二人の軌跡 13(金沢の夜)




 雲ひとつない晴天の日差しが少し傾きだした4時過ぎになって、
「ミカ、海に沈む夕陽って見たことある?」
 と翔太が切り出してきた。
「ううん、見たことないなぁ。」
「だろ。俺たち太平洋側に住む人間はさ、山の夕焼けぐらいだもんな。」
「そうだよね〜」
 ミカは傾きかけた太陽を仰ぎながら遠くを見つめてそう返していた。
「俺はバイクで旅してて2〜3回見たことあるけど、すごく綺麗なんだぜ。水平線が真っ赤に染まってさ、太陽もオレンジからどんどん赤くなっていくのな。」
「へぇ〜すごそうだね〜」
「なあ、どうせ時間はタップリあるんだしさ、夕焼けを見に行こうよ!」
「うん!見たい見たい!」
 ミカは大きな目を更に大きくし、翔太の手を取って小躍りしていた。
「よし、それならこのままホテルに帰って、バイクに乗って出直すぞ〜!!」
「わ〜い、賛成なのだぁ〜っ!!」
 楽しそうにはしゃぐミカ。
翔太はそういうピュアな感じのミカが大好きだ。
 急いで片付けをしてホテルに戻り、シャワーを浴びてから新聞の天気予報欄で日の入り時間を調べた翔太が、
「ミカ、今から行けば夕焼けに間に合うようだから急ぐぞっ!!」
 とミカを急がせた。
「あ〜ん待ってよ〜。まだお化粧してないよぉ。」
「そんなのしなくていいよ。ミカはすっぴんでも可愛いんだから!!」
 そういうとミカは喜び、ジーンズを穿くとノーブラのままでTシャツを被った。
「お、おい、ブラはぁ?」
 そこまで省略するのかよっ!!と翔太は言いたげだ。
「だってぇ面倒くさいもん。どうせ陽が暮れちゃえば大丈夫っしょ!!」
「ん〜、まぁいっか。じゃ行くぞ!」

   ふたりはバイクに跨り、さっきまで居た内灘海岸方面へと飛ばして海岸に着くと、遥か水平線にオレンジ色した太陽が揺れ、空は真っ赤に染まりかけていた。
砂の上に腰を下ろし黙ってそれを見つめる二人。
やがて太陽が水平線に触れ、辺りが一段と輝き始めると、
「凄い凄い!!、綺麗だねぇ。あの太陽ってさ、沈む時ジュっていいそうだよね!!」
 ミカは時々こういう面白い表現をする。
「はは‥ジュっかぁ‥、確かにそれぐらい赤いもんなぁ‥‥」
 二人は自然に手をつなぎ、また押し黙った。
沈みかけた太陽はまたたく間に半分になり、やがて3分の1になって、最後の沈みゆく瞬間にチョットだけ浮かび上がったように見えた二人。
それは光の加減でそう見えたのであろうか?
 完全に太陽が見えなくなると、二人は見つめ合いながらそっとキスをした。
人はまばらだが、冷やかし半分でジロジロ見られていたかもしれない。
でも、そんなことはどうでも良かった。
 太陽が沈んでも辺りは直ぐに暗くはならない。
西の空はまだ少し明るく見えた。
「翔ちゃん、今年の夏は一番の思い出になりそう。ありがとね!」
「ああ、そう言ってもらえると連れて来た甲斐があるよ。」
「でもさ〜、なんかお腹空いちゃったなぁ〜」
 突然ロマンチックな雰囲気を破るようにミカが言う。
こういったところがミカの愛くるしいところでもある翔太。
「あのなぁ〜、今年一番の夏って言ってたのに‥‥急に腹減った〜かい!?」
「だぁ〜ってぇ〜、お昼はヘナチョコ焼きそばとポテチだけだよ〜」
「わはは!ヘナチョコ焼きそばねぇ〜。はは‥‥よ〜し!戻って夕食にしよう!」
「わぁ〜い、ご飯だご飯だ!!、早く行こ〜!!」
 ミカは完全にお子ちゃまモードに切り替わっていた。

 いったんホテルに戻ってバイクを置き、二人はそのまま金沢の繁華街へと繰り出していった。
しかしお盆と重なっているためか休みの店が多く、大きな居酒屋などは学生やグループが占拠して騒いでいるために、ゆっくり出来そうな場所がなかなか見つからなくて、さほど広くない繁華街をウロウロと歩きまわってしまう。
Tシャツにノーブラであるために、さすがにミカは少し恥ずかしいと思ってか、両方の手で翔太の腕をしっかりと抱き込んで、その胸を隠していたようだ。
やがて
「ねぇえ翔ちゃ〜ん‥まだぁ?」
 と、少し疲れてきたのか、翔太の腕を大きく揺すってぐずり出すミカ。
「う〜ん‥せっかくの金沢でまさかファミレスってわけにも‥だしなぁ‥‥」
 さすがに翔太も少し焦り出す。
路地の方に回れば、ひょっとしたらいい店があるかも知れないと、ミカを励ましてみると、ミカはその場で足を止めて、
「あのね〜、んとぉ、そろそろおしっこ‥‥」
 両手を後ろに回して、体を左右にひねりながら翔太を見上げるミカ。
ブラを着けていない胸がそれに伴って揺れていた。
 泳ぎから戻ってシャワーを浴びている時、ミカはビーチで飲んだビールの名残を少し感じだしていたが、日没の時間が迫っているからと急がされたため、まだ余裕範囲と思ってそのままバイクにまたがっていた。
バイクを置きにホテルに戻った時も、そのまま繁華街へ繰り出してしまったために、ずっと我慢していたミカであった。
ミカが自分からおしっこを訴えて体をひねっている時は、もう限界が近い事を翔太は理解している。
「わかった。出来るだけ早く探すから・・」
 翔太はミカをなだめるように言いながら、路地の奥の方の看板に目をこらした。
「ん、おいミカ、あっこはどうだろう?」
 翔太の目に1軒の店が映った。
「酒・食事処[みなつ]ってあるぞ。入ってみようか!?」
「え〜、なんか小さなお店じゃん。ほんとにいいの〜!?」
 ミカはあまり乗り気がしていないようである。
「だけどミカ‥まだもう少し歩けるのか?」
「あ〜ん‥もう歩きたくな〜いっ!!」
「だろ。とりあえず入ってみてさ、もしマズかったらおしっこだけして出ようよ。」
「やだよ〜そんなの。恥ずかしいじゃ〜んっ!!」
「いいからいいから!!」
 庸太は半ば強引にミカの手を引いてその店に向かった。
表にはなんのメニュー表示もなく、格子状のガラス戸の中はうかがい知れない。
「高そうなお店じゃないの〜?」
 ミカに言われて翔太は少し躊躇したが、
「な〜に、心配いらないよ!!」
 と啖呵を切っていた。
長年ひとり旅をしてきた勘がそうさせたのかも知れない。
「いらっしゃいっ!!」
 格子状のガラス戸を開けると、威勢のいいかけ声が響いてきた。
そこはカウンター席が5〜6人と、お座敷テーブルが3列ほどの小さな小料理店で、客は誰もいない様子であった。
(しまったかな‥‥!?)
 一瞬翔太に後悔の念が走る。
ミカが後ろから翔太の腕を引っ張っぱって、あきらかに拒否の仕草をしていた。
「おふたりさん?、さぁどうぞ!」
 50過ぎと思われる店主がカウンター越しに招き入れている。
もう今さら後には引けない。
ミカのおしっこも限界に来ている事であろう。
「あのぉ、初めてなんですけど‥いいですか?」
 翔太は少し控えめに、けれどきっぱりとそう言うと、
「初めてのお客さん?、それはうれしいなあ。ささっ、座敷がいいですか?」
 店主はにこやかな顔でそう言いながら、
「お〜い、お客さん頼むよ〜!」
 と、店の奥に向かって大きな声で誰かを呼んだ。
は〜いと返事をして現れたのは、40歳前後と思われる和服を着たきれいな女性で、深々とお辞儀をしながら二人を迎えてくれた。
カウンター席に腰を下ろす翔太とミカ。
生ビールを頼み、お通しが出てきてもミカはトイレに行こうとしない。
気後れしてしまったのかと、翔太はその事が気がかりではあったが、
「お客さん、どこから来たの?」
 と店主に切り出されて、
「はい、東京からです。バイクで旅してきました。」
 と応えていた。
「ほぉバイクで。俺も若い頃は乗ったもんだよ。バイクはいいよね〜。」
 目を細めてそういう店主に翔太は興味を示し、今も乗っているのか、何に乗っているのかと、話を弾ませてしまった。
それを聞いていたミカが
「ねえ翔ちゃん、おさかな食べようよぉ!!」
 と翔太を小突く。
「はははお客さん。彼女が腹ぺこだって言ってますよ。」
 店主は嬉しそうな顔をしながらそう言って、あいにく盆休みで魚河岸は閉まっているが、昨日のうちに仕入れてあった物がキャンセルになったので、余り物で悪いがそれで良かったらと、大きな冷蔵庫から魚を見つくろい始めた。
その時、先程の女将さんらしき女性が何か運んできた。
それはサザエの造りであった。
え?っと言う顔つきでサザエとお互いの顔をみやる二人。
「主人が言ったように宴会の予定があったんですけど、無駄にしちゃサザエさんに申し訳ないですから、遠慮なくどうぞ!!。うふふふ‥‥」
 女将は上品な笑顔でそう言いいながら、二人の前に器を置いていく。
「わ〜い嬉しいぃ〜!!、サービスでこんなの食べられちゃうんだぁ〜」
無邪気に喜ぶミカに翔太が
「こら!お礼言いなさい!」
と叱りつけると、
「あ、そうだぁ。ありがと〜ございま〜す!」
 ミカはニコニコしながら店主と女将さんにお辞儀をして、さっそく箸を伸ばしていった。
「うふふ可愛いお嬢さん。でもお礼を言う時は『ま〜す』じゃなくて『ます』になさい。お上品な顔立ちがだいなしよ。」
 ミカは女将さんにそう注意されたが、それは決して嫌味な感じはなく、むしろお姉さんが妹に教えているような口調であった。
「は〜い‥‥じゃなかった。はい。ありがとうございます。」
 ミカがそう言うと、
「おいミカコ!、お客様に向かって失礼な事を言うもんじゃねぇ〜よっ!」
 と、店主が割って入る。
「あれぇ、お女将さんミカコさんって言うんですかぁ。私はミカって言うんです。
なんだかおんなじ名前みたいで嬉しいですぅ。」
 ミカはサザエをほおばりながらそう言って女将を見上げていた。
(あれぇ、ミカのやつ、おしっこはどうなったんだ!?)
 翔太はふとその事を思い出したが、ミカにそんな素振りは全く見られず、キャッキャとはしゃいでいる。
そして女将さんの字は美しい夏の子であると聞きだしていた。
 そんな話をしているうちに二人のビールは空になり、翔太はもう1杯、ミカは白ワインをグラスで頼んで「のどぐろ」と言う白身の焼き魚をほおばった。
関東方面では高級料亭でないとお目にかかれないという。
それらをごちそうになりながら、翔太は今回のバイクの旅のことやバイクの面白さを店主と語り出した。
同じくミカは女将さんと女同志の会話で盛り上がりだす。
お盆のせいなのか、お客が来る様子はまったくなかった。
「なんだ〜お前は。そのお譲ちゃんとワインなんか飲んでるじゃねぇか!?」
 店主がそう言って女将をたしなめると、
「あらあら、これはお近づきの印ですよ。」
 と、にこやかに返す女将。
この二人は不釣り合いだが、何故かバランスがとれているなと感じる翔太であった。

 それからどれぐらいの時間が過ぎたであろう。
翔太はカウンターを挟んで店主とバイクの話に熱を入れていた。
ミカもワインの酔いがまわってか、一人っ子独特の甘えで女将さんを姉のように慕いながら、いつしか話の内容が思わぬ方向へと流れて行きだしていた。
「あのね‥美夏子さん‥‥ちょっと恥ずかしいけど聞いて下さ〜い。」
 横に座っている女将の耳元でそう切り出すミカ。
もちろん大きな声で盛り上がっている翔太には聞こえていない。
「あの‥ちょっと恥ずかしいんですけどぉ、ん〜、女の子でもエッチな気持ちになる事ってあるんですかぁ?」
 酔いが後押ししてか、ミカは単刀直入に口を開いていた。
「まあミカちゃんったら、何を言い出すかと思ったら‥ほほ‥‥、そうねぇ‥私はもう40歳のおばさんだから、そう言うこと聞かれても大丈夫だけど‥そうねぇ‥
若い子は気になるわよねぇ〜。エ・ッ・チ!!。男も女も愛してればエッチで当たり前なのよ。それが自然と言うものだわ。」
 女将はどこか遠くを見つめたような感じで優しくそう言った。
「あの〜、美夏子さんもエッチな気持ちに‥その‥なる時あるとか?」
「まあ、そう来るのね。ふふ‥ナイショ‥‥、でもミカちゃんには正直に教えてあげるわね。旦那には内緒よ。ふふ‥もちろんとってもエッチな気持になる時はあるわよ。ギュってされて、もうメチャクチャにされたいなぁ〜、なんてね!」
「わ〜、美夏子さんからそんなこと聞かされると、ドキドキしちゃう!!」
 ミカは頬を真っ赤に染めていたが、それは酔っているからなのか、あるいは女将の話が恥ずかしくてなのかわからない。
「ミカちゃん、あなたはまだ若いんだから、好奇心がいっぱいあるでしょ。でもそれでいいのよ。彼‥翔太君って言ったかしら?、優しくしてくれる?、彼のエッチは上手?」
 そう聞かれてミカは、ためらうことなく「はいっ!」と応えていた。
「まあごちそうさま!!」
 女将が目を細めて笑う。
「ブラをしてないようだけど、それも翔太くんの好みなのかしら?」
 忘れていた事をつつかれて、思わずその胸を手で隠すミカ。
そしてそれには応えずに。
「あ〜ん美夏子さ〜ん、わたしおしっこ行きた〜い‥‥」
 その優しい懐に顔を埋めるようにして、ミカは思い切り甘えた声でそう言った。
「あらあら、じゃ行きましょ!!」
 女将は先に席を立つとミカを促し、支えるようにして店の奥へと案内していった。
(ミカのやつ、やっとトイレに行ったみたいだな‥‥)
 店主と盛り上がりながら翔太は横目でそれを追って、ミカがおしっこと言い出してから1時間以上が過ぎている事に驚いていた。
 たしかにミカはこの店に入った時、かなり気後れしてトイレに行くのをためらっていたが、出されたごちそうに目を丸くしているうちに、しばらくはその尿意すら忘れていた。
やがて女将と親しく話し出した頃には、じっと座っていられないほど強い尿意に襲われていたが、女将とのエッチな会話が進むうち、アルコールの作用も手伝ってか、我慢している自分に酔ってしまっていたミカであった。
ノーブラでいることを指摘された時、さすがにそれは恥ずかしく思えて、それをきっかけに我慢の糸がプッツリときれてしまったようである。

 長いおしっこが終わってトイレのドアをあけると、おしぼりを持った女将が待っていてくれた。
「あはぁ、おしっこいっぱい出ちゃったあっ!!」
 ミカはまた甘えたような口調でそう言いながらおしぼりを受け取る。
「ほほ‥ずいぶん我慢してらしたのね‥」
「ゃだぁ‥んとねぇ‥このお店に入る前から我慢してたんですぅ‥」
 ミカは完全に酔ってしまっている。
「あらあら、なにか気を遣わせてしまったかしら‥?」
 女将は申し訳なさそうな顔でそう言ったが、ミカはあっけらかんと、
「我慢した後のおしっこって気持ちいいでしょ!」
 と笑って、その勢いで
「あのね‥エッチしてるとき‥‥おしっこ出そうになったりしませんか〜!?」
 と、言ってしまった。
女将は一瞬ドキっとした顔をしたが、
「そうねぇ‥‥女はみんなそんな風に‥なったりするんじゃないかしら‥?」
 と、ミカから目をそらせてそう言った。
「そうなんですかぁ‥‥」
 酔っているとはいっても、さすがにミカはそれ以上‥つまり「おしがまエッチ」
が好きである事は言えず、その言葉を飲み込んでしまっていた。
「ふふ‥ミカちゃんはエッチの時にそうなるの?」
「ぁ‥はぃ‥とき‥どき‥‥」
 思いも寄らない突っ込みに、逆にミカの方がとまどってしまう。
「そう‥翔太くんはそう言うとき‥優しく接してくれるのから?」
「‥はい、翔ちゃんはいつも優しいです。」
「ならよかった。そうねぇ‥、人それぞれに好奇心も違うけど‥、好奇心に負けてばかりじゃダメよ。‥‥大切なのはその気持ちなの。エッチはその気持ちの先にあるのよ。」
 女将が何を言おうとしているのか、ミカはすぐには理解できなかった。
そして席に戻った時、その優しそうな顔を見つめて
(ひょっとして‥美夏子さんも‥おしがまエッチしてたりして‥‥!?)
 と、なぜかそう思ってしまったミカであった。

 二人がその店を出たのは深夜の1時を回る頃であった。
会計はあれだけのごちそうを頂いたにもかかわらず5千円と言われ、
「えっ、二人で5千円ですか〜?、そんな‥」
 と、目を丸くしている翔太に、
「おうっ、なに!?、5千円じゃ高けぇ〜ってか?」
 店主は笑いながら言う。
「な〜に、バイク乗りは貧乏なんだろ〜?、遠慮するなって!!」
 あくまでも優しい店主。
翔太とミカは深々とお辞儀をして、必ずまた来ますと約束してその店を出た。
歩きはじめた二人の後ろから、店主と女将が手を振っている。
二人はまた深々と頭を下げ、腕を組みながら大通りに向かって歩きはじめた。
「翔ちゃん、とってもいいお店だったよねぇ!」
「ああ。なんかこう‥あったかいものがあったよなあ!!」
「うん。美夏子さんもすてきな人だったぁ!」
「みたいだな。また来なくちゃな。」
「うん、きっとだよ。」
「約束するよ。」
「うん。じゃあ早く帰ろ。おしっこ‥」
「え!?」
「おしっこしたいのっ!!」
 かなりの量のワインを飲んでいたミカである。
あれ以後トイレに行っていないことを思えば、それは当然のことであった。
ミカは「おしっこ!!おしっこ!!」と言いながら、ブラを着けていない胸を翔太の腕に押しつけて、人影がまばらになった金沢の夜道を歩いていった。



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