おしがま優里亜 1




 理工系の大学に進学を考えていた優里亜は、今のうちから少し苦手な数学を克服しておこうと、高2の夏休みを利用してある進学塾の夏季集中講座に参加し、2学期が始まってもそのまま週2のペースで通い続け、講義終了後は自習室に移動して、塾が用意したプリント問題に取り組んでから帰るようになっていた。
 自習であるために講師はあえて講義をすることはなく、生徒の解答を覗き込んで間違っている箇所を指でトントンと指摘し、再考を促すようにし向けていた。
 優里亜の横に立った講師の手がプリントの上に伸び、いつもされているように間違い箇所を指摘すると、握られていたその手がそっと開かれて1枚の小さなメモ用紙がプリントの上にフワッと舞った。
[今度の日曜日、ひらパーに行こう!?]
そう走り書きがされたメモ用紙。
ひらパーとは大阪府枚方市(ひらかたし)にある遊園地の愛称で、正式名称は枚方パークといい、京都や大阪から京阪電車で30分ほどで行ける近場の遊園地であった。
優里亜はこの「ひらパー」という呼び方がなんとも間延びしたこっけいな愛称に思え、好きではなかった。
せめて「ひらパク」ぐらいならカッコいいのに‥‥などと思っていると、指摘する指が念を押すかのように紙切れの上でトントンと動いた。
先ほどは右手であったように思うが、今度は左手のようだ。
そっと見上げるようにしてコクッとうなずく優里亜。
すると握られていたその手がまたそっと開かれ、別のメモ書きがプリントの上に滑っていった。
[三条京阪10時・◎番入口]
 同じように走り書きされたそのメモ用紙にはそう書いてあった。
(やったぁっ、ご褒美は遊園地で初デートだぁっ!!)
 置かれた2枚の紙切れをそっと手に丸め込みながら、優里亜は嬉しくてたまらなく、もう問題を解く事も忘れてウキウキとしてしまっていた。
 そのメモ書きを置いたのは、K大理工学部の4回生(4年生)で塾のアルバイト講師をしている慎吾であった。
彼はハーフのような顔立ちのイケメンで背も高く、塾に通う女子からはカッコいいと人気者で、少なからず優里亜もその存在を意識していて、休まず塾に通うことが出来たのも慎吾の姿を見る楽しみがあったからと言っても過言ではなかった。
 そんな小さな恋心を抱いていた優里亜は、9月上旬のある夜、塾からの帰り道にコンビニに立ち寄った。
自転車を止めようとしたその時、
「あれぇ、たしか●★優里亜‥だったよな。いま帰りか?」
 バイクにまたがってヘルメットをかぶった男がそう声を掛けてきた。
驚いて身構えてしまった優里亜に、
「ああ悪い悪い。ボクだよ。」
 と、メットを取り去り、やや長い髪の毛をかき上げながら笑う慎吾の顔が飛び込んできた。
「いっ!!」
 偶然とはいえ、あこがれのまなざしで見ていた慎吾と塾以外の場所で出会ってしまい、しかもフルネームで名前を覚えていてくれたことに感激してしまい、優里亜はそれだけで舞い上がってしまって、ろくに口も聞けないまま店の中へ逃げるようにして走り込んでしまった。
(なんでここにいるのよぉっ!?)
 動揺したまま買い物をし、レジを済ませて表を見ると、慎吾はまだ同じ場所でバイクにまたがったまま優里亜を待ってくれているようであった。
下を向いたまま近づく優里亜に、
「家はこの近く?」
 と聞いてくる。
優里亜は顔を真っ赤にしながら
「ぁ‥、はぃ‥‥金閣寺を‥少し上がったところ(*)‥‥」
 正直にそう答えていた。
(*上がる→あがる 京都では北方向をあがる。南方向をさがると表現する。)
「へぇえ、いいところに住んでるんだな、高級住宅街じゃん。」
「ぁ‥いぇ‥そんな‥‥」
 顔を上げて慎吾を見ることが出来ない優里亜は、いたたまれない気持ちになって、慎吾のバイクをすり抜けるようにして自転車を押し出すと、慎吾もそれに併せてバイクを押しながらついて来た。
そのまましばらく無言のままで歩き、次の信号まで来ると、
「じゃ、オレはこっちだから。」
 と、慎吾はヘルメットをかぶり、バイクのエンジンを掛けた。
そしてメット越しに
「数学、ガンバレよ!!!」
 そう言い残して東の方へ走り去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、ボーゼンと立ちすくむ優里亜。
「カッコいい‥‥」

 そんなことがあってから、優里亜と慎吾はたびたびこのコンビニで出会う事が多くなった。
偶然にも優里亜が通う週2回の曜日と慎吾のバイト日が同じであった事、自習をしてから帰る時間と慎吾のバイト時間がほぼ同じであったこと、帰る方角がコンビニ付近まで同じであったことなどが重なっていたようだ。
 はじめの頃はぎこちない会話であった優里亜だが、やがて自分から話しかけることが出来るようになり、時には慎吾がソフトクリームをおごってくれたりして、小さな胸に抱いていた恋心が大きなものへと発展していこうとしている事に、優里亜は喜びを感じていた。
 もちろん塾の講師と生徒がつきあうことは禁止されている。
その事は優里亜も認識していたが、同じ高校から通っている生徒やクラスメイトたちにナイショで、こうしてあこがれの慎吾と塾以外の場所で親しく話している事が、優里亜にとってかなり優越感にもなっていたようだ。
(ああっ、誰かに言いたいっ!、自慢した〜いっ!!)

 そんな事が幾日も過ぎていき、優里亜は2学期の中間試験を迎えた。
「もし数学の成績が良くなっていたら、なにかご褒美あげないとな!!」
 いつものようにコンビニの前で、慎吾はニコニコしながら優里亜にそう言った。
「ほんとっ!?」
 別に何かを期待した訳ではないが、優里亜はそう言ってくれる慎吾のことが嬉しくてたまらなかった。それが励みになる。
その甲斐あって、みごとに好成績を取った優里亜。
自習室で[今度の日曜日、ひらパーに行こう!?]と渡されたメモは、まさにそれに対する慎吾からのご褒美であった。
コンビニで直接言われる事よりも、自習中とはいえ誰かに見つかるかも知れない中で誘われて、そのスリル感にドキドキした事が優里亜はうれしかった。
そしてそのドキドキ感がますます優越感を助長して、優里亜は思わず叫びたくなるような衝動に駆られていた。
(みんな〜っ、私は慎吾さんとデートするんだぞ〜っ、うらやましいか〜っ!?)
 何度も何度もそんな思いが頭の中で駆け回り、その日の優里亜はそれ以上の問題が解けないまま塾を後にしていた。
 その帰り、遅れてコンビニにやってきた慎吾は、大学の方に急ぎの用事が出来たと言って、
「日曜日、楽しみにしてるからっ!」
 と言い残し、早々にコンビニを後にして行った。
(うふぅ、私も楽しみにしてるんだもんね〜♪♪)

 約束の日曜日、その日は10月半ばにしてはあいにくの曇り空であったが、優里亜はそんなことは全く気にしていなかった
。 どんなデートになるのかが楽しみで夕べは寝付かれず、なのに今朝は早くから目が覚めてしまって、時間経過と共に心臓が高鳴って来ることを押さえ切れなくなりそうであったが、両親には塾の仲間と息抜きに出かけると伝えてあったので、あまりおおっぴらに楽しそうな振る舞いが出来なくて、苦労する場面もしばしばあった。
 着ていく服がなかなか決まらず、苛立ちながら時計を見ると9時になろうとしていて優里亜はあわてた。
待ち合わせの三条京阪までは直通バスでも30分以上必要である。
遅刻してはいけないと、優里亜はロゴTにベスト、ひらミニスカートにミニブーツという出で立ちで家を飛び出して行った。
 待ち合わせの10時少し前に到着した優里亜は、地下のコンコースで待っていてくれた慎吾に走り寄る。
「あれえ、ずいぶんオシャレしてきたなっ!」
「ぇ、そんなことないですよぉ‥」
「はは‥、いつも見てる制服姿もいいけど、私服だともっとかわいいよ。」
 かわいいと言われていやな気がする女の子はいない。
優里亜はそれだけで気持ちが高ぶってくる自分を感じていた。
 ご褒美だからと、今日の予算は全部ボクが出すと言ってれた慎吾。
京阪電車に乗って向かったひらパーは、日曜日と言うこともあってそれなりに人出があった。どちらかというとカップルよりもファミリーが多い遊園地である。
その人混みを縫うようにして木製コースターに向かう途中、慎吾はそっと優里亜の手を握ってきた。
(きたぁ〜!!)
 異性の、それもあこがれを抱いていた慎吾から手をつながれて、恥ずかしさとうれしさがシンクロして優里亜の心臓は一気に高ぶりだした。
時々慎吾の腕が優里亜の胸に当たる。
その時にツーンとした鈍い鈍い痛みのようなものを感じ、それが何とも言えない気持ちよさでもあって、優里亜の鼓動はさらに激しく波打ちだしていた。
(やば〜ぃ、どうしよぉ‥)
 人生の初デートである。
優里亜は喜びで息が詰まりそうになり、体から力が抜けていきそうになるのを必死で堪えていた。

 空は相変わらずどんよりと曇っており、時々湿気が混じった強い風がパーク内を吹き抜けて、コースターのプラットホームに立つ優里亜のひらミニスカートのすそを揺らし、それを押さえる為に優里亜はつないでいない方の手をせわしなく動かしていた。
かなり高い位置にプラットホームがあるために、下を歩く人たちからスカートの中が丸見えになっているかも知れない。
そう思うと優里亜は気が気ではなかったが、乗り込んだコースターが動き出すと、今度は風にあおられてそのスカートは更に大きくめくれ上がり、今朝おろしたばかりの下着を慎吾に見られてしまうのではと恥ずかしく思ったが、握りしめているグリップから手を離すことが出来ない優里亜はどうすることも出来なかった。
 その後いくつかのアトラクションを楽しく回った2人。
しかしいずれもひらひらのミニスカートでは、どうしても下着が見えてしまいそうになり、特に猛スピードで一気に落下する絶叫マシンでは、停止したとき優里亜のスカートは完全にめくれ上がっておへそが丸見えになっていた。
(‥パンツ見られたあっ!!‥遊園地にスカートなんかで来るもんじゃないよぉっ!)
 慎吾は何も言わなかったが恥ずかしくてたまらない。
さらに落下の衝撃がまだ消え去っていない体はふらつき、シートから立ち上がりかけた優里亜はステップでよろけて尻餅をつき、今度は慎吾以外の人たちにも真新しいパンツを披露してしまう悲劇に見舞われてしまった。
(やぁ〜ん‥もう最悪ぅ‥‥けど‥新しいパンツでよかったぁっ!)

 いろんなアトラクションで叫び声を上げ、少しノドが乾いた優里亜は慎吾がごちそうしてくれた冷たい缶コーヒーをおいしそうに飲み干していた。
それはちょうどお昼時であったが、混み合っている様子なので食事は少し遅らせてからにしようと、2人はもう少しアトラクションを楽しんでから午後1時過ぎにレストランに入った。
 慎吾と向かい合って初めて食事をする優里亜。
向かい合うだけで恥ずかしくて緊張してしまい、まともに顔を上げられない優里亜は思うように食べることが出来なくて、スプーンを持つその手は小刻みに震えてしまっていた。
そのせいか普段食べる量の半分ほどで満腹になってしまい、緊張からか喉の渇きに応じてコーラや水ばかり飲んでしまっていた。
 食後、ゆっくりと慎吾の話を聞く優里亜。
この時になって、初めて慎吾の出身地や趣味、近い将来の仕事の話などを聞いた優里亜であった。
(けど‥慎吾さん、どうして私のこと、こんなに優しくしてくれるんだろう‥?)
 優里亜にとってもっとも聞きたいその事、しかし慎吾はそれについては何も語らず、また優里亜もそれを聞き出すことは出来なかった。
「ちょっと乗り物は休むとして‥なにかゲームでもしよう!」
 慎吾がそう言って立ち上がった。
「うん♪」
 優里亜もそれにつられて席を立ったが、
(ぁ‥‥ちょっと‥トイレ行きたい‥かな?)
 この時になって優里亜は初めて尿意を感じだした。
それはかすかにそう感じる程度のものであったが、考えてみれば朝の9時少し前にトイレに行ったきりの優里亜で、それからもう5時間ほどが過ぎていることになるので、尿意が芽生えても当然であった。 しかし楽しそうに話しながらゲームコーナーに向かう慎吾に対し、優里亜はその事を告げるタイミングを逃してしまって、
(んと‥まだ少しあとでいいよね!?)
 自分にそう言い聞かせ、その事は忘れてしまおうと、慎吾の腕に手を回しながらやってみたいゲームの話などをしていった。
気分はすっかり恋人気分の優里亜である。
 それからいくつかのゲームに興じ、ふと時計を見ると午後4時を回っていた。
空模様はますます怪しくなり、午前中よりも雲が厚くなって、もういつ雨が降り出してもおかしくない状態になっていた。
「やばいな、雨が降りだす前にもう少し何か乗っておこう!」
 慎吾は空を見上げながらそう言った。
「‥ぅん‥」
 優里亜は少し気のない様な返事をしてしまった。 またスカートがめくれ上がってしまう事があっては恥ずかしいのと、食事の後に感じ出した尿意が、この頃になってかなりハッキリとしてきた事が気がかりになっていたからである。
 慎吾はまだまだ遊び足りないといった感じで、まわりをキョロキョロと眺め回している。
(ゃっぱり‥トイレに行きたくなってきたぁ‥‥)
 慎吾と手をつないだまま、優里亜は募ってきた尿意に困惑し、
(慎吾さん‥トイレに行ってくれないかなぁ‥そしたら私も‥‥)
 あこがれの人の前で、やはり自分からトイレに行きたいと言うのは恥ずかしいと感じて、慎吾がそう言ってくれないかと願いながら歩いていた。
湿った風がますます強くなり、気温も少し下がってきたようで、ミニスカートから伸びる素足に肌寒さを感じ、いっそう尿意を感じる優里亜。
朝のトイレから7時間ほどになり、尿意を感じだしてからすでに2時間が過ぎている。
 そうこうするうちに、今まで持ちこたえていた空からポツリポツリと雨が落ちだしてきた。
一気に降ってきそうな気配ではなかったが、雨具の用意をしていない2人には不安な状況である。
「これはもう本格的な雨になるなぁ。やっぱりあきらめて帰ろうか?」
 慎吾が空を見上げながら京都に戻ってゆっくりしよう行った事で、優里亜は少しホッとした気持ちになり、コクッとうなづいてそのままゲートに向かって歩きだした。
やはり雨を気にしてか、ゲートに向かう人の数はかなり多いようであった。
(トイレ‥行ってほしいなぁ‥‥)
 歩いている途中にトイレの表示が目に入ったが、慎吾は行く様子がない。
(どうしよぉ‥言うの恥ずかしいしなぁ‥‥)
 まだそんなに焦るほどの状態にはなっていないが、これから先の事を考えると、今の内におしっこを済ませておいて、あとの時間をゆっくり慎吾と過ごしたいと考えていた優里亜であった。
 それからししばらくしてゲートが見えてきた辺りまで来ると、
「ちょっとトイレに寄っていくよ。待っててくれる?」
 慎吾が唐突にそう言って優里亜を驚かせた。
「あっゎ、私も行きますぅ‥」
 その言葉を待っていたのがバレてしまうほどの即答をしてしまった優里亜。
思わず恥ずかしさがこみ上げて、慎吾の腕に回している手に力を込めていた。
「ゆりあ〜、ちょっと優里亜〜!!」
 そんなとき、二人の後ろから甲高い声で呼ぶ声がして、思わず立ち止まるふたり。
振り返ると、クラスメイトの女子2人が手を振りながら駆け寄ってくる。
幸い2人とも優里亜と同じ塾には通っておらず、秘密のデートがばれる事はない。
「ちょっと優里亜ぁ、デートなのぉっ!?」
「きゃー彼氏カッコいいじゃん!!」
「ねえ誰なのよ。紹介しなさいよーっ!」
「やだあっ、いつの間に彼氏作ってたのよぉっ!?」
 2人は交互にそう言ってはやし立ててくる。
まさか本当のことを言う事も出来ず困っていると、慎吾が、
「ゆっくり話してたらいいよ。そうだなぁ、15分後位にあっこで待ってるから。」
 と耳打ちしながらゲートそばのイベントホールを指さした。
気を遣ってくれたのかもしれない。
あるいは女の子の甲高い騒ぎが苦手なのかも知れないが、慎吾は同級生たちに軽く会釈をすると、そのままトイレの方に去っていった。
残された優里亜は餌食である。
なんだかんだと冷やかされ、なかなか解放してくれそうになくて焦りだしていた。
早くトイレに行かなくては約束の時間になってしまう。
友達の紹介で出会った人だと適当なことを言い、話をそらそうとしている所に、今度は男子生徒2人がやってきた。
どうやら彼らはダブルデートを楽しんでいたようである。 
男子が加わったことでますますトイレに行きにくくなった優里亜は、
「ごめん!!、彼氏を待たせているからさぁ‥もぅ行くねっ!」
 と、半ば強引に振り切って、冷やかしの声を尻目に走り出していた。
雨脚は徐々に激しくなってきている。
(もうおぉ、なんでこんなときに出会ったりするのよぉっ!?)
 あまりにも偶然すぎる出来事に、腹立たしさまで感じた優里亜であったが、次の瞬間、あまりにも残酷な光景を目の辺りにしてしまった。
「えっ、うそおっ!?」
 帰り支度をした人たちが殺到したためか、ゲートに近いトイレには長蛇の列が出来ており、それはトイレの外まで伸びていた。
(ゃ〜ん‥どうしよぅ‥‥!)
 時計を見ると約束の15分になろうとしている。
今から並んだとすると、どう見積もっても更に10分近くは掛かるであろう。
(どうしよぅ‥‥どうしよぅ‥‥!?)
 その頃になると尿意はかなりハッキリと存在を主張していて、普通の生活状態ならば絶対にトイレに行くほどのものになっていた。
トイレを目の前にしているので、それは更に強く感じられていたのかもしれない。
(でもぉ‥慎吾さん‥もう待ってるだろうなぁ‥‥)
 気を遣ってくれたかも知れないのに、あまり待たせるのは申し訳ないと思って、優里亜は激しくなってきた雨の中をイベントホールに向かって走り出した。
(訳を話して‥もう少し待ってもらうか‥駅でトイレに行くか‥しょぅ‥‥)
 そう思った優里亜であったが、慎吾のにこやかな顔を見た瞬間、その決心がもろくも崩れ去ってしまった。
(ゃ〜ん‥‥何て言えばいいのぉっ!?)
 トイレに行けなかった事を伝える勇気がわいてこない。
「本降りになってきたなあ。少し様子を見てから出よう。」
 駅に着くまでにずぶ濡れになってしまいそうだと慎吾は言う。
それほどの強い雨になってしまって、ホール入り口に立っている2人にも雨しぶきが掛かるほどであった。
おしっこの不安と、いつ雨が小降りになるのかという不安で、優里亜は落ちつくことが出来ずにその場でウロウロと歩き回っていた。
じっと立っていることが辛くなってきた事もある。
(早くトイレのこと言わないと‥‥このホールの中にもあるかもしれないし‥‥?)
 気持ちではそう決心していても、慎吾の顔を見てしまうとそれが言葉となって口から出てくれない優里亜は、
(やっぱり‥もう少しあとで‥ん〜‥‥駅に着いてから言おう‥‥)
 と、そんな大事なことを先送りにしてしまっていた。
午後5時になろうとしており、尿意を感じだしてからすでに3時間が過ぎている。

 雨が少し小振りになってきた頃合いを見計らって、今のうちに駅に向かおうと慎吾が言って優里亜の手を引いた。
その手をしっかりと握りしめて早足で歩き出すと、慎吾の腕が何度も優里亜の胸に当たり、そのたびごとにジーンする鈍い痛みが胸に走って、どう作用しているのか判らないが、その刺激が膨らんでいる膀胱にまで伝わってくるようで、優里亜は思わずお漏らししてしまいそうな感覚になっていた。
(ゃ〜ん、もう少しゆっくり歩いてよぉっ!!)
 言いようのないおかしな気持ちになり、それでも必死に慎吾の腕に掴まって歩いていた優里亜であた。
 小降りになったとはいえ、駅に着くころになると2人の服はグッショリとなってしまい、髪からはしずくが垂れるほどになっていた。
素足に跳ねたしぶきがミニブーツの中にも垂れて、それがまた優里亜の尿意をかき立てる作用となっていた。
(‥おしっこしたぃ‥早くトイレって言わないと‥‥)
 そう思っていた優里亜であったが、駅に着くと京都方面の急行が来るアナウンスが流れ、それに乗ってしまおうと慎吾にあっさりと言われてしまって、優里亜はまたその大事なタイミングを逃してしまった。
用意周到な慎吾は前もって帰りの切符は購入していたのである。
 乗った電車はかなり混み合っていて座れない。
体を伸ばして吊革をつかむ事が苦痛になっていた優里亜は、慎吾の腕に両腕でしがみついて体を密着させていた。
そうすることで電車の揺れから逃れていたが、じっと立っていると重くなってきた膀胱がはじけてしまいそうな気になって、足をすりあわさずにはいられなかった。
(ぉしっこ‥トイレって‥どこで言おぅ‥‥三条まで乗るのかなぁ‥?)
 どこで降りるのかを聞いていない優里亜は、この先の展開が見えなくて不安でならなくなり、
「ねぇ‥どこで降りるの‥?」
 と、それとなく聞いてみた。
「そうだなあ、とりあえず三条で降りてお茶でもする?」
 濡れた髪をかき分けるようにして言った慎吾。
そのにこやかな顔を見てしまうと、優里亜は一緒にいられるうれしさと、おしっこがしたくてたまらなくなってきた気持ちが複雑に交叉して、
「ぅん‥‥」
 と、やや下を向いて小さな声でそう応えていた。
雨はかなり激しくなっているようで、気のせいか電車も徐行運転をしているかのように思えていた。

 それから15分ほどして、優里亜と慎吾は京阪三条駅に到着した。
(もう‥ぉしっこしたぃょお‥‥トイレってどこにあるんだろぅ‥‥?)
 京阪電車にほとんど縁がない優里亜は、この駅の事をほとんど知らない。
慎吾に手を引かれ、不安を抱きながら地下コンコースへのエスカレーターのそばまで来ると、その先にクラスメイトの男女4人が見えた。
ひらパーで、トイレに行こうとしていた優里亜の邪魔をした例の4人である。
(やばいっ!!)
 とっさにそう感じた優里亜は、何事かと驚く慎吾を大きな柱の陰に引き込んで身を隠した。
(もうおぉっ、あいつらのせいで私‥今おしっこ我慢してるんだからねぇっ!!)
 そう思うと腹立たしくなってくるが、かといってまた彼らに掴まってしまっては、よけいにややこしくなると思った優里亜であった。
 気づかれないようにかなり距離を置いて改札をくぐると、コンコースはかなりの人で混み合っている様子で、
「あれえ、これってヤバイのかな?」
 慎吾が地上への階段を見ながらそうつぶやいた。
「え、なに?」
 わずかに体を揺すりながら不安げに優里亜が聞くと、外は大雨みたいだと慎吾が言って、見てくるから待っているように伝えると階段を駆け上がって行った。
そしてすぐに戻ってくると、まるでバケツをひっくり返したような激しい雨で、三条大橋もかすんで見えないくらいだと言う。
「‥‥」
 なにも応えられないでいる優里亜に、
「仕方ないな。おさまるまでコーヒーでも飲んで待とうか?」
 といいながら、その先にある喫茶店を指さした。
「‥ぅん‥‥」
 優里亜は元気なくうなづく。
とにかく今は、どこでもいいから早くトイレに行きたい。
願っているのはそれだけで、トイレに行けるのであればもうどこでも良かった。
(お店に入ったらすぐにトイレに‥‥)
 そう思いながら慎吾について喫茶店に入ると、そこはごくごく小さな店構えで、中にトイレなどない店であった。
(え‥トイレないのっ!?)
 何度キョロキョロと見回しても、やはりそれは存在しない。
幸か不幸か1組のテーブル席に空きがあり、慎吾は底に優里亜を促した。
(ヤバイよぉ‥トイレ行きたいよぉ‥おしっこ‥‥)
 席に着いてしまっては、またトイレに行くタイミングを先送りしてしまう。
そうは思っても慎吾にイスまで引かれてしまっては、ありがとうと言って座らざるを得なくなってしまっていた優里亜であった。
「なんにする。コーヒーでいいか?」
 慎吾が優しい声で聞いてきたが、今の優里亜にとってはからだにこれ以上の水分を入れたくなかった。
運ばれてきたコーヒーに形だけ口を付け、優里亜は一刻も早くこの店を出る事を願いながらあれこれと思いを巡らせていた。
(けど‥いまさらトイレに行きたいなんて言うの‥ちょっとヘンじゃない?)
 考えてみればあれからもう1時間近くが過ぎてしまっている。
おそらく慎吾は、優里亜もひらパーを出る前にトイレを済ませたものと思っているはずである。
今ここでトイレのことを告げると言うことは、あれからずっと我慢していたんだと言うことを告げることになってしまう‥‥。
(それって‥‥もっと恥ずかしいじゃん‥‥)
 トイレに行きたいと言だけでも恥ずかしいのに、ずっと我慢していた事を知られてしまうのはもっと恥ずかしいと思った優里亜。
(‥でも‥ほんとに‥おしっこしたい‥おしっこしたい‥‥)

 たしかに優里亜は子供の頃からなぜかおしっこを我慢するクセがあった。
極端な恥ずかしがり屋でもなく、行こうと思えばいつでもトイレに行ける状況でも、ギリギリまで我慢していることが多くて、その事で母親に叱責された事もあった。
 中学生になると、おしっこを我慢することに何か言いようのない気持ちの良さのようなモノを感じるようになっていた。
比較的オクテで育った優里亜は、それが性的な興奮だと言うことを知らずにいたが、おしっこの出口あたりがジンジンとしてくる感覚が好きで、時には学校の授業中にわざとおしっこを我慢していた事さえあった。
 そんな性癖を持つ優里亜であったからこそ、慎吾の前で破裂しそうになっている膀胱を抱えたままでも、こうして我慢が出来ていたといえる。
しかしそれももう限界が近いように思われた。
朝食のミルクティー、缶コーヒー、お昼のコーラと水‥‥、それらが優里亜の小さな水風船のこれでもかと流れ込み、経験したことがないほどそれを大きく膨らませてしまった優里亜であった。
 すでに夕方の6時を回っており、朝トイレに行ってから9時間、おしっこを感じだしてから4時間が過ぎていた。

「慎吾さ‥ん‥わたし‥もぅ帰る‥‥」
 コーヒーにほとんど口を付けられないまま、優里亜はつぶやくようにそう言った。
まだ雨がキツイかも知れないと慎吾は言ったが、優里亜は少ししんどくなったきたと伝えた。
今さらもうトイレに行くことは出来ないと思った優里亜は、一刻も早く家に帰り着きたいと思ったのであった。
「そっか‥じゃあ送っていくよ。」
 慎吾はそう言って立ち上がった。
ひとりの方が気持ち的には楽かも知れないが、逆にひとりでタクシーに乗ることに不安もあった優里亜は、コクッとだけうなづいてその店を出た。
(おしっこが‥出ちゃいそう‥早く‥はやく‥‥)
 前屈みの姿勢しかできない優里亜は、慎吾にしがみつくようにしてタクシー乗り場に続く階段を上がっていった。
やや小振りになった雨。
幸いタクシー乗り場はさほど混んでいる様子はなく、ふたりは待つことなく乗り込むことが出来た。
 しかし走り出すと、これでもかと膨らんでいる膀胱に振動がするどく襲いかかってくる。
「は‥ぁ‥」
 優里亜は思わずそう声に出してしまい、慎吾が心配そうに大丈夫かと声を掛けてくる。
コックリとうなづく優里亜であるが、すでに呼吸は少しはぁはぁといった感じで乱れていた。
雨に濡れて湿っているスカートに、はち切れそうになってしまった膀胱の存在が丸く大きく浮き出して、ジンジンしていたおしっこの出口はすでに痺れたようになっていて感覚もなく、脈に併せてズキンズキンと下腹部が痛みを感じるようになってしまっていた。
車内が暗いことを救いに、優里亜はポーチで隠したスカートに下に手を入れて、ワレメのあたりをパンツの上から強くひねりあげていた。
もちろんそれは痛いことであるが、そうすることで今にも漏れ出してしまいそうなおしっこを、少しでも我慢できるのではと思ったのである。
そこは、雨に濡れたからか、それともすでに漏らしてしまったのかわからないが、ジットリと濡れていた。
(だめ‥もう‥もうもれちゃぅ‥もう‥もぅ出したぃ‥‥)
 慎吾の言葉など全く耳に入らず、優里亜はひとりで吹き出しそうなおしっこと戦っていた。
 雨降りの日曜日の夕方、繁華街の車は混み合っていて、優里亜を乗せたタクシーはなかなか思うように進んでくれない。
(まだ‥御所の辺なの‥ぁぁ‥がまんできないよぉ‥‥)
 まだまだ金閣寺付近までは相当の時間が掛かりそうであった。
(もぅおぉ‥‥どこでもいいからおしっこしちゃう‥おしっこ気持ちいいもん‥!!)
 すでに優里亜の思考回路は完全にマヒしかかって、だんだんと頭の中が真っ白になって意識が遠くなっていくような感じになっていた。
これまで経験したことがない膨らみをした膀胱が、優里亜のおなかの血管を圧迫してしまい、血流が悪くなって貧血を起こしかけていたようである。
(ぁぁ‥‥なんか気持ちいい‥‥気持ちぃい‥‥)
 目を閉じた優里亜は、睡魔に誘われたような感じで別の世界に吸い込まれていきそうになっていた。
「ゆりあ、大丈夫かっ!?」
 慎吾が横でそう声を掛け手くれた事によって、かろうじて現実を取りも戻すことが出来た優里亜。
あのまま気持ちよさの中に浸っていけば、おそらくは次の瞬間、タクシーのシートには優里亜のおしっこの海が広がってしまったことであろう。
(ぁ‥ゃだゃだ‥もぅ漏れちゃぅう‥‥)
 現実に戻ったことで、優里亜の苦悩は更に強まってしまったが、そうこうしているうちにタクシーは金閣寺のそばを通り抜け、まもなく優里亜の家に到着しようとしていた。
「‥ここで‥いぃです‥‥」
 徐行していたタクシーに、蚊の泣くような声でそう告げた優里亜。
優里亜の家は立派なコンクリート塀で囲まれており、玄関先の門塀には小さな屋根がある。
その前で止めてもらった優里亜は、早く降りようとドアが開くと同時に、その足を大きくせり出した。
ジュ‥‥
不用意に足を開いて力が入ってしまった為に、堪えに堪えていたおしっこが少し吹き出してしまったが、それでもそれを気にしていては降りることも出来ない。
優里亜は意を決して滑り落ちるような感じでタクシーから降りたった。
ジュ‥‥
さらにまたおしっこがあふれ出てきた。
そのまま門塀にもたれかかるようにして体を支えると、やや体を起こして慎吾にお礼を言った。
しかしその声はかすれていて、ほとんど聞き取れないほどの小さな声であり、その声を出すのと同時にまたジュジュ‥‥とおしっこは漏れだして、すでに優里亜の足を伝いだしていた。
「じゃ、また◆曜日に!!」
 慎吾が言ってタクシーのドアが閉まった瞬間、シュワシュワシュワ・・と、雨の音に負けないほどのかすれたような音をさせながら、優里亜の足の間からおしっこがこぼれ出してきた。
「は‥ぁ‥あ‥‥」
 やや上向きの優里亜の顔が、苦痛とも快感とも取れるゆがみを見せた。
そして次の瞬間、ジィ〜〜というセミの鳴き声にも似たような大きな音がして、まるで滝のような勢いで、さらには足の間に水の幕を張るような感じで、優里亜のおしっこは激しく地面にたたきつけだした。
「はぅ‥ぅっ‥」
 優里亜の顔は更にひずむ。
雨降りの午後7時、人通りのほとんどない住宅地の玄関先、優里亜は誰に知られることもなく、溜まりすぎたおしっこをその場で全部出し切っていた。
「やっちゃった‥‥けど‥気持ちいいよぉ‥‥」
 死ぬ思いで我慢したおしっこをしてしまった充実感に、すっぽりと包まれていく17歳の優里亜であった。
「でも‥このパンツ‥今朝おろしたばかりなのにぃっ!!」



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