私たちの出航(たびだち) [就活]




 学園祭で盛り上がっていた頃と並行して、私たち2年生には就職の話があちこちで飛び交いだし、学生課前の掲示板には各科ごとの求人が張り出されていた。
特に私たちの商業実務科は、保育科と並んで当時はそれなりに求人があったので、高望みさえしなければ就職はそんなに深刻な問題ではなかった。
 私はというと、まだ就職に対しての思い入れが全くなくて、まるで他人事のようにのんきに漠然と掲示板を眺めているだけだった。
香織は地元で就職が決まっているし、真理も実家に帰るという事なので、そのふたりの就職に対する動きが全然なかった事が、私をよりいっそうのんきにさせていたようだ。
 希美も私と同じように真剣に取り組んでいないようで、求人の企業名を見ては、この会社の名前はダサいとか、ここはかっこいいとか、ウインドゥショッピングを楽しんでいるような、そんな感覚に見えていた。
 それでも就職試験とか面談でチラホラと欠席者が目立ってくると、少しずつではあるけれど、それなりに考えていかないとダメだなと、気持ちの上ではそう思うようになっていった。
 でも時に希望する企業があるわけでもなく、特にやりたい事があるわけでもなく、目的を持たない私にとって、就職というものはかなり大きな重荷となっていく。

 学園祭が終わったすぐ後に、私は二十歳の誕生日を迎えた。
4人の中で唯一未成年だった私も、これで晴れて大人の仲間入りだ。
わざわざ誕生パーティーを開いてくれて、すごく幸せな気持ちになっていた私だったけれど、やがて話題は当然のように就職の事に発展していった。

真理「なぁふたりとも、いつまでそうやってのんきに構えてるんだ?」
希美「だってぇ、よくわかんないんだもん。」
香織「わからないって何が?」
希美「どういう所で働いたらいいか……」
真理「あとで行った方の実習先からも求人あったんじゃねぇの?」
希美「だってぇ、遠いんだもん…あっこ。」
由衣「けっこう乗り換えが大変なんだよね、のんたんも私も。」
香織「確かになぁ。毎日通うんだからそう言うことも大事だよな。」
由衣「あっこは○△さんが受けるって言ってたよ。」
真理「ああ、あいつはうちらと入れ替わりで先に実習受けてたんだよな。」
香織「なるほど。知っている所の方が心強いか。」
真理「由衣も実家から通うのか?」
由衣「たぶん。だって一人暮らしなんてしたことないもん。」
香織「由衣とか希美はちょっとムリかもな。一人暮らし。」
希美「なんでぇ?」
真理「危なっかしくて見てらんないって事だろ?」
香織「そう。すぐにオトコにだまされそうだし。」
由衣「そんなことないよぉっ!」
香織「アパートとか、隣に知らないオトコが住んでいても怖くないか?」
由衣「……(ゴクッ)」
希美「あ、なんかこわいかも?」
真理「ロリのおぢさんに狙われたりしてな。」
由衣「怖いこと言わないでよぉっ」
真理「はは…悪い。で沿線に求人はなかったのかよ?」
由衣「うん…今のところないみたい。」
香織「ふたりとも希望する会社がないのならさ、通いやすい所から当たれよ。」
真理「正解。一番わかりやすい選択だと思うよ。」
希美「うん。そんでさぁ、私は由衣ちゃんといっしょの会社がいいなぁ!」
香織「出たっ!甘えん坊ののたん!。まぁそういうところがあればいいけどな。」
真理「一緒に受けてもどっちかが落ちるって事もあるぞ!」
希美「ブビ〜ッ」

 いつまでも行動を起こさない私と希美を心配して、香織と真理はこうやっていろいろと相談に乗ってくれた。
そして翌週から、山手線や京浜東北線沿線にある会社の求人案内をピックアップし、その会社概要なんかも一緒に調べてくれたりして、そのおかげでいくつかの会社が候補に挙がってきた。
 希美が言っていたように、私も彼女と一緒に働けるところがあれば心強いと思っていたけれど、候補の会社はいずれも募集人員は1名だけだった。
総務関係の人員をたくさん採用する所なんて、新規事業でもない限りそんなにないんだという現実を、この時になって改めて思い知らされた私だった。
 とかく動きが遅い私と希美の背中を押すように、香織と真理はあれこれと世話を焼いてくれ、会社説明会なんかがあると、ふたりともわざわざ講義を休んでついてきてくれたり、新しい情報が入ったりすると真っ先に知らせてくれたりして、まるで自分の就職活動をしているかのように動き回ってくれた。
  それを見ている内に、私にもようやくお尻に火が付いてきて、その頃になって初めて両親とも就職の話を真剣にするようになっていた。

 11月の半ば、希美がある食品関係会社の試験を受けることになった。
私はあえてそこを選んでいない。
二人で受けると、どちらかが落ちるかも知れないというリスクを避けるためだ。
 当日私たちは一緒に試験会場まで足を運んだ。
他の職種も合同の試験なのでかなりの応募者が集まっていて、それを見た希美は気後れして泣きそうな顔になって、なかなか会場に入ろうとせず、そのうち
「もう帰る!!」
 と、だだをこね出したりした。
香織も真理もそんな希美をなだめてスカして会場に入れようとしていたけれど、私には痛いほど希美の気持ちが伝わって来ていた。
 近くの喫茶店で試験が終わるのを待っているからという条件で、ようやく気を取り直した希美が会場に入って行ったのは20分後だった。
 2時間近く経って、ボ〜ッとした顔つきで希美がその店に現れた。
普通なら「どうだった?」と聞くんだろうけど、出た言葉は「おつかれさま!」。
 希美は「つかれた〜!」と吐き捨てるように言いながら席にドカッと座り込んだ。
話によると、一般教養の試験はそれなりに出来たけど、実務試験でエクセルがうまく使いこなせなかったそうで、ダメだと言ってかなり気落ちしている様子だった。
同じようにエクセルが苦手な私は、そんな希美にかける言葉が見つからなくて、ただだまってその手をいっしょに握っているだけだった。

 それから2週間ほどが過ぎて、希美に2次の面接通知が来た。
その間に私も別の会社の試験を受けていたけれど、それは結果を待つまでもなくダメだと判るほどの散々なもので、自分の無能さを改めて思い知らされていた時だっただけに、希美の面接通知は、それがまるで自分に来たかのような、そんな嬉しい気持になっていた私だった。
 その日からみんなして希美の面接特訓が始まる。
3人中で一番社会常識がありそうな香織が面接官役になって、真理がその脇でイヤミなツッコミを入れる役、私が第三者的立場でそれを見ていて評価するといった分担が決まった。
しかしそれは初っぱなからつまづいてしまう。
「弊社を選んだ第一の理由は何ですか?」の問いに、希美は全く何も答えられない。
ただ何となく受けたというのが正直なところだけに、それではまずいと、私たちは適切な理由になる項目をいろいろ考えた。
その結果、ありきたりで白々しい「御社の将来性」とか「社会的信用度の高さ」とか、そういうのはいっさいやめにして、食の安全を守るために現場で働いている人たちが、安心して働ける環境を整えるのが総務の役目と考える。そんな縁の下の力持ち的な仕事に自分の微弱な力が役立つのなら、それを生かしていきたい…という、すばらしい表現を真理が導き出した。
それを香織うまく文章にまとめて、希美が自分の言葉になるように特訓を受ける。
 その甲斐あって、希美は年末に内定通知をもらった。
さあ、いよいよあとは私だけだ。
 私も他に2社の試験を受けていたけれど、ひとつはあまりにも会社の雰囲気が肌に合わないイメージだったので辞退したのと、もうひとつは面接までいったものの、車の免許がないことを指摘されて、募集要項にその事はなかったと答えたところ、免許がないなら不採用と、まるでダマシのような形で断られてしまっていた。
 それでも私はそれほど落ち込んではいなかった。
それは、父の友人が開いている事務所が、ぜひうちを手伝ってほしいと言ってきていて、父もそれを薦めていたからだ。
友人とはいっても同業ライバルなのに、そこで娘を働かせようとする父親もどうかなって思ったけれど、そこは松戸なので行政区の関係で直接のライバルにはならないらしい。
従業員はわずか4人で、何の資格も持たない私の仕事はおそらく雑用になるだろうけど、案外それもありかなと、内心思い始めていた。

 冬休みに入った。
その頃になるとあらかた就職は決まっていて、掲示板の募集もほとんどなくなり、残っているのは当初から貼られたままの、つまり誰も応募していない事業所のものだけが残っていた。
 香織も真理も実家に帰って正月明けまで戻ってこないので、希美の内定祝いとクリスマスパーティーをやろうと言うことになった。
もちろん希美のうちで泊まりがけだ。
 予定時間に王子駅に着くと、やはり彼女の父親が車で迎えに来てくれていて、希美のお祝いであるにもかかわらず、私たちはすごい歓迎を受けてしまった。
夏の初訪問以来、変わらずに仲良くしている私たちのことを、両親は心から喜んでいるようであった。
 そんな中、真理がくしゃくしゃになったメモ書きを取り出して言った。

真理「忘れるところだった。由衣よ、今日こんなのが貼られてたぞ。」
由衣「え、なぁに?」
香織「お、新しい求人じゃん。書き写して来たのかよ。さすがだな!」
真理「ちょっと学生課に用があってよ。そしたら見つけたんだ。」
由衣「そうなんだ。わざわざありがとう。」
希美「いまごろ新しい募集なの?」
香織「そうだな。もう休みに入っているのに出すなんて変だな。」
真理「オイラ思うんだけど、そういう時期を狙って出したんじゃないの?」
香織「う〜ん、どうだろう?」
由衣「でも何のために?」
真理「休みでも学生課に通うまじめな学生のためにってかっ!?」
香織「いや…案外そうかもな。」
由衣「どうして?」
香織「ほら見ろよ。一次試験が1月10日だ。」
希美「ほんとだ。学校が始まってからじゃ手続きとか間に合わないじゃん。」
香織「真理っぺが写し間違いしてなければだけどな!」
真理「うるせぇっ、何度も確認したわっ!!」
由衣「ずいぶん急だねぇ」
真理「けど急募とかじゃねぇよ。ほら卒業見込者ってあるだろ。」
由衣「そうだね。どんな会社だろう?」
真理「それがよ、あんまりよくわかんないんだけどな…」
香織「○○事業部東京本部……?」
希美「なに屋さんかなぁ?」
香織「えっと、募集は受付業務含む総務全般で…若干名か?」 
希美「従業員数45名だって。」
真理「住所がすげぇぞ。ほら丸の内だ!」
希美「わぁすごい。由衣ちゃんここに決めようよ!!」
真理「そしたらののたんの会社も近いってか?」
希美「うん!!」
由衣「まだ決まった訳じゃないよぉ……」

 突然降ってわいた求人の話。
でも当時希美のうちにはまだパソコンがなかった為に、それ以上詳しい会社の内容がわからないまま、その夜は「もしも話」で盛り上がっていた。
 翌日、香織も真理もいったん自室に戻って用意をしてから実家に帰る。
私と希美はそのふたりを新宿まで送っていこうと言うことになって、一緒に希美の家を出た。
東京駅で中央線に乗り換えるとき、真理が
「ついでだからよ、由衣が受ける会社を見に行ってみないか?」
と言いだし、みな途中下車することになった。
かなり強くて寒いビル風を受けながら、真理が写した住所を頼りに歩いていくと、その一角にそれと思われる建物が見つかった。

香織「その住所だと…ここだよな。」
真理「おっ、○○ビルってあるぞ。」
香織「…これって自社ビル…じゃないか?」
希美「ひゃぁ、大きな会社じゃん!!」
由衣「………」
真理「おいおい、このビル全部がそれってことかよ!?」
由衣「で…でもぉ、従業員数45名って言ってたじゃん!!」
真理「そこがよくわかんないんだよな。こんな大きなビルでよ…」
香織「お、案内見てみろよ。10階に事業部東京本部ってあるぞ!」
希美「ほんとだぁ!」
香織「まてよ……事業部東京本部だけで45名ってことか!?」
真理「そんなのありかよ?」
香織「だってこのビル全部で45名ってあり得ないだろ?」
真理「そりゃまぁな。」
香織「なんかのグループ会社の総元締めって感じかな?」
由衣「……」
真理「なるほど。そうかもな?」
希美「由衣ちゃん凄いよね。絶対ここにしてね〜!!」
由衣「そ…そんなのムリだよ。もういいから帰ろうよぉっ!」
真理「なんだよ。建物見ておじけづいたのか?」
由衣「そ…そりゃそうじゃん。こんな大きな会社に入れるわけないでしょっ!」
香織「どうしてさ?」
由衣「どうしてって……ムリだよぉっ!!」
真理「勘違いすんなよ。ビルは大きいけど由衣が受けるのは45名の会社だぞ。」
由衣「……」

 オフィス街の一角にあるその大きな建物に、私は確かに圧倒されて、その威圧感に完全に負けてしまっていた。
確かに夕べは少し興味を持った私だったけれど、このような大会社の求人は4年制大学が当たり前だという先入観もあって、今は完全に逃げ腰になっている。
そんな私に厳しい口調で
「帰りに学校に寄って試験要項とかもらって手続きしておけよ!!」
 香織と真理はそう言い残して去っていった。
とにかく真理の厚意を無にする訳にはいかないので、とりあえず希美についてきてもらって学生課に行くと、あの会社はやはり学校が休みに入るのを待って求人を出してきたそうで、担当者もこんなケースは初めてだと言っていた。
そのせいか現時点でこのことを知っているのは私だけのようだった。
 複雑な思いで手続きをする私。
まるで自分が受けるかのように楽しそうに振る舞う希美。
その会社の通しナンバーが印字された受験票をその場でもらい、やはり複雑な思いで学校を出ると、歳末の空に粉雪が舞っていた。
今年初めての雪だ。
 その夜、家に帰ってインターネットでその会社のことを調べてみると、独立したいくつかのサービス関連会社の集合体が事業本部であることが判った。
(やっぱり…こんな大きな会社…私には絶対ムリだぁっ!!)

 モヤモヤした心境のまま正月を迎え、そしてすぐにその試験日はやってきた。
希美の時がそうであったように、3人は私に付き添ってくれて、私は震える足取りでその会社の正面玄関をくぐった。
広いロビーの中央に採用試験会場の大きな案内板があり、それに従って進んで会場入口から中を覗くと、そこには100人は超えると思われる受験者が集まっていて、それを見ただけで私は圧倒されて足がすくんでしまった。
 入口にいた係の女性が私の受験票を見て、
「総務関係の受験者の方は一番奥の列です。」
 と言ってくれたことで、これは各職種合同の試験であることを改めて知る。
総務関係の受験者は、私を含めて14名だけで、同じ学校からは誰も受けていないようだった。
 試験内容は実務に関する項目は何ひとつ出題されておらず、ごく一般的な常識とか教養関係がメインで、政治経済に関するものでも、新聞を流し読みしていれば判断出来る程度のものが多かった。
驚いたのは芸能に関する問題で、モーニング娘。の現リーダーは誰か?、という設問だった。
それまでそ芸能関係には無関心だった私が、あの学園祭の出来事のおかげでモー娘。の事をかなり詳しく知るようになっったので、そういう問題が出たのはすごくラッキーな事だったのが印象に残っている。
 その試験は1時間ほどで終わったけれど、その時に、休憩を挟んで募集部門ごとの面接を行うと発表された。
学校でもらった要項には面接のことなど載っていなかったので、何の準備もしていない私は焦ったが、それはどうやらすべての受験者に言える事のようで、会場はかなりざわついていた。
心の準備が全くない状態での面接なんて耐えられない!!っと、逃げ出したい気持ちでオロオロしていたけれど、かといって出口めがけて駆け出す勇気もなく、ただ次の指示を待つだけの私だった。
 近所のどこかで待ってくれている3人に連絡を取りたくて、係の人にケータイを使っていいかと尋ねると、あっさりと「どうぞ!」と言われてしまい、少し驚いていた私。
一応周りに気を遣いながら面接の事を伝えると、それでも3人は待っているからと言ってくれ、真理は
「ののたんにやった特訓を思い出せっ!!」
 と、的確なアドバイスをくれた。
(そうだっ、希美と同じような事を言えばいいんだっ!!)

 総務関係の受験者14人は、そこからひとつ下の階の小さな会議室のような場所に移動させられた。
隅っこのイスに座った私は、頭の中で例の模擬面接の事を一生懸命思い出していたが、気持ちがかなり焦っていたので核心部分がなかなか浮かび上がってこない。
 そんなことをしているうちに、どういう順序か分からないけれど、一人ずつ奥にある部屋に呼ばれ出した。
自分の番がいつなのかも分からない状態……私の緊張がピークに達しかかったその時に「○●番の方どうぞ。」と呼ばれてしまう。
 少しふらつきながらその部屋に入ると、男女7〜8人の面接担当者が一斉に私を注目した。
「どうぞそこに座ってください。えー何歳ですか?」
「ぁはい。二十歳です。」
「そうですか。ここにはあなたに関する資料は何も用意してありません。」
「はぁ…?」
「従ってあなたは名前を言う必要も学校名を出す必要もありません。」
「はぁ…」
「あなたはこの急な募集をどういう手段で知りましたか?」
「ぁ…友達が見つけてくれて…それで…その…」
「その友達は今日一緒ですか?」
「ぁ…いえ…彼女は受けていません。」
「学校は楽しいですか?」
「はい。今はすごく楽しいです。」
「ではこれまでの学生生活で印象に残っている事、なにか話してください。」
「ぁはい。」
 志望動機なんかを全く質問されない意表を突く面接が始まって、私は少し混乱していたけれど、この質問にはビックリするほどハキハキと応える事が出来た。
そう、あのミニモニ騒動のことを一生懸命話したのだ。
ずっと誰かに聞いてもらいたいと思っていたすばらしい思い出だけに、私は面接を受けていると言うことすら忘れてしまうほどの勢いでしゃべっていた。
「楽しいお話を有り難うございます。」
「ぁ…はい。」
「かなり思い入れがあったんですね。5分間も話し続けていましたよ。」
「ぇ、そんなに!?」
 うっかり調子に乗りすぎてしまった私。
担当者からは苦笑も漏れていた。
面接はそれで終わってしまい、後日学校を通じて何らかの連絡が行くと聞かされて、トボトボとその場を去った私。

希美「ひゃぁあ変わった面接だねぇ。」
真理「いや、けっこう重要な面接だったんじゃねぇの?」
香織「かも知れないな。」
由衣「どうして?」
真理「事前に準備させずに本性を見るってやつだろ。」
香織「求人の出し方もアドリブ面接も、かなり人間性を見てる感じだな。」
由衣「…私、調子に乗ってしゃべりすぎたみたい…」
真理「いんや、案外それが好印象だったかもよ?」
由衣「どうして?」
香織「予告されていないのに話が出来るかどうかを見られた訳だ。」
希美「そっか。ふつう何を話そうかって迷うよね。」
由衣「私はいい思い出があったからラッキーだったわけ?」
香織「そう言うこと。」
真理「それと、その話が相手っていうか聞き手に伝わるかも試されたんだと思う。」
香織「それは言える。由衣、これはいけるかもよ!!」
希美「わ〜い、由衣ちゃんよかったねぇ!」
由衣「そ…そうかなぁ……?」

 1週間後、私は学生課に呼び出されて二次面接の通知を受けた。
それはその日から5日後の指定だった。
香織や真理が「絶対に下準備なんか必要ない!!」と言い切るので、私はその言葉を信じて何の用意もせずに、ただ心の準備だけに勤めていた。
 当日会場に行くと、100人以上いた受験者の数は30〜40人ほどになっていて、さらに総務関係は私を入れて5人になっていた。
ここまで残れたことは嬉しいけれど、募集には若干名とあったので、この中から何人かは落とされるわけで、それは自分ではないのかと思ってしまうと、私は今さらながら身体が震えてしまった。
 面接はその5人合同で行われて、まず自己紹介から始まった。
驚いたのは、私よりも遙かに大人びて見える子が高校生だったり、ギャルっぽい子が専門学校だったり、そして4年制大学が2人いたり……。
 初めに会社概要とその中での総務部の役割と重要性の説明があって、それからいろんな質問が始まった。
やはり香織や真理が言っていた通り志望動機なんか全然聞かれなくて、実務に関してはどの程度出来ると自負しているかなどが聞かれ、私はエクセルが苦手だと正直に答えていた。
 いくつかの質問の最後に、他からすでに内定をもらっているかというのがあって、それには私以外の4人が挙手していた。
時期的にいって、もうほとんどの人が内定や採用通知を手にしているわけで、それが何もない私は、ひょっとしたら箸にも棒にもかからない人物と見られて不利な条件になるかも知れないと思って、かなり動揺していた。
 それからしばらくの休憩を挟んで、私たちは個別に別室に呼ばれていった。
そこでは特に何か話があるわけではなく、私の氏名や生年月日、在籍する学校名などの再確認があった後、A4サイズの茶封筒が手渡された。
中には雇用条件等が記載された書類などが入っていて、それに関する承諾書も入っていた。
その書類をよく読んで確認したら署名捺印して、2日以内に学校に提出しろと言う。

真理「うひょ〜、コレってよぉっ!」
香織「ああ、事実上の採用って事だろ。」
希美「なんでわかるの〜?」
真理「注意書きのここ、よ〜く読んで見ろよ。」
希美「え〜と、上記の雇用条件を承諾し就職を希望する者は署名捺印し…」
香織「その次だ。ほら期日までに書類の提出がない場合は採用辞退とみなしってな。」
希美「ほんとだぁっ!」
由衣「そ…そうなのかなぁ……?」
真理「あたぼうじゃん。不採用ならこんな書類そのものが無意味だろ。」
香織「たしかに。」
希美「そう言えば私も採用通知と一緒にそんなの入ってた〜。」
真理「だろ。これで決まりだ由衣!!」
由衣「そうだと…いいんだけど…」
香織「決まりだって。給与明細まで載ってるじゃん。」
希美「由衣ちゃん私よりお給料いいみたい。ブ〜!!」
真理「それにしてもやることなすこと変わった会社だな。」
香織「確かになぁ。学歴もあんま重視してない感じだしな。」
希美「そういえば高校生もいたんだもんね。」
真理「専門職なら資格がいるけど、総務は学歴より人物重視だってことだろな。」
由衣「……」

 みんなが言ったとおりそれから10日ほど過ぎたある日、その会社から実家あてに分厚い封書が書留で送られてきた。
中には正式採用通知と共に、出社式の日程、研修の説明などの書類と、会社概要やその構成を紹介した小冊子なんかが入っていた。
 3人にその事をケータイで伝えると、みんなすごく喜んでくれて、翌日お祝いの飲み会を開いてくれた。
「由衣よ。オイラに一生感謝しつづけろよ!!」
 真理は冗談でそう言ったけれど、冗談なんかじゃなく本当に一生の感謝ものだと私は思った。
 事実、もし彼女があの募集を見つけてくれていなければ、いや、もっというなら、もし真理と出会っていなければ、今の職場も旦那さんもなかった事になるし、別の環境だと水風船博士とも今のような形では接していなかったかも知れない。
 当時はそんな先のことなんか何ひとつ判っていなかったけれど、私は新しいスタートを切る喜びに有頂天になっていた。
「香織よ。これでオイラたちも安心して実家に帰ることが出来るよなぁ。」
「ああ、ホントだなぁ。」
 ふたりのその何気ない会話に、私はそれまでの有頂天から一気に突き落とされた様な衝撃を受けた。
いきなり胸が詰まってきたような息苦しさを覚える。
……そうなんだ。このふたりはもうすぐ私と希美の前からいなくなるんだ……。
 それは当初からわかっていた事ではあったけれど、当の本人からその言葉を聞かされたことでより現実的なものに感じられ、涙が出そうになる。
でもその事でふたりに涙を見せることはできないと、私はトイレに行くフリをしてその場を離れた。
……そうなんだ。このふたりはもうすぐ私と希美の前からいなくなるんだ……。



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