私たちの出航(たびだち) [どこまでも幸せ求めて]




 社会人になって2回目のお正月を迎えたあたりから、私を取り巻く環境が大きく動き出した。
そのひとつが、順調におつきあいを続けている彼との結婚話。
紆余曲折はあったものの、双方の両親もそれを認めてくれて、式は改めて行う事として私は会社の寮を引き払って彼のマンションでの結婚生活が始まった。
 ただ、結婚を急いだのには理由があった。
新年度から彼(旦那さん)が、関連会社に長期出向が内示されていたからだ。
イチャイチャの新婚生活もすぐに分断され、4月、彼は出向先へと赴任していって、私はガランとした部屋で一人泣く日が始まってしまった。

 同じ4月、私は2年間働いていた総務課から秘書課へと異動した。
引っ込み思案で人見知りが激しい私だから、対人関係が大切な秘書というお仕事なんか出来るわけがないと、そう思っていたので受験するときも秘書コースではなく実務コースを選んだのに、その私が秘書課に配属になってしまって、戸惑うと言うよりも何もかも手がつかなくなってしまっていた。
 ひとりぼっちのマンションで泣いていたのはそういう理由もあった。
こういう時、ずっとそばにいてほしい最愛の人がいない……。
言いようのない寂しさに押しつぶされそうになって、もう会社を辞めてしまおうかと思ったりもした。
 でもそれは私を信じて出向していった彼を裏切る事になってしまう。
そんな私を踏みとどまらせてくれたのは、部署を超えていつも力強く励ましてくれたり、時には一緒に泣いてくれたりしてくれた会社の仲間たちだった。
 会社ではその仲間たちと、そしてひとりぼっちの部屋では旦那さんとの電話や、香織、真理、希美たちとのメールのやりとりで、何とか寂しさを紛らわせていた私だった。
 付け加えるなら、秘書といっても私が当初やらされていたのは関連会社を含む各重役たちのスケジュール管理とその手配、連絡などがメインだったこと。
言い換えれば秘書課の中での総務的なお仕事だったので、なんとかやっていけたのかも知れない。

 5月の連休に旦那さん(通称あ〜ちゃん)が帰ってくるので、仲のよい仲間たちと一緒に、会社が保有する信州鷹ケ峯のロッジへ遊びに行くことになった。
 (ねもっちゃん 野ション2 参照)
私はその事を甲府の真理に知らせていたので、清里で半年ぶりに真理と再会することが出来た。
 彼女にあ〜ちゃんを紹介すると、
「ほぇえ7歳上っていうからどんなオッサンかと思ったけど、かわいいじゃん!」
 真理が笑いながらそう言ってくれたのがうれしかった。
その真理だけど、私の職場の人たちとすぐに仲良くなって、初めて会ったとは思えないほどの溶け込みようで、さすがは真理だなと改めて感心させられてしまった。
引っ込み思案な私だから、あんな風な気さくさと、社交性を見習わなければなぁと、真剣にそう思った時だった。
 次の日に行く予定にしている八ヶ岳へ、真理も一緒に行こうとみんなは誘ってくれたけど、その頃から少し空模様が怪しくなり出していて、明日は雨模様だと知らされる。

真理「もし雨だったらミレー展に来ればいいよ。」
由衣「ミレーって?」
真理「ジャン・フランソワー・ミレー!!」
由衣「あ、知ってるぅ、どこでやってるの?」
真理「甲府だけどさ。ん〜、かなりバックすることになるなぁ…」
由衣「見たいなあ。落ち葉ひろいも出てるの?」
真理「落ち葉じゃねぇズラ。落ち穂ひろいだろがっ!」
由衣「?、おちぼってな〜に?」
真理「あぁあもうっ、」

 などと、ほんとにいつもの真理との会話になってしまって、みんなに笑われてしまった私だった。
 結局次の日は雨になり、みんなで話し合って甲府まで足を伸ばすことになって、真理の案内でミレー展に行ったり甲府料理を食べたりした。
いっしょに泊まる事はなかったけれど、2日間もお仕事の仲間と真理が行動するというすごく不思議な、それでいてごく自然な時間が流れていった連休だった。

 私とあ〜ちゃんは6月のはじめに入籍した。
結婚式ではないので正確には June Bride とは言えないのかもしれないけど、それでも私は幸せだった。
 けれど現実はひとりぼっちの部屋での留守番生活で、精神的になかり参っていたのだろう、私は風邪をこじらせて体調を崩し、寝込んで仕事を休んでしまった。
心配したあ〜ちゃんのお母様が駆けつけて、いろいろと看病してくださったけれど、軽い肺炎まで併発して入院してしまう。
 3日ほどで退院出来たものの、お母様は今後のことが心配だからと、あ〜ちゃんが帰ってくるまであ〜ちゃんの実家で暮らすように言われた。
 旦那さんがいない旦那さんの実家で暮らす……?
それは気が小さい私にはすごく重荷になる感じがしたけれど、正直に言って私自身も一人での生活に不安がいっぱいあったので、その言葉に従って実家でお世話になる事にした。
部屋は元あ〜ちゃんが使っていた部屋……。
 ご両親も同居のお兄さん夫婦もすごくよくしてくださって、私はひとりぼっちから一気に解放されて、人数の多い家族というものの喜びを感じていた。
 でもその反面、夕食をいただいてすぐに部屋に閉じこもるというような事が出来なくて、自由に振る舞える時間はかなり制限された感じもある。
それでもあ〜ちゃんの嫁として、恥ずかしくない行いをしなくてはならないと、私は積極的に家事の手伝いなんかをして、少し料理にもチャレンジしたりしていた。
今となっては貴重な体験をしたと行っても過言ではない。

 そんな私に真理から突然の電話。

真理「おい、最近香織から電話かメールあったか?」
由衣「ううん、2〜3週間かな、メールも電話もしてないよ。」
真理「そうか…」
由衣「私ね、ちょっと寝込んでてさ、真理にもしなかったじゃん…」
真理「なんだ寝込んだって?、で、もう大丈夫なのか?」
由衣「うん、もうすっかり元気になってるけど、それより香織がどうかしたの?」
真理「いやな、急に姿をくらましたみたいなんだ……。」
由衣「え、行方不明って事?」
真理「いや…それほどオーバーな様子じゃないみたいだけど…」
由衣「よくわかんないよ。どういうこと?」
真理「いやな、あいつに何かあったのは事実なんだけどな…」
由衣「……」
真理「しばらく一人で考えるって家を出たらしいんだ。」
由衣「家出したの、かおりんが!?、お仕事も辞めて!?」
真理「ああ。ん〜、両親もあんまり詳しく話してくれないんだよ。」
由衣「ね、私はどうしたらいいの?」
真理「慌てるなよ。とにかくもう少し両親に当たってみるからさ。」
由衣「うん……」

 ショックだった。
香織が行方不明になった事はもちろんだけど、それ以上に、私は香織のことを何も知らないでいた事が……。
どういう人たちと交流しているのか、どういう私生活を送っているのか、そして何を悩んでいたのか……。
頼りない私にはともかくとして、せめて普段から交流の深い真理にだけは相談してほしかった。
 でも、同じように真理の私生活もほとんど知らない私。
果たしてそんなので本当の友達と言えるのだろうかと、自己嫌悪に陥りそうになってしまった私だった。
「まぁ香織には香織の考えがあるからさ、心配するな!」
 真理の最後に言った言葉、それだけを頼りに、私は心を落ち着かせようと必死でがんばった。
 今年になってからいろんな出来事が起こりすぎる。
その早い流れに取り残されそうな、そんな不安が取り巻きかかっていた私の元に、また唐突な封書が届いた。
それは希美からの「結婚式招待状」であった。
 5月の終わり頃、希美から「妊娠したみたい。」と連絡は受けていた。
彼とよく話し合って軽はずみな結果は出さないようにって伝えていたけれど、それから連絡が来なくなって、私としてはかなり心配ではあったけれど、内容が内容だけに、あんまりこちらから踏み込んだ事を言ったり聞いたりするのもどうかなと思って、連絡待ちしていた矢先の事だった。
 出来ちゃった婚だけど私としてはすごくうれしい出来事だ。
それにしても本当に私を取り巻く環境の変化は性急だ。
年が明けてからこの半年の間に、いろんな事が起こりすぎる。

 その希美の結婚式当日、連絡が取れなくなっていた香織がすごく自然にひょっこりと現れた。
その現れ方があまりにも自然すぎて、私は込み入ったことを聞く事も忘れて喜んでいたように記憶している。
(それぞれの出航(たびだち) 1 参照)
 希美の結婚披露宴は盛大だった。
私たちは希美にピッタリのお祝いの歌を披露した。
真理には事前にその曲のテープを送っていたけれど、香織はすごくいいセンスを持っていて、初めてなのに2回ほど練習しただけでピッタリと合わせてくれ、男性パートを完全に歌いきってくれたのがすごく印象的だった。
その曲とは「どこまでも幸せ求めて」
http://bunbun.boo.jp/okera/tato/doko_siawasemo.htm
 私が幼かった頃、父がよくこの曲を口ずさんでいて、私が結婚するときに旦那さんと一緒に歌いなさいと言ってくれていたその曲だ。
 あらかじめ楽譜を渡しておいた新郎の友人がギター演奏してくれたので、すごく歌いやすくて……、手前味噌だけどすばらしい出来上がりになったように思う。
二次会には短大時代の仲間たちも駆けつけてくれて、まるで同窓会のような盛り上がりになって、急遽あの「ミニモニ」まで復活してしまうほどだった。
 希美はもちろんだけど、香織や真理までもが感動の笑顔と涙を見せてくれたすばらしい日だった。

 宿泊先のホテル向かう香織と真理が、私も一緒にそこへ泊まれという。
二人のツインルームしか用意されていないんだから、当然私のベッドはない。
そう言って躊躇していた私だったけれど、

真理「オイラと一緒に寝たらいいよ。な、香織!」
香織「ああ!」
由衣「でも…見つかったら怒られたりしない?」
香織「部屋の中まで見に来ないからわかりゃしないさ。」
真理「香織がフロントに寄ってる間にエレベーターに乗り込もうぜ!」
香織「そうしろよ。いろいろ話もあるしさ。」
真理「そうだよな。雲隠れした話、由衣も詳しく聞きたいだろ?」
由衣「うんそりゃあね。」
真理「決まり!!、おい香織、オイラたちサッサっとエレベータに乗り込むぞ。」
香織「あいよ。任せなさい!!」

 確かに香織の事もいろいろ聞いてみたいし、この楽しい時間をもっと一緒に過ごしたいという気持ちは強かったので、いけない事なんだろうけど二人の部屋に潜り込む事にした。

真理「よっしゃ、さ、行こうぜチョビ!」
由衣「うん。…えっ!?」
香織「ちょび…?、なんだそれ?」
由衣「……(@_@):」
真理「へっへっへっへ…」

 どさくさに紛れて真理は確かに私のことを「チョビ」とそう呼んだ。
そう、チョビというのはROOM水風船に投稿している私のペンネームだ。
真理が私のそのペンネームを知っている!!
恐怖のような罪悪感のような複雑な思いが交叉する中、私は震える足取りで彼女たちの部屋に潜り込んでいった。
 私はその部屋で香織が急に雲隠れしたいきさつや、真理がなぜ私のペンネームを知っていたのかなど、かなり詳しく聞くことが出来たけれど、それらの詳細は(それぞれの出航(たびだち) 2 〜 5) に詳しく書いて載せてもらっている。
本編で披露すると相当長くなってしまうので、詳細はそちらを併せて読んでいただけたら幸いだ。
 当時はその 1〜5 章を書き上げるのにかなり時間がかかってしまって、香織や真理に何度も電話してはホテルでの会話の確認なんかを繰り返した覚えがある。
それほど思い入れがある一晩の出来事だった。
 いずれにしても環境が大きく変化していたのは私だけでなく、香織も真理も同じように変化していて、ふたりともそれに対して向き合っていると言うことを再認識させられた時だった。
だからタイトルを「それぞれの出航(たびだち)」にしていたのだ。
 卒業から1年半ぶりに再会して、それから半年後には真理と会い、さらにその2ヶ月後にはこうして香織とも会っている。
文字通り何かあったら駆けつける仲間になったんだなと、その夜はうれしくてなかなか寝付けない私だった。

 幸いなことにそれから後の数ヶ月間は特に大きな変化もなく、ごくごく普通の日々を過ごすことが出来、そして忘年会のシーズンがやってきた。
事業本部の忘年会は、関連する部署など合同の80名ほどで、日曜日の夜にホテルで行われる事になったが、まだ結婚式を挙げていない私たちのために、忘年会の前にその会場で披露パーティーをやってしまおうと幹事が提案してきた。
(首謀者はねもっちゃん)
 会社の中での披露パーティーなので友達とかは来てもらえないけれど、それでも私はうれしく思った。
あ〜ちゃんも表情は変えなかったけれど、けっこう喜んででいたように思う。
 その結果2時間早くその会場を使わせてもらえる事になって、私はウエディングドレスを着る事になった。
ねもっちゃんが用意してくれたドレスは、バラの花がいっぱいあしらわれたピンクのミニドレス。そう、今で言うところのスマイレージというアイドルグループが「ショートカット」という曲で着ていたのとそっくりな、そんなドレスだった。
 冗談ではあるが、あの子たちの衣装を作った人、実は同じ人なんじゃないかと思えるほどだ。
花飾りのティアラまでつけられて、まさにお姫様……。
 双方の両親は招待という形で特別参加出来る事になった。
普通なら末席なんだろうけど、ここではひな壇に私たちと一緒に並ぶ。
 とてもうれしい事に、およその人が私たちのパーティーの時間から集まってくれて、まずは人前結婚式から始まった。
双方の両親の前で誓いの言葉を交わし、もうすでにはめていた指輪をいったんはずしてもう一度交換して、誓いのキスして……、で、お姫様だっこされて席に着くという筋書きだったけれど、さすがにドレスがミニなので丸見えになってしまうと私が騒いだので急遽取りやめになって……、会場は大爆笑。
 わざわざ駆けつけてくださった本部長が乾杯の音頭をとってくださって、そこから先は飛び入り自由のスピーチになって、なんかもう披露パーティーというよりも、冷やかしパーティー化してしまって、私の両親も苦笑していた。
 そして大きなスクリーンが降りてきて、香織と真理と希美からのビデオレターが紹介された。
私はそのことを何も知らされていなかったので驚きを隠せない。
 はじめに真理。
どうやら自宅の部屋で録画したようで、好きだと言っていたアーチストのポスターがバックに映り込んでいた。
 で、真理はやはりこういうのが苦手らしく、いつものたたみかけるような言い回しは消えていて、上気した顔でかみかみのコメントを寄せてくれた。
 次の香織が画面に現れると男性職員から「お〜!!」という歓声が上がった。
いつものロングヘアーをアップにしたその顔は、より美形に見える。
とても同じ歳だとは思えない大人びた美女そのものだ。
 臨月まもない希美は顔まで丸々としていて、すごく愛嬌があった。
もうすぐ子どもが生まれるのだと知った会場の人たちは、かなり驚いていたようで、やはりそれだけ幼く見られているのだなと改めて思ってしまった。
 そんな3人からのお祝いを受けて、当然私は涙ぐんでしまう。
それに追い打ちをかけるように流れてきたのは、あの「どこまでも幸せ求めて」
それは希美の披露宴で私と香織と真理が歌ったあのテープだった。
 自分の披露宴で自分が歌った曲を聴く…
嬉しいようなくすぐったいような、おかしな気持ちだった。
 ここまでの演出はみなねもっちゃんが手配してくれたもので、真理に連絡を入れ、その真理から香織、希美へとテープを回してコメントを入れてくれ、希美はあの曲のテープも提出してくれた訳だ。
「それではここで新郎新婦に誓いの歌を歌っていただきます!!」
 と唐突にねもっちゃんが言い出して、男性社員がふたりギターを奏でだした。
そうその曲を。
まさかと思ったあ〜ちゃんが立ち上がりマイクを取って私にも手渡してくれてる。
私が知らない間に密かにこの曲を練習していたらしい。
 私は歌いながら、幼い頃に父が言っていた、結婚するときに旦那さんとふたりで歌いなさいと言っていた言葉を思い出して、こみ上げてくる物を押さえることが出来なくなってしまって……。
 でも、この曲を「誓いの歌」と表現したねもっちゃんにすごく感謝。
そうなんだ、どこまでも幸せ求めてという歌は、結婚したふたりの未来への誓いの歌なんだ……。
 激動の1年が終わろうとしている。
ほんとにいろんな事が押し寄せた1年だったけれど、その締めくくりは私にとって最高にすばらしいものになった。
 香織、真理、そして希美、うれしいお祝いのビデオレターありがとう。



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