で思い切りパンツのおまたの部分を片方に引き寄せながらしゃがみ込んだ。
少なくともこの動作で2秒以上は短縮出来ている。
 しかしおしっこはシュワシュワシュワ……と、あふれ出すような感じでしか出てこなくて、勢いがないために出口周辺に伝い広がって、ズラしているパンツや指にまで伝ってきてしまう。
(…やん…おなかいたいのに…おしこ出ない……)
 我慢しすぎて軽く痛みまで感じていた理保である。
(いったんおしっこ止めて、普通にしゃがみ直そう……)
 おかしな格好でいるからおしっこが出ないのかもしれないと、理保はそう思って、おしっこの流れを力を入れて止めてみた。
実際には止まったのかどうか分からなかったが、それでもそんな気がしたので腰をすこし浮かせ、空いている方の手でパンツをおまたの少し下まで下げかけたその時になって、シュルシュルシュル……と、さっきまでとは違って勢いよくおしっこが飛び出してきてしまった。
「ぁっあっぁっわぁあっ…」
 慌ててももう遅い。
理保は結局脱ぎかけのパンツにおしっこを直撃させながら、溜まりに溜まって膀胱の機能がマヒしかかっていたおしっこを無事(?)に済ませることが出来たのであった。

 ビショビショになったパンツを穿いては戻れない。
ここはコンビニなので替えのパンツを買えばいいが、何も持たずにトイレに飛び込んできたために、サイフなどは車の中だ。
 理保はスカートの裾を気にしながらそっとドアを開けると、依里佳はもうすっかり落ち着いたようで口をゆすいでいた。
恥ずかしいけれどパンツを失敗したことを依里佳に話し、理保はお金を貸してもらって替えのパンツを買って穿くことが出来た。
 たった1枚の薄い布があるかないかで、これほどまでに安心感が違う。
理保は元気を取り戻して依里佳と一緒に車に戻っていった。
(けど私…よくおしっこで失敗してるなぁ……)
 この頃の理保は、少しずつおしがまの道に入って行きかけている自分をまだ知らない。



目次へ