私たちの出航(たびだち) [言葉のあそび]




 夏休みに入った。
とはいっても、8月末からまた別の実習が始まるので、休みは3週間しかない。
4年制の大学と比べて短大の夏休みは……とても短い。
 香織と真理はそれぞれの実家に帰省していたけれど、私は希美と毎日電話をしたり一緒に買い物に出かけたりして、以前のように誰とも口をきかずに過ごすというような、そんな暗い日々ではなくなっていた。
 ある日希美と一緒に渋谷をブラついていると、高3の1月末に函館の友達が何人か受験で上京した時に、この街で会った事があると言って懐かしそうに話していた。
でも大学生になってからは、ほとんど連絡がなくなったという。
 109なんかに足を運んで洋服を探したりしたけれど、なかなかふたりに合うサイズが見つからないし、たまにいいのがあっても、ちょっと着るには抵抗があるようなデザインだったりして、やっぱり私たちのような地味な子に渋谷は似合わないなと感じて、気分的に疲れてきたので早々に引き上げることにして希美のうちに向かった。
 結局、この日も私は希美のうちに泊めてもらうことになった。
ふたりともほとんど同じような体つきなので、希美のパジャマを借りてもなんの違和感も無かったけれど、チラッと盗み見したブラのサイズが、私よりもわずかに大きかったのが…ほんの少し、ほんの少しだけショックだった。

 そう言えばこの日、駅で電車を待っているときに高校時代の友達に会った。
前は出会っても無視されていたのに、この日は向こうから
「最近どうしてるの?」
 と声をかけてきた。
私もごく自然にそれに応える事が出来て、そのまま上野に着くまでの間、お互いの近況報告のような感じでずっと話していたけれど、やっぱりこれまでの私はドヨ〜っとした暗いイメージを漂わせていたそうで、とても声を掛ける雰囲気ではなかったそうだ。
そんな私だったけど、真理や香織や希美と一緒にいる事で、少しずつかもしれないけれど、以前のような朗らかな面を取り戻しつつあるんだと、改めて思うことが出来た日だった。

 夏休みがあと2日で終わるという日のお昼過ぎ、真理からメールが入った。
「みやげを渡すから4時に新宿駅に集合!!」
 とあった。
こちらの都合も聞かずに勝手な人だ。
それに、新宿まで出るには乗り換えも含めて1時間半は見ておかなければならないから、おみやげをもらうためだけに暑い中を往復3時間かぁ…と、うんざりした気持ちになっていた。
でもわざわざ甲府から持ってきてくれるんだからと感謝の気持ちに切り替えて、希美と田端で待ち合わせをして新宿に向かった。
 特急が到着するホームで真理を待っていると、彼女は柄のTシャツにデニムの短パンに野球帽をかぶって、大きなリュックを背負い釣りの時に使うような中ぐらいのクーラーボックスを抱えて現れた。
肩より少し下あたりまであった髪を思い切りショートにしているから、胸のラインとおしりのラインがなかったら…まるで男の子だ。

真理「おぅお前ら、相変わらずちっこいなぁ!」
希美「ちがうよぉ真理っぺが一番小さいの!」
真理「言うようになったなぁののたんは!」
由衣「ずいぶん日に焼けてるね。遊び回った?」
真理「あたぼうよ。家でじっとしていた日なんかねぇよ。」
由衣「ふぅん。」
希美「ねぇ、かおりんがまだ来てないよ。」
真理「そのうち来るだろ。それよりおみやげおみやげ!!」
希美「何をくれるのぉ?」
真理「これだっ甲府の名物で馬刺し!!、冷凍してあるけど今日中に食べろよ!」
由衣「ばさし?」
希美「なぁにそれ?」
真理「おいおい、まさか馬刺しを知らないってか?」
由衣「ぇ…ぁ馬のお肉だよね?」
真理「ピンポ〜ン!」
希美「え〜、馬のお肉のお刺身ってこと?」
真理「そう言うこった。たっぷりあるからなぁ。さ、クーラーボックス出せ!」
由衣「は!?」
希美「え?」
真理「おいお前らぁ、馬刺しもらうのに手ぶらで来たってのかよ?」
由衣「ぇだって…そんなことメールに…」
希美「そうだよぉ何も書いてなかったじゃん!!」
真理「ぇ…」
希美「…」
由衣「……?」
真理「ふぁはっはっそうだった、お前らに馬刺し持ってきたのは初めてだった!」

 真理は以前、別の友達にそうして渡したことがあるそうだ。
その馬刺しは確かに冷凍されてビニール袋に小分けしてあったけれど、真空パックではなかったので、この暑い中を家まで持って帰るのは問題だった。
現に端の方は少し柔らかくなりかかっている。
クーラーボックスに入っていたけれど、甲府からの移動時間を考えると、かなり自然解凍されかかっている状態だ。
真理はしばらく考えていたけれど、よい案が浮かんでこないようだ。
それは私も希美も同じだった。
 それにしても…、私が実習先でよくやっていたような笑えるポカを、まさか真理がやってしまうなんて…。
額の汗を手でぬぐいながら思案している真理が、いつものように威勢のいい真理とちがってすごくかわいく見えた真夏の夕暮れだった。
 ちょうどそんなときに香織から真理に電話が入ってきた。
小田急のJR連絡改札に着いたという。
私たちはとりあえずそちらに向かうことにした。
 香織は背が高いから、先に私たちを見つけて手を振っている。
見るとやはりクーラーボックスなんか持ってきていない。
改札機を挟んでいきさつの説明をする真理。
説明しながら自分の失敗を大笑いしている。
その結果、いまから香織の部屋に押しかけて、そこでみんなで食べてしまおうと言うことになり、下北沢までの切符を買って小田急のホームへ入っていった。
 密かにあこがれを抱いている香織の部屋に行くんだと思うと、私は少しドキドキして、希美とつないでいる手が汗ばんでしまった。

 駅前でお酒とかその他の食材を買い込んで、10分ほど歩いて香織の部屋に着いた。
ワンルームと聞いていたけれど、想像していたそれよりも広くて、ベッド部分はメゾネットのようになっている。
本棚には本と洋楽のCDがギッシリ並んでいたが、大きなスヌーピーのぬいぐるみが置いてあったことにすごく驚いた。
実は私も同じ大きさのそのぬいぐるみを持っている。
たったそれだけの事なのに、香織のことがグッと近くに感じられた一瞬だった。
 私も真理も希美も料理が苦手だ。というか、まともにやったことがない3人。
当然ながらそれらはすべて香織の担当になったけれど、馬刺しの切り分けから盛りつけ、薬味の調合、サラダの盛りつけまで手際よくこなしていて、わずかの時間でテーブルの上に華を咲かせてくれた。
それらをずっと目で追っていて、さっき少しだけ近づいたように思えた香織の存在に、また少し距離が出てしまったように感じた私がいた。

 ビールで乾杯して、生まれて初めて馬刺しをほおばった私。
「おいし〜い!!」
 素直にそう叫んでいた。
そして、多少は遠慮しながらそれをつついてはビールを飲む…を繰り返していると、
「由衣、お前ほんとに幸せそうに飲むなぁ。」
 と真理が冷やかしてきた。

由衣「そ、そうお?」
真理「ああ、」
希美「うん、おいしそうに食べたり飲んだりしてるもんね。」
香織「たしかに。」
真理「のんべぇの素質も充分ありそうだな。」
由衣「そう…なのかなぁ?」
希美「この前のビアパーティーも由衣ちゃんが一番飲んでいたんでしょ?」
香織「だと思う。私がジョッキの交換してたから間違いないよ。」
真理「いちばん[月下]のくせしてな!」
全員「(笑)」
香織「それに、一番よく食べていたのも由衣だったぞ。」
由衣「ほんとにぃ?」
真理「今でもお前が一番早いもんな。」
由衣「……」
希美「そう言えばうちのママも由衣ちゃんはよく食べるって言ってた。」
真理「この前また泊まりに行ったんだってな?」
由衣「うん。」
香織「そんなに食べて、なんで太らないんだ?」
真理「はん!、うん○の量が人より多いんじゃねぇの?」
香織「おいっ!」
希美「まりっぺぇ!」
由衣「もうおぉ、」

 香織の部屋で、小さなテーブルを囲んでいるという安心感みたいな心地よさからか、たしかに私は割と早いペースで飲んだり食べたりしていたのかもしれない。
そしてふと気がつくと、すでに7時近くになっていた。
私は家に連絡しておかなければと、バッグから携帯電話を取り出すと、すでに母親から着信が3度も入っていた。
(やばっ…マナーモードにしてたから気づかなかったよぉ…)
 夕飯の時間になっても連絡をしてこない私を心配しているのだろう。
希美も同じようにあわてている。
私は先に玄関先へ移動して恐る恐る電話をしたが、やはりママさんはお怒りだった。
謝りながら事情を説明していると、いつの間にか香織が後ろに立っていて、
「ちょっと私が話するから。」
 と言って電話を代わってくれた。
そして私と同じように謝りながら説明した後、今から柏まで帰ると遅くなるし、お酒も飲んでいるので今夜はうちに泊めるからと言ってくれた。
 この夏3度目の外泊……。
あまりの私の変化ぶりに、ママさんは少しとまどっている様子だった。
 希美もすでに真理に冷やかされながら電話していたようで、香織が代わってきちんと話をし、そしてやはりひとりで帰すことは出来ないからと、泊めることを伝え
ると親は安心した様子であった。
 真理は、帰ろうと思えば充分帰ることが出来る時間と距離だけど、私と希美が泊まるというので便乗すると言って騒いでいた。

 真理のおかしなポカから始まって、最終的にはまるで新しい実習に向けた前夜祭のような感じになってしまったこの日、みんなでコンビニに出かけてお泊まりセットなんかを買い揃え、戻ってきて順番にシャワーを借りてさっぱりしてから、また飲み会の続きを始めた。
私も真理も希美も香織のTシャツをパジャマ代わりに借りたけど、ちょうどミニのワンピぐらいの丈になる。
どうせ女しかいないんだからと、3人とも下は……パンツのままだった。
真理なんかそれであぐらをかいていた。
 香織が用意してくれたおつまみなんかをつまみながら、またチビチビとお酒を飲みながら騒いでいた私たち。
そんな話が弾んでいるその中で、ひょっとすると場をシラケさせるかもしれないけれど、私はどうしても真理に聞いておきたい事があって口を挟んだ。
たぶん、アルコールが入っている時でないと聞く勇気がなかったからだろう。

由衣「ねぇ、真理に聞きたい事があるんだけど…」
真理「おうよ。」
由衣「あのさ……なんで私におみやげを…持ってきてくれたの?」
真理「はん!?」
由衣「ん〜、真理っていっぱい友達いるじゃん。なのになんで私なのかな…って。」
希美「由衣ちゃん…どうしたの?」
真理「迷惑だったか?」
由衣「ちがうよぉ、その反対だよ。うれしいから聞いてんじゃん!!」
真理「だったらそれでいいじゃないか!」
由衣「ん…だけどさぁ…」
真理「なんなんだよ、めんどくせぇなぁ!」
由衣「真理がさ……気を遣ってくれてるのなら申し訳ないし……」
真理「はぁん!?」
香織「こいつが他人に気を遣う訳ないじゃん!」
真理「うるせぇっ!」
香織「気を遣わない分さ、表裏とかないし、駆け引きはしないと思うぞ。」
真理「おうよ!」
香織「単純だから思ったらすぐ行動するしさ。」
真理「おい香織っ、褒めてるのかよ?、けなしてるのかよ?」
香織「まぁ早い話、由衣は真理に確かめたいんじゃないか?」
真理「なにを?」
香織「そうだなぁ…[私たちはずっとお友達よ!!]かな…」
真理「けっ寒気がするよ。」
由衣「……」
香織「優しくないなぁ。そう言ってやったら由衣は安心するんだろうよ。」
希美「…なんかさぁ、私も由衣ちゃんの気持ちわかる…」
真理「けっ、くだらね!」
香織「まぁそう突き放すなよ。」

 まだ自分に自信が持てないでいる私だから、真理のようにたくさん友達がいる人が、なんでわざわざ私なんかに高価なおみやげをくれたんだろうと、どうしてもその事が気になってならなかった。
そしてその裏側で、香織が言ったように[友達だから!]っていう言葉を期待していた自分も見え隠れしていた。

香織「じゃ由衣はさ、いやいやここまで着いてきたのか?」
由衣「ううん、そんなことない。」
香織「だろ。私だっていやならみんなを部屋まで入れてないもんな。」
由衣「……」
香織「まして泊まっていけなんて言わないだろ?。」
由衣「うん。」
真理「ははん、香織が言いたいことが判ったぞ。」
香織「そうか。だったら説明してやれよ。」
真理「え〜、かったるいなぁっ」
香織「ほらな。真理ってこういう奴だろ!」
真理「うるせぇっ!」
香織「真理はさ、自分がいやだと思ったら絶対しないしさせないよ。」
由衣「……」
香織「その反面、自分がしたいときは相手を考えずにすぐ動く…わな。」
由衣「ん…」
希美「うん、相手のことなんか考えない!」
真理「うるせぇっ!」
香織「今日だってそうだろ。イヤだったらみやげなんて持ってこないだろ?」
由衣「ん…」
香織「社交辞令なんかだとこんな重いクーラーボックス抱えて来れないぞ。」
真理「おうよ!」
由衣「…そうだね。」
香織「まぁたまに抜けてるとこあるからさ、その結果がうちになったけどな。」
希美「でもその結果たのしくなったもんね〜!」
真理「おうさ、ののたんはいいこと言うぜ!」
希美「うん、いいこと言ったぁ。ぱんか〜い!」
真理「乾杯だろ!、酔っぱらい!!」
希美「べ〜!!」
香織「まぁ早い話、由衣は難しく考えすぎじゃないか?」
由衣「そう…なのかなぁ?」
香織「だと思うぞ。真理には[言葉のあそび]なんか必要ないよ。」
由衣「言葉のあそび!?」
希美「なぁにそれぇ?」

 [言葉のあそび]なんて,その言葉自体初めて聞かされた。
真理は直感的に考えて進めるタイプの人間だから、それに理由付けとか理屈は必要ないらしい。
単純に言えば、好きだからそうする。きらいだからしないというものだ。
その式でいうなら、好きだからおみやげを持ってきた。
好きだからみんなで分けようとした。
好きだから一緒に食べている…と言うことになる。
 私が思っているような「なんで私に?」なんかの理由付けは、真理にはまったく無縁の言葉になってしまうという事だ。

香織「だから、由衣が聞きたいと思っているのが[言葉のあそび]だよ。」
真理「そうそう。言葉なんてウソでもきれい事言えるもんな。」
由衣「ん……」
香織「真理は嫌なことはしないから、こうしているのは好きだと言うことだろ。」
由衣「うん。」
香織「友達だから何々するっていうんじゃなくて、したいからやってるって訳さ。」
由衣「したいから…やってる……」
真理「もうその辺でいいんじゃねぇの。話が難しすぎるぜ!」
由衣「ぁ、ごめ〜ん。」
香織「まぁあれだ。由衣は少し自分を卑下しすぎなんじゃないか?。」
由衣「…うん…」
希美「ぇ〜由衣ちゃんヒゲがあるの〜?」
真理「ののたんおだまりっ!」
希美「ブビ〜」
真理「まぁそこまで話が進んだのならいっておくけどな…」
由衣「…?」
真理「オイラはお前らといる時がオイラらしいオイラだぞ!」
由衣「はい?」
香織「ややこしい言い方だなぁ。」
真理「オイラけっこう言いたいこと言うよな。」
香織「けっこうって、好きなようにの間違いだろ?」
真理「うるせぇっ!、でさ、まぁ香織はもちろんだけどお前も希美もさ…」
由衣「ぅん…?」
真理「しょっちゅうオイラに反発したりするわな?」
由衣「ぅん。」
真理「へへん、そういう連中といる方がオイラは自分でいられるってことさ。」
由衣「…?」
香織「なるほどな。」
由衣「…よくわかんないけどぉ、言い合ってる方がいいってこと?」
香織「そう言うことだよ。」
由衣「んと…んと…」
香織「それだけお互い真剣ってことだろ!」
由衣「あ…」
真理「調子こいてオイラに合わせるやつって多いけどさ…」
香織「うん、由衣なんて真っ赤な顔して言い返したりしてるわな。」
真理「そうそう。そういう奴らの方がオイラは信用出来るなあ。」
由衣「……」
香織「う〜ん、真理にしては哲学的ないいこと言うよなぁ!」
真理「オイッ、もう少しほめる言葉ってないのかよ!」

 すくなからずショックだった。
真理は真剣に向き合ってくれている。
そんなことも判らずに、私は自分の考えの中だけで相手を判断していたようで、自分に対する自信のなさがそれに乗っかって、すぐ理由付けをしてみたり理屈をこねたりしていただけだったのだ。
真理には、そんな理由付けなんかの[言葉のあそび]はいらない。
ただ[一緒にいたいから一緒にいる!]だけで充分だったんだ。
 そして、そんなことよりもなによりも、真理は私を認めてくれているって事だ。
言葉のあそびをせずに、真剣に前から向き合ってくれている。

真理「けどさ、由衣は今のままでずっといろよ。」
由衣「ぇ、どう…いうこと?」
真理「今のままの方がさ、オイラいじめがいがあるだろ!」
由衣「そっ、そういうこと言うっ!?」
真理「おうよ、そうやってすぐムキになるところがかわええぞぉ!!」
由衣「もおぉ、そんなことばっかり言ってたらキライになっちゃうからねっ!」
真理「きゃ〜だめぇ、キライにならないでぇ由衣ちゃ〜ん!」
由衣「もうおぉっ、触るなバカッあっちいけぇっ!」
希美「あ〜、わたしもぉ!」
香織「おいお前らっ、ちっこいのがパンツ丸出しでじゃれ合うな!」
真理「うるせぇ、ちっこいだけよけいだっ!」
由衣「そうだそうだ!」
希美「でもまりっぺがいちばん小さいのら〜!」

 冗談でくすぐってくる真理の手を払いのけてバタバタしていると、希美までが割り込んできて、なぜか3人でくすぐり合いになってしまった。
肌が触れあってじゃれ合う私は、涙が出そうになるのを必死で堪えながら、その時すごく幸せな瞬間をすごしていた。



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