私たちの出航(たびだち) [ミニ同窓会]




 電車でわずか数駅しか離れていないところで働いている希美とでも、二人の時間が合わなく思うように会えなかったりするのに、遠く甲府と松本に離れてしまった真理や香織と会うのは並大抵の事ではなかった。
それでもやっぱり会いたくて、私たちはお互いの都合をつけ合って、卒業から1年半が過ぎた11月のはじめに、やっとそれが叶う日がやってきた。
ちょうど香織が知人に会うために上京してくるので、真理もそれにうまく会わせてくれた感じだった。
 そのころ私はROOM水風船にいくつかの告白的な文章や、へたくそな小説もどきを掲載させてもらっていて、このミニ同窓会のお話も少し誇張してはいるものの、かなり細かい部分の描写もしていたので、今それを読み返すことであの時の事がつい先日の出来事のようにリアルに甦ってきて、今またそれを違う視点から表現できるという、とてもありがたい環境をいただけた。

 久しぶりにみんなと会う事がうれしくて、私は職場の人たちにそのことを言い回って、どこに行こうか、何を食べようかと相談したりしていた。
すると、どうせなら普段あんまり行かないようなお店なんかどうだと、ある上司が神楽坂にあるスペイン料理店を紹介してくれた。
そういえばこれまでそういったおしゃれな店など行ったことがない。
私は大喜びでみんなに
「私がすてきなお店に連れて行く!!」
 と得意げに伝えていた。
なのに私はその当日、仕事が思うようにはかどらなくて、みんなと待ち合わせをしている飯田橋の駅に着いたのは、約束の時間をおよそ15分もオーバーしてしまっていた。

香織「おそいぞ由衣!」
希美「由衣ちゃ〜ん!」
真理「お〜お、相変わらずちっこいなぁ!」
香織「ああ、身体と荷物が同じ大きさだな。」

 息を切らせて改札を出てきた私に、3人は一斉に声をかけてきた。
長身の香織はセーターからロングスカート、ブーツにいたるまで黒一色にまとめ、長い髪をなびかせて、とても大人びた感じだった。
 真理はブルーのシャツにデニム生地のベストとミニスカートに黒のブーツ。
茶髪は学生の時よりもさらに濃くなっていた。
 希美は淡いピンクのフリフリセーターに紺色のフレアミニ、素足に白いハイソックスと、相変わらずのロリっ子ファッションだった。
みんなそれぞれにおしゃれしてきているのに、私はフリースにジーンズ姿で、おまけに宿泊用の大きなバッグを抱えている。
一応私もそれなりの服は用意していたけれど、それはその大きなバッグの中だ。
時間がなくて着替えてこなかったことを後悔していた私だった。
 ホテルは私の名前で新宿駅そばにツインを2部屋取ってあったので、香織と真理は先にチェックインしていたのだけれど、この日半ドンだった希美も、ホテルで二人が来るのを待って着替えてきたらしい。
 会ったその瞬間からそんなことをワイワイと賑やかにおしゃべりし、1年半のブランクなど何も感じない4人だったが、私が地図を取り出したのを見て、

真理「おい由衣、行きつけの店じゃないのか?」
香織「あれえ、メールではかっこいい事言ってたのになあ。」
真理「なんだよ。由衣も初めて行く店なのかよ。」
由衣「……」
希美「由衣ちゃん大丈夫ぅ?」
香織「まてよ。由衣って方向音痴じゃなかったっけ?」
真理「だったよなあ。あ〜オイラ心配だ〜!」
香織「言うな言うな、最後は私が何とかする!」
希美「かおりんは相変わらず頼もしい!」
真理「けっ」
由衣「……(-_-;)」

 皆が指摘するとおり、私は初めてその店に行く。
そして案の定……やっぱり私は神楽坂の路地で道に迷ってしまった。
予約時間が迫っているのに……。

希美「由衣ちゃ〜ん、ここさっき通ったところみたいだよぉ。」
真理「だよなぁ。オイラもそう思う。」
香織「あ〜もう、地図を貸してみろよ。」
由衣「……(-_-;)」
希美「ねえ、私トイレ行きたい〜。」
真理「またかよ。近いくせに短いスカート穿くからだぞ。」
香織「真理っぺも短いじゃない!」
真理「オイラは大丈夫だ。」
由衣「ごめんねえ……」

 結局のところ、香織に頼ってしまって、私たちは予約時間ギリギリでその店に着くことができた。

希美「へえ、スペイン料理にもパスタがあるんだね。」
真理「んなもの、どこにでもあんだろ。」
由衣「スペインのパスタってどんなだろぅね?」
香織「おまえらなあ!!」
真理「なんだよ?」
香織「パスタじゃないだろ、タスパッ!!」
真理「あん?」
希美「タスパってな〜に?」
由衣「スペイン風のパスタのこと?」
香織「あ〜もぉっ!」
真理「なんだってんだよ!?」
香織「これだから○大学のミニモニって言われるんだ!」
真理「うるせえ、オイラはもう卒業してるよ!」
希美「そだよ。今は高橋愛ちゃんが入ったんだよ。(当時、矢口真里脱退後)」
香織「もぅお、現実のミニモニと一緒にするな〜っ!」
由衣「だって香織が言い出したんじゃない!!」
香織「だからぁ……保育科のミカがいてさ、由衣が(加護)亜依だったら……」
真理「おい待てよ。そのセリフ、前にもどこかで使ったぞ。」
希美「うん、私もなんか覚えがある〜!」
由衣「あっ、阿蘇山でだ。」
香織「あ〜あ、こんな3人をまとめるのはつらいわっ!!」
真理「けっ、まるでリーダー気取りだ!」
希美「でもかおりんはリーダーだよね。」
真理「けっ!」
由衣「でさ、パスタ…タスパってな〜に?」
真理「おう、それそれ!!」
香織「タスパって言うのはさあ、スペイン風のお総菜ってところかな。」
希美「お総菜って…おかずみたいな…?」
香織「ん〜、ちょっと違うけど、まぁ似たようなもんだろ。」
希美「やっぱりかおりんは物知りだね。」
真理「けっ!」

 さほど広くない店内で、1年半もの間会っていなかったとは思えないほど私たちの波長はピッタリと合ってしまって、そのおしゃべりは他のお客さんが聞き入って苦笑してしまうほどになっていた。
急に恥ずかしくなってトーンを下げたものの、それがまたこっけいで吹き出してしまう。
 スペインワインに酔いしれて、思い出話に花が咲き出すと、やがてその話は恋愛の方向へと移り出す。
当然私と希美はそのやり玉に挙がって、メールでは伝えきれていない詳細なんかを聞かれ、そしてそれを突っ込まれたりしていた。
 実は私、この2ヶ月ほど前に、彼と二人で3泊4日の南紀旅行をしていた。
本当はそのことを話したくてウズウズしていたけれど、また「展開が早すぎる!!」
とツッコミを入れられると思って、さすがにこの時はそれを言えずにいた。
こんなに幸せな日が続いていいのかと、自問自答している時であった。

真理「しかしののと由衣もついに女になったってかっ!」
由衣「ちょっとぉ、そういう言い方……」
希美「え〜、私はじめから女だよ。」
真理「……」
香織「……」
由衣「……」
希美「ん?、私なんか変なこと言った?」
真理「あのなぁ……ん〜、まぁいっか!」
香織「そうだよ。ののはまだネンネなんだから。そっとしておこう。」
希美「え〜。私もう大人だよぉ。22歳と4ヶ月!」
真理「……」
香織「……」
由衣「……」
希美「ねぇえ、なんでみんな黙っちゃうのよぉ!?」

 希美の言う大人とは何を意味するのか、このときは誰もそれ以上聞こうとはしなかった。
わかって言っているのか、それとも本当に何もわからずに言っているのか、希美はいつもこうだ。
けれどカマトト出来る子ではないので、それが彼女の素なんだろう。

真理「ところで香織よ。」
香織「ん?」
真理「おまえ、人に会うって事で上京してきたんだろ?」
香織「そうだけど……。」
真理「それってズバリ男だろうがっ!」
由衣「え!?」
希美「ふに〜!?」
香織「まぁ…男っていったらまぁ確かに男だけど…。」
希美「なんだぁ、かおりんも彼氏いるんじゃん!!」
由衣「そうだったのぉ?」
香織「いや…みんなが言う彼氏ってほどでもないんだけど…」
真理「けど会ってエッチするんだろ?」
由衣「ぶっ!」
希美「ふひゃぁっ!」
香織「まぁ…そうだな。成り行きでは……な。」
真理「けっ、なにが成り行きだよ。」
由衣「真理はなんで知ってるの?」
真理「おまえら東京組は知らないだろうけどな、香織は時々八王子に来てたのさ。」
希美「彼氏さん八王子なの?」
由衣「遠恋なんだあっ!」
真理「何度か用事で八王子に行くなんてメールあったからピンときたんだわ。」
香織「はは…まぁ確かにな。」
希美「なんだぁ、言ってくれたらよかったのにぃ!」
香織「いやだから…お前らのように恋愛じゃなくてだな…」
真理「セフレか?」
由衣「真理ぃっ!」
希美「せふれってな〜に?」
香織「いや…まぁ腐れ縁っていうのかな、もう2年になるかなぁ……。」
真理「短大時代からのつきあいかよ?」
香織「そうなるな。けど恋愛してる訳じゃないんだなぁ…。」
真理「よくわかんねぇなぁ。」
香織「友達以上恋人未満ってやつさ。」
真理「けっ!」
由衣「なんかさ…ちょっと大人の恋愛って感じじゃない?」
香織「そんな立派なもんじゃないさ。」
真理「まぁ香織流だわな。」
希美「ねえ、せふれってな〜に?」
真理「セックスフレンド!」
香織「おいっ!」
由衣「真理っ!」
希美「せっくす……え〜っ、エッチする友達なのぉっ!!?」
由衣「ののたんシ〜っ!」
真理「こらバカッ!」

 周囲のことなど気にもかけずに思ったことをそのまま口に出してしまう希美。
さすがにそう仕向けてしまった真理が慌てていたのが印象的だった。
 私たちはその後新宿へ出て、もう一軒居酒屋に足を伸ばし、そこでもまたしばらくワイワイと話に華を咲かせて、10時を回った頃にホテルに着いた。
 じゃんけんで部屋割りを決め、私は希美と同じ部屋になり、交代でシャワーを使ってから、しばらく希美のいろんな恋愛に関する失敗談なんかを聞き出していた。
 なぜか希美の前で私は、ついついお姉さん的な言い回しをしてしまう。
いつ頃からそんな風になってしまったんだろうとベッドに入ってから考えていたが、そのまま眠りに入ってしまった私だった。
   翌日わたしたちは、まず香織が行きたいと言っていた初台にある(当時)手塚治虫ワールドに行った。
私はその頃あまり手塚キャラクターを知らずにいたけれど、ほとんどが何かしら見覚えのある物ばかりで、キャラクターたちはみな手塚プロ所属のタレントという設定で、いろんな作品にいろんな役柄で登場しているのだと言うことを知って、改め てそのスケールの大きさに驚いた私だった。
 中でもブラックジャックという作品のピノコという女の子に魅せられてしまった。
自分と彼氏の存在を、このふたりのキャラに重ね合わせて見ていたようだ。
 香織は哲学的な火の鳥、希美はかわいいライオンのジャングル大帝が好きといい、真理はなぜかヒョウタンツギが好きだと言った。
作品ではなくて不思議キャラを好きだと言った真理。
案外そう言った対象を選ぶ真理こそが不思議キャラなのかも知れないと、その時そう思った私だった。
 そのあと真理が希望していた目黒寄生虫館というところに向かった。
そこは文字通り寄生虫をめいっぱい保存展示しているところで、私は一歩踏み出すのにかなり勇気が必要だった。
ここでの内容はあまり触れたくない。
 そして遅いお昼ご飯の時、真理がパスタを食べようと言い出したで、寄生虫を見た後にさすがにそれはないだろと、みんなでやめさせるのに必死になっていた。
11月になったとは思えないほどの暑い日だった。

 夕食は香織が以前何度か行ったことがあるイタリア料理店に行き、そこでパスタとタスパの違いの話題が甦って大爆笑した。
さすがにこの時間になると、もう寄生虫は頭から離れていたから…。

 この日の夜、私は真理とペアの部屋になった。
ふと考えてみると、真理と二人きりで過ごしたことなんてこれまでない。
私は今更にして少し緊張してしまって、初めのうちはかなり口数が少なくなっていたけれど、いつもの真理の雰囲気に乗せられて、その緊張はすぐに解けていく。
そしてくだらない話から、その場にいないのをいいことに希美の裏話までずっとおしゃべりが続き、やがてそれだけでは物足りなくなって隣室の香織と希美を呼び出してみた。
 現れたのは缶ビールを持った香織だけ。
希美はもう寝てしまったという。

香織「で、あれだ。結局おまえらは結婚する方向で進んでるんだって?」
由衣「うん……」
真理「けど由衣はまだ22歳になったばかりだろ。」
香織「まぁ年はいいとしてもさ、話がいっきに進みすぎっていうか…」
真理「そうだよな。彼氏は結婚を焦っているのか?」
由衣「ううん、そんな感じじゃないよ。」
香織「彼氏は29歳か……」
真理「おまえは初めてかもしれないけど、彼は以前つきあってた女性は?」
由衣「ん〜、詳しくは知らないけど…いたみたいだよ。」
香織「なら…ここは真剣だととらえてもいいのかもな?」
真理「まぁな。」
由衣「え、どういうこと?」
真理「彼氏がさ、由衣が初めての女性だとしたらさ、一気に加速するってこと。」
由衣「?」
香織「男の方が結婚への妄想が強いってことだよ。」
由衣「よくわかんない…」
真理「女はけっこう現実主義。男はさ、ロマンチストが多いんだな。」
由衣「ふ〜ん…」
真理「由衣が餌に飛びついてきたから、手っ取り早く釣り上げてしまおうってな。」
香織「そうそう、話を聞いてるとさ、はじめそんな風に思ったよ。」
由衣「あ〜ちゃんはそんな人じゃないよ〜!!」
香織「ああ、まぁ確かに軽い気持ちじゃないことだけはわかったよ。」
真理「あとは由衣……、おまえは彼氏だけでいいのか?」
由衣「え、いいのかって…なにが?」
真理「ほかの男を知らなくていいのかってこと。」
由衣「い…いいよぉ。そんなの。」
香織「まぁたくさん知ってる事がいいって事にもならないけどな。」
真理「つうことはぁ…彼氏はだなぁ…」
由衣「……なによぉ!?」
真理「おそらくきっとだな、少しロリ気味な男だな。」
由衣「ど、どうしてそうなるのよぉっ!?」
真理「だってだな、幼児体型でツルツルがお好みだもんな。」
由衣「真理っぺ!!」
真理「あいてっ、バカヤロウ!、これは大事な事なんだぞ!!」
由衣「なにがよぉっ!?」
真理「よく考えてみろ。29歳の男が由衣にメロメロなんだろ。」
由衣「?」
真理「彼氏を引きつける要素の一つだろうがよ!、由衣が……」
香織「なるほど。真理の表現はまぁあれだけど、たしかに一理あるぞ。」
由衣「…わかんない……」
香織「初め軽い気持ちだったとしても、由衣の存在が彼氏を射止めたって事さ。」
由衣「…それってほめられてるの?」
真理「あたりきだよ。」

 初めは、私たちのおつきあいを少しけなされていると思っていた私だったが、実は真理も香織も真剣に私のことを思って言ってくれている事に気がつく。
そうなんだ、これまでもずっと、このふたりは私が発憤しやすいように話を投げかけてくれて、そしていつも的確なアドバイスをくれている。
 私はそのことがうれしくて、その後もかなり遅い時間までずっと恋愛論を繰り広げていた。
アルコールを飲みながらのおしゃべりになっていたので、最後の方はここでは表現できない生々しい内容にまで入り込んで、ベッドに入ったのは零時を少し回った頃になっていた。

 翌朝、香織は遠恋の彼と会うために八王子へ向かう京王線、真理は午後から甲府で用事があるというので中央線特急、希美は彼が住んでいる赤羽に向かうと言って埼京線。私は寮に戻るために中央線快速と、チェックアウトを済ませた私たちはそ れぞれの方向に分かれるために、小雨が降る新宿駅で解散した。
 バタバタしていた訳でもないのに、誰一人として次に会う約束を交わしていない。
それでも私はかつてのような一抹の不安と寂しさは感じなかった。
それは、こうして2日間を楽しく過ごせた満足感なのか、それともこの4人はいつでも会えるという安心感がそうさせたのか……。 
 あんがい次に会うのは誰かの結婚式だったりするのかな……?
そんなことを妄想しながら、私はみんなを見送ってから中央線快速のホームへと降り立っていった。
階段を軽くスキップしている私だった。



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