二人の軌跡 15(雨の中のおしっこ)




 東京に戻るその日は今にも泣き出しそうな空模様であった。
天気予報では台風の影響で前線が刺激され、太平洋側の天候は雨模様となっていた。
朝食を食べながら、翔太はミカに言った。
「今日の道のりは長いよ。それに雨が来そうだから先を急ごう。雨になったらいろいろ困るけど、我慢して走り続けてさ、なんとか今日中に帰らないとだからな!!」
「うん判った。浜名湖でウナギが食べたかったんだけどぉ、我慢するよ。」
「まあ昼飯は食わなきゃだから、その位はなんとかなるよ。」
そんな会話をしながら朝食を終えると、二人は大急ぎで身支度をして7時過ぎにホテルをチェックアウトし、一路東京を目指した。
 三重県の鈴鹿峠を越える頃になると雨がパラつきはじめ、この先、東海に入れば雨脚はきっと強くなるだろうと、二人はそこで雨具を着ることにした。
翔太の雨具は長年使い込んだ山用の完全防水であったが、ミカにも山用品店で防水のカッパを買ってあげていた。
「わ〜い!!カッパさん役に立つ時が来たねぇ!」
 そんな呑気なことを言っているが、雨はバイク乗りにとって何よりも厄介だ。
視界は悪くなり道路は滑りやすく、オマケに夏でも体は冷える。
「ミカ、辛くなったら言うんだぞ。無理して事故しちゃぁ大変だからなっ!!」
「うん、判った。翔ちゃんこそ頑張ってネ!」
そう言って再び走り出す二人。
 翔太は鈴鹿サーキットにも寄りたかったが、そこは我慢して走り続け、四日市から名古屋へ入って行く。
雨脚はさほど強くはなっていないが、小雨状態が続いていた。
 浜名湖を通過する辺りから「うなぎ」というノボリが目立ち始める。
時間は午後1時を廻っていた。
鈴鹿峠でカッパを着る時に小休止したが、あれから4時間近く走りっぱなしだ。
「ミカ、お腹空かないか?、うなぎ食べようか?」
「うん、そうしよぅそうしよう!!、私おなかペコペコだよ。」
 そう言って喜々として声を弾ませるミカ。
そのまま浜松市内へと折れて行くが、今から店を探していては時間の無駄と思い、浜松駅の辺りなら適当な店があるだろうと、そちらにバイクを向けて、途中の交番に駆け込んでうなぎの美味しい店を聞きだした翔太。
「へへ、丁寧に聞けば意外と教えてくれるもんだね!」
 翔太は満足げにそう言って、教えてもらった5分程先の店に向かった。
その店は古い建物であったが、出された鰻重はとびきり美味しくて、二人は大満足であった。
ちょうど体も冷えていたので熱いお茶も美味しく、喉の渇きと鰻の油を流し込むようにして、ミカは何杯もおかわりをしていた。
「おいミカ、そんなに水分摂るとまたトイレって言うんじゃないの?」
 翔太が要らぬお節介を焼く。
「大丈夫だよぉ。お茶碗に3杯くらいでそんな事にはなりませんよ〜だっ!!」
 翔太に見透かされたように言われ、ミカは少しムキになっていた。
そのまま食事を終えてトイレも済ませると、すでに2時半を過ぎており、また6時間以上はかかるであろうから、恐らく東京のアパートにたどり着くのは夜の10時過ぎになるであろうと推測された。
ミカは今夜も翔太のところに泊まることになっているが、やはり遅く着くのは気分的に疲れる。
翔太はそう思って、少しでも休憩を先送りにしようと、走り出して直ぐにあったスタンドでガソリンを満タンにした。
これで恐らく最後までノンストップで走れるであろう。
「ミカ、あとまだ6時間以上あるからな。雨脚も強くなりそうだけど寝るなよ!」
 翔太は励ますようにそう言ってエンジンをかけた。

 天気が良ければ多少遅くなっても150号線に出て海岸を見ながら走るのだが、今は最短距離を走ることが良策だと、天竜川を渡って1号線をひた走る。
さっきから雨脚は少し強くなり出し、ゴーグルの視界が悪くなってきている。
「ミカ、大丈夫か!?、カッパから雨染みてきたりしないか?」
「ううん大丈夫。このカッパさんスグレモノだよぉ。全然だよ。それに翔ちゃんの背中にくっついてると暖かいしぃ!!」
「そっか、寒くなったら言えよ。」
 お盆休みのせいなのか、トラックが多い国道も今は行楽の車の方が多い。
しかしこれはかえって厄介で、トラックなどはその種別を見ればどこに向かうか大体想像がつき、そういう定期便は変に曲がったり、車線変更を繰り返したりせずに淡々と走る。
ところが行楽のマイカーはどこで右左折するか判らない。
それに少しでも前をと思い、車線変更を繰り返したりする。
バイク乗りにとっては、こう言う車が一番困るのだ。
翔太はなるべく定期便トラックが連なる集団の少し後ろを選んで走るようにした。
 静岡市を過ぎ、駿河湾を見ながら二人は元気を出そうとメット越しに歌を唄ったりしていた。
沼津を過ぎると箱根峠を通る1号線は選ばずに、比較的なだらかな246号で御殿場から大井松田に抜けるルートを選択した。
 この頃からミカは少し尿意を感じ始めていた。
強まる雨脚がカッパを濡らし、それによって肌寒くなってきたためであろうが、先ほど翔太に寒くないと言ってしまったので、言い出し辛い。
自分の前で風除けになっている翔太はもっと寒いだろうと思うと、尚更であった。
尿意はまだ差し迫ってどうこうと言うほどでは無かった。
言うなれば転ばぬ先の杖としては、何処かで行っておく方が良いだろうと言う程度のものであった。
 御殿場に入る頃になると標高が上がってきたせいか、カッパを通して肌に伝わる雨が更に冷たく感じられ、ミカは身震いしてしまった。
その頃からいよいよ雨は本降りになり出したようで、翔太は国道脇にあるドライブインとは名ばかりの、自販機だけが並んだプレハブのような小屋に退避していった。
「いや〜参ったな〜。本格的になってきたね。」
「うんそうだね。大丈夫、翔ちゃん?」
 ミカはこんな中でもバイクで走るのだろうかと不安になり
、 「なんならさ〜、今晩は何処かに泊まろうか?。お金なら私が払うからさ〜‥」
 ミカはこの旅行の費用を全部翔太が持ってくれていたので、少し申し訳なく思い、そう聞いてみた。
「う〜んそれもいいけど、こんな雨の中を頑張って走り続けるのもバイクの旅の面白さなんだよなあ。」
 翔太はむしろ雨を楽しんでいるようにそう言った。
そうなんだとミカが思っていると、さほど広くない自販機小屋に、強くなった雨を避けてかツーリング中のバイクが次々に入って来た。
彼らは口々にこの雨の悪口を言っていたが、注意して聞いていると誰ひとりとしてしょげている者はおらず、みな翔太と同じように雨を何かのお祭りのように喜んでいる風にも見えて、ミカは呆気にとられていた。
「な!!、バイク乗りなんてみんなああさ!!」
 翔太はミカにウインクして自販機に向かい、何か飲むかと聞いてきた。
「あ、わたし暖かいのがいいなぁ、お茶は無い?」
「う〜ん夏場だから無いみたい。熱いのはコーヒーのブラックだけだよ。」
「じゃぁそれでいいよ。」
 翔太がそれらを持ってテーブルに戻ってくると、
「お二人さん何処まで?」
 と、いかつい顔のライダーが翔太に声を掛けて来た。
ミカは一瞬「怖い!!」と思って、缶コーヒーを両手で抱きながら翔太の背中に身を隠してしまう。
「ああ、帰りなんだ。東京までね。」
 翔太は楽しそうに自分達が回ってきた行程を話し始める。
その男の言うには、この雨はそんなに強くはないらしい。また国道は意外と空いている等の情報を与えてくれた。
お互い親指を立てて「じゃっ気を付けて!!」と言って別れる。
「ふ〜ん、バイクの人って意外と気さくに話すんだね。」
 旅の同志と言う感じの一言一言が妙に男臭くて、初めは怖がっていたミカも悪くないと思うようになった。
(でも‥おしっこどうしよう‥‥?)
 ミカはトイレに行きたいが、男たちが周りにゴロゴロいるボロ小屋同然の仮設トイレには、どうしても入る気がしなかった。
この先のことを考えれば行っておかなければならないとは思ったが、もう一回位はどこかで休憩するだろうと、安易な期待をしてしまう。
やがて翔太がバッグの下から新聞紙を取り出して、
「ミカ、ちょっとカッパめくってごらん。」
 と言ってきた。
「え、な〜に。どうすんの?」
「いいから、ほら早く!!」
 ミカが言われるままに、周囲の男たちの視線を気にしながらカッパのジャケットを持ち上げると、翔太はその新聞紙をお腹から胸のほうに巻き付けてきた。
「さあこれでいい。新聞紙を重ねると風を通さないからな。こうすると意外と暖かいんだよ。」
 そう言って自分のお腹の辺りにも新聞紙を巻き着け、
「さっ、あと半分だ。頑張ろうぜ!!」
 と、ミカの前でガッツポーズをして見せた。
気がかりなおしっこを押さえ込みながら、そのままバイクにまたがるミカ。
濡れたシートがカッパを通しておしりに伝わってきていた。

 雨は幾分おさまってきたが、それでも止んではいない。
しかし翔太が巻いてくれた新聞紙のおかげで、ミカはさほど寒さを感じずにいた。
 大井松田の標識を過ぎると道が平坦になりだす。
この頃からミカは急速におしっこがしたくなっている自分に気付いていた。
(あ〜おしっこしたいよぉ‥‥さっき飲んだコーヒーのせいかなぁ?)
 水分は昼食時に飲んだ湯飲み3杯のお茶と、先ほどのブラックの缶コーヒーだけである。
だからそんなにおしっこが溜まるとは思っていなかったミカであった。
(どうしよ〜、翔ちゃんにどこかに寄てって言おうかなぁ〜?)
 雨に煙る景色を眺めながらミカは迷っていた。
(まだそんなに漏れそうって感じじゃないけど‥早く休憩しないかなぁ‥?)
 そんなことばかり考えていると、バイクは厚木を通り越して座間に入り、すでに青葉台近くにまで達していた。
その数分の間に、ミカのおしっこは[したいっ!!]から[させてっ!!]に変わり始めていて、信号待ちで止まったりすると振動がお腹に直接響いて来て、それがたまらなくなっていた。
(次の信号で止まったら、トイレって言おう!!)
 何度かそんな風に思ったりしたが、そんな時に限って信号の繋ぎは良く、いっこうに止まる気配がない。
そうしているうちにおしっこは限界近くにまで迫ってきて、その出口辺りがジンジンとし始めていた。
バイクにまたがって翔太の腰に手を回しているために、別の姿勢を取ることは不可能で、腿を閉じたり手で押さえたりすることも出来ず、バイクのシートの上で少し腰を動かすのがやっとの状態である。
バイクの振動に合わせるかのように、時々漏れそうになる波がミカに襲いかかって、
(ゃ〜ん、どうしよう‥おしっこしたいぃっ、もうさせよぉお願ぃ〜〜)
 その波を乗り切るため、ミカはお尻の筋肉をぎゅっと締めて何とか耐えるしか方法がなかった。
 そんな格闘を続けていると、また雨脚が少し強くなってきて、多摩川を越える辺りに差し掛かると、それは大粒の雨へと変化しだした。
「ミカ、もう少しだからな。頑張れ!!、このまま突っ切るぞ〜っ!!」
 ミカが必死でおしっこを堪えている事など知らずに、翔太は休憩せずに走ることを伝えている。
その言葉はまるで「もう少しおしっこ我慢しろよっ!!」と言っているように聞こえてならないミカであった。
 大粒の雨は、ヘルメットとカッパを激しく打ち続けて
(あ〜ん‥寒いよぉ‥もうちびっちゃいそうだよぉ〜‥)
 ミカはもうおしっこの事以外は何も考えられず、いっそのことこのまま雨と一緒に流してしまおうかとまで思っていた。
雨はカッパを濡らして寒さを伝えてくるが、完全防水なので中には染みてこない。
しかしスニーカーは水を吸い、それによって足先が冷えるため、おしっこに追い打ちをかけていた。
ワレメのあたりが汗ばんで熱く感じられる。
まるでおしっこを漏らしてしまった様な錯覚さえ覚えてしまう。
 おしっこ!!おしっこ!!と、そればかりを考えていると、やがて環7の交差点が見えてきた。
「よ〜し、もうすぐだぞっ。最後まで気を抜かずに行こうな!!」
 交通量が増えてきた事もあって、翔太は自分に言い聞かせるようにそう声を掛けていた。
ひとりハンドルを握ってがんばっている翔太。
そんな翔太に悪いなと思いながらも、おしっこをさせてもらえるのなら、どこでもいいから止まってほしいとミカは思っていた。
そう思う反面、バイクから降りてメットやカッパを脱ぐのがもどかしく、その時間ですらもう余裕がないのではという弱気な気持ちと、この状態でどこかのお店に駆け込こんだのでは、いかにも[おしっこ漏れそうですぅっ!!]とバレバレで恥ずかしいと思う気持ちが沸いてきて、翔太に限界である事を伝える気持ちを遮ってしまっていた。
(ぁ〜ん‥おっしっこぉっ、もう少しなんだから、どうにか間に合ってぇ〜〜)
 そう心の中で叫んで、翔太の腰に廻した手の平をギュッと握りしめるミカ。
雨はいっこうに弱まる気配がなく、時には一時的にザ〜っと激しくなる時さえある。
 やがて高円寺陸橋が見えてくると
(もうすぐだぁっ!、お願いだから翔ちゃんちまで‥‥おしっこ間に合って〜〜っ!!)
 翔太のアパートは青梅街道を左折して、丸ノ内線の新高円寺の駅から徒歩5分の所にある。
環7を左折すると、翔太は安心したかのように
「よ〜し、もう着いたも同然だ。すっかり遅くなったな〜ミカ!!」
 少し明るい声でそう言いながら振り返った。
「ぅん‥‥」
 そう応えるのがやっとのミカ。
しかし、この[もう着いたも同然!]と言う言葉が、ミカに安堵感を与えてしまって、それが一気に足を引っ張り出す。
さっきまで何とか必死でおしっこの出口に念を送っていたものが、ホッと溜息をついたその時、それは唐突にやってきた。
ふいにチロチロ‥っと、フライングが始まりだしたのである。
(あ、あ、あ、ダメぇっ、まだダメぇっ!!もう少し、もう少しなんだからぁっ!!)
 そう念じて必死に力を込めようとするが、ずっと力を入れていた事と、バイクの振動ですっかりしびれてしまっているワレメあたりは、もうその力を受け付けることが出来なくなっていて、
(ひゃ〜ん‥だめぇぇぇっ!!)
 と叫んだ瞬間に、熱いうねりがワレメからあふれ出して、パンツの中で渦を巻きだした。
冷えた体にそのうねりは、まるでやけどするのではないかと思われるほど熱く感じられた。
(出ちゃぅ‥出ちゃ‥出ちゃったぁぁぁ‥‥)
 渦を巻いていたおしっこは、すぐにジーンズのお尻を濡らしはじめ、完全防水のカッパの中から太腿を伝い流れ落ちて行く。
「はぁ〜ん‥‥」
 ミカはしびれるような開放感に浸ってしまい、翔太の背中に体を預けながら、呼吸を荒げて思わずそんな声を出していた。
「お疲れミカ。もうすぐそこだよ!!」
 背中で陶酔しているミカの事も知らず、翔太はまた明るい声でそう言った。
先ほどから背中が重くなった事は感じていた翔太であるが、きっと疲れたミカが強く抱きついてきたものだと思いこんでいたようである。
その間も我慢を重ねて来たおしっこは溢れ続け、
(はぁはぁ‥ゃっちゃったぁ‥‥暖か〜い‥‥気持ちいいよぉ‥‥)
 おかしな安堵感に身をゆだね、ミカはぐったりしてしまっていた。

 それから数分後、まだ降り続く雨の中を二人のバイクはアパートにたどり着いた。
「寒いだろ?、濡れなかった?」
 やさしく声を掛ける翔太に
「うん‥背中の方がね‥だいぶ染みたみたい。あとでお洗濯させて。」
 ミカはそう言って誤魔化すと、バイクから荷物を下ろす翔太に
「寒いから先に行ってシャワー出してるね。」
 と鍵を受け取り、階段を駆け上がって部屋に入り込むと、スニーカーも脱がずにバスルームに駆け込み、シャワーを全開にしてカッパのままでそれを浴び、汚れも一緒に洗い流すと、今度はカッパを脱ぎすてて、シャツとジーンズのままシャワーを浴びた。
その時、翔太が部屋に戻ってきた気配がした。
「ミカぁ、俺も入るからね。」
 と言う声がしてバスルームの戸が開けられる。
「あれぇミカ、どうしたの、服のままでシャワーしてるの?」
「ぅ、うん、カッパは汚れたから先に洗ったの。服もちょっと濡れてるしさ、で、え〜い、このまま浴びちゃえって‥‥寒かったしさ、へへ‥‥」
「そうなんだ。なんだか気持ちよさそうだな。まあどうせ洗濯するんだし、その方が合理的かもな!?」
 何もしらない翔太は笑いながらそう言って、俺もそうするよと言いながらバスタブに座り込み、頭からシャワーの湯をかけてくれと言った。

 すべてをバスルームの中で洗い流し、雨で冷えた体を温めると、翔太は
「腹減ったな〜」
 とポツリ言った。
「そうだね、何か普通のが食べたいな〜!」
「うん、じゃぁ美味しいラーメン食いに行こうか。近くにいい店があるんだよ。」
「わ〜賛成!!、そろそろそう言うの食べたいと思っていたの!!」
 時計を見るともう10時を回っている。
「最後は雨だったけど楽しかったぁ!!。また連れてってね!」
 そう言うミカに
「ああ、今度は秋に温泉でも行こうか!?」
 そう答える翔太。
ミカは、
「翔ちゃん最高!!」
 とほっぺにチュっとし、雨上がりの中を腕を組みながらラーメン屋へと向かっていった。

 数日後、ミカは翔太にお漏らししてしまったことをカミングアウトした。
もしバイクのシートからおしっこの匂いがしたら「バレる!」と思ったと言う。
このときまで翔太はミカがお漏らしした事など全く気づいていなかった。
(うん‥やっぱりミカはかわいいやつだなぁ‥‥)



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