MOTOKA 第13章




(ヤバイなあ、、どーしよう、トイレ行きたいのに、、)

 ちょうどあたしが幼稚園から小学校にあがる頃に、お母さんがよく言っていた事を思い出してしまった。
「あんたはトイレが近いんだから、小学校に入ったらこまめにトイレに行かなきゃだめよ。授業中はトイレに行けないんだから」って。
 そんな事はわかってるって、、、
 でも今日は何で油断しちゃったんだろう。最悪だ。

 バスはさっきからほとんど動いていない。
 麻依は右隣に座っている優里と話しながら、さっきからずっとおへその下のほうから強烈に発っせられている危険信号をキャッチしていた。
 バスの右側の窓からは黄金色の西日が入ってきていて、キラキラした空気が静かに漂っている。車内は静かで、ディーゼルエンジンの重たいアイドリングの音がガラガラと低く聞こえてくるだけだ。
 ちょうどまん中くらいの列の一番左側の窓際のシートに座っている麻依は、さっきから制服のスカートの下の太ももをきつく組んだまま優里とたわいのない話をしていた。
「ねえねえ、麻依の髪の色きれいだねえ。どこのお店にいってんの?」
「えっ、地元の美容室だよ。おかあさんといっしょんとこ」
「へー、いいなあー。わたしも麻依みたいに明るい色に染めたいんだけど、うちのお母さんうるさくってさあ」
 2泊3日で行われた秋季林間学校は好天に恵まれて無事終了した。いや、するはずだった。
 昨日は秋の紅葉がちょうど始まるなか、麻依たちの学校の宿泊施設のある東北の八幡平の山の中を1日かけてウォーキングをした。
 約8キロの山道を1日中歩いて、みんな結構へばっていたのに、夕べはクラスのほとんどが明け方まで夜更かしをしてお喋りをしていた。その結果帰りのバスの中ではスヤスヤと寝息を立てている生徒がほとんどだった。
 バスは東北自動車道からもうすぐ首都高に入るという所で、どうやら事故渋滞につかまってしまったらしい。
(ああー、困ったなあ、、、ガマン出来なくなったらどうしよー、、)
 麻依は心配で心臓が少しドキドキしていた。

「ああ、トイレ行きたくなってきちゃったよ、、、」
 優里と話していて、ポツリと口から出てきてしまった。
「えっ、だいじょうぶ?」
 優里は少しだけ目を丸くさせて心配そうに麻依の顔を覗き込んだ。
 バスは相変わらずほとんど進んでいない。
「あたしさあ、トイレ近いからさあ、、、」

 明るくてとっても活発、茶髪でちょっとハデだけどルックスもすごくいいし、クラスでも人気者で欠点なんてまるでないと思っていた麻衣の口から、あっけらかんとそんな言葉が出てきたので優里はちょっとドキッとしてしまった。
「ヤバイなあ、、お昼にお茶飲みすぎたかなあ、、、」
「麻依、さっきのパーキングエリアで爆睡してておトイレ行かなかったからねえ」
「だってあの時はただもう眠くて眠くて、、、記憶がないよ」
「そうだよ、わたし麻衣のこと起こしたんだよ。でも麻依ったらウーンって言ったっきり全然起きなかったんだから」
「ごめんごめん」
「でも、だいじょうぶ?」
「うーん、ホントはさっきからずっとガマンしてるんだけど、マジでけっこうキビシイ状況」
 はにかむような笑顔で小さく笑った麻依を見て、優里は全身の血流が早くなって体温が少し上昇した感じがした。麻依の短かめのスカートからのぞくスラリとした太ももは、きっちりと組み合わされている。
「実はさあ、わたしも普段おトイレ近いんだよ」
 優里は少しだけ顔を麻依の方に近づけて、小さな声で告白した。
「えっ、そーなの」
「うん、だって前は学校で休み時間ごとにけっこうおトイレ行ってたし」
「えっ、あたしもあたしも、そーいえばトイレでよく会ったよねえ」
「そーだねえ、そーいえば」
 バスはゆっくりと少し進んでは止まってを繰り返している。優里は通路の方に顔を出すとバスのフロントウインドウの方を見た。3車線の高速道路は乗用車やトラックがずっと先まで数珠つなぎにびっしりだった。
 まわりを見渡すと車内は相変わらず静まりかえっていて、優里たちのシートのまわりの生徒達は皆しあわせそうな寝息をたてている。
「ぜんぜん進まないね、、、」
 自分はさっきの休憩でトイレに行っていたので今は大丈夫だったけれど、まるで自分の事のように麻依の事が心配でドキドキしてきた。麻依は両足をギュッと組み合わせてつらそうに窓の外を見ている。
「麻依、、、だいじょうぶ?、、、」

 優里が心配そうにこっちを見ている。
 バスは当分進みそうもない。
 さっきから優里はずっとあたしの事を心配してくれている。優里とは特別に親しいわけではないけれど、こんな状況のあたしをマジで心配してくれているみたい。今トイレに行きたくて窮地に陥ってるあたしの事を心配してくれている世界で只一人の人間だ。けっこういい奴なんだなあ。なんだか優里に対して急激に親しみがわいてきてしまった。でも優里がどんなに心配してくれても、今あたしの膀胱にパンパンに溜まっているオシッコの量が減るわけではない。減るどころか、時間とともに少しずつ増えているにちがいない。このままだと大変な事になってしまう。膀胱のカラータイマーが点滅してきたよ。ウルトラマンならあと3分で死んじゃうんだろうか。あたしの膀胱はあと何分耐えられるんだろう、、、ああ、オシッコしたいよ、、、
 優里の前を通って通路に出て、一番前に座ってる先生に言ってバスを停めてもらおうか、、、
 今まん中の車線にいるバスを一番左側によせて停めてもらって、外でオシッコをさせてもらおう、、、
 でもどこにも隠れるところはないなあ、、、
 バスの中からもまわりの車からも見えてしまう、、、
 でもバスの中は皆ほとんど寝てるから、みんなに気付かれずにすむかなあ、、、
 この際、他の車から見られたってしょうがないか、どうせ赤の他人で、きっとこの先一生会う事のない人たちだろうから、、、
 旅の恥はかきすてって言葉もあるし、、、
 あっ、バスが動き出した。
 ゆっくりだけど進んでる。
 隣の車線も動いている。
 動くのはいいんだけど、わずかなバスの振動ですら強烈に膀胱に響いてくるよ、、、
 お願い、なんとかして、、、もう漏れちゃう。
 ここで漏らしちゃったらきっとあたしのオシッコはバスの床を伝わって前の席や後ろの席に流れて行くだろう。今はみんな寝てるから気がつかないかもしれないけど、あとで足元の床を流れてる黄色い液体の正体を知ったらみんなどうするだろう。やっぱり絶対にここで漏らすわけにはいかない。やっぱり先生に言ってこよう。
 こんな緊急事態は生まれて初めてだ。どうしよう。
 心臓の鼓動が早くなって、カラダが汗ばんできた。
 バスはゆっくりと進んでいる。
 このまま渋滞がゆるやかになっていくのだろうか、、、
 この先にサービスエリアってあるのかなあ、、、
 あったらそこで停まってもらえるだろうか、、、
 ああ、でももうこれ以上ガマン出来そうもない、、、
 ダメだ、ホントにもう出てきちゃう、、、
 どうしよう、、、

 麻依は必死でいろいろな事を考えた。どうすればこの危機を脱する事が出来るのだろうか。バスは少しずつだけれど進んでいる。けれども麻依の膀胱は明らかにもう限界状態で悲鳴をあげていた。さっきから何度も席を立って先生のところまで行こうと思ったけど、情けないけれど自分の中で最後のふんぎりがつかなかった。

 もしかしてこのまま少しずつオシッコを出したら、全部シートが吸いとってくれないだろうか、、、
 そうしたら、バス会社には悪いけど、誰にもバレずに楽になることが出来るかな、、、
 今までにオシッコが我慢出来なくて、トイレ以外の場所でしてしまった事は何度かあった。それは小学生の頃のハイキングの時の山の中だったり、友だちと遊んでいた公園の隅だったり、田舎のおばあちゃんの家の近くの小川のそばだったりだった。子供の頃はいつも母親に「あんたはトイレが近いんだから、こまめにトイレに行かなきゃだめよ」って言われていた記憶がある。そのせいか小学校に入ってからはだいたい休み時間ごとにトイレに行く事にしていたので、授業中にトイレに行きたくなることはほとんどなかった。
 体が細かく震えてきて、鳥肌がたってきた。もうダメだ。
 あたしのまわりで起きているのは優里だけだ。もうどうしようもなくなって、後ろからお尻の下に右手を差し込んで、下着の上からアソコの中に指を押し入れてオシッコの出口を強く押さえた。恥ずかしいけど、そうするしかなかった。
「麻依、だいじょうぶ、、、」
 優里の心配そうな顔。
「もうダメだ、、、ゴメン、ガマンできない、、、」
 もう限界だった。

 優里の顔を見ながら涙が出てきた。何でさっきのサービスエリアで起きなかったんだろう。せっかく優里が起こしてくれたのに。お昼にあんなにみんなとはしゃいでお茶を飲み過ぎるんじゃなかった。いつもはこまめにトイレに行くことにしてるのに、今日に限ってどうして忘れていたんだろう。このままお漏らしをしちゃったら学校に着いて、バスの中であたしがお漏らしをした事が他のクラスにもすぐに噂になっちゃうに違いない。そんなの嫌だ。優里、心配してくれてありがとう。優里のことは大好きだよ。
 涙が頬をつたってポトポトと落ちている。ただただ悲しかった。涙はたぶん制服の紺色のスカートの上に小さなシミをつくっているんだろう。このまま涙が流れ続ければ、あたしのカラダの中の水分はこれ以上膀胱に流れて行くことはないんだろうか。
 昨日の山歩きだって、何時間もトイレのない山道を歩かなきゃならないのはわかってたから朝からなるべく水分をとらないようにして、お昼のお弁当の時もなるべく水筒の中の麦茶を飲まないように気をつけてたから何とか無事に終わったのに。それなのに、何で今日に限って、、、

「ねえ、わたしもおトイレ近いからさあ、小6のときにね」

 優里が突然あたしの肩に手をかけて、押し殺したような声で言った。

「スキーに行ったとき高速の渋滞で我慢できなくなって車の中でコンビニの袋にしたことあるんだよ」

 右手でギュッと押さえているオシッコの出口がキュンとして背筋がブルっと震えてしまう。

「だからさあ、麻依我慢できなくなったらこれにしちゃいなよ」

 涙で滲んではっきりとわからないけど、優里が白いコンビニの袋のようなものを差し出している。

「これ、洗濯する下着とか入ってるけどかまわないからさあ」

 もうあたしの膀胱はとっくに限界を超えていて、右手で押さえているすきまから暖かいものが少しずつ滲み出てきちゃってるのがわかる。

「どうせ洗う物だからさ、それにこのほうが音がしないと思うし」

 優里の左手が、きつく組んでいるあたしの太ももの上に優しく添えられる。

「わたしなんかその時カラの袋にしちゃったから、すごい音がしちゃってさ、、、」

 ああ、もうだめだ、、出てきちゃってる、、、このままバスが爆発して、みんななくなっちゃえばいいのに、、、

 もう何がなんだかわからなくなって、あたしは泣きながら座席から腰を浮かせた。たぶんシートの上には滲み出たあたしのオシッコの跡がついているに違いない。優里があわてて袋を差し出してくれる。気がついたらあたしはシートの前の狭い隙間に中腰になってオシッコを漏らしてしまっていた。優里があたしの股間に白いコンビニの袋をピッタリとあてがってくれている。下着の中がオシッコで妙に暖かかった。あたしの右手はオシッコで濡れていたし、太ももにもオシッコが伝わっている感じがする。優里の手にもオシッコがついちゃってるんだろうか。パンパンに貯まっていたオシッコはすぐには終わらなかった。全部出てしまうと不思議と涙は止まったけれど、こんどは恥ずかしさで顔が真っ赤になってなってしまった。何度か大きく息をして下を見ると、床にも少しオシッコがこぼれていた。でもオシッコのほとんどは優里が手にしている袋の中に収まったみたいだ。恐る恐る周りを見渡してみる。バスの中は相変わらず静かで、後ろの方の座席で誰かの話し声がする以外はノロノロと進むバスのエンジンの唸る音だけが聞こえていた。あたしのとこから見える、通路の向こうのシートの二人はすやすやと眠っている。前のシートも後ろのシートも静かなままだ。もしかしたら誰にもバレなかったかもしれない。「ねえ、これちょっと持ってて」と優里が囁くように言って、持っていた袋をあたしに手渡して自分のリュックの中をゴソゴソとやっている。そんなオシッコのついた手でリュックをさわったらあたしのオシッコが優里のリュックについちゃうのに、と思って見ていると優里はタオルを取り出して自分の手を拭いて、今度は中腰のままのあたしの太ももを拭いてくれた。
「優里ありがとう、なんかお母さんみたい」
「ねえ、それ、パンツ脱いじゃいなよ、びしょびしょでしょ」
 確かに下着はオシッコでぐっしょりだった。もう一度反対側のシートの二人が眠ってるのを確認すると、手に持っている袋を優里に渡してあたしは中腰のまま下着を降ろした。どうせ汚れちゃったんだからいいや、と思って靴を履いたまま濡れた下着を片足づつ抜き取った。太ももやソックスや靴にオシッコが少しついてしまったけど、そんな事はもうどうでもいいと思った。「この中に入れちゃいなよ、どうせみんなオシッコまみれだし、ははは」と小さく笑って優里がコンビニの袋の口を開いて差し出してきた。中を見るとあたしのオシッコに浸かって黄色くなった優里の下着類が入っている。「えっ、いいの、、、」「うん、あとで一緒に洗っとくからさあ」優里がニコッとして言った。あたしはこの時ほんとうに優里の存在に感動してしまった。この人はなんて大きなひとなんだろう。自分が蟻のような小さな存在に思えて情けなかったけれど、それ以上に優里に対する親近感と勝手な愛情がカラダの中から湧いてきた。
 優里に渡されたタオルで濡れてしまったお尻をそっと拭いた。
「ねえ、音しなくてよかったね。みんなにはバレてないみたいよ」
 でもやっぱり恥ずかしかった。
「うん、ありがとう」
 小さな声で優里にお礼を言うと、オシッコが少ししみてしまった座席の上にタオルを敷いてその上に座った。
 制服のスカートを広げてタオルの上に直接ノーパンのお尻で座っていたので、タオルの感触が妙な気分でドキドキした。

 学校に着いて解散すると優里が声をかけてきた。
「ねえ、麻依、あしたとかヒマ?」
 明日は土曜日で学校は休みだ。特に何にも予定はなかった。
「うん、明日は何にもないけど」
「ねえねえ、ウチにあそびにこない?」
「えっ、うん、いいのー?」
 校門の手前で後ろから素香が駆けよってきて合流した。今年転入してきた素香は女のあたしから見てもホレボレしてしまうくらい魅力的だ。
 そういえば2学期になってから優里と素香は何だか仲がいい。いつも一緒に帰ってる気がする。ちょっと怪しい、、なんちゃって。
 3人でおしゃべりしながらあたしが最初に降りる新宿までいっしょに帰った。
 結局明日は優里の家に遊びに行く事にした。
 優里は素香もさそってたけど、素香は明日は家の用事があるみたいだった。

 山手線の中で笑っている優里のリュックの中に、あたしのオシッコに漬かった優里とあたしの下着が入ってるって思ったらすごく妙な感じがした。
 おまけにノーパンだったのでスースーしてすごく緊張した。

 なんだか今日は特別な日だ。


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