私たちの出航(たびだち) [やんちゃ娘・そして卒業]




 香織と真理のふたりに出会った事をきっかけに、環境が大きく変わった私に笑顔が戻って、前のように明るくなった事を両親はすごく喜んでいた。
それでも学園祭の頃から急に帰りが遅くなったり、外泊が多くなり出すと、その喜びは心配へと変化していたようだ。
ちょうど同じ時期、姉の麻衣が大阪転勤になって家を空けたので、2人姉妹の私は実質ひとりっ子と同じになってしまったからだ。
 元々ひとりっ子の希美は、おそらくは私以上に心配をかけていたのではと思う。
それでも学校へ行くことが楽しくて仕方がなかった私と希美。
そんな両親の心配なんか知ることもなしに、誘われるがままにかなりやんちゃな楽しい日々を送っていた。

 学園祭が終わった数日後のある日、私たちはある合コンに誘われた。
相手はその学園祭を見に来ていた某大学の学生で、実行委員に申し入れをしてきたらしい。
私は正直あまり乗り気ではなかったけれど、香織は実行委員だし真理も参加するというので、とりあえず顔だけ出して早々に切り上げて帰ろうと、希美とそんな約束を交わしてみんなについて行った。
 女子たちはいつもよりもおしゃれをしていたけれど、私は普段通りのジーンズにセーターですっぴん、希美も似たような格好で、真理に至ってはデニムの上下だ。
香織もいつも通りのスマートなワンピース姿で、特におしゃれはしていない。
 大きなテーブルをふたつ縦に並べて、男女それぞれ8人が向かい合って合コンが始まった。
自己紹介が始まって真理の番が来ると、
「え〜オイラ商業実務科2年のヤグチ・マリです。」
 と、本名ではなくてあの学園祭の時の役名で自分を紹介した。
私は驚いて両サイドの香織と希美の顔を見ると、希美はポカンとしていたけれど香織はニンマリと微笑んでいる。
「へぇモー娘。の矢口と同じ名前なんだ。」
「何となく雰囲気あるじゃん。」
「ちっこいところも似てるっていうか…」
 さっそく男子学生たちはそれに食いつき出す。
「同じくイイダ・カオリです。」
 すかさず香織も同じように役名で紹介したもんだから、男子たちはさすがに
「えぇ、マジかよ?」
「君も雰囲気あるけど…まさかね?」
 と、少しざわめき出す。
こうなったら私もこの波に乗るしかない。
「えっと、こう見えてももう二十歳になったカゴ・アイです。」
 私もサラッとそう自己紹介しながらそっと希美をつついて合図した。
「おいおい…」
「冗談キツイよぉ。」
「できすぎじゃねぇの?」
 男子たちのざわめきが大きくなったところに、
「私もぉ、もうお酒が飲める歳になってるツジ・ノゾミで〜す!」
 希美がうまくその波に乗ってくれたことで、そこで一気に笑いが起こった。
「たしかに4人とも雰囲気あるけどさぁ…」
「ミニモニ踊ってるのは見てたけど、それ役名でしょ?」
「あれぇ、ミカちゃんは今日は来てないんだ!」
「それよかさー、本名教えてよー。」
 という男子に、
「彼女たちはさぁ、普段でもそう呼び合っているんだよ。」
 実行委員の一人が少しおおげさに説明を加えて
「本名が知りたかったらゲットする事だよね。」
 と、場を盛り上げるように運んでくれた事で、それからしばらくは私たち4人が話の中心になって、
「本物の辻ちゃん加護ちゃんよりかわいいじゃん!」
 と言われると、お世辞と判っていてもそれはそれで悪い気はしなかった。
それにしても当時のモーニング娘。の勢力は凄かったようで、8人の男子学生全員が何らかの形でその話題に入ってきていたのは今でも印象に残っている。
 そんな中でふと気づいた事がある。
それは男子たちが時々私の事を「辻ちゃん」と言ったり、希美を「加護ちゃん」と、取り違えて話しかけてくることだった。
確かに同じような服装だったし、おまけに同じような背格好だけど、それでも顔はまるっきり違う私と希美。
なのによく取り違えられて、私は面倒だからスルーしていたけれど、希美はそのたびに
「わたし加護ちゃんじゃないもん!!」
 と、ムキになって否定していた。
きっと私自身が、本物の加護ちゃんと辻ちゃんの区別がつかなかった事と同じようなものなのだろうか?
 お開きの後その事を真理に話すと、
「それおもしろいじゃん。」
 と、なにかいたずらっぽい目で笑っていた。
(真理っぺ、なにか悪さを考えてるなぁ!!)

 それから数週間後、また飲み会のお誘いがあった。
ある中堅商社の若手営業マンだという。

香織「今度は学園祭のミニモニの事を知らない相手だからあの手は使えないぞ。」
由衣「そうだよね。普通にやるんでしょ?」
真理「それじゃぁおもしろくもなんともねえじゃん。」
希美「え〜、まりっぺなんか考えてるのぉ?」
真理「ん〜…そうだなぁ……」
香織「おいおい、相手をからかっておもしろいのかよ?」
真理「はん、オイラ別に男をゲットしようなんて気はないからな。」
由衣「私も興味ない〜。」
希美「わたしもぉ。」
香織「おいよ、そりゃぁ私だってそんなこと思ってないけどさ。」
真理「とにかくよ、相手をなんか驚かせる事ないかなってさ…」
香織「お前ってそう言うこと好きだなぁ。」
真理「って言うかさ、このふたりがそういうのにもってこいの素材なんだわ。」
希美「え〜、私そんな芸ないよ〜。」
真理「そんなもんいらねぇよ。ふたりの存在がおもしろいんだよ。」
由衣「なんか…バカにしてない?」
真理「よせやい。お前もホントはそういうの好きだろ?」
由衣「ま…まぁきらいな方じゃない…」
真理「だろが。ん〜……そうだなぁ……よし、ロリータ作戦で行こう!!」
香織「ロリータ!?」
由衣「はぁっ!?」
希美「なぁにそれ?」

 真理が幼く見えるような服を持っていないかと聞いたけれど、私はこれといって思い当たる物がない。
でも希美は高1の頃まで着ていたチェック柄のジャンパースカートとか、いくつかそういう系統の服があると言ったので、学校帰りに家まで押しかけることになってしまった。
 本人の意志なのか、あるいは彼女の母親がそうなのか、希美が持っている洋服はどちらかというと確かに少し幼く見える感じのモノが多い。
かなり古いモノまで捨てずに残されていたから驚きだ。
言っていたジャンパースカートは、当時相当お気に入りだったようで、よく見ると少しデザインが違うブルー系とグリーン系の色違いで2着あった。
 真理に促されてそれを着てみると、かなりミニではあるけれどスッポリと収まる。
5年前の服がフィットすると言うことは、それ以後も太っていない訳だから喜ばしいんだけれど、身長も変わっていないと言うことなので、少し複雑な気持ちだった。
 同じような服を着て並ぶ私と希美を見て、真理は得意げにああだこうだと指示をする。
初め冷ややかにそれを見ていた香織までが、おもしろそうだと言い出して、結局次の合コンで私と希美は、そのおさな系の格好で参加することになってしまい、そしてその日は希美のうちで夕ご飯までいただいて帰った。

 当日、希美から借りた衣装をカバンに詰めて学校に行くと、講義終わりに服飾の実習室に来いと真理が言った。
希美と連れだってそこへ行くと、大きな姿見の前にイスがふたつ置かれていて、そこに鏡の方を向いて座れと言う。
そして真理は私たちの髪の毛をクシでとかしながら、
「由衣の方が少し長いな。ちょっと切るぞ。いいな!」
 と言いながら、シーツのような布を私に巻いて、自分のカバンからハサミなんかを取り出すとチョキチョキとやり出した。
その手つきはすごくリズミカルで、まるで理容院でやってもらっているのと錯覚するほどの感じで、違和感もう不安感もが全くなかったのが不思議だった。
そしてできあがった私と希美のヘアスタイルは、おそろいの短めツインテール。
あの舞台でやったミニモニのおとなしめバージョンだった。
 この髪型で白いセーターに例のジャンパースカート、生足に白のハイソを穿いてみると、私も希美も顔の作りが幼いから、どう見ても高校生かあるいはそれよりも下に見えてしまいそうだ。

由衣「ねぇ、この格好ってちょっとやり過ぎじゃない?」
真理「いんや、これでいいんだよ。」
由衣「でもぉ、お酒の場所に行くんだよ。」
真理「だからいいんじゃねぇか。」
由衣「へ?」
希美「未成年が飲んでるって言われちゃうよぉ。」
真理「そうなったらこっちの思うツボってやつよ。」
由衣「もう大人だよって驚かせるの?」
真理「まぁ簡単に言うとそんなところだな。」
香織「やれやれ、真理の本領発揮ってやつだな。」
真理「合コンなんてくっちゃべってるだけだから、こういうお遊びがある方がな!」
香織「たしかに初めはインパクトあるけどなぁ。」
真理「だからよ、流れとしてはまずこうだ。いいか……」

 真理が指示するとおり、私と希美は香織と共に近所の茶店で待機していて、その会に少し遅れて会場に入る事になった。
女性3人が欠員のままで乾杯が始まって、美人と美少女が来るからもう少し待つようにって男性陣をなだめた真理が、ケータイで 「今どのあたりだよ。みんな待ってるから早く来いよ!」
 なんて白々しいセリフを言って、それを合図に私たちはその店に向かう。
どんな女性が来るのかと待ちかまえている男性の前に、香織に手を引かれた私と希美がオドオドした様子で入っていくもんだから、男性たちは一瞬固まってしまう。
「遅くなってごめんなさい。」
 と香織が自己紹介して、私と希美はそれに続いて「由衣です。」「希美です。」
と、名前だけを告げると、
「えっと、妹さん?」
「双子なの?、何歳なのかな?」
「え、3姉妹ってわけ?」
 男性たちはもう私たちに注目だけど、中には合コンに子どもを連れてきてどうするんだと言いたげな人もいた。
「細かいことはこれからでいいじゃん。おい、早くなんか注文しろよ。」
 真理がそう言って割って入り、オーダーベルを鳴らして店員を呼ぶ。
「お待たせしました。ご注文は?」
 すぐにやってきた店員に対して香織が
「とりあえず私は生中ね。」
 と言うので、すかさず私と希美も
「私たちもビール!!」
 と、少し高い声でそう告げると、店員は怪訝な顔をしていた。
もちろんそこにいる男性陣もそれは同じで、だれも止めたりはしないけど、みな心の中で「いいのかな?」と思っていたようだ。
店員がその場を去ってしばらくすると、店の責任者風の男性がやってきて、
「申し訳ございません。どなたか代表の方はいらっしゃいますか?」
 と声をかけてきた。
真理はしてやったり!!といった顔をしている。
男性の代表がなにやら話をして、
「悪い。未成年者にアルコールの提供は出来ないってさ。」
 と私と希美の方を向いてそう言った。
「はん!、だれが未成年だって!?」
 待ってましたとばかりに真理が立ち上がって、
「ひょっとしてこのふたりのことを言っているのかな?」
 と店の人に詰め寄る。
「申し訳ございません、当店では…」
 と言いかけたその人に対して、真理はすかさず
「おい由衣と希美。学生証みせてやんな!」
 と得意げに言って、私たちから受け取ったそれを店員の目の前にこれ見よがしに指し示した。
店の人は何度もそれと私たちとを見比べながら、
「重ね重ね申し訳ございません。当方の早合点のようでして……」
 と、何度か頭を下げて、走り去るようにしてその場を去っていった。
「えー、ふたりとも二十歳こえてるの?」
「ってことは、香織さんとは3姉妹じゃないってことかな?」
「でも双子は双子なんだよね?、二卵性なのかな?」
 そばらくはそんな会話が続き、真理は、みんなを驚かせることと店の人をだますことが目的だったと、やっとその時になって暴露し、私と希美は双子でも何でもない個人だと言って場を盛り上げていた。
そして、その席上でも私と希美は、やはりよく名前を取り違えて呼ばれていた。

 真理のいたずらはこれで終わったわけではない。
その夜は香織の部屋に泊めてもらうことになっていて、4人でそこへ向かっていた途中、比較的大きなコンビニがあって、彼女はそこでもいたずらすることを思いついていた。
 まずはじめに希美が香織と一緒にコンビニに入っていく。
外で待っている私は真理のジャケットを羽織って、複数の人が入っていくときに便乗してサッと店内に入り、希美がレジをしている間にジャケットを脱いで、希美が買った商品と全く同じモノを持って数分後に私も同じ人のレジに行く。
さすがにその中年の店員さんはちょっと怪訝な顔をして、何度も希美が出て行ったドアの方を眺めていた。
同じような顔かたちの女の子が、ふたり別々に全く同じ商品を買っているんだから、おそらく何らかの違和感を持ったことだろう。
そんな様子を少し離れたところから眺めていた真理はニヤニヤしながら楽しんでいるようであった。
 でもこの後、いたずらですまされない事態が起こる。
時はすでに午前0時を回っていたけれど、アルコールが入っている私たちはそんなこと気にもせず、キャッキャと騒ぎながら歩いていた。
そこへ巡回中のパトカーが通りかかり、やっぱり私と希美の存在が目立ってしまって職務質問……。
すぐに学生証を見せて成人している事を証明したけれど、こんな夜中にその格好では危険だと忠告されて、結局香織の部屋の前までパトカーの護衛付き……。
あの時もし学生証とか持っていなかったら、いったいどうなっていたんだろうって、今思い出してもちょっと背中が寒くなる…そんな一瞬だった。

 年末年始を挟んでいくつかの合コンに誘われていた。
でも当時の私は男の人たちとしゃべることよりも、真理や香織や希美と一緒にいることの方が遙かに楽しくて、それ以後はほとんどそう言った会に参加していない。
希美も私と全く同じようなことを言っていた。
 真理や香織も先に言っていたように、飲み会で男性をゲットしようというような考えはなかったようで、何度か合コンには出ていたようだけど、いずれも早々に引き上げていたようであった。
 私の就職が決まって少し落ち着いた頃、卒業祝いを兼ねた合コンに誘われた。
相手は某広告代理店の若手社員。
学生最後の合コンになるだろうからと、今回は私も希美も参加することにしたけれど、その結果はひどくしらけた内容のモノだった。
 当時私は芸能界に全く興味がなかったのに、その男性たちはしきりに業界の話をしたがり、芸能人の裏話や放送局の裏話、果ては某芸人と飲んだことがルとか、今度だれそれを紹介してあげるとか、もう自慢話ばっかりで……かなりうんざりしていた私。
こういった業界の人たちとは絶対につきあいたくないと思ったひとときだった。

 そして……
ついに私たちの卒業が近づいてきた。
まもなく香織と真理はそれぞれ長野と山梨に帰っていく。
私は4人での楽しい思い出を残したくて、何か出来ないかといろいろ考えていた。

真理「なぁよ、由衣も希美も4月1日から出勤だったよな。」
希美「うん。」
由衣「そうだけど、私は31日に事前説明会があるんだって。」
真理「ふむ。なぁ香織よ、それまでにみんなで旅行にでも行くかぁ!?」
香織「おっ、卒業旅行か?」
由衣「あっ、それいいじゃん。私絶対行きた〜い!」
希美「わたしも〜!!」
真理「この際だからよ、パ〜ッと海外でもいいな!」
香織「あっと、私はパスポート持ってないから…いまからじゃ間に合わないわ。」
由衣「あ、私も持ってない。」
希美「わたしも〜。」
真理「そっか。そういえばオイラも持ってねぇや。」
希美「なぁにそれぇ。」
真理「うるせぇ、言ってみただけだ。」
希美「べ〜っ!」
香織「まぁ国内で…そうだなぁ、どこがいいかなぁ?」
希美「北海道にしようよ。私が案内してあげる〜。」
真理「ののが案内できるのは函館だけだろが!?」
希美「ふぎ〜っ!」
由衣「北海道はまだ寒いんじゃない。むしろ南の方に行こうよ。」
真理「沖縄かぁ。いいなそれ。」
香織「いやぁ…沖縄はシーズンに入って予約が取りにくい可能性があるなぁ。」
真理「そっか。みんな行きたがるもんな。」
由衣「じゃぁ九州あたりなんかどう?、たとえば阿蘇山とか?」
香織「うん、火の国に天草か。それいいかもな。
希美「かおりん詳しいねぇ。」
真理「かおりよ、悪いけどおめぇでなんかプラン組んでみてくれよ。」
香織「分かった。手配してみるわ。」
由衣「かおりだけに任せていいの?」
真理「いいって事よ。元々香織はそういう仕事がしたかったんだもんな。」
由衣「へ〜そうなのぉ?」
希美「なんかカッコいいね。」
真理「カッコで仕事するもんじゃねぇだろが?」
希美「ぶぎ〜っ!」

 私の大事な大事な思いで作りのプランが、こうして香織の手によって実現しようとし始めた。
そう、真理や香織と一緒に過ごす最高の時間を、今から私は作っていくんだ!!



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