さくらい・あやか 1




はじめに

 関西に住むことになった松本(小原)由衣は、それまでの友だちとはなかなか会えなくなってしまったが、下柳典子(典子のエピソードなど参照)とは、わずかな時間で会える距離になったことになる。
 11月の終わり、由衣は突然典子から「会わせたい人がいるからおいで!」と誘われて、慣れない道を出かけていった。
典子はいま引っ越して宝塚に住んでいる。
訪れた先には20代前半の女の子がひとり待っていた。
 彼女の名前は桜井彩香、宝塚在住の22歳。
この春から派遣社員として典子の下で働き出し、家が近いということもあって、典子はまるで妹のようにかわいがっていた。
 営業で一緒に出かけることが多いふたりであるが、外回りをしているとトイレに困る事が多い。
ある時おしがまになった彩香に気づいた典子は、わざとトイレに行きにくい状況を作って意地悪をした。
困って泣きそうになりながら、それでもそれを少し楽しんでいるような、そんな様子を彩香に見つけた典子は、彩香の中に由衣と同じような性癖(クセ)があると確信した。
 ある時、仕事の打ち上げの飲み会が大阪梅田であり、典子は彼女にさんざん飲ませて最終電車に乗った。
当然のようにおしがましている彩香に、
「おしっこ我慢してるんでしょ?」
 典子はわざと大きな声で聞いて彩香を困らせていた。
駅に着いてもトイレに行かせず典子のうちまで我慢させ、そこでやっと解放させた典子。
お酒の勢いもあって、彩香はそこでカミングアウトした。
そう、彩香は小学校3年の頃からおしがまする子になっていたのであった。
典子はそこで彼女に[ROOM水風船]の存在を教え、チョビが知り合いであることを伝えた。
彩香は「典子のエピソード」「ねもっちゃん」「ゆいちゃん」などの、成長していく過程を描いた作品が好きだと言う。
ちょうど自分の小学校や中学時代に当てはめて親しみやすいとのことだ。
それと‥やはり「おしがまエッチ外伝」も惹かれたと言っていた。
彩香はどのようにしておしがまに目覚めていったのであろうか……。
その一部をここで紹介してみよう。

※※    ※※    ※※

 桜井彩香は小学生の頃からそれなりに勉強ができ、成績はいつも学年上位に並び、私生活でも親の言いつけをよく守る優等生的な存在であった。
中学2年になっても身長は155センチと、クラスの中でもやや低い方であったが、それでも顔はかなりイケていると自負していたので、髪型やオシャレにはそれなりに気を遣っていた。
特にガリ勉タイプでもない彩香は、友達といる時はひとりでノリツッコミを演じるほど明るい性格であったが、ひとりっ子で育ったせいか人見知りをすることが多く、ややもするとそれがツンツンしているかのように誤解され、お高くとまっていると見らてしまうことが多かった。
クラス委員になったり生徒会役員に選ばれたりした事が、それにますます拍車を掛けてしまったようで、そのせいかどうか、気軽に男子が声を掛けてくるようなこともなく、思春期まっただ中の彩香にとっては少し寂しい中学生生活を送っていた。
だからといって女友達に心を開き、自分から男の子の話などは出来ないと、彩香は常にそう思っていた。
いつの間にか彩香自身、優等生として見られている状況に流されて、本当の自分を出せずに[よい子]を演じてしまう子になっていったようであった。
彩香がそのようになってしまったきっかけの一つが、小学校3年の時にあった。

 ある秋の日曜日の昼過ぎ、彩香は両親に連れられて車で2時間ほど離れた親戚の家に行った。
初めて訪れたそこは、[船村]と彫られた立派な表札がある日本家屋の大きな屋敷で、集まった親戚たちの用事が済むまで居間で待つように言われ、彩香は出されたケーキを食べながらひとりテレビを見て待っていた。
しばらくすると彩香はおしっこが我慢できなくなってしまった。
ノンストップで走っていたので、彩香はこの屋敷に着く前からおしっこがしたいと思っていたが、知らない顔の大人達に囲まれてしまい、母親の影で小さくなっている内に言いそびれて今の状況になっていたのであった。
込み入った話をしている大人達の部屋のふすまをそっと開け、母親の元に行くと、
「ねえ‥ママァ‥」
 と、少し甘えたような口調で言った。
「どうしたの。大切なお話してるからおとなしくしてなさい!」
 母親はそっけなく彩香をあしらおうとして、居間の方を指さした。
「でもぉ‥あやか‥トイレェ‥」
 他の大人達に聞こえないように耳打ちしかけると
「もうお、いい子が何を言ってるの!、彩香はそんな悪い子じゃないでしょ!!」
 母親から帰ってきた言葉は思いもよらないものであった。
あるいは彩香の母親は、彼女が退屈して駄々をこねていると勘違いしたのかも知れないが、大きなお屋敷でトイレの場所が分からず、勝手にあちこち探し回ると怒られてしまいそうで、母親に助けを求めた彩香にとって、トイレに行きたいと言おうとした事が [いい子] でない事のように言われてしまい、それがすごくショックになってしまった。
 肌寒い居間に戻った彩香はしばらく我慢していたが、すぐにじっとしていられなくなり、思いあまって玄関から外に飛び出して行った。
大人が誰も見ていない所で隠れて‥と、彩香は屋敷の周りを歩き回ったが、そこは彩香の腰の高さほどの低い垣根に囲まれているだけで、少し離れた所に点在する民家の窓が、じっと彩香を見つめているように思えて、とても身を隠せるような場所など無いところであった。
(おしっこもれちゃうよぉ‥‥)
 彩香はついに我慢できなくなって、玄関前の広間に横付けされた親戚の車と父親の車のわずかな隙間に駆け込み、ワンピースを勢いよくめくり上げて、下着を下げながらしゃがみ込んでおしっこをしてしまった。
 結局彩香はこの屋敷で一度もトイレに行くことが出来ず、その帰り道、夕食で立ち寄ったファミレスでも[いい子]でいたい気持ちから、トイレに行きたいとは言えずに我慢し続け、出発前に母親から
「まだ少しかかるからトイレに行っておきなさい。」
 と言われるまで、気が遠くなるほど我慢してしまっていた。

 彩香は幼い頃から意味もなくおしっこを我慢するクセがあって、モジモジしているのを母親に指摘され、トイレに行ってきなさいと促される事が多い子であった。
小学校に入る頃にはそのクセも収まり、ごく普通にトイレに行くようになっていたが、それがこの日の出来事をきっかけに、彩香は学校でも家庭でも、あるいは友達と遊んでいる時でさえ、自分から[トイレに行きたい!]や,[行ってくる!]という表現が出来なくなってしまい、また我慢するようになってしまった。
そうする事が[いい子]でいるための一つであると思いこんでしまったようである。
 それは小学生の彩香にはかなりの負担であり、時にはタイミングを逃してしまい、学校で一度もトイレに行く事ができないまま、必死で家に駆け戻ったり、友だちに見つからないように、身を隠すようにしてそっとトイレに走った事もあった。
それでも修学旅行や課外授業を含め、人前で恥ずかしい思いをするような失敗だけは免れていて、膀胱炎になることも無かった。

 中学生になると、彩香はおしっこを我慢している自分に何か慈しみを感じるようになりだし、時にはそれが悲劇のヒロインであったり、時には我慢している自分への傍観者であったりと、なにかしら妄想を交えるようになっていた。
また時々、おしっこを我慢している時に感じるムズムズとした感覚を[気持ちいい]と感じる時もあったが、まだ自慰行為も知らず、友達との間でも下ネタを避けてきた幼い精神の彩香にしてみれば、それが性的な感覚と気づくはずもなく、さほど気にもせずに過ぎていたようであった。

 彩香はある男子を好きになった。
それは隣のクラスの橘拓(たちばな・たく)という子で、中学2年の11月、新生徒会役員選挙で彼が会長、彩香が副会長に選ばれ、一緒に役員の仕事をしていくうちに、幼い彩香の心に火が付いた初めての出来事であった。
 自我に目覚めた彩香は、膝まであるスカートのウエストを折り込んで、10センチ以上短くして足を出すようにまでなっていた。
しかし彩香の性格からして、生徒会の用事以外で口を利く事はなく、廊下などで出会っても素知らぬ顔で通り過ぎるだけであった。
もちろん彼も彩香のことを気にとめている様子はなく、彼の方から話しかけてくることもなかった。
 2年の学年末試験も終わり、春休みを目前にしたある日の午後、宝塚市内の生徒会連絡協議会に出席するため、彩香は会長の橘と一緒に、生徒会顧問の神代が運転する車に乗って別の中学校へ向かった。
優しいが無口な顧問の神代、そして意識はするものの話すことが出来ない橘。
3人ともほとんど無言という重い空気のまま、車は15分ほどでその中学に到着し、けだるい会議が始まった。
 1時間半ほどでそれは終わり、彩香と橘はまた無言のままで車に戻ったが、
「悪いがちょっと大阪で急用が出来たので‥途中までで勘弁してくれないか。」
 顧問の神代が申し訳なさそうにそう言った。
イヤだと思っても仕方が無い。ふたりとも小さくそれに同意すると、やがて神代はある交差点で二人を下ろし、中国道の宝塚インター方面に走り去っていった。
そこは二人の中学校まで歩いて25分ほどの地点で、彩香の家はさらに10分ほど先になる。
「あ〜ぁ、まいったなぁ!」
 橘が彩香の方を見るでもなくそう言った。
「‥うん‥」
 力なく応える彩香。
(さむ‥‥)
 制服のスカートを短くしている彩香は、町並みを吹き抜ける風に寒さを感じ、胸の前で互いの肘を抱きかかえるようにして身震いした。
その身震いは、先ほどから感じている尿意から来るものでもあった。
 この日学校は半日授業であったが、彩香は部活に出る友だちと一緒に昼食を摂り、出発ギリギリまで話し込んでいたので、トイレに行くことなく車に乗り込んでいた。
更に生徒会会議をしていた部屋は暑いほどの暖房が入っていて、ノドが渇いた彩香は、出された350ccの缶入りウーロン茶を飲み干していた。
朝から一度もトイレに行っていない彩香は、その途中から尿意を感じだしていた。
しかし[いい子]を演じている彩香にとって、帰る直前にトイレに行く事など出来るはずもなく、早く帰りたいと思っていたそんな矢先に、途中で降ろされてしまったのであった。
(‥トイレ行きたいしぃ‥)
 意識している橘の手前、彩香はいつも通りの平静を装って歩いていたが、何もしゃべらずに歩いている気まずさが尿意を高めてしまう。
(なにか話してほしいなぁ‥‥)
 そう思うのは気を紛らわせる為と、そして橘の事をもっと知りたいと思う恋心であったと言える。
「桜井ってさぁ‥‥」
「‥え?」
 突然しゃべり出した橘にとまどう彩香。
「なんか友だちと一緒の時と今とでは‥違う人物みたいだな。」
「え?」
「普段は楽しそうに笑ってるけどさ、なんか今は不機嫌そうだし‥‥」
 やはり橘も彩香の二面性に気づいているようだ。
「あ‥ち、違うよ‥‥あの私‥あの‥私って人見知りがあってさぁ‥‥」
 誤解だと知ってほしい彩香は、必死になって自分の事を説明しはじめた。
「‥‥でしょ。だからぁ、いつもみんなに‥そんな風に見られてるんだもん‥」
 彼にだけは理解しておいてほしい。
彩香は思っていることをまくし立てるように、かなりの早口でしゃべり続けていた。
「ふ〜ん、そうなんだ‥」
 橘はそう言いながらニコッと微笑んだ。
その白い歯を見たとき、彩香は急に自分の事が恥ずかしくなって、思わず目をそらせてしまった。
なぜか心臓がドクンドクンと激しく波を打ち出している。
(や‥やだ‥‥私ったらなにムキになってんだろ‥‥?)
 顔が一気に赤くなっていくのを感じる彩香。思わず通学カバンを抱きしめていた。
「はは‥‥今のしゃべりっぷりはいつもの桜井だよな!」
「あ‥ん‥‥」
「ってことは、もうオレには人見知りしないって事でいいのかな?」
「う‥うん!」
 彩香はうつむいたまま小さな声でそう応えた。
寒いのに額には冷や汗がにじんでいる。
心臓の高鳴りは更に激しくなり、その奥の方がツ〜ンと痛くなるような感じがして息苦しさを感じる。
(やだ‥私‥なんかヘン‥‥)
 会話がとぎれてしまった事で、彩香いたたまれない気持ちになっていた。
そうしている間も冷たい風は吹き続け、そばを車が通りすぎた風圧とリンクして、額の汗を拭おうと手を挙げた彩香のスカートを勢いよく巻き上げた。
「やんっ!!」
 身をかがめてそれを押さえる彩香。
横を歩く橘がそれを見てしまったかどうかは分からないが、彩香はますます恥ずかしく思って、一歩遅れて歩き出した。
すぐ目の前を歩いている橘拓の後ろ姿がまぶしくさえ感じる彩香であった。
(なんか‥胸の奥が痛いよ‥‥ああ‥おしっこもしたいし‥‥)
 徐々に冷静さをとりもどしつつある彩香に、一生懸命話すことで忘れていた尿意が強く甦ってきた。
それは歩き始めて15分ほどが過ぎた頃であった。
「桜井は学校に戻るのか?」
 それからしばらく歩いた交差点で橘が聞いてきた。
尿意に迫られている彩香は早く家に帰りたいと思っていたが、考えてみれば学校の方が家よりも遙かに近い。
だったら学校でトイレを済ませてしまおうと思って、
「うん、ちょっと忘れ物あるし‥‥」
 と、適当な理由をつけてそう応えた。
すると橘は、こっちが近道だと言って大通りから住宅地の方へ足を進めだした。
早くトイレに行きたい彩香は、何も考えずにそれに従い、
(学校に着いたら‥誰にも会わないようにトイレ行こう。)
などと、急速に存在感を増してきた下腹部が気になって、頭の中ではそんなことばかりを考えていた。
「‥‥からさ。」
 橘がなにか話しかけていた事すら耳に入っていない。
「え??」
「だから、うちに寄っていかないかって。寒いからさ!」
(えええ〜〜!? うちに寄っていけってぇ〜っ!!?)
思ってもいなかった橘の言葉に、彩香は返す言葉が見つからなくてオロオロしてしまった。
橘の家がそこにある事すら知らなかった彩香である。
「さっ、ここだよ。なにか暖かい飲み物でも飲んで行けよ。」
 ドギマギしている彩香をよそに、橘は一軒の門扉の前で立ち止まって手招きした。
意識している男の子のうちに入る事、それは彩香にとっては限りなく嬉しい事ではあったが、まだつきあっている訳でもなく、やっと先ほどからしゃべり出したばかりのぎこちなさがあって、どうしても恥ずかしさの方が勝ってしまい、更に、追い打ちを掛けるように迫ってきている尿意が気になって、彩香はどうしていいか分からずにうろたえていた。
(おしっこしたいのに‥‥無理だよぉ‥‥)
 一気に緊張したためか、強い尿意の波が打ち寄せてきた彩香。
「ぁ‥でも‥ぁの‥わたし‥ぁの‥」
 どう言ってその場をやり過ごしたらいいのか分からない。
「さ、入れよ。オレさ、もう少し桜井と話をしてみたいんだ!」
 橘の優しそうな顔が彩香の目の前に近づいてきた。
出来ることならこの場から走り去りたい‥そうまで思った彩香であったが、目の前で手をさしのべられた為にそれも出来なくなり、もつれる足で促されるままに玄関に入り込んでいった。

 橘拓は両親と大学生の兄の4人暮らしで、両親は共に働いており、この時間はまだ帰宅しておらず、兄も不在であった。
アンティーク家具が揃った広いリビングに通されると、彩香は足の震えが止まらなくなり、それを隠すために、スカートの裾を揃えないままストンとソファーに腰を下ろした。
キョロキョロすることも出来ず、ピッタリと閉じた膝の上に通学カバンを置いて、じっとうつむいている彩香に、
「コーヒーがいい? それとも紅茶?」
 対面キッチンのカウンター越しに、橘がお湯を沸かしながら聞いてきた。
「あ‥‥こ紅茶‥‥」
 釣られるように応える彩香に、橘はなおも続けて言った。
「オレさ、桜井が副会長で良かったと思ってるんだ。」
「ん‥‥え!?」
 緊張と尿意で呼吸さえ苦しく感じられる彩香は、橘の言葉がよく聞こえていなかった。
やがて、暖かいミルクティーを並々と注いだ大きなマグカップをふたつ持って、橘が彩香の向かいに座り
「はいどうぞ。ティーバッグじゃないからうまいよ!」
 と、彩香にそれを薦めた。
体が冷えていた彩香は、それを飲んで暖まりたいと思ったが、それを打ち消すかのように、先ほどからの尿意はますます高まって来ており、これ以上水分補給をしたら大変なことになってしまう予感がして、なかなか口をつけられないでいた。
初めて橘の家に入った事、二人きりであることで緊張している事がそれに拍車を掛けていたようだ。
 浅いソファーに座っていることで、お腹に少し負担がかかっているのか、あるいは尿意が更に加速しているのか、どちらにしても彩香はおしっこが漏れそうな不安で一杯になっていた。
(おしっこしたい‥‥どうしよう‥‥おしっこ行きたい‥‥)
 頭の中はそればかりで、橘が話している言葉は全く耳に入っていない彩香。
うん‥うん‥と、空返事をすることしか出来なくなっていた。
「冷めないうちに飲んじゃいなよ!」
 その言葉に促されて、彩香はズッシリと重いマグカップを手に取った。
一口含むと、甘苦い心地よさが口の中に広がり、飲み込むとホワ〜ンと胃の周りが温かくなって、二口目を飲み込むと、それは体中に広がっていった。
「おいしい!」
 素直にそう表現した彩香。
それを聞いて橘は満足そうにニッコリと微笑んだ。
その笑顔がステキだと思う彩香であったが、加速度を増している尿意は治まることを知らず、橘との会話に邪魔をする。
(‥‥おしっこ‥どうしよぅ‥‥もうおしっこ行きたいよぉっ!)
 すでに時刻は午後4時を少し回っていて、彩香は8時間以上もトイレに行っていない事になる。
スカートの上からそっと触ってみると、これまでに経験したことが無いほど丸く大きく膨れ上がった膀胱の存在を感じた彩香。
(‥もう我慢できないかも‥知れないっ!)
直感ですでに限界が近いことを感じた彩香は、
(これ飲み終わったら‥‥イヤだけど‥トイレ借りよう‥‥)
 意識している橘に、トイレの事を伝えるのかかなり抵抗を感じたが、このときはそれを打ち消すほどの強い尿意になっていた。
 やがて大きなマグカップのミルクティーを飲み終わった彩香は、橘との会話の中でトイレのことを切り出すタイミングを待った。
しかしいくら待ってもその時はやってこない。
いや、切り出すチャンスはいくらでもあった。
お互いがまだ慣れきっていないせいか、時々会話がとぎれていた。 その時がチャンスであったのに、彩香はどうしてもそのチャンスを生かすことが出来ないでいたのである。
(やだ‥‥なんで言えないの‥もう漏れちゃいそうだよぉっ!)
橘が真ん前に座っているために、膝をすりあわせることも出来ず、彩香はグッとおしりに力を入れて尿意を堪えていた。
あまりに力を込めているためか、そのあたりはジーンと痺れたような、むずがゆいような感触を覚えていた。
(ハァ‥おしっこ‥漏れそうなのに‥言えないよぉっ!!)
彩香は徐々に気づき始めていた。
これまでは[いい子]であるために言えなかったそのことが、今は[恥ずかしくて]言えないのだと。
(‥‥恥ずかしいよぉ‥‥拓くんに‥トイレなんて‥‥)
 そう思うとまた胸の奥の方でツ〜ンと痛みが走り抜ける。
学校や公共の場ならまだなんとか言えたかも知れないが、意識している男の子の家の中であるという現実が、まだ幼なかった彩香の乙女心を一気に開花させ、恥じらいという感情が覆い被さってきていた。
(お願い‥‥もう帰りたいよぉ‥おしっこがしたいよぉ‥‥)
 いたずらに時間ばかりが過ぎていき、あまりに強い尿意に追い立てられて、彩香はめまいを起こしそうになっていた。
(そうだっ!ここから学校まで5分もかからないって言ってた!!)
 先ほど橘はそんなことを言っていたと思い出し、学校までならなんとか我慢出来るだろうと思った彩香は、橘拓の話がとぎれた時に意を決して、
「ぁ‥あの‥私そろそろ‥‥」
 と切り出した。
「ああ悪い。学校閉められちゃうな!」
橘はリビングの大きな時計に目をやって時間に気づき、引き留めて悪いと言いながら立ち上がった。
彩香も立ち上がろうとしたが、腹筋に力を入れるとおしっこが漏れ出しそうな恐怖を覚え、思わずソファーに手をついて体を起こした。
(!!)
 そんなつもりはないが、パンツが少し冷たく感じる。
彩香はあわてて、スカートを払う仕草をしながらおしりのあたりを触ってみた。
(漏らしてないよね。濡れてないよね!!?)
手に伝わる感触ではお漏らしした様子は感じられなかったが、それでも彩香は焦っていた。
女の子として、飲み終わった紅茶のカップを片付けたいと思ったが、今はそんな余裕すらない。
「じゃあオレ、校門までつきあうよ!」
橘はそう言って、先に玄関へと足を進めた。
(え〜、拓も来るのぉ‥‥)
 一緒にいたいという気持ちはあるが、今の状況ではひとりの方がいい。
「ぁ‥いいよ、私‥ひとりで‥」
 困惑しながらそう言う彩香に、
「だって桜井、道を知らないだろ!」
 橘は笑いながらそう言ってさっさと表に出てしまった。
よろめく足取りでその後を追う彩香。

 外に出ると辺りは少し薄暗くなりかけていた。
風は相変わらず吹き付けていて、暖かかった部屋から出たことで余計に寒さを感じてしまう。
その寒さと、はち切れそうにまで膨らんで、スカートを押し上げるほど大きく張りだした膀胱をかばうために、彩香は背中を伸ばすことが出来ない。
体をくの字に曲げたままで歩くしかなく、橘には「寒いよ!」を連呼してその仕草をごまかしていた。
(ハァ‥おしっこ‥漏れそう‥漏れそう‥)
 パンツが少し冷たくなっていることが呼び水となって、尿意をいっそう駆り立てて、もし橘といる時に我慢できなくなったらと、彩香は不安でならない。
(うしろ向かないでよぉっ!)
 彩香は右手に持つ通学カバンでお腹を隠し、左手はスカートのポケットに入れて、そっとおまたを押さえて歩くしかなかった。
途中何度も何度も強い尿意の波が彩香に襲いかかり、時には思わずしゃがみ込みそうになったりしたが、歯を食いしばるようにしてそれを乗り越えていた。
「ハァ‥ハァ‥」
 すぐそばに橘がいるが、彩香はどうしても荒くなる呼吸を押さえることが出来なくなっていた。

 中学校は彩香が想像していたよりも近く、大きな住宅の角を曲がると、すぐそこにグラウンド脇の裏門が見えた。
そこは授業中は閉鎖されているが、部活帰りの生徒が利用するこの時間は開放されている。
(よかったっ、もう学校だぁっ!!)
 その裏門が目に入った時、彩香は思わず歓喜の声を出しそうになってしまったが、それをグッと堪えて立ち止まった。
しかしその一瞬の気のゆるみで、下着の中に熱いモノが渦を巻くことになってしまった。
(ダメェッ、まだダメェッ!!!)
 これ以上無いほどの力を込める彩香。
かろうじてそれ以上のフライングは避けられたが、もうほとんど余裕がないことは彩香自身が認識していた。
振り向いた橘が、涙目になっている彩香を見てキョトンとした顔をしている。
「どうかした?」
「ぁ‥ううん‥ちょっと砂が‥目にはいっちゃった‥‥」
 あわててその場を取りつくろう彩香。
「拓‥ぁ橘くん‥ぁ‥き‥今日はありがとう‥」
 早くトイレに駆け込みたくてたまらない彩香は、門のそばまで来ると唐突にそう切り出した。
じっと立っていることが出来ず、どうしても体を揺すってしまうが、もうそれをごまかすほどの余裕も恥じらいもなくなっていた彩香である。
「ああ、なんとなく桜井の事が分かってきたようで、オレもよかったよ。」
 彩香が苦しんでいる事など知るよしもない橘は、ゆっくりとそんなことを言いながら、門の中をのぞき込んだ。
5時近くになっているせいか、グラウンドに部活をしている生徒の姿はない。
(はやくぅっ、早くもう帰ってよぉっ!!漏れそうなんだからぁっ!!)
 彩香は小刻みに足ふみをしながらその姿を見つめていたが、たまらなくなって、
「じゃ‥ぁ、私‥早く帰りたいから‥ここで‥」
 そう言って橘の横をすり抜けようとしたとき、
「おう、また明日な!」
 橘がそう言って彩香の肩をポンと軽く叩いた。
(ひっ!!!)
 そのほんのわずかな衝撃でさえ、今の彩香にはとてつもなく大きな刺激となってしまい、また少しパンツの中がジワッと暖かくなってしまった。
(やめてぇっ、もうほんとにダメなんだからぁっ!!)
 そう叫びたくなる気持ちを必死で堪え、彩香は
「うん、またね!」
 と、かろうじてそれだけ応えると、振り返ることも出来ずに門をくぐった。
おそらく橘は後ろ姿を見送っているであろう。
しかしもう彩香はそれどころではない。
(はやくトイレッ!!おしっこぉっ!!)
 すでに頭の中から橘の存在は消え去っていて、排泄の欲求だけに完全支配されてしまった彩香であった。
走って行きたいが走る事の衝撃には耐えられない。
そのことを充分に知っている彩香は、すり足するような小股で、ジャリジャリとグラウンドの砂を踏みつけながら歩いていった。
その音は静かになったグラウンドに、やけに大きく響いているように感じられた。
 そのグラウンドを横切り、やっとの事で校舎の玄関までたどり着いた彩香。
ここで上履きにはき替えなければならないが、彩香のシューズボックスは一番下段にあって、今はかがんで履き替える動作など出来るわけがなく、余裕すらない。
周囲の誰もいないことを確認すると、彩香はそのまま上がり込んだ。
目指すは数メートル先の女子トイレ。
 その廊下で部活帰りの男女数人とすれ違ったが、いつもの彩香のように素知らぬ顔でやり過ごし、やっとの思いで女子トイレのドアの前までたどり着く事が出来た彩香は、
(あぁ‥間に合ったあっ!!)
 と、まだ思ってはいけないのに安堵してしまった。
尿意を感じてから2時間以上も我慢していた彩香にとって、それは無理もない事ではあったが、その気のゆるみで、
[ジュゥ‥‥]
 と、自分にも聞こえるほどの音を出し、あれほど我慢を重ねてきたおしっこが下着にあふれ出してしまったのである。
(やんっまだだってばっ、やめてよバカァ!!)
 彩香は左手を直接スカートの中に入れ、カバンを持った右手でドアを押し開けながら中に入り込み、一番手前の和式便器に滑り込むようにして入って行った。
その間もおしっこはあふれ続け、すでに彩香の両足にも伝い落ちて白いハイソックスに染みこんでいた。
便器をまたいだ瞬間、まるでそれを待っていたかのようにおしっこは勢いをつけ、開いた彩香の足の間から一気に落下してバシャバシャと便器にたたきつけだした。
個室のドアを閉めながら、ロックすることも忘れてしゃがみ込む彩香。
もちろんパンツを下げる余裕などなく、かろうじてスカートをめくり上げる事だけは出来たが、しゃがんだことでおしっこは更に勢いを増し、下着の生地を突き抜けて、あるいはその隙間からと、幾重にも別れておしり全体に広がりながら便器にしぶいていった。
(はぁあ‥やっちゃったぁ‥‥)
 死ぬほど我慢を重ねていたおしっこは、彩香自身が呆れるほどいつまでも出続け、彩香は音消しの水を流すことも忘れてボー然としていた。
(あ‥でも‥なんか気持ちいい‥‥)
 朝食時の紅茶、昼食時のお茶と回し飲みした缶コーヒー、会議中のウーロン茶、155センチとさほど大きくない彩香の体にため込まれていたそれらが、一気に解放されて行く心地よさは、パンツの中で広がる気持ち悪さを上回るものがあり、彩香は不思議な感覚に包み込まれていた。

 やがてすべてが終わりに近づき、彩香はようやく冷静さを取り戻して、誰もトイレに来ないうちにと、大急ぎで後始末を始めた。
おしっこですっかり濡れてしまったパンツを脱ぎ去り、トイレットペーパーで何重にもくるんで汚物入れに捨て、何度も何度もおしりや太ももを拭き取った。
なにかヌルッとした感触を感じたが、彩香はそれをさほど気にすることもなく、スカートが濡れていないか確認すると、折り曲げているウエストを戻して膝まで降ろし、そっと個室を出た。
明るいところでもう一度確認してみたが、スカートに異常はなく、白いハイソックスに染みたおしっこもそれほど目立たないことがわかって、辺りは薄暗くなっているから安心だと彩香は思った。
 しかしスカートを長くしたとは言ってもノーパンだ。
彩香は妙に意識してしまって、両手をしっかりと体に沿わせて家路を急いだ。
(あ〜あ、拓くんひょっとして‥おしっこ我慢してたの気づいてたかなあ‥?)
 今さらながら思い出すと恥ずかしくなってしまう彩香。
(やだなあ‥あした‥顔を合わせにくいなぁ‥‥)
 かなり薄暗くなってしまった住宅街を、彩香は頬を赤くしながら家路へと急いで行った。
俗に言うネンネであった彩香が、一瞬にして乙女心を持ってしまった、そして恥じらいというモノを知ってしまった、その始まりの出来事であった。


つづく

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