おしがま優里亜 3(おしがまドライブ前編)




 約束の9時までまだ30分近くある。
高校2年の終業式が終わった次の日、この日はもうすぐ名古屋に行ってしまう慎吾との最後のデートの日であった。
慎吾はすでに塾を辞めて就職に向けた準備を始めていたが、都合をつけてこの日を選んでくれ、ドライブに連れて行ってくれる。
自室の鏡の前でポーズをとって洋服のチェックをしていると、階下から香ばしいコーヒーの香りが漂ってきた。
(あれ、おとうさん今日はおうちにいるんだ!)
 忙しい優里亜の父親は朝早くから出かけることが多いが、ゆっくりできる日はいつも自分でコーヒーをたてていた。
普段あまりコーヒーは飲まない優里亜でも、その父親が入れるコーヒーだけはなぜかおいしいと感じていて、つられるようにリビングに降りていく。
「おう優里亜。出かけるのか?、一杯飲んでいきなさい。」
 自慢げにコーヒーを奨める父。
優里亜は母親と並んでソファーに座り、サイフォンから注ぎ分ける父親の様子を見ていた。
「ずいぶんおしゃれしているじゃないか。デートにでも行くのか?」
 父親にそう聞かれ、
「クラスの友達とUSJ(ユニバーサルスタジオジャパン)に行くの!」
 優里亜はそう即答していた。
「男子もいっしょなのか?」
 年頃の娘を持つ男親である以上、父親はどうしてもそれが気になるようだ。
優里亜は父親を尊敬しているし好きである。
しかしひとりっ子の優里亜を少し溺愛している面があって、それだけに交友関係にはうるさくて、ややもするとしつこくなることが多い。
男の子とつきあうこと自体を否定しているわけではないが、その基準が優里亜の価値観とは全くずれていた。
K大生である慎吾については、おそらく好青年として認めるであろうが、それでも二人きりでのドライブなど許すはずがなく、本当のことが言えるわけがない。
デート前に父親と言い合って気分が沈んでしまっては大変と、
「3年生になったらクラスがバラバラになるんだから、今日は楽しんでくるの!!」
 優里亜は父親の機嫌を損ねない程度にそう言い切ってコーヒーを飲み干すと、席を立ってリビングを出ようとし、ドアのところでいったん立ち止まって、ゆっくりと振り向きながら、
「やっぱりお父さんのコーヒーはサイコーだよ!」
 ニッコリと微笑んでそう言って、低く手を振りながら出て行った。
父親はまだ何か言いたそうな感じであったが、優里亜にそう微笑まれると言葉が続かないようで、気をつけて行くんだぞとだけ付け加えていた。
優里亜はドア越しには〜いと返事しながら、そのまま用意していたブーツを履いて表へと出て行く。
(わ、けっこう寒い!?)
 3月下旬にしては風が冷たい。
今日はドライブだと聞かされていたので、優里亜は春物のニットセーターにBBLのチェック柄ミニスカート姿であった。
ブーツを履いているとは言っても、素足のヒザあたりに冷たい風を感じる。
(やっぱりジャケット着た方がよかったかなぁ‥)
 そうは思ったものの今さら引き返すのも面倒なので、優里亜はそのまま待ち合わせ場所の金閣寺駐車場に急ぎ足で向かった。
しかし予定よりも10分ほど早いためにまだ慎吾の姿はない。
(さっぶ〜、早く来てくれないかなぁ‥‥)
 開門前のそこは人気もなく殺風景で、よりいっそう寒く感じられる。
(寒いなぁ‥早く来てくれないと‥トイレに行きたくなっちゃうよ‥‥)
 家を出る時にトイレに行っていない優里亜は、なにげにそう思いながら駐車場の脇をウロウロと歩き回っていた。

 そんな優里亜の元に慎吾が現れたのは、それからおよそ10分後であった。
ゼミの先輩から安く譲り受けたというトヨタ車を、さも得意げに見せびらかす慎吾であったが、優里亜は車に関して全くの無知無関心で、慎吾は少し拍子抜けしていたようである。
一方優里亜は、かなりおしゃれにして来たつもりであるにも関わらず、かわいいとも似合っているとも言ってくれず、車の話ばかりする慎吾に少し嫉妬していた。
「ねえ、今日はどこに連れていってくれるの?」
 気を取り直して甘えるような感じの声でそう聞く優里亜。
「そうだなあ、何時頃までに帰ればいい?」
「ん〜、だいたい9時‥かなぁ?」
「へぇ、そんなに遅くても大丈夫なのか?」
「ぅん、今日はね、遅くなるって言ってあるんだ!!」
 つい先ほど父親を説き伏せたばかりである。
この日を特別の日と決めていた優里亜は、たとえ帰りが少し遅くなって叱られることになっても、それはそれでかまわないとさえ思っていた。
「それなら時間はたっぷりあるな。よぉし、海を見に行こう!!」
「うん♪」
 今から12時間、まるまる半日の間、優里亜は慎吾を独り占め出来る。
そう思うとワクワクするような楽しさと、その後にやってくる別れの不安とが交叉して、何となく息が詰まるような苦しさを感じていた。
(でも‥‥、絶対に今日を思い出の日にするんだっ!!)
 そう意気込んで車に乗り込む優里亜。
エアコンが入れてあったのか、車内はホヤ〜っと暖かく、冷たい風にさらされていた身体には心地よかったが、レザーシートの冷たさがおしりから太ももの後ろ側に伝わってきた。
シートに深く座るとスカートがかなりきわどくずり上がり、素足の太ももが露わになってしまう。
それが少し恥ずかしく感じたが、逆に慎吾に見せつけたい、見られたいという感覚もあって、優里亜はショルダーバッグを抱きかかえるようにして、あえて太ももを隠そうとはせず、ヒザをそろえてブーツの足を伸ばしていた。
 そんな優里亜の複雑な思いが、はたして慎吾に伝わったかどうかは判らない。
2人を乗せた車は、雲の切れ間から時々薄日が差す京都の街中を南下し、名神京都南インターから西へ向かって走っていった。

 初めての遊園地デートで、極限までおしっこを我慢したことで気が遠くなりかけた優里亜。
押しかけて行った慎吾のアパートで、トイレに行くタイミングがつかめなくて我慢し、そのためにパンツに少しお漏らししてしまった優里亜。
それらはいずれも気持ちよさなどとはかけ離れた、苦痛と不安と恥ずかしさだけの耐え難い経験であったといえる。
しかし後になってその時のことを思い返していくと、なぜかそれがとても懐かしく思い出されて、また体験してみたいと思うような、そんな不思議な感覚が優里亜を包んでいた。
確かに身体と精神はおしっこ我慢の苦痛に耐え続けていたわけであるが、心のどこかではその苦痛や切なさに酔いしれている自分がいたのかもしれない。
 その事を自分で確かめてみたくなり、優里亜はある日たくさん水分を摂ってわざとトイレを我慢して過ごしてみた。
パンパンに張ったおなかをさすりながら、足をギュッと閉じて力を入れていると、それはそれで何となく気持ちよく感じる事ができたが、それはこれまでにも知り得ていた程度の感覚であり、二度にわたって体験したあの時のようなジンジンとした感覚までには至らなかった。
おまけにひとりでは糧(かて)がないせいか、すぐに限界が来てしまう。
(やっぱり慎吾と一緒だから‥あんなに我慢できたのかなぁ‥‥?)
 どんなにおしっこがしたくても、慎吾と一緒にいる事でトイレに行きづらかったり行けなかったり、そういったシチュエーションがほしい。
そんなモヤモヤとした気持ちでいる時に、ドライブデートの約束ができた。
絶好のチャンスだ。。
慎吾とふたりきりの密室。おそらくおしっこを我慢する状況はいっぱいあるだろう。
そう考えただけで優里亜の心は高ぶった。
・・おしっこを我慢して我慢して、そしてそのことを慎吾に知られてしまい、恥ずかしくてたまらないでいる自分を優しくなぐさめてほしい‥。
けれどもし渋滞なんかして動けなくなったら‥そのときは慎吾、私をどうしてくれるんだろう‥?、放置!?、まさかっ!!‥でも‥慎吾に見られながらおしっこなんてできないし漏らすのもいやだけど‥、そうなったら慎吾、私の事を嫌いになったりしないかなぁ?・・
 そんなことまで思い描いた自分は少しおかしいと、罪の意識のようなものを感じながらも、優里亜は妄想をふくらませていた。
もちろんそれは慎吾との最後のデートでもある。
その大切な1日を大事にし、一生忘れない思い出をいっぱい作っておきたい。
優里亜は大きな期待を胸にこの日を迎えていた。

「ねえ、海を見に行くって言ったよねぇ。」
 宝塚あたりまでやってきた時、優里亜は少し不審に思ってそう聞いた。
車はいつの間にか中国道に入っている。
「ああ、どうせ海を見るならさ、瀬戸内海まで足を伸ばそうよ。」
「瀬戸内海!?、ぇ、どこまで行くの?」
「ナイショ!。まぁ任せておけって。」
 慎吾はハッキリと行き先を言わない。
それが不満ではなかったが、地理が苦手な優里亜には、どこからが瀬戸内なのかどうかも判っていなかった。
 やや渋滞気味の宝塚を過ぎると車の流れは一気によくなり、それから小1時間、快適なドライブが続いていた。
ちょうど走り出してから2時間ほどになるが、楽しい会話でその時間経過さえ感じないほどであった。 しかしその水面下で優里亜は激しい尿意と戦っていた。
 優里亜は朝の7時半ごろシャワーとトイレを済ませ、朝食でマグカップの紅茶を1杯飲んだ。
そして洋服を選び、父親の入れたコーヒーを飲んで家を出た。
いわばそれなりの水分が今優里亜の身体の中を駆けめぐっている。
そして思った以上に肌寒い外で慎吾を待った事で、身体が冷えてしまったようだ。
 あえて家を出る前にトイレを使わなかった優里亜。
しつこくなりかけた父親から逃れるためでもあったが、それは初めから決めていた事でもあった。
おしっこがしたくなっても我慢するんだと‥。
しかし冷えた身体に作用する紅茶とコーヒーの効果は予想以上で、実は宝塚を超えるあたりから優里亜は尿意を感じ出していた。
そしてそれはわずかの間にグングンと勢いを増してきて、今は激しく優里亜に迫ってきている。
もっとゆっくりとした気持ちでおしがまをしたいと思っていたのに、今はもうその余裕すらなくなっている。
(お父さんのコーヒーが効いてるなぁ‥‥)
 あえて水分を摂った状態で車に乗り込んだ優里亜である。
ある程度の覚悟はしていた訳であるが、やはり父親のコーヒーを飲んでしまった事は想定外のもので、すでにおなかはパンパンになっている。
「‥あとどれぐらい‥?」
「そうだなぁ、この調子ならもう1時間ちょっとで着くと思うよ。」
「‥そう‥‥(ひぇっ、1時間もっ!?)」
「優里亜にすばらしい景色を見せてあげるからね。」
「ぅん‥楽しみにしてる‥‥(1時間もぉっ!?)」
 口ではそう応えるしかない優里亜。
(‥ほんとにおしっこしたい‥‥どうしよう‥‥?)
 秒単位で膀胱がふくらんでいくような感じさえする。
呼吸で上下する横隔膜の動きまでが、張った膀胱には刺激になるようで、大きく息を吸う事もできない。
(でも‥‥私ったらこの感じを期待してたんだよね‥‥)
 スカートの上から丸く張ったおなかをそっと押さえてみると、思わず叫びたくなるような強い排尿感がわき上がり、全身をビリビリビリと電気のような感覚が駆けめぐった。
(ぁあ‥これっ、これを待ってたんだけど‥‥でも、おしっこしたいっ!)
 ジワジワとゆっくり高まってくる尿意なら、この感覚を味わいながら我慢できたであろうが、冷えた身体に押し寄せてくる尿意はすさまじいもので、せっかく味わいかけた気持ちよさも、すぐに現実が消し去ってしまう。
自然に足がソワソワと動いてしまい、じっとしていることができなくなって、それまでは膝をそろえて座っていたが、それでは我慢が効かないような気がして足を組みだしていた。
(やだ‥漏れそう‥なんでこんな急にしたくなるのよぉっ!?)
 なんとか少しでも尿意を和らげようと、優里亜はモゾモゾと体を動かしていた。
しかし冷えた体に襲いかかる尿意は、そのようなことで紛れるほど穏やかではない。
(ぁぁ‥‥おしっこ‥したい‥‥)
 これでもかと丸くふくらんだ膀胱はすでに固くなっている。
しかし今ここでそのことを慎吾に訴えても、SAがすぐにある保証はない。
(うそだよぉ‥‥おしっこが‥おしっこが漏れちゃうよぉ‥‥)
 すでに我慢の限界を超え、精神力だけでこらえていると言ってもいいほどの状態に追い込まれてしまった優里亜。
 8時前に朝食を摂り、そのとき飲んだ紅茶はおよそ200ccほどであった。
それだけなら、仮に尿意として現れたとしてもこれほどきつくはないであろう。
やはり父親のコーヒーが悪さをしている。
(これ以上我慢してたら‥‥漏らしちゃう‥‥)
 まだまだこれからたっぷりとデートを楽しまなければならないのに、そんなことになっては台無しだ。
優里亜は意を決してトイレに行きたいことを告げようと思った。
「どうした、しんどくなったか?」
 あまりにも落ち着きがなくなっている優里亜に気づかないはずがない。
慎吾は前を向いたままそう聞いてきた。
今しかない!!
そう思った優里亜だが、しかし口をついて出てきた言葉は
「おしりが‥痛くなってきた‥‥」
 であった。
(もうぉっ私のバカァッ!!!)
 こんな状態になっているのに、どうしてすなおにそう言えないんだろう‥‥。
優里亜は自分の愚かさに涙が出そうになっていた。
「そっか。思ったよりも早く着きそうだからさ、少し休んでいくか!?」
「ぇ?」
「ちょっと俺も目が疲れてきたし、次のSAに入ろう。」
「ぁ‥ぅん‥‥」
 思いがけない慎吾がらの休憩の言葉に、優里亜は舞い上がりたくなるほど喜んだ。
(あぁよかったっ‥おしっこできる‥おしっこできるぅっ!)

 それからおよそ5分も走らないうちにSAがあった。
そこはさほど混んではいないようでパーキングもまばらである。
幸いなことに慎吾はトイレがすぐ目の前に見えるあたりに車を停めてくれた。
「トイレを済ませたら、あの自販機の前で待ち合わせしよう。」
 慎吾はそう言ってドアを開けた。
優里亜は急いで車から降りたいが、あまり大きく身体を動かすと、いや、わずかな動作でも、その刺激で漏れ出してしまいそうで恐る恐る動くしかない。
やっと外に出たものの、ふくらみきったおなかのせいで身体を伸ばすことができず、どうしても前屈みの姿勢になってしまう。
半歩前を行く慎吾の腕にしがみつき、なんとか歩調を合わせて優里亜は必死で歩いたが、それはまさにヨチヨチ歩きであった。
「じゃぁな!」
 トイレの前で慎吾と分かれた途端、優里亜は思わず前を押さえてしまった。
そのままの格好で女子トイレへ駆け込むと、これも幸いなことに人影はまばらで個室には空きがある。
(よかったぁっ!!)
 とにかく空いている一番手前の個室に飛び込んだ優里亜は、小刻みにコツコツとブーツの音を響かせながら素早くしゃがみ込み、フライングすることなく無事に溜まりきったおしっこをすることができた。
(ひぇえあぶなっかったよぉ‥‥)
 もし順番待ちがあったとしたら、あるいはスリムジーンズなどを穿いていたとしたら、間違いなく間に合っていなかったであろうと思われるほどの、ギリギリセーフ状態であった。
「ふぅ〜‥」
 思わず大きなため息が出る優里亜。
後始末をしようとしてふと目がいくと、
(やだ‥新しいパンツなのに‥‥)
 うっすらとシミができている。
替えの下着など用意していない。
これから先、ひょっとしたらひょっとする可能性があるかもしれないが、これは慎吾に見られたら恥ずかしいと思い、何度もナンドモペーパーをあてがって、少しでもそのシミを吸収しようと優里亜は焦っていた。
 トイレから出てくると、慎吾はすでに約束の場所で待っていて、
「眠気覚ましにコーヒーを飲むよ。優里亜は何にする?」
 と、コーヒースタンドを指さした。
「ぇ‥私は‥‥」
 正直今は何も水分を摂りたくない優里亜。
できるならばもう少し穏やかなおしまがを楽しみたいと思っていた。
「あったかいココアでも飲みなよ。」
 そう奨められると特に断る理由もないために、優里亜は軽くうなづいて、
「私はミルクティーがいい。お砂糖なしの‥」
 と、好みを伝えた。
そのまま簡易カウンターに並んで立ち、行き交う人たちを眺めながらお茶を飲む。
(私たち、お似合いのカップルに見えているかなぁ?)
 見ず知らずの人でもいいから、今、ここでこうして大好きな慎吾と一緒にいる私の存在を見ておいてほしい。
優里亜はそう願いながら紅茶を飲んでいた。

 山あいを縫い、いくつかのトンネルをくぐるとにわかに視界が開け、遙か先には海が見える。
「あ、海が見えてきたっ。ねえ、もう着いたの?」
 はやる気持ちを抑えきれないかのように優里亜がそう聞く。
「ああ、次のインターで降りてすぐだよ。」
「へぇえ、ねえ、ここっていったいどこなの?」
「あれえ、まだわからないか? 鷲羽山だよ。」
「わしゅうざん・・?」
「そう。岡山県だよ。すぐに瀬戸大橋も見えるから。」
「ぇ〜、岡山まで来たの〜!?」
 いくつもあった道路標識など全く見ていない優里亜である。
そのまま慎吾はインターを降り、鷲羽山展望台へと走らせていった。
「もう1時近いなぁ。着いたら先に食事にしよう。」
「ぅん‥‥」
 優里亜は少し力なく返事をした。
それほど空腹感がなかったせいもあるが、先ほどのSAを出てしばらくしたあたりで、優里亜はまた尿意を感じだしていたのである。
もうまもなく到着することがわかっていたので、安心していた優里亜は、わざとおなかを押さえてみたり、渋滞に巻き込まれる自分を想定したりして、ひそかにおしがまを楽しんでいた。
それでもまもなく到着することがわかると、その尿意はにわかに大きくなって、食事の前にはトイレに行っておきたい心境になっていた。
しかしまだ先ほどのSAを出てから40分ほどしか経っていないため、さすがにそのことは言いにくい。
(まだ我慢できるから‥お食事が終わったら行こう‥‥)
 優里亜はそう思って気を取り直し、時々見え隠れする海の景色などを慎吾と一緒に楽しんでいた。
 鷲羽山展望台の駐車場に着くと、やはり海のそばであるために風が強く、気温もそれなりに低い。
展望台では終業式前の遠足であろうか、小学生の一団が賑やかに騒いでいた。
 食事をするためにレストハウスに入ると、昼食の時間が終わったせいか閑散としていて、少し寂しい印象を受ける。
窓側の大きな席に向かい合って座り、慎吾にお任せで海鮮丼を食べる事にし、優里亜はウーロン茶、慎吾はなにやら聞き慣れない飲み物を注文した。
「それなぁに?」
「ああ、アルコールの入っていない‥まぁビールというか‥」
「へぇ、そんなのがあるんだ。じゃぁ未成年でも飲んでいいの?」
「あ、さぁ、それはどうだったかな?」
 かなり尿意をこらえている優里亜は、それを飲みたいと思ったわけではないが、運転するためにアルコールを控えている慎吾がかわいそうに思えて、気分だけでもおつきあいしてあげたいと思っていた。
「いいのかどうか知らないけど、少し飲んでみる?」
 慎吾がそっとグラスを差し出してくれたので、優里亜は興味深げにそれを受け取って口に含んでみた。
「わっ、にがぁいっ!」
「そりゃそうだよ。ビールもどきなんだから。」
「あ、でもなんか‥おいしいかも‥?」
 そう言って優里亜はもう一口飲んでみる。
「おいおい、未成年が飲んでいいのかどうか知らないぞ。」
「いいじゃん。誰も見てないでしょ。」
 優里亜は笑いながらそう言ってまた口をつけた。
大きな窓から薄曇りの日差しが入るため、それなりにあたたかくはあったが、暖房は入っていなかった。
そのため足下はかなり冷えて、優里亜の尿意はいっそう高まって来ていたが、この後すぐにトイレに行けばいいと決め込んで、それよりも慎吾と同じ海鮮丼をほおばり、慎吾と同じ飲み物を飲んでいるという現実を大切にしておきたかった。

 おなかいっぱいになり、しばらくすると慎吾が、
「ビジターセンターといってね、少し上に最高の景色が見られる場所があるんだ。」
 そう言ってそこまで行こうと優里亜を促して席を立った。
慎吾が会計をしている間、優里亜はトイレの場所をそれとなく探したが、レストランの中には見あたらないようだ。
(そういえば入り口のそばにトイレがあったっけ。)
 慎吾に待ってもらって行こうと思った優里亜。
しかし、ちょうど下山時間の直前になったのであろうか、例の小学生の団体がそのトイレに長い列を作っていた。
(えぇぇ、マジィ!!!)
 その人数からして、どう見積もっても5分や6分で済ませられるものではない。
(タイミングわるぅっ!)
 もうかなりやばくなりかけている優里亜の膀胱である。
すぐにトイレに行ける前提でSAでもミルクティーを飲み、ここでもそれなりに水分を入れていた。
「さって、じゃぁ行こうか。」
 小学生の団体を見つめて呆然としている優里亜の手を取る慎吾。
「歩いて10分ぐらいで行けるそうだよ。」
「ぅ‥ん‥」
 仕方なく優里亜はその手を慎吾の腕に回して歩き出したが、やはり海から吹き上げてくる風は冷たく、時には突風のように強く吹き付けてきた。
スカートが舞い上がることはなかったが、髪の毛はぐしゃぐしゃになっている。
 センターにつながる遊歩道に入っていくと、人影は全くなくなり、周りの木立だけが風にあおられてザワザワと揺れ、その情景が優里亜の尿意にいっそう拍車をかける。
(もうぉ‥おしっこしたいよぉ‥‥)
 あれほど慎吾の前でおしっこ我慢を楽しむんだと決め込んでいたにもかかわらず、今の優里亜にはまた余裕がなくなっていた。
(ちょっとおしっこ‥溜まりすぎだよぉ‥‥)
 水分を控えめにしていなかったのは事実だが、やはり冷えた身体に押し寄せてくる尿意は侮れない。
 優里亜は慎吾の右腕に両手を回してしがみついていたので、慎吾の腕は優里亜の左胸に密着しており、手の甲が時々パンパンになってしまった優里亜の下腹部に当たった。
(んくっ‥)
 緩やかなおしがま状態の時なら、その刺激はまた気持ちよさにつながるのかもしれないが、いまの優里亜にはたまらない。
かといって慎吾の腕から離れることはできなかった。
 どれぐらい歩いてきたであろう、木立の上の方にセンターの建物が見えてきた頃、これまでにない強い風が吹きつけてきて、優里亜は一瞬身震いをした。
それにあわせるかのように、激しい排尿感の波が襲いかかる。
「ひっ‥」
 立ち止まった優里亜は抱きついている慎吾の腕に力を込めた。
「ちょ、ちょっと優里亜、どうした?」
「‥‥」
「優里亜?」
 何も応えられない優里亜は、足をクロスしてその波が収まるのを待つしかない。
「優里亜、おっぱいが思い切り当たっているんだけど‥」
 慎吾は照れ隠しなのか少し笑いながらそう言った。
下を向いたままそれでも腕を放さない優里亜。
「まぁその、なんだ、俺はうれしいけどね‥」
 取り繕うように言う慎吾。
ようやく波が収まった優里亜はやっと顔を上げ、
「うれしいの?」
 唐突にそう聞いていた。
「ぇ‥あぁ、うれしいねぇ。優里亜のおっぱいだからなおさらね。」
 いきなり優里亜に迫ってこられて、慎吾は逆にとまどってしまったが、いたずらっぽくそう返す事で、シャレにしようとしたようだ。
「ほんとに‥ほんとにうれしいんだよね。だったら‥‥」
 優里亜はまるで思い詰めたかのような顔をして、慎吾の腕に回していた手を離すと、改めてその手をつかみ直して、慎吾の手のひらを自分の右胸に押し当てた。
「わっ、ゆ、ゆりあっ!」
 一瞬の出来事に慎吾は驚きを隠せない。
セーターの上からではあるが、優里亜の柔らかな胸のふくらみを慎吾は感じ取っていたことであろう。
優里亜もまた、自分がそうさせた事であるとはいえ、慎吾の手のぬくもりを胸で感じ、身体の奥の方がツ〜ンとする感覚を感じていた。
「優里亜、いけないよ。こんな‥ことすると‥男は勘違いするんだよ。」
 慎吾は冷静さを装いながら、そう諭すように言った。
「勘違いなんかじゃないもんっ!」
「え?」
 開き直ったかのような口調で言う優里亜に慎吾はとまどった。
「慎吾さん‥もうすぐ名古屋に行ってしまうのに‥私‥わたし‥‥」
「‥‥?」
「私‥何にも残らないもん‥思い出がほしいもん!!」
 優里亜はそう言いながら、胸を包み込んでいる慎吾の手の甲に自分の手を重ね、さらに押さえつけるようにした。
先ほどよりも強い、痛いようなむずがゆいような感覚がまた優里亜を包む。
「慎吾さんと‥一緒にいるって言う証(あかし)がほしいもん‥‥」
 そこまで言うと、優里亜は涙ぐんでしまった。
優里亜は決してヤケになっているのでも開き直っている訳でもない。
今日のこの日が来るまでに、何度も何度も同じようなことを考えていた。
しかしまるで妹と接するかのような慎吾の態度が不満であり、不安であり、ずっと思いをぶつけてみたいと思っていた。
 おしっこを我慢するためにしがみついていた事で、慎吾がいたずらっぽく胸のことを口にし、それがうれしいと言ったことで優里亜の思いが一気にはじけてしまったようだ。
女の子が自ら誘うような事、それは恥ずかしくてとうてい出来ることではなかったが、ぜっぱつまってきているおしっこ我慢が、あるいは優里亜の気持ちを後押ししたのかもしれない。
 しばらく遠くの方を見つめていた慎吾は、やがてゆっくりと優里の手をほどき、下を向いてうなだれている優里亜の髪を優しく撫でると、その手をゆっくりと肩に回してグイッと優里亜を引き寄せた。
そしてうなだれている優里亜のあごに指をかけ、軽く持ち上げるようにしながら、しばらくその顔を見つめ、やがてそっと唇を重ねてきた。
「!!」
 願っていても予期していなかった出来事に、優里亜は一瞬息が止まる。
かすかにふるえている優里亜の唇を押し開き、慎吾の舌がゆっくりと動き出した。
「ん‥‥」
 生まれて初めてのキス‥‥。
優里亜はどうしていいかわからず、ただ肩に回された慎吾の腕に抱かれているだけであったが、体中を一斉にマッサージされているような、そんな心地よさが駆けめぐり、力が入らなくなって足がガクガクとしていた。
(おしっこ漏れるっ!!)
 それに伴って当然のように尿道口がピクピクとけいれんしているかのような感じになり、優里亜は入らない力を必死でそこに集中した。
(ぁ‥‥)
 漏らしてはいないのにパンツの中が熱く感じる。
(ずっとこのままでいたいけど‥‥おしっこが出ちゃうっ!!)
 脱力して立っているのがやっとの状態になってしまった優里亜は、今にもあふれ出しそうになっているおしっこを押しとどめようと、ゆっくりと顔を左右に振って慎吾の唇から逃れ、その場に崩れ落ちるようにしゃがみ込んでいった。
「‥俺が‥煮え切らない態度でいたから‥かえって優里亜を苦しめていたんだな。」
 慎吾もすぐ向かい側に腰を落とし、優里亜の顔をのぞき込むようにそう言った。
そしてゆっくりとした口調で、
「俺は‥男として優里亜のことがとっても好きだよ。」
 と言ってのけた。
そうは思っても、まだ高2の優里亜に対して間違いを犯してはいけないと、常に自分を戒めていたのだと。
たった今から、教師と生徒の関係ではなく、男と女のデートをしようと‥‥。
「さ、機嫌なおしてくれよ。立って!!」
 優しくそう言ってくれる慎吾であるが、優里亜は再び襲ってきた激しい波と戦っていて、すぐにはそれに応えられないでいた。
「なぁ、さっきからパンツ丸見えなんだよ。」
 慎吾がわざとらしくニヤついた声でそう言うと、
「す、すけべっ!!」
 つられて優里亜は慎吾の腕をつかみながら立ち上がって、抱き寄せられるままに慎吾の大きな胸に顔を埋めた。
出来ることならばそのままずっとそうして抱かれていたい優里亜であるが、せっぱ詰まって来ている尿意がそれを許してくれない。
「ぁの‥あのね‥」
「ん?」
「‥寒いから‥‥わたしちょっと‥トイレ‥行きたくなってきた‥‥」
 あたかもいま尿意を感じたかのように言う優里亜。
「あぁ、すぐビジターセンターだから、そこで行きなよ。」
 慎吾はそう言って抱きかかえている優里亜をいったん離し、再びその手を引いて歩き出そうとした。
木立のすぐ上にその建物の屋根が見えている。
しかしこのとき、ここが閉館されていることを慎吾も優里亜も知らずにいた。



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