それぞれの出航(たびだち)FOREVER 1




 由衣の大学時代の仲間であるミニモニ4姉妹が集まった。
会社の上司からパワハラを受け、しばらく松本を離れてなりを潜めていた香織が、突然結婚すると言い出し、そして日本を離れるというので、急遽みんなで集まったのである。
 すでに7ヶ月の二人目をお腹に抱えている希美に配慮して、9月19日の夕刻、4人は東京駅で待ち合わせをした。

真理「ようののたん、相変わらずちっこいな!」
希美「よく言うよぉ。真理っぺが一番小さいくせにぃ!」
真理「へへん、おやぁ、今日はカリーナはどうしてるんだ?」
希美「カリーナじゃないよぉ、芹香!」
真理「そうセリカだったな。今日はパパとお留守番か?」
由衣「ちょっと真理っぺ!」
真理「ん?」
由衣「今のやりとりさぁ、毎回同じだよ。」
真理「へ?」
希美「うん。いつもわざとカリーナって言うもんね。」
真理「まぁな、つかみはOKってことでさ。」
香織「おまえら、何年経っても相変わらずだな。」
真理「うるせぇ。上から目線で言うな!」
希美「だってかおりんは背が高いから仕方ないじゃん。」
真理「バカか。そういう事を言ってるんじゃねぇよ。」

 相変わらずの4姉妹である。
その賑やかなおしゃべりはタクシーの中でも続き、都内では数少なくなった和風旅館の部屋に通されてもまだ止むことはなかった。
 夕食を済ませ、布団が敷かれた部屋に戻ってくつろぐ4人。
そして香織が結婚に至るまでの経過と、スペインに旅立ついきさつなどをゆっくりと聞いていた。

真理「そっか。彼氏についてきてくれって言われたんだ。」
希美「いいなぁ。ロマンチックだね。」
由衣「かおりんって確か…スペイン語すこし話せたよね。」
香織「まぁ日常会話ぐらいならな。」
希美「それでいつだったかさ、スペイン料理のお店に行ったんだよね。」
真理「はん?」
香織「ああ、神楽坂だったかな。あれは由衣が会社の人から紹介された店だぞ。」
希美「あれぇ、かおりんの知ってるお店じゃなかったんだ。」
真理「ののたんの天然ぶりは年とともに増大しているなぁ由衣!!」
由衣「ぅ…うん、そだね…」
希美「あーっ由衣ちゃんひど〜い。」
香織「おまえら3人とも似たようなもんだろ。」
真理「だからっ、上から目線でしゃべるなって!!」
希美「だってかおりんは背が高いんだもんしかた…」
真理「ののっ、おまえわざと言ってるな。確信犯だろう!?」
希美「カクシンハンってなぁに?」
真理「あぁあもうおっ!」

真理「ところで由衣は最近さ、あんまり例の小説書いてないなぁ。」
由衣「ぁ…あは、真理っぺまだ見ててくれてるの?」
香織「私もたま〜に見てるよ。」
希美「私も時々見に行ってるよ〜。」
真理「ネタ切れか?」
希美「お仕事が忙しくなったんだよね。」
真理「じゃぁこれまではヒマだったのか?」
希美「知らな〜い。」
真理「ややこしいからぁ、ののはしばらく黙ってろ。」
希美「ひっど〜い!!」
真理「オイラのおしがま話なら提供してもいいぞ。」
由衣「真理っぺの体験談?」
真理「まぁたいした内容じゃないけどな。」
由衣「いいよ。枝葉くっつけてふくらませるから。」
香織「ふくらませるのは由衣の得意分野だもんな。」
希美「ウソ書いてるの〜?」
真理「だから顔つっこむなって。」
香織「話の幅を広げるって事だよ。」
希美「?」
真理「オイラが家裁へ行った時、すっごくシッコ我慢してたってするだろ。」
希美「うん。」
真理「それだけだったらただの話で終わるじゃん。」
希美「うん。」
香織「そうそう。由衣だったらそれを聞いてさ……」

‥‥‥‥ ‥‥‥‥

 愛し合って結婚したふたりであるが、真理にはどうしても耐えられない出来事があって別居となり、とうとう離婚を決意するまでになっていた。
もちろんすんなりと彼はそれを認めてはくれない。
しかたなく真理は家裁に調停を申し立てることになった。
 実家から初めて家裁へ出向く日、その日は少し肌寒さが残る早春であった。
緊張していて足取りが重い真理。
甲府駅から歩いて5〜6分の所にあるその場所までが、とてつもなく遠く感じられ、のどがカラカラになってしまって、気持ちを落ち着かせようと途中の自販機で缶コーヒーを買って一気飲みし、やっと家裁の門をくぐる事ができるほどであった。
 調停員3人を相手に、真理は緊張しながらも聴取に応じていたが、しばらくロビーで待つように言われ、少し尿意を感じていたのでトイレに行っておこうと廊下を歩きだした。
「いっ!!」
 時間差で呼ばれていたのであろうか、前方に離婚相手とその母親の姿が見て取れた。
(なんだよ。こんなところまで母親同伴かよっ!?)
 おそらく心配した母親が静岡の清水から駆けつけてきたのであろう。
二人はまだこちらに気づいていないようである。
真理はクルリと身体を翻して、柱の影になるソファーに腰を下ろした。
見ると母親を残して離婚相手は別の部屋に入っていく。
(なんだよ、オカンは残ったままかよぉ‥‥)
 そこを通らなければトイレには行けないようであるが、真理は今さらその母親と顔を合わせたくない。
それは気が引けるからではなく、顔を合わせると腹立たしさがよみがえってくると思われたからであった。
(けど‥シッコ行きたいなぁ‥‥。)
 上下のフロアーに行けば済むことではあるが、またいつ呼ばれるか分からないので、真理はその場を離れることをためらってしまう。
 それからどれぐらいの時間が過ぎたであろうか、かなり尿意が高まってきた真理が少し落ち着かなくなってきたころ、再び先ほどの部屋に呼び入れられた。
廊下を横切るとき、なにげに義母の方を横目で見てみたが、うつむいたままの姿勢でソファーに座っている様子からして、まだこちらの存在には気づいていないようで真理はホッとして足早にその部屋に入っていった。
そこではこれからの調停の流れや注意事項などが事細かに説明されて、多くの書類にサインや印鑑を求められ、その間にも尿意は刻々とふくらんでいって、およそ30分でそれが終了した頃には、義母が廊下にいる事などすっかり忘れて、一刻も早くトイレに駆け込むことばかりを考えていた真理である。
 よろしくお願いしますとありきたりの挨拶を交わして廊下に出た真理は、
「いっ!」
 思わずそう叫んでしまった。
そこには離婚相手とその母親が立っていたからである。
彼はかなり優しい声で真理に話しかけてきた。
その内容は、もう一度考え直せないかと言うものであって、とうてい真理には応じられるものではない。
真理は今さらという感じで、二人をふりほどいて足早に家裁を出ようとした。
彼は母親にそこで待つように言って真理を追いかけてくる。
 一般的に女の子は、一度その人のことが嫌いになると、同じ空気を吸うことすら憎悪を感じるまでになることが多い。
そんな相手にしつこく話しかけられている真理は、足早に歩きながらかなり苛立っていた。
来るときは10分近くかかっていた駅までの道のりを、わずか3分ほどで戻ってきたほどである。
「あなたとはもう充分話をしてきたし、もうこれ以上はなにもないの!!」
 早くその相手から逃れたくて、真理は勢いでそのままタクシーに乗り込んだ。
呆然と立ちつくす男を後にして行き先を告げる真理。
走りだしたタクシーの中で真理は苛立ちを沈めようと大きく深呼吸をしてみたが、それは何の効果もなく、かえって神経を逆なでしてしまったかのようで涙があふれ出す。
(チクショー、あいつのおかげでタクシーに乗るハメになっちゃったよぉっ!)
 無職の真理にとって3千円近くかかるタクシー代はきつい。
さらに追い打ちをかけるように尿意の限界がすぐそこまで差し迫っていた。
実家まではおよそ25分ほどであろうか、それまで我慢しなければならない。
いったん行き先を告げてしまった以上、今さら途中で降りるようなことは、いくら真理のように気が強い子でも気が引けてしまう。
(んもう、なんだってまたあいつのせいでシッコ我慢しなけりゃならないんだよぉ!)
 激しくなった尿意に迫られて真理は更に苛立ってしまう。
(あ〜ぁ、缶コーヒーなんか飲むんじゃなかったなぁ‥‥)
 パンパンに張って丸くなったお腹を助けようと、真理は運転手さんに悟られないように、そっとジーパンのホックを外してファスナーも少しおろしていた。
(シッコ行きてぇ、シッコしたい‥‥)
 同じ事ばかりを何度も頭の中で考えては自分を励まし、また考えての繰り返しが続いて、ようやく実家まで戻ってきた真理。
しかしおなかを抱えるようにして駆け戻ってきた真理を待っていたのは、無情にもカギがかけられた玄関であった。
 母親が家にいることを前提に、鍵を持たずに出かけてしまっていたのである。
携帯で母親を呼び出すと、近所の人とスーパーに買い物に出かけているという。
すぐに戻るとは言うが、それでもおよそ15分はかかるであろう。
(もうシッコ漏れそうだよ。そんなに待てるかよぉ‥)
 すぐにトイレに駆け込めると、タクシーを降りた時点で少し気持ちがゆるんでしまっていたので、真理はもうじっとしていられないほど追い込まれてしまっている。
(やべぇ、ほんとにシッコもれるっ!!)
 玄関先で身体をクネクネさせながら、真理はなんとか身を隠せる場所はないかとあたりを見渡した。
しかし静かな住宅地の一角に建つ家だけに、垣根で囲われているわけでもブロック塀で囲われているわけでもなく、大きな庭木が立ち並ぶわけでもない。
強いてあげればカーポートがあるが、両親ともに車で出かけているためにそこは通りから丸見えの空洞でしかない。
(でも‥もう我慢できない‥‥)
 真理は大きく身体をくの字に曲げながらカーポートの中へ入っていった。
(なんか‥なんかないっ!?)
 とにかくそこで身を隠せないものか。通りから目隠しになる物はないか。
真理はもうそれ以外、なにも考えられずにいた。
(こ‥これならっ!)
 隅に真理が結婚生活から実家に戻った時の、引越業者の段ボール箱が3段積み重ねてある。
もうこれしかないと、真理はその段ボール箱を少し手前に引っ張って見た。
幸いそれほど重い物が入っていないのか、それはズルズルと地面を滑ってくれたが、しゃがみ込む格好での作業で力を入れたために、もう膀胱が悲鳴を上げてしまって、ジワ〜っとパンツの中に温かい物が広がりだしてしまった。
(やべっもう出ちゃうっ!!)
 真理はもうこれまでと思い、わずか30センチ足らずの段ボール箱と壁のと間に出来た隙間に入り込んだ。
窮屈なその場所で、真理は壁を背中にして大急ぎでジーパンを下ろそうともがく。
やっとの事でスリムなジーパンとパンツを一緒に下ろすことが出来たものの、そのときにはもう我慢に我慢を重ねていたおしっこがシュルルルと音をあげてあふれ出していた。
あわててその場にしゃがみ込む真理。
それは小柄な真理であるからこそ出来た、究極の簡易トイレであった。
しかし、ジョロジョロと地面にたたきつける音だけは防ぎようがない。
そして地面に当たったそれはツ〜っと前方の方へと流れ広がっていく。
(あ〜‥やっとシッコできたぁ‥)
 と安堵する反面、
(もうおぉっ、こんな所でシッコしてるのもあいつのせいだっ!!)
 改めて離婚相手に対しての腹立たしさがよみがえってきた。
表を1台車が通りすぎていく。
思わずビクっとした真理であるが、おしっこは止めることが出来ない。
しかしいかに小柄とはいえ、よくよく見てみるとジーパンを束ねたヒザあたりは段ボール箱からはみ出ており、おしっこ溜まりはますます広がっている。
もし誰かが注意して見ていたとしたら、なにをしているのかすぐに分かってしまう現状であった。
車で帰ってくる母親になんと言って説明しよう。
それを思うと悔しくて涙が出そうになる。
どうせパンツはグショグショに濡れてしまっているからと、真理は後始末をせずにそのままジーパンを穿いていた。
(チクショー、絶対に早く別れてやる!!)
 離婚相手に対し、ますます強い決意を固める真理であった。

‥‥‥‥ ‥‥‥‥

香織「‥っと、まぁこんな風に広がっていくだろ?」
希美「ほんとだ。ずいぶんお話がおもしろくなるね。」
真理「まぁ多少オーバーな表現もあるし、なんか照れるけどな。」
香織「けどその方が伝わりやすいってもんだろ。」
真理「たしかに。」
希美「ふ〜ん、こんな風に創作するんだ!!」
由衣「あのね、ののたん。創作じゃないよ。脚色。」
希美「え〜、どうちがうのぉ?」
由衣「ん〜っとねぇ、創作はフィクションで脚色は‥‥」
香織「由衣、そんなの説明してもののには分からないよ。」
希美「あ〜、かおりんがバカにした〜!!」
真理「いつものことじゃんか。」
希美「もうおっ、せっかく私もおしがま話をしてあげようって思ったのにぃ。」
真理「なんだ、相変わらずののたんはお漏らししてるのか?」
希美「ちがうよぉ。おしがまっ!!」
由衣「うふ、じゃぁさ、じっくり聞かせてよ。」
希美「うん。あのね‥‥」


つづく

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