私たちの出航(たびだち)第2章 [卒業旅行 1.]




はじめに

 真理と出会った学生時代の出来事を、自分の思いで日記のようにして書き進めてきましたけれど、そんな私たちもついに卒業を迎えて、これまでのようにいつもつるんでバカ騒ぎをするという事も出来なくなってしまいました。
 4人それぞれが社会人になって、それぞれの道を歩き始める「卒業」を迎え、それでもずっと友達でいたいとう強い思いは、4人ともみな同じだったと思います。
 これより展開していくお話は「由衣の独り言」や小説などですでに掲載されている内容と重複していく事が多くなります。
  それらと併せて読んでいただいて、私たちがどう成長していったのか、どう変わっていったのかを知っていただけら幸いです。

☆  ☆  ☆

 卒業式を直前に控えたある日、すべてを任せていた香織が旅行日程の詳細を持ってきてくれた。
行き先は熊本を中心とした中九州。
それは往復に飛行機を使い、現地ではレンタカーを借りて回るという3泊4日の豪華な内容のもので、すでに香織がそのすべてを立て替え払いしてくれていた。
旅行代理店に勤める香織の先輩の計らいで、往復の飛行機をツアー客扱いにしてもらっているため、かなり低予算で組まれている。
 車の免許を持っているのは香織だけなので、現地では彼女に相当負担を掛けることになるけれど、
「どうせ私が連れて回らないと、みんなどこにも行けないだろ!?」
 と、リーダー的存在をアピールして、むしろ運転することを喜んでいてくれたのが心強かった。
 そんな中、旅行中の傷害保険に入るために皆が必要事項を記入している時に、思いも寄らない衝撃的な事実がそこで判明した。

香織「え…ちょっと真理…おまえ…」
真理「あん、なんか間違ってるか?」
香織「いや…そうじゃなくてさ…」
由衣「どうしたの?」
希美「あ、現住所を甲府にしてるからだめなんじゃない?」
由衣「だったら香織だって松本にしてあるじゃん。」
香織「そう言うことじゃなくてさ、真理って……」
由衣「え!」
希美「まりっぺぇ、」
真理「なんだってんだよ!?」
由衣「え〜、真理って……私たちより…おねえさんなの?」
希美「ほんとだぁっ、ふたつも年上じゃん!」
香織「と…これは私も知らなかったなぁ…」
真理「そうだっけ、言ってなかったっけ?」
由衣「聞いてないよぉ。」
真理「前に…実習先の打ち上げだったかな、あの時にそう言わなかったか?」
希美「ああ、由衣ちゃんが私より月下だったってとき?」
香織「いや…生まれ月の話はしてたけど…」
真理「そうだったか。悪い悪い。」
由衣「じゃぁ…真理さんって呼ばなきゃ…じゃん。」
真理「よせやい今さら。」
希美「でもぉ、おねえさんじゃん。」
真理「歳なんて関係ねぇよ。いつも言ってる通り一緒にいたいからいる。だろ?」
香織「…そうだな。真理は真理のまんまだもんな。」
真理「そう言うこと。それに香織よりも若く見えるだろ?」
香織「それはちっこいからだろが!」
真理「うるせぇっ、ちっこいはよけいだろが!」

 真理が私たちより2歳上だった事、私はこの時初めてそれを知った。
彼女は高校を出た後、すぐに東京で美容師の学校に行ったそうで、しばらくはその道でやっていたけれど、いろいろあって今があるという。
 そういえば、以前彼女に髪を切られたとき、その手つきが凄くあざやかだったのを思い出した私。
今から思うと道具類もすべて揃っていた訳だけど、あの時の私はそれすら何も気にかけずにいたわけで、ほんとにおとぼけだ。

 こうして私たちは無事に卒業式を迎え、いろんな卒コンや謝恩会なんかを経て、そしてついにその旅行当日を迎えた。(卒業旅行参照)
 何度も断ったのに、私の母親はみんなの顔を見たいからと言って羽田空港まで着いてきてしまったので、それが恥ずかしくてならなかったけれど、希美は両親が来ていたので少しホッとした事を今でも強く覚えている。
 こうしてツアー客に混じった私たちは一路熊本へと飛び立って、その日はその団体と一緒に熊本市内をバスで観光し、宿泊先の交通センターホテルに着いた。
明日からは私たちだけの思い出作りの行動になる。

香織「さあ明日は阿蘇に行く?、それとも天草方面がいいか?」
真理「ん〜、どちらでもよかばってんたい!」
香織「へんな九州弁使うなよ。」
希美「真理っぺおもしろ〜い!」
香織「乗せちゃいけないって、真理はすぐ調子に乗るんだから。」
真理「へへ〜い、オイラお調子者ですけん!!」
希美「あははは」
香織「こらっ!」
真理「どした由衣、疲れたのか?」
由衣「ううんちがうよ。なんかさ、みんなを見てると楽しくてさ…」
真理「ほひ?」
由衣「なんかさぁ、ほんににみんなといるのが不思議でさぁ……」
香織「おやおや、もう感傷に浸りだした奴がいるぞ。」
真理「まぁ由衣は感受性が高い子だからな。それよかメシに繰り出そうぜ!」
希美「おなかすいた〜!」

 食事に出かけた先で熊本の名物「馬刺し」が出てくると、これは甲府の方がおいしいと真理が言いだし、他3人がそうでもないと言ってしまったことで、彼女はムキになって甲府の馬刺しをアピールしていた。
結局、真理がお土産でくれた冷凍物と、料理店で出される物との鮮度の違いだろうと言うことでそれは落ちついたけれど、真理の郷土愛は凄いんだなと、その時私は思っていた。
 その夜は私と希美が同じ部屋で寝ることになったけど、予想していたとおり、やっぱり彼女は「由衣ちゃん一緒に寝ようよぉ!」と、私のベッドに潜り込んできた。
この甘えん坊さん、社会人になっても治らないのでは……?

 翌日、かなり曇り空の中、私たちは手配していたレンタカーに乗って阿蘇山に向かった。
地図を頼りに(当時はまだカーナビがない)まずはじめに熊牧場に到着し、生まれたての小熊を抱っこしたりして楽しんだあと、いよいよ阿蘇の火口に向かう。

真理「ねぇよ、阿蘇山ってどっちに見えるんだ?」
香織「え!?」
真理「まだ遠いのかなぁ?」
香織「ええ!?」
希美「あ、真理っぺぇひょっとしてぇ……」
真理「あん?」
香織「ここら一体が阿蘇山だよ。」
真理「はぁん?」
香織「もう阿蘇の山の中ってわけ。」
真理「はあぁ???」
香織「いい。ここら一体を外輪山と言ってね、もう阿蘇山の中にいるんだよ。」
真理「へえっ、オイラ富士山のような山を想像してたよ。」
真理「まぁ山梨県人なら富士山を思い浮かべるのも無理ないかもな。」
希美「わたし知ってたもんね〜!!」
真理「けっ、どうせぶっつけでガイドブックでも見てたからだろ。」
希美「べ〜だっ!」

 正直言って私も真理と同じで阿蘇山の地形のことなど知らずにいたので。その会話には全く入れなかったけれど、そんなことよりも、あの行動的で積極的で何事にも強気な真理が、実は地理が案外苦手なんだと知って、それが訳もなくうれしく感じていた私だった。
 それからしばらく走って草千里という所に着くと、火口はすぐ目の前に見え、そこから吹き上げる火山性の煙と火山灰の多さが半端ないことに驚かされた。
アスファルトにも灰が積もっている。
 休憩所を兼ねた火山博物館の中のレストランで食事をしていると、すぐ目の前に観光乗馬を体験出来る案内がある。
私は高校の修学旅行で乗馬を経験していたので乗りたいと言うと、だれも賛同してくれない。
この旅行のリーダー格である香織がすごく怖がっているし、真理なんか
「オイラにその話を振るなよ!!」
 と言わんばりにそっぽを向いている。
ここでもまた香織と真理の知らなかった一面を見てしまったようで、私はまた訳もなくうれしい気持ちになっていた。
結局私だけが乗馬することになって、草千里を一周するおよそ2キロほどの引馬なし……つまり私一人で乗るコースを選んだ。
 気持ちよくカッポカッポと進んでいたけれど、行程半ばあたりまで来た頃、それまでもかなり怪しかった空模様がさらに険しい状態に変化していって、火山灰混じりの風も強くなりだした。
もう数分もしないうちに雨が降り出しそうだ。
 私は早く帰ろうと馬のおなかを蹴ってみたけれど、スニーカーで蹴った程度では馬は何の反応もせず、決められたコースをゆっくりと歩くだけだった。
言い換えればその馬はよく訓練されていて、きちんと決められたコースを歩いている訳だけど、そうであるならば、馬はかけ声だけで反応するということを修学旅行の乗馬体験で習ったことを思い出し、
「ギャローップッ!」
 と、私は駆け足走行になる合図を発っした。
途端にその馬は駆け足になり、それが余りにも不意なことだったので、私は振り落とされそうになって、あわてて手綱をグッと引いたものだから、今度はそのことで馬は駆け足を止めて立ち止まってしまったので、その反動で鐙(あぶみ)に固定されていた靴が脱げて、私は軽々と宙を舞って馬の右首すじをかすめて草の上に背中から投げ出されてしまった。
 生い茂った草の上であった事が幸いして、背中に少し痛みを感じたものの、私はどうにか動く事が出来て、靴をはき直してから手綱を引いて乗ろうとしたんだけれど、私の身長からすると馬の鞍はとてつもなく高くて届かないので、少し先の岩場のようなところまで馬を引いて行って、手頃な岩によじ登ってやっと鞍に乗り直すことが出来た。
「ハイッ!」
 と声をかけると、待っていたかのように馬は小走りになって、少し頃合いを見計らって心の準備をしてから
「ギャローップッ!」
 と駆け足を命令して、私はみんなが待ってくれている場所に急いだ。
駆け足で戻ってきた私を見て、真理なんかは
「由衣にそんなおてんばな一面があったとはなぁ!!」
 と、冷やかし半分で言うので、私も真理がけっこう恐がりだと知って驚いているよと言い返してやった。
「うるせぇっ、オイラは単に馬が嫌いなだけだっ!」
 予想していた通りの回答が返ってきたので、それがまたおかしくてひとり笑っていた私だった。

 空はいよいよ泣き出しそうな雲行きになって、火口へのロープウエイ駅に着いた頃には、雨がポツリポツリと降り出してきた。
 次の出発まで20分ほど有るので、自販機の缶コーヒーを飲みながらぼんやりと雨混じりの外を眺めていると、
「火口行きの便をお待ちのお客様に申し上げます…」
 と、スピーカーから飽和状態の音声が流れてきた。
私たちはみな一瞬いやな予感を抱いて固まってしまう。
そのアナウンスは、火口付近は天候が悪く、強風と雨で危険な状態になっているのでロープウエイの運行を中止するというものであった。
 たしかに外はかなり雨が強くなってきていたので、火口付近は相当なものだろうと想像できる。
私が馬なんかに乗らずにまっすぐここに来ていたら、火口まで行けたのかもしれないと感じて、そのことをみんなに謝って、とりあえずまた出直したらいいからと、土産物だけをあさって車に戻った。

真理「ついてないなぁ……」
希美「行きたかったよねぇ火口……」
由衣「ほんと…ごめんね、私のわがままで……」
香織「いや、由衣のおかげだよ。」
由衣「え、なんで?」
香織「由衣が馬に乗ってなかったら、きっと火口付近には行けたけどさ…」
由衣「うん……」
香織「でもこの状態じゃ上の駅で足止め食らってるよ、きっと。」
真理「おぅそうかもなぁ、ロープウエイ停まってて降りてこれないか。」
希美「わぁあ、それはあり得るよねぇ。」
由衣「……」
香織「あした天気がよかったらまた来たらいいじゃんか!」
真理「そうだべな、そうすっぺっ!」
希美「まりっぺってどこの人ぉ?」
真理「オイラ山梨県人ですたい。」
希美「へんな人!!」
真理「うるせぇ、ちゃんとまともに答えてやってんだぞっ!」
希美「べ〜っ!!」

 激しさをます雨の中を、香織が運転するその腕だけを頼りに、私たちはは熊本市内へと向かっていった。
が、
「ちょっと…やばいかもな……」
 と、その香織がポツリとつぶやいた。
火山灰を含んだ雨のため、フロントガラスにはワイパーの動く範囲以外は濡れた灰がこびりついて視界が狭くなり、おまけにそのワイパーにも火山灰が付着して、いくつもの筋状の汚れを作っていくために、更に視界を悪くしていた。
おまけにアスファルトに覆い被さっている火山灰で車がスリップすると言う。
「ごめん、ちょっと自信ないわ……」
 車の天井にもバラバラと激しい雨音が響きだした時、香織が顔色をなくしてそう言いながら車を路肩に寄せて停まろうとした。
ガタンッ!
その時急に大きな衝撃が伝わって車が左に傾いた。
「やべぇやっちまったあっ!!」
 香織が叫ぶ。
視界が悪くて、側溝に前輪をはめてしまったようだ。
あわててバックしようとしたが、動かない。
「だめだこりゃ……」
 香織がつぶやいた。
あとの3人は緊張した面持ちで香織を見守るしかない。

香織「やばいな。タイヤが灰でスリップして動かないわ。」
真理「そっか…降りてみんなで押そうか?」
香織「いや…この雨だし……もう少し小降りになるまで待って…」
真理「そうだな。小降りになったらみんなで押し上げようぜ!」
由衣「うん。」
希美「それでもダメならJAFに助けてもらったらいいじゃん。」
真理「おっ、ののたんもたまにはいいこと言うなぁ!」
希美「たまにじゃないよ〜だ。」
香織「あの…圏外だ、ここ……」
希美「……」
真理「はは……こりゃ笑うに笑えないわ。」

 まだ3時過ぎだというのに、火山灰の雨で空は真っ暗になっていた。
私たちを追い越していく車はまったくないものの、たまに対向車がある。
雨さえ降っていなければ助けてもらえるかもしれないが、この土砂降りの状態ではそれも出来なくて、何となく不安な空気が車内を包んでいった。

 それから1時間ほどが過ぎ、ようやく雨が小降りになって空が少し明るさを取り戻してきた時に、
「よし、今のうちだ!」
「おっしゃあっ、車を助けようぜ!」
 香織と真理のかけ声とともに一斉に車から降りた4人。
その瞬間にブルッとふるえるほどの寒さを感じた。
1時間あまり暖かい車内にいたために、外気はいっそう寒く感じられた。
 車の前輪は、側溝ではなくアスファルトの大きなくぼみに入り込んでいた。
そのために右後輪が浮いてしまっているので、左後輪だけではスリップすてバック出来ないでいたようだ。
「みんなで押すしかないな。」
 香織の言葉で車の前に回り込んで、押し上げようとしたけれど、それは思った以上に困難で、思うように事が運ばない。

香織「えと、この中で一番軽いのは……由衣?」
由衣「ん…たぶん…」
香織「じゃぁ由衣、乗ってバックでアクセル践んで!」
由衣「え、だって私…運転なんてできないよ…」
真理「アクセル踏むだけだろが!」
由衣「だって…アクセルってどれだかわかんない…」
香織「いいか、このペダルをゆっくりと踏むんだ。」
由衣「うん……」
香織「で、動いたらすぐにブレーキ践むんだ。」
由衣「ブレーキって?」
香織「その左の…そう横長のペダルだよ。」
由衣「だって…怖いよ…私……」
香織「いいからっ、今はそれしか方法ないんだからっ!!」
由衣「……」

 小降りとは言っても、それなりに降り続く雨の中でだ。
早くしないと風邪をひいてしまう。
私は言われたとおりに恐る恐るアクセルを踏んでみた。
「由衣、それじゃダメだ。もう少し強く踏み込んでっ!」
 香織が叫ぶ。
言われるままに私は強くペダルを踏み込んでみたけれど、アスファルトにタイヤがこすれる音が大きくなるだけでいっこうに動く気配がなかった。

 途方に暮れていると、そこへ測候所へ向かうらしきジープがさしかかった。
香織が大きく手を振って合図すると、若い男性二人が降りてきて
「どうしました?」
 と声をかけてくれ、香織が事情を説明すると男性は車の周りを確認し、ジープで引っ張り出すと言ってくれて、ワイヤーロープを取り出し、小雨の中でテキパキと作業してくれた。
私たちは4人固まってその作業を見守るしかない。
 しばらくしてようやく車は脱出でき、私たちはホッとして、後日お礼がしたいからと、遠慮するふたりの男性の連絡先を聞いて、
「あの、ここから一番近い休憩所って?」
 と香織が聞いてくれた。
「すぐそこの火山博物館が近いな。」
 男性たちはそう言うと、ジープに乗り込んで走り去っていった。
火山博物館は通り過ぎていたけれど、そんなに距離はない。
香織は車をUターンさせると、視界が悪いフロントガラスの事もあってかなりゆっくりと走り出した。

 火山博物館に到着すると、私たちはまずトイレを済ませ、お店の人にフロントガラスを洗いたいと頼んだところ、快く横手にあるホースを使うことを認めてくれて、雨に混じった灰で黒くなってしまった車を洗うことが出来た。
 車は元の白い色に戻ったけれど、私たちも火山灰混じりの雨に打たれていたために、着ている服はすっかり黒ずんだ灰だらけになってしまっていた。
オシャレをしていない事が幸いだった。
 お礼に…って訳ではないけれど、少しおみやげなんかを買い求めて、雨が上がった道をまた熊本市内に向かってゆっくりと帰って行った私たち。
 その夜、ひとりで車を運転していた香織はかなり疲れた様子で、食事が済んでしばらくしたら「寝る!」と言って早々にベッドに潜り込んでしまった。
明日のこともあるからゆっくり寝てもらおうと、私たち3人はもう一つの部屋に移動して、しばらくおしゃべりしているうちに真理も眠りだして、香織を起こすといけないからと、結局私はまた希美と同じベッドに寝ることになってしまった。
 指をくわえながら眠る希美が幼く見えるのは当たり前なんだけど、小さく口を開けて眠る真理の寝顔も、実はかなり幼く見えてしまう。
本当に2歳も年上なんだろうかと思えるほど……かわいい寝顔だった。



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