私たちの出航(たびだち) [ミニモニ誕生]




 なんとなく香織が私たちから少し距離を置いているように感じたのは、新しい実習が始まったその日からだった。
今回は前の実習先よりも規模が大きいので、私たちは4人ともバラバラで指導を受けていたけれど、香織は退社時になっても一緒に帰らなかったし、翌日からもまったく別行動になっていた。
悪く言えば、私たちを避けているようにさえ感じる。
真理は、
「気にしなくてもいい。香織には香織の考え方がある。」
 と言って、特にその事を深く捉えていない様子だったけれど、つい2日前まではあんなに楽しくはしゃいでいたのに、いったい香織に何があったのかと、私は気になってならなかった。
 原因となるかどうかは判らないけれど、ひとつだけ思い当たる事がある。
それは、新しい実習先に4人揃って出向いたとき、こんなやりとりがあった。
職員「あら、実習は4人と伺ってますけど…」
香織「はい。私たち4人です。」
職員「は……ぁあ、あなたも実習生なんですね。失礼しました。」
香織「…私は何に見えたんですか?」
職員「いや…この子たちの引率の方かと……」
香織「この子たち…?」
職員「ほんとに失礼しました。」さっ!
 前の会社でもこれに似たような光景があった。
確かに4人でいると香織だけがズバぬけて背が高くて、おもしろおかしい表現で言うなら、幼稚園児とその先生といった感じだ。
 あの時香織はすごくいやな顔をしていて、その事があってから香織の様子が変わったように思う。
でも、廊下なんかですれ違ったりすると、香織の方から
「元気出してやってるか〜っ!?」
 と、すごく気さくに声を掛けてくる。
そう言う時はいつもの香織そのままなのに、4人で揃う事だけが避けられているのだろうか?
 たまたま希美が一緒に指導を受ける日があって、その時に
「ねぇかおりん、たまには一緒に帰ろうよぉ!」
 と言うと、
「はいはい、甘えん坊さんは由衣ちゃんとおててつないで帰りなさいね!」
 と、軽くあしらわれたと言う。
そんな毎日が繰り返されて、いつしか私たちは3人と1人になってしまっていた。

 その実習が終了して学校に戻ると、目立たなかった私と希美が真理と話をしたり笑ったりする姿がクラスで注目を集め、はじめ遠巻きでそんな光景を見ていたクラスメイトたちも、やがて真理を介してではあってもだんだんと話に加わって来てくれるようになったり、時にはこちらから話しかけるような場面も出来たりして、私と希美は入学から1年半が過ぎたこの時になって、初めてクラスの一員になれたようなそんな晴れ晴れとした気持ちを味わっていた。
 ただひとつ、どうしても香織の事が気になっていた私。
クラスでもごく普通に話をしていたけれど、なにかひとつ距離があるように思えてならない。
希美も同じように感じていて、いつもふたりでその事を話していたけれど、面と向かって聞き出すと言うような、そんな勇気は二人とも持ち合わせていなかった。
というか、聞き出すことを恐れていたと言うのが正直だったろう。
「4人でつるむって約束してる訳じゃないんだからさ、気にしすぎだぞ!」
 真理はいつもそんな風に言って私たちふたりをたしなめていた。
確かに真理の言うとおり、たまたま実習で同じグループになって仲良くなっただけなのに、いつもいつも一緒にいるものと思いこんでしまっていたのは、私だけだったのかも知れない。
理屈の上ではそれは理解できることだけど、気持ちとしてはどうしても寂しさを抜き去ることが出来なくて、真理がそうであるように、香織もずっとそばにいてほしいと、そればかりを願っている私だった。
 その頃、学内は一気に学園祭ムードが高まってきていた。
香織はその実行委員のひとりだったので、打ち合わせとか会合で前にも増して姿を見なくなる日が多くなっていた。
 そんなある日、みんなで食事をしている学食に、香織たち数人が走り込んできた。

香織「探したぞぉ。」
真理「なんだよ、急ぎか?」
香織「ああ、お前らおチビちゃんに頼みがあるんだ!」
真理「おチビだけよけいだろうが!」
希美「なぁに頼みって?」
香織「お前ら3人、学祭で踊るからな!」
真理「はんっ!?」
由衣「ひっ!?」
希美「ふぇっ!?」
友A「厳密には保育科2年のミカって子も一緒で4人だけどね。」
友B「設定とか衣装は全部こっちでやるからさっ!」
真理「ちょ、ちょっとまてぇっ!、いったいなんの話ししてんだっ!?」
香織「だからさ、お前らおチビがステージで踊るんだよ。」
真理「おチビだけよけいだろうが!」
香織「おチビでなきゃ意味ないじゃん!」
真理「だからぁ、なんの話だっつってんだよ。」
友A「ミニモニよ。ミニモニ!!」
真理「はん!?」
由衣「みみもに?」
希美「みにもに……あっ、加護ちゃんとかの?」
香織「そう、それだっ!」
由衣「…?」
真理「なんだそれ?」

 当時はモーニング娘。が全盛期で、その中にミニモニというユニットが誕生して、身長150センチ以下の4人がコミカルに歌って踊る姿がかわいいと、かなり評判になっていたようだ。
でもその頃の私はモー娘。にはまったく興味がなかったので、その話が全く見えていなくてポカンとしていた。
 香織たちの話によると、毎年恒例の演劇サークルや軽音楽サークルなんかの演目も多くあるものの、もうひとつ盛り上がり不足なので、私たちおチビがミニモニに扮して、幕間に飛び入りという形でステージを盛り上げるというものだった。

希美「わぁおもしろそうだねぇ由衣ちゃん!」
由衣「えぇぇぇ、私はやだよぉっ!」
真理「ばっかやろう、オイラがそんなことするわけねぇだろ!」
香織「いや、真理は頼まれたら絶対イヤとは言わない!!」
真理「イヤだねっ!」
香織「私の頼みだ。お前なら聞いてくれる。」
真理「香織の頼みでもこれは聞けないなっ!」
希美「まりっぺぇ、なんかおもしろそうだよぉ。」
真理「おだまりののっ!」
希美「ブビ〜ッ!」
由衣「ぇ…でもなんで私たちなの…?」
香織「学内探したけどさ、150以下はお前達しかいないんだよ。」
真理「けっ、知るかそんなこと!」
香織「とにかくメシが終わったら準備室に来てくれ。そこで詳しく話すから。」
真理「行かないと言ったら?」
香織「お前は来る。そういうオトコだ!」
真理「いつからオイラはオトコになったんだよ!?」
香織「言葉遣いとかまるでオトコじゃん!」
真理「しゃべり方だけだろうがっ、オイラはあんなものブラ下げてないぞっ!」
香織「……だれもそんな反応求めてない。」
希美「まりっぺぇ、乗りすぎぃ!」
由衣「今の一言で真剣には嫌がってないみたいになったじゃ〜ん!」
真理「けっ!」

 香織たち実行委員は待っているからと言い残して去っていった。
周りにいたクラスメイト達は、口々におもしろそうだとかピッタリだとか、低迷している学祭が盛り上がるとか、そんなことを好きなように言っていたけれど、私にとっては一大事だった。
大勢の人の前で踊るなんて、そんなこと絶対にあり得ない。
なのにひとり乗り気でいる希美は、どういう神経なんだろうと思ってしまった。

 とりあえずキチンと話をしないといけないので、私たちはその後つれだって準備室へ足を運んだ。
そこには保育科のミカという子が、何人かに囲まれた中にちょこんと座らされて説明を受けていた。
見ようによっては軟禁状態で強要されているともとれる光景だと思っていたら、
「なんかぁ、それってぇすごくたのしそ〜!!」
 と、私の期待を裏切る反応を示したミカ。
たしかに保育科だから園児と一緒にお遊戯なんかをするわけで、そう言うことには慣れているのかも知れないけれど、そのアニメ声の甘えたようなしゃべり方に少しイラッとした私だった。
「よぉし、ミカと希美はやる気満々とわかったし、あとは真理と由衣だけだな。」
香織がなんとなく勝ち誇ったような口調でそう言った。
そして私と真理に対して説得工作が始まったけれど、腕を組んでふてくされたようにして座る真理はそのままにして、私にばかり集中砲火を浴びせてきた。
密かにあこがれを抱いている香織からの説得でも、やっぱりこれは受けることが出来ない私。

香織「由衣という存在をアピールするいいチャンスじゃないか!?」
由衣「べ、別にそんなアピールなんかしたくないもん!」
友A「大勢の人が期待してるのよ!」
由衣「期待してるって…あなたたちだけでしょ。そんなの…」
友B「ぜったい人気者になるんだから!」
由衣「そんなの望んでないもん!!」
香織「かわいいってみんなから言われるぞ。」
由衣「そんなの言ってほしくないし、第一それほどかわいくないもん!!」
香織「それほど?、ってことはちょっとはかわいいと思ってるんだ!」
由衣「そ…そんなの思ってない。とにかくっそれほどかわいくないのっ!」
友C「私たちを助けると思ってさぁ。」
由衣「助けてほしいのは私の方だよぉっ!!」
友D「ね、お願い。みんなでいっしょにがんばろ!!」
由衣「みんなでって…踊るのは私たちじゃん!!」
友A「舞台に立つのはあんたたち4人だけど、みんな裏方で頑張るんだよ。」
由衣「裏方?」
友B「うん、ダンスは保育科の子たちがね。衣装は服飾の子らが作ってるし。」
由衣「………」
香織「おおっと、ここで少し由衣の心が揺らぎだしたぞ!!」
由衣「かおりぃ…」

 たしかに「みんなでやる」という事に対して私は弱い。
それでもなんとかこの話から逃れようと必死になっていたのは事実で、そのためなのかどうか、次から次に反発する言葉が口に出て来たことは自分でも驚きだった。
 やがて、私がミニモニのことを全く知らないのなら、どんな風なものなのかを見てから判断しろと言うことになって、テレビの歌番組を録画したビデオがそこで流され出した。
曲名は「ミニモニ。ジャンケンぴょん!」で、そこには確かにちっちゃい女の子4人が、ずいぶんハデな振り付けでステージを駆け回ってはじけている様子が映し出されて、そのしぐさ動作がすごくかわいく見え、そしてそれを客席の大きな声援がさらに盛り上げていて、初めてそんな光景を見た私に衝撃を与えていた。
たしかにこれは私たちのようなミニサイズの子でないと似合わないし、言い換えたらミニサイズの子用に作られた楽曲で、むしろお遊戯に近いようだ。
 だからといって私はOKを出す訳にはいかない。
みんなの説得をあれやこれやでやり返していたけれど、逆に希美とミカはますますやる気をみなぎらし始めていて、なのにそんな様子を見ている真理が一言も口を挟んでこないのが少し不満に思えていた。
 やるやらないの平行線が続いて、ついつい押し切られそうになってしまった私は、その時になってひとつとんでもないことを思いついた。
それを出したなら、きっとこの話は流れるのではと高をくくって、
由衣「わかった。じゃぁさひとつだけ交換条件があるよ。」
香織「おっ、その気になってくれたかっ!?」
由衣「条件しだいだってば。」
香織「ああいいよ。なんだよ条件って?」
由衣「香織も一緒に出てよね!!」
香織「ばっバカ言え。私が出たらミニモ二がデカモニになっちゃうじゃん!」
由衣「だからぁ、なんかの形で一緒に出てくれるのなら考えるの!」
香織「はぁあ?」
真理「ほっほう、それは由衣、おもしろいことを言い出したなぁ。」
希美「いいじゃんそれ。かおりんも一緒に出ようよぉっ!」
香織「ちょ、ちょっとお前らなぁっ!」
由衣「そうじゃなきゃ私、絶対に出ないもんねっ!」
香織「由衣…お前…」
真理「いいぞ由衣。お前は偉い!!」
希美「由衣ちゃん今日のヒットだよね。」
真理「そうだな。それで由衣様がOKするならオイラも出てやるぞ。」
希美「うん。由衣ちゃんがリーダーでいこう!」
香織「あちゃぁぁ…」
由衣「ぇ…ぁの…」

 香織が困っているのは予想どおりで、これで断ってくれたら私もこの話はなかったことになると思っていたのに、真理が私の提案に同調して香織を引っ張り込む方向でしゃべり出したので、逆に私の方が焦ってしまった。
このままではもし香織がOKを出したら、私も後に引けなくなってしまう。
なのに、周りの人たちや希美や真理までが、香織が一緒の方がインパクトがあっておもしろいかも知れないと、しきりにあおっている。
そして……とうとう香織はみんなからの説得を受け入れて、何らかの形で一緒にステージに立つことを了解してしまった。
私の大誤算でにわかミニモニ誕生の瞬間を迎えてしまったわけだ。

……………

※ すでにお気づきとは思いますが、私以外の真理、香織、希美の名前は、当時のモーニング娘。にいた矢口真里、飯田圭織、辻希美の名前を、この時のエピソードをきっかけにして使うようになった仮名です。
当時は雰囲気を盛り上げるために、しばらくお互いをその仮名で呼び合ったりもしていました。
私は加護亜依役でした。
ただ、これはあくまでも偶然なんですが、実は3人ともどれか一文字、同じ字が本名の中にあります。

……………

由衣「ねぇ真理ぃ、なんで急に出るなんて言い出したのよぉっ!?」
真理「はん!、お前ら3人がいいって言うんならさ、多数決じゃんか!」
由衣「そうだけどぉ……」
希美「あれぇ由衣ちゃ〜んホントは出たくなかったのぉ?」
由衣「ん…まぁね…」
ミカ「そうなんだぁ。でもぉ、もうやるしかないでしょぉ?」
由衣「ぅ…ん…あ〜あ、真理が反対してくれてたらなぁ…」
真理「おいおい、まるでオイラのせいになってるじゃん!」
由衣「そういうつもりじゃ…ないけど…」
真理「いやそんなことよりさ、お前の交換条件はさすがだったな。」
由衣「なにが?」
真理「これでまた練習とか含めて香織がいっしょにいる事になるだろ?」
由衣「あ……」
真理「お前がいちばん願ってた事だもんな!」
希美「そうだよね。由衣ちゃんやっぱりすご〜い!」
真理「さすが由衣様って思うだろ?」
希美「うん由衣さまだ〜!」
ミカ「よくわかんないけどぉ、香織さんといっしょにいたいってぇ事ぉ?」
真理「ああ、この由衣様がな。抱かれてもいいって思ってるぐらいだぞっ!」
ミカ「そうなんだぁ、ふ〜ん!」
由衣「ちょ…ちがうよぉ、ミカちゃん誤解しないでよね!」
希美「わ〜い由衣ちゃん赤くなってるぅ。」

 自分ではそこまでの計算はしていなかったけれど、結果的に真理が言うとおり、香織は私たちと一緒にまた行動することが多くなる。
早速その日の講義終了から、私たちは服飾科の実習室に集められて採寸が始まった。
「なんだ、やっぱり4人ともほとんど同じサイズじゃん!」
 誰かがそう言ったけど、そんなのわかって私たちを集めたんじゃないの〜って、やっぱり私の気持ちはまだ少しいらだったままだった。
 保育科の面々がダンスについて説明したあと、まず私たちが手始めに踊ってみると言ってCDの曲に合わせてダンスを始め出す。
学校のフォークダンスでさえイヤだった私だ。やっぱりとてもこんなダンスを人前でなんか踊れない。
どうやって断ろうと、そればかりを思いめぐらせながらそのダンス風景を眺めていると、
「やっぱりおめぇらのような大きいのがやるダンスじゃねぇな、これは。」
 真理が意欲的とも取れる事を言い出した。
確かにこれはやんちゃな子たちが思い切りはじけた感じで元気よく踊る為にあるのだと、それは私にもわかっていた。
「試しにののたん、ちょっとミカといっしょに踊ってみろよ。」
 真理はまるでプロディースするみたいにそう指示した。
まだでたらめなダンスではあるけれど、希美は両手を大きく振り回すような感じでリズムを取り出し、ミカちゃんもそれに合わせるように全身を動かしだすと、さっき保育科の子たちが踊ったのと比べて明らかに違うものがある。
女の私から見ても、はっちゃけている希美やミカちゃんがすごくかわいくて、見ているこちらの顔がほころんでくるのだ。
「由衣よ、こりゃぁオイラたちも羞恥心捨ててかからないといけないな!」
「え、ぅ、うん……」
 嫌がっていたはずなのに、真理はもう覚悟を決めてしまったようだ。
たしかにもう後には引けない状態なのかもしれない。
けれど私はまだ逃れる方法を頭の中で模索していた。

 翌日から本格的なダンスレッスンが始まり出した。
4人がそれぞれどの役に扮するかを決め、保育科の子たちがビデオを見せながらアドバイスして振り付けを覚えていく。
私は加護亜依のパートになったけれど、何度教えられても加護亜依と辻希美の区別がつかなくて、グダグダな練習になってしまった。
心の奥に断りたいという気持ちが残っているからなおさらだ。
 それでもそんな私の気持ちを知ってか知らずか、みんな一所懸命になって取り組んでいるし、まさかと思った真理までが額に汗が浮かぶほど身体を動かしている姿を見ている内に、私もふてくされた気持ちを消してしまわないと申し訳ないなと思うようになっていった。
 そんな練習が続いた4日後、服飾の子たちが作り上げた衣装が出来上がってきた。
私はチェック柄でミニつりスカートに、飾りボタンが異常に大きなブラウス。
小物としてポーチとか軍手を改良した凄く大きな紅白の手袋、シューズの上から履く大きな靴。そして髪の毛を二つ結びにしてそれに巻く巨大リボン……。
頭と手足が異様に大きく強調された衣装で、ちょうどディズニーランドのミッキーやミニーを思い浮かべていただくとわかりやすいだろう。
 役割ごとにその衣装に着替えてみると、私と希美は色違いの同じ衣装で、ミカちゃんはつり半ズボンにセミロングの髪をポニーテールにして巨大リボン、ショートの真理はハンチングをかぶってオーバーオールという、ちょっとアンバランスなかっこうに仕上がっていて、それでも4人が揃うと何とも言えないかわいさとユーモラスな雰囲気が感じられる。
 ここまでお膳立てが揃ってしまうと、私ももう覚悟を決めなければみんなに申し訳がたたない。
真理がそうしているように、私もその衣装で思い切り手を振って足を上げて、むしろやり過ぎかと言われるほどはじけてみた。
(※ スカートの下には短パンを穿いています。)
 そして私たちはやんちゃな幼稚園児で、それを仕切る香織先生という設定で、アドリブ混じりに先生と園児が会話したあとお遊戯し、香織先生は手拍子でそれを見守るという構成になって……当日を迎えた。

 プログラムには「実行委員によるスペシャルサプライズ出演!!」と、かなり派手なうたい文句が載せられていた。
その影響かどうか、舞台袖から見る客席はほぼ満席のようで、予想していた以上に男性が多いように見え、私は緊張して尻込みしかかっていた。
でもメイクをしてもらうと不思議なことにその緊張が少し和らいだような気がする。
 驚いたのは真理のそのメイクだ。
私たちはせいぜいほっぺを赤く強調する程度なのに、真理は顔中塗りたくって、アイシャドーまで入れて、もう誰が見ても真理だと判らないほどにしている。
(まりっぺぇ、この手を隠してたんだぁっ!!)
 あまりの変貌ぶりに、私は少し小憎たらしさを感じていた。
そして、ついにその時がやってきた。
私は当然のように足が震えていたけれど、香織先生の笛を合図に並んで舞台中央まで行進してしまうと、客席からの拍手や笑い声がけっこう冷静に聞こえてくる自分に驚いていた。
なんか…手前味噌だけど、私は本番に強いタイプなのか!?
 輪になるところや横一列に並ぶところ以外は、間違っても適当に身体を動かすだけで通用するからと言われていた事が、私をかなり救ってくれていた。
いくつ間違いをしたか記憶にないけれど、そうやってとにかく1回目の舞台はあっという間に終わってしまって、想像していた以上の拍手をもらうことが出来た。
 こうなってしまうと私にも度胸が着いてくる。
私は希美と密かに打ち合わせをして、2回目のステージでは曲の途中で香織先生を真ん中まで引っ張り出して、無理矢理一緒に踊らせる行動に出た。
当然香織は嫌がって引っ込もうとしたけれど、真理もミカちゃんも機転を利かせて私たちに乗ってくれ、4人がかりであやつり人形のようにして香織を踊らせると、客席からは爆笑が起こって凄く盛り上がっていた。
そしてさすがなのは香織だ。
曲が終わると同時に私たちを振り払って
「あなたたちっ、先生をからかうもんじゃありません。いい加減にしなさいっ!」
 と、うまくアドリブで締めのセリフに持って行ってくれたので、私たちは
「は〜い、ごめんなさ〜い!」
 と、少しうなだれながら袖にはけることが出来て、その様子がかわいいとまた拍手がわき上がって、大成功になった。
 その勢いで3回目のステージでは打ち合わせなしに初めから私と希美とで走り回って、さすがに真理たちも少しあっけにとられていたようだけど、その私たちを追いかけ回す感じで舞台を走って、みんなでやんちゃぶりを発揮していた。
香織先生も
「こらーっ、少しは教室にいる時のようにおとなしくなれーっ!」
 と、うまくアドリブを入れてくれたりしたので、私と希美のことを知っているクラスメイトを中心に笑いを誘っていた。
 気をよくした実行委員たちは、最後の打ち上げまでそのままの恰好でいてくれといい、私たちはメイクは落としたものの、トイレに行くのもそのままの恰好だったので、かなり目立ってしまって、あちこちで声をかけられたり写真を撮られたりしていた。
 あのおとなしくて目立たなかった私と希美が、あんなにはじけて暴れ回ったことはかなり衝撃を与えてしまったようで、本物の辻加護に負けないくらいのやんちゃな子だとまで言われてしまった。

 その後の打ち上げの時、香織は改めて私と希美の前に来て「完敗」を宣言した。
別に勝ち負けではないけれど、おとなしかった私たちふたりがあんな行動に出るとは予想もしていなかったと言う。
そして、例の少し距離を置いていた件について話し出した。
 それによると、私たちと一緒に行動することによって、良い意味でも悪い意味でも香織が常に目立ってしまい、それに対する気恥ずかしさが生まれてかなり抵抗を感じたらしい。
そしてそのことが私たちミニモニにとって迷惑になっていないか、私たちを傷つけていないかと、そういう気を回してしまったそうだ。
そうした諸々の事情が重なりあって、少し疲れを感じたことから距離を置いてしまったそうだ。
かといってケンカをしている訳ではないから、普段通りの行き来にはかなり気を配っていたという。
 それが、今回ステージに一緒に立った事で、目立っているのは自分ではなくてむしろ私たちミニモニ側で、自分だけが目立っているという思い上がりがあったことに気がついたという。
そして。私たちと行動してたくさんの笑いと拍手受けたことで、すごく楽しいさわやかな気分に戻れたそうだ。

香織「やっぱりお前らといると楽しいわ。」
真理「けっ、それにしても香織にしてはくだらねぇ事で悩んでたんだな。」
香織「まぁな。」
希美「言ってくれたらよかったのにぃ。」
香織「すまん。だけどさぁ、こんなの…相談するのもどうかなって思ってたしな。」
真理「まぁ確かにな。」
由衣「……」
真理「でもやっぱり今回は由衣の発想が香織を戻したって事になるよな。」
香織「ああ、確かにあれがきっかけだったよなぁ。」
希美「そうだよ。由衣ちゃんの気持ちがかおりんを連れ戻したんだよね。」
由衣「そ…そんなオーバーな話じゃないよぉ。」
真理「いいからいいから。おい香織、由衣を思い切りハグしてやんな!」
由衣「え、いいよぉそんな…」
真理「なに照れてやんだ。そうしてほしかったクセしてよ!」
希美「わ〜い由衣ちゃんまた赤くなってる〜!」
香織「由衣、ありがとな!!」

 まわりに実行委員の人たちがいっぱいいる中で、私は真理と希美に抱え込まれるようにして香織の前に立たされ、そして香織は大きく私の背中に手を回して、かなり強く抱きしめてくれた。
他の人にしてみたら何が起こったのか分かっていなかったと思うけど、なぜか拍手がわき起こって、私は恥ずかしくてたまらなかった。
けれどすぐに香織から離れる事が出来なくて、しばらくそのまま包まれていると、真理が「どうだうれしいか?」と言わんばかりに脇からのぞき込んできたので、私はニコッと微笑んで真理にピースを返した。
そしてなぜだか真理に対して
「ありがとう!」
 と言っていた。
青春まっただ中にいる幸せな私たちが、思い切りはじけていた夜だった。



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