私たちの出航(たびだち) […嫉妬…]




 翌実習初日の朝、私はいつもより1時間ほど早めに家を出て待ち合わせの駅に向かった。
昨日4人で話し合って、とりあえず初日は軽く正装していこうと決めていたので、私は姉のリクルートスーツのお下がりを着ていた。
姉とは身長差が8センチほどあるので、悲しいことにズボンは裾揚げしてるし肩幅や袖は…ブカブカだった。
 香織もリクルートスーツなのだろうか、パンツタイプのそれを細身の体にまとって、ゼミロングのストレート髪をかわいいシュシュでポニーテールにしている。
すごく清潔感があって、かわいいときれいの両面が浮かび上がっていた。
 真理もいつもの賑やかな服装から一転して、茶系統のパンツスーツを着ていた。
メイクもかなり控えめなナチュラルにして、香織と同じように束ねているので顔の輪郭がはっきり出て、素顔はけっこう童顔なのだとわかった。
 そして、どうやら母親に連れられてここまで来た(らしい)希美は、上は紺色のジャケットだけど、チェック柄のミニっぽいプリーツスカートに白のハイソックス姿なので、
「なんちゃって高校生かよっ!」
 と、真理に突っ込まれていた。
「だってぇ、これしか持ってないんだもんっ!」
 顔は半泣きのようになっているけれど、けっこうきっぱりと答える希美。
そして真理から身を隠すみたいに私の後ろに回り込んでいた。
気のせいかも知れないけど、昨日から希美…、なんか真理にはきついような……。
 そこから15分ほど歩いて実習先の会社に向かう。
昨日と同じように香織と真理が先を行き、希美はまた私と手をつなぎながらその後ろを歩いていた。
なんちゃって高校生みたいな格好の希美はいいかもしれないけど、リクスー姿の私はそれがちょっと恥ずかしかった。
でもそうして手をつないでいることで、私自身もなにか安心感のような落ち着きのようなものを感じていたのも事実だった。
お互いを「希美ちゃん」「由衣ちゃん」と呼び合うようになったのはこのときからだった。

 学校指定の実習先であるその会社は、従業員が200人弱の中規模企業だ。
これぐらいの規模の会社では人事や経理、労務といった仕事はみんな総務で一括しているケースが多いらしい。
 実務実習と言っても、聞いた話によるとそのほとんどが使いっ走りのようにこき使われるだけの、体のいい期間限定のお手伝いだとか…。
でもその勤務態度や取り組み方は、担当者から教務に定期的に報告されるそうなので、あまり目立つような手の抜き方は……単位に影響するらしい……。
 私たちを会議室に案内してくれた世話係の中年女性職員は、かなり口うるさそうな人だった。
私たちに制服は用意されなかったけれど、女子職員が着ている制服、どこでもよく目にするあのブラウスにベスト、それにタイトスカートという事務服……に似たようなのを明日から持参するようにと言うので、ベストはまぁ高校時代に着ていたので間に合いそうだけど、タイトスカートは持っていないと告げると、紺か黒のそれっぽいスカートでよい。常識の範囲で考えるようにと言った。
 そして真理。
やはり茶髪については厳しくて、実習を受ける気構えが出来ていないとか、モラルに欠けるとか、社会人としての常識がどうとか、かなりしつこく言い寄っていたので、私は真理がキレて怒り出すのではないかと内心ヒヤヒヤしていた。
でも意外に彼女は無表情でその女性を見つめたまま「はぁ…、はぁ…、」とうなずくだけだった。
 中年女性はその冷めた反応がかえって気にくわなかったのか、今度はその矛先を私と希美にぶつけてきた。
「社会人になろうとするのなら化粧ぐらいしてきなさい!」
 と……。
たしかに私と希美はすっぴんだった。
でも何か否定的なことを言うと更にご機嫌が悪くなりそうに感じたので、黙ってうなだれを決め込んでいると、その女性職員はひとりでブツブツ言いながら会議室を出て行ってくれた。

真理「ひゃぁあ、おっかねぇおばさんだあっ!」
香織「かなり厳しく言われたじゃん。」
真理「へんっ、そんなの初めから覚悟の上だいっ!」
香織「平気なのか?」
真理「あたぼうよ!」
由衣「ぇ…黒髪に戻さないの?」
真理「おう、これがオイラの個性だもんな。」
由衣「…でも…いいのかなぁ…?」
真理「就職の面談じゃねぇんだぞ。」
由衣「でも…評価に影響しないの…?」
真理「茶髪だと評価が下がるのか?」
由衣「ぇ…、そういうわけじゃ…ないけど…」
香織「確かにな。注意事項の中に茶髪禁止とはなかったな。」
真理「それにあのおばさんが評価するんじゃないだろうしな。」
香織「あたり!」
真理「だろ!、まぁそういうこった。」
希美「お化粧は…?」
真理「ほぇ!?」
希美「お化粧は…なんでいつもより…おとなしいの?」
真理「えと…」
香織「ははぁ、希美は鋭いところを突くなぁ。」
真理「うるせぇ、オイラの勝手だろ!」

 希美が指摘したように、茶髪で通すのならメイクもいつものままでいいのになと、確かに私もそう思った。
突っ張っている真理だけど、案外それは表面上だけで、内心は私たちと同じように小心な面があるんじゃないのかと、少しだけ親近感を覚えていた。

 私たちは2班に分けられて、当面私と真理が経理関係、香織と希美が人事と労務の担当になった。
 10人ほどが机を並べる総務室。
入ったところに先ほどの怖いおばさんが座っていて、挨拶する私たちに[無視]という返事を返してきたけれど、その人は経理関係でなかった事が救いだった。
 私と真理は神経質そうな顔の経理課長から仕事概要の説明を受け、隣の小さな部屋に通されて出納伝票のチェック作業をやらされることになった。
上着を脱いで大きく胸を張って伸びをする真理。
ブラウスからツンと突き出した胸は、自分と同じような体つきなんだからと勝手に連想していた大きさよりもはるかにデカくて、私はしばらくの間それを目で追ってしまっていた。
そして次にわき上がってくる劣等感…。
風通しが悪くて少し蒸し暑く感じるその部屋なのに、私は上着を脱ぐことが出来なくなっていた。

 厚さにして5〜6センチほどある出納伝票の束がふたつあって、それを私と真理が手分けして1枚1枚電卓を叩きながらチェックしていく。
とても単純な作業に思えるけれど、1枚でも間違えて計算したら、すべてに影響が出てしまうので気が抜けない。
授業で何度も繰り返しやってきている事だけど、学校のは練習用のわずか数十枚の伝票で数字も印刷されたものだけれど、実際の伝票はいろんな人のクセのある字で書かれているので判別しづらくてすごく神経を使う。
目を細めたり、用紙を斜めにして見直したり、台帳の数字と照らし合わせをしながら、かなり苦労してその作業を続けていった。
 向かいに座って作業している真理は、赤ちゃんのようなツルンとした小さな手の、そのすべての指に伝票を挟み込んで黙々と作業している。
(へぇえ、なんか学校での真理とは別人みたい…)
 などと感心していたのもつかの間、
「ひゃぁあ、かったるいなあっ!」
 真理はけっこう大きな声でそう言いながら、指に挟んでいた伝票を束ねることなく広げたままテーブルにおいて立ち上がった。
そして私に背中を向けながら、
「あ〜あ、こういうチマチマした仕事さぁ、オイラにはむいてないよ。なぁ!?」
 と、同意を求めるかのように投げかけてきた。
返事のしようが無くて私は黙ってしまう。
そうしてしばらく沈黙が続いていると、
「おぅ、オイラに構わずに仕事続けろよ!」
 と言ってきた。
話さなくていいのならこれ幸いと思って、私はまだ100枚ほど残っている伝票の束を繰り出した。
 それらがようやく終了したちょうどその時、先ほどの経理課長が女子職員と一緒に入ってきた。
私は、真理がサボっていることをなにか指摘されるのではと思って、どうしようかドギマギしたが、
「ほお、君は分類しながら計算してたのかな?」
 と、課長は真理が無造作に広げていた伝票を手に取りながら言っので、
(えっ!?)
 私はその瞬間、なにか頭を平手で叩かれたような衝撃を受けた。
小言を言われると思っていたのに、真理はサボっていたのではなくて私よりも先に仕上げていたんだ。
しかも、私のようになんの工夫もせずに上から順に計算していたのではなくて、項目別に分けて仕上げていたなんて……。
全部の指いっぱいに伝票を挟んでいたのはそういうことだったんだ。
 ショックだった。すごくショックだった。
とりあえず私も間違えることなく終了できていたけれど、学校ではいつもサボったり手を抜いたりしていた真理が、なんでまじめにやっている私よりも先に要領よく仕上げられたのかと……。
 元々勝ち負けとか意識していた訳ではないけれど、胸の大きさだけでなく仕事の面でも差を付けられてしまった事で、メイクの事でほんの少しだけ覚えた親近感まで吹っ飛んでしまって、私はまた落ち込んでいく自分を感じていた。

 そんな重たい空気を抱いたまま、なんとかお昼休みまで持ちこたえた。
その間、真理が話しかけてきてもうわべだけの返事を返す状態が続いていて、私はすでにかなり疲れを感じていた。
 そこへあの怖いおばさんがまたやってきて、私たちを食堂へ案内してくれる。
その途中、真理はそのおばさんから、髪の毛について経理課長からなにか言われたかと聞いていたが、別になにも!、と素っ気なく答える真理に怪訝な顔をしながら、少し苛立ちを見せているのがよく分かった。
でも、たしかに真理も私たちも、このおばさん以外からは何も言われていない。
それで特に問題が無いのなら、私は明日からもすっぴんで出てこようと決めていた。
というか、実は私は化粧品をまともに持っていなかったので、買いそろえろと言われたらどうしようかと悩んでいたからだ。
 食堂というのは30人分ほどのテーブルを並べた広間の事で、そこに業者のお弁当が積み上げられていた。
明日からは出社時にお弁当の申し込みをするようにと言われ、私と真理はその片隅に向かい合って座った。
そこには香織と希美の分も用意されていたが、ふたりともまだ姿を現さない。
「ハラへったしさ、先にはじめようぜ!」
 真理がそう言うので、私はあまり食欲がなかったけれどそれに従った。
仕方がない事なんだろうけど、お弁当の内容は揚げ物中心で野菜が少ない。
食欲が無いときの揚げ物ほど辛いものはない。
なかなか箸が進まない私を見て真理が口を開いた。

真理「なあよ!」
由衣「……」
真理「さっきからなんか怒ってるのか?」
由衣「…べつに…」
真理「そっか。なんか不機嫌だよな。」
由衣「…そんなことないよ。」
真理「おめぇは顔に出ちまうんだよ。なんかあったか?」
由衣「……怒ってなんか…ない……」
真理「じゃ嫌なことでもあったんだろ。言っちまったらスッキリするぞ。」
由衣「…いやなこと…じゃ…ないし…」
真理「あん?」
由衣「ただ…なんかぁ…悔しいだけ!!」
真理「あ〜ん、悔しいってなにがよ?」
由衣「…なにもかもっ!」
真理「何もかもって、わっかんねぇなぁ。仕事がか?」
由衣「ちがうよ。仕事は仕事だもん!!」
真理「ますますわかんね。なにが悔しいんだよ?」
由衣「ぁなた…に…あなたに何もかもが負けてるのが……悔しいのっ!!」
真理「ほぇえ、オイラに負けて悔しいって!?」
由衣「……」
真理「おかしなこと言うなぁ。オイラに何が負けてるんだよ?」
由衣「なっ…だからぁ、何もかもよっ!」
真理「よくわかんねぇけどさ、何かを比較したってことかよ?」
由衣「……」
真理「けっくだらねぇ。」
由衣「くだらないっ!?」
真理「そんなの意味ないじゃん。人それぞれって言うだろ!」
由衣「……だって…」
真理「なんかさぁ、そんな小さな事ばっかり言ってるとさぁ…」
由衣「な、なによぉ!?」
真理「これ以上大きくなれねぇぞ!」
由衣「そっ、私より小さいあんたに…そ、そんなこと言われたくないよぉっ!」
真理「ほほん、言い返す元気はあるんだぁ!!」
由衣「あ…あんたこそねぇっ!」
真理「おっ、なんだよ!?」
由衣「…そんな…好き嫌いしないでなんでも食べないと…大きくなれないよっ!」
真理「うるせぇっ!、母親みたいな口きくなっ!」

 私は真理に勝てなくてもいいけれど、言いくるめられるのだけはイヤだった。
なにか言い返したくて、でも何も思い浮かんでこなくて目を落としたとき、彼女が茹でた人参とか椎茸とかグリンピースを隅に寄せているのが目に入って、思わず出た言葉があの言葉で、いつの間にか私の横に座っていたあの怖いおばさんが、その会話を聞いて思わず吹き出す始末だった。
「あんたたち、仲がいいの?、それとも悪いの?」
 そう聞かれたけれど、私はそれには何も答えられなかった。
決して仲がいいとは言えないけれど、悪いと言い切ってしまう事にはなぜか抵抗があったからだ。
「まぁ、昨日から始まったばかりだもんな!!」
 真理が私の顔を覗き込む。
私は目をそらせかかったけれど、ここで引いたらまた負けが込んでしまうと思って、思わずやってしまったのがアッカンベ〜だった。
真理が「やれやれ…」のポーズをしたとき
「なんか、いいコンビみたいね。」
 あの怖いおばさんがそんな言葉を発した。
思いもかけないその言葉に、私と真理は思わず見つめ合ってしまい、そしてなぜか同時に吹き出してしまった。
それからしばらくその怖いおばさんと世間話が続く。
けっこう口うるさくてけむたい存在に感じていたけれど、案外この人は世話好きのいい人なのかも知れないと感じてしまった。

 入れ替わり立ち替わり従業員が食事にやってきて、やっぱり真理は人を引き寄せる何かがあるのか、男女問わず複数の人から声を掛けられ、愛想よく受け答えしている。
私は初対面の人と話すことが大の苦手なので、ただただ笑顔でいるだけしか出来なかった。
その中に、
「高校生が茶髪にしてもいいのか?」
 と言った男性がいたが、それに対して真理は
「うるせぇ、こう見えてもオイラたちは短大生だ!!」
 と言い返して、威勢の良いねぇちゃんだと笑いを起こさせる場面もあった。
確かに何人かは私たちを本当に高校の実習生だと思っていたようだ。
外見でそう見られてしまうことはもう慣れっこになっているけれど、リクスー姿でもそうなのかと思うと、なにか複雑な気持ちがわき出てくるのを抑えられなかった。
 そんなやりとりをしていても、とうとう香織と希美は姿を現さず、そのうちに休憩時間は終わってしまった。
私たちはまたあの部屋に戻って、今度は午前中に扱っていた出納伝票をエクセルで出納表作成する作業に入った。
過去のを参考にして新しい表を作るのだけど、今回は金額が1桁から8桁までと開きが大きいために同じテンプレートでは表しきれない。
 私は正直言ってエクセルが苦手だ。
指導に当たってくれる男性職員がそばにいるけれど、恥ずかしくてなかなか声をかけられず、10分経っても20分経ってもいっこうに作業を進めることが出来なくて逃げ出したい気持ちになっていた。
 真理もさすがにエクセルは得意じゃないようで、私と違ってたびたびその男性職員に質問していた。
私はそのたびに自分の席を立って、
(どうか私が困っているのと同じ内容でありますように!!)
 と願いながら、さも「私も一応念のため!」というような顔をして、説明を受ける真理の画面を注目したりしていた。
(私ってけっこうズルいことしてるんだなぁ……)
 自分で充分に分かっているそのことを、イヤでも再認識させられてしまうけだるいその日の午後だった。

 そんな綱渡りのような作業をずっとしていたために、午後5時を迎えた時、私は目と肩と心が完全にダウンしかかって、
(早く帰ってベッドに潜り込みたい!!)
 真剣にそう思っていた。
そういえば、香織と希美はけさ会議室で別れたきり、一度も顔を合わせていない。
一緒に駅前でお茶してから帰ろうと約束していたので、私と真理は会社の玄関先でふたりを待つことにした。
そこでも真理は何人かの男性社員から声をかけられ、なかにはナンパに近いものまであったけれど、
「オイラ、今は間に合ってるからパスね。空いたら連絡するからね〜!」
 と、スマートに流している。
いったいどうやったらこんなに自然に人と会話が出来るんだろう?
うらやましいような気持ちでその様子を見ていた私だった。
 それから10分ほどして「おまたせ〜!」と言いながら香織と希美が階段を下りてきた。
「え…」
 思わず声が出てしまった私。
希美は香織と手をつなぎながら階段を降りてきたのだ。
「……!!……!!」
 私はなにか言いようのないメラメラしたものを全身で感じた。
ずっと私と手をつないでいた希美が、今は香織と手をつないでいる。
それは別段たいしたことではなく、取り立てて考えるモノでもないことなのに、その時の私は一気に吹き上げる……嫉妬心を押さえることが出来なくなって、息が詰まりそうになってしまった。
嫉妬……、それは希美に対してなのか、一目置いている香織に対してなのか、そのどちらにもなのか、自分でも理解出来ていなかったけれど、何もかもが私の上をいく真理に対する嫉妬心も加わってしまっていたようだ。
「由衣ちゃ〜ん、おまたせ〜。帰ろ!!」
 と、希美がそれまでのように私の所に寄ってきて手を握ったこと、
「おうおう、お前らもう[ちゃん付け]のお友達かよ!!」
 と、真理が笑いながらはやし立ててくれた事で、私の嫉妬は少し沈静化されたものの、ドヨ〜っとしてしまった心が晴れることはなかった。
 そのまま駅まで歩いている時に、希美たちは厚生年金受給者の新規申請などの手続きをするために、労務士さんと一緒に社会保険事務所(現年金事務所)に出向いていたということを聞かされた。
希美がその一部始終を事細かに話してくるが、私はそれを心ここにあらずの状態で聞いていた。
駅前の喫茶店でも話に乗れずに口数も少なく、
「ちょっと疲れちゃって…」
 と、ありきたりの逃げ口上でその場をしのぐ事しかできなかった……というか、それ以上は何も話したくなかったのだ。
何かと横やりを入れてくる真理も、私の機嫌が悪いのを知ってか知らずにか、あえてその事については何も言わなかったのが幸いだった。
 その店を出て、上野駅で希美と別れるまでの間も、私はほとんどしゃべっていない。
あまりの私の変化に
「由衣ちゃん…ほんとに大丈夫?」
 希美が心配そうに何度かそう聞いてきた。
「ホント、大丈夫だよ。心配かけてごめん。」
 私はそう繰り返すだけが精一杯で、それ以上の言葉は何も出ず、そして…、早くひとりになりたい!!と、そればかりを考えていた。

 なにかひとつイヤな出来事がふりかかると、あれもこれもみんな悪いように考えたりしてしまう。
それが私の悪い癖だと分かっていても……分かっていてもどうしようもない。
 夕食も半分以上残してしまって親にまで心配をかけた私は、自分のベッドで大きな抱きまくらをしっかりと抱え込んでいた。
ちょうどその時、短大に入学したお祝いにと買ってもらった携帯のメール着信音が数ヶ月ぶりに鳴った。
真理からである。
昨日、初めて4人で会ったときにアドレス交換をしていたけれど、私はそれを読む気になれなかった。
 そしてそれから1時間ほどの間、いろんな事を思いめぐらして、やがて少しずつ気持ちが落ち着いてくると、今度は、友達になろうとしている希美に対して余りにも素っ気ない態度を取ってしまった事が悔やまれ出して、逆に落ち着かなくなってしまい、なにかきっかけになるものがほしくなった私は、真理からのメールに目を通した。
「あしたは笑顔でな!!」
 たったそれだけの文面だった。
でも、たったそれだけの短い文面でも、私はすごくうれしくなって、急に涙があふれ出してきた。
鼻水をすすりながら私は、真理と希美に同じ文面のメールを書いた。
「もうすっかり元気だよ!」



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