いづみ、大ピンチ




 5月のメールに書いた中学の友人Iちゃんの話です。
 (参照: 「記録室」2007.5.11)


 あたしの名前は柴田いづみ。中学3年生。世間では受験勉強で忙しいと思われてるけど、正直そういうのはどうでもいいんだ。親にもそんなに期待されてないっぽいし、楽に受けれそうなH高校でいいと思ってるんだよね。あたしは勉強より、オシャレとか友達とか恋の方が重要だもん。
ちょっと気がかりなのは、親友の那美(なみ)が志望校決めてないってこと。那美んちは親厳しいから、いいトコ受けなきゃいけないらしい。同じガッコは行けないけど、離れても仲良しだからまあいっか。
友達の中では那美が一番好き。こないだ本人にそう言ったら、「わたしもだよ」って言ってくれたよ。
そんな相思相愛(?)のあたし達だから、離れるのはホントは寂しいな。
残り少なくなってきた中学校生活、思い出たくさん作っとかないとね!

 今日、実はあたしにとって大事な大事な日なんだ。実は・・・
大好きな先輩、渡部直樹(わたべ なおき)くんの誕生日なんだよね。そんで、先輩の家まで行ってプレゼントを渡すことになってる。緊張で昨日の夜はなかなか眠れなかったんだ。
あたしは渡部先輩に、中1ん時からずっと片思いしてた。その時先輩は中3で、ガッコでこっそり先輩の姿を見られるのが楽しみだったんだ。背がとっても高くて、ちょっと細身で、見かけるといつも友達と笑ってる。本当にいつもにこにこしてて、その笑顔がもうサイコーなの。
渡部先輩が卒業して、うちらは中2になってクラス替えをした。そしたら、同じクラスになった文絵(ふみえ)っていう子の兄ちゃんが渡部先輩と同じH高校、しかも同じクラスって事が判明。
んで、文絵と仲良くしてたおかげで、文絵の兄ちゃんも交えて何度か遊べるまでになったんだ!
正直、あたしは文絵があんまり好きじゃない。ずーっとしゃべってばっかでうるさいし、お調子者っぽいんだよね。那美も文絵と仲良くしてるから、那美には文絵のこと悪く言えないけどさ。
 でもね、ここ1年の間に何度か会ってるけど、なっかなか進展しないんだな・・・
だいたいあたしが悪いんだ。誰にでも気軽に話せるあたしなのに、好きな人となると全く別人。
ドキドキ・・・おどおど・・・お前誰だよ!ってくらい挙動不審。
いつだって文絵が一人でしゃべくってる。んで、次の日決まって文絵に怒られる・・・ 「ちょっといづみ!いい加減自分から話さないと!こっちは気ーつかってずっとしゃべりっぱなしなんだからさあ・・・ほーんと普段のキミはどこに消えてんだか?まったく」
気つかわんくてもおしゃべりじゃん、アンタ。でもこの時ばかりは反論できない。
「ごめんねえ。今度こそ頑張るよ!だからまたよろしくね〜」
ってな感じでさ、いつも・・・
 渡部先輩が、あたしの事をどう思ってるのかは今だにわからない。会ってくれるってことは嫌われていないんだろうけど、先輩が直々に会おうって言ってくれてるわけじゃあない。
やっぱ中学生には興味ないのかな・・・優しいからとりあえず会ってくれるだけなのかな・・・
でもとにかく、あたしがもっとしっかりしないとね。だから今日は頑張る!
気合いが入ってるのはもう一つ理由があるの。なんと今日は2人っきりになるチャンスが!!
今日のシナリオ(大げさかな)は、まずあたしと文絵が渡部先輩の家に行く。先輩の家にはすでに文絵の兄ちゃんがいる。ちょっとワイワイしたところで、文絵が急にお腹が痛いと言い出して兄ちゃんが連れて帰る。あたしはおろおろしながらも帰りそびれる。そしたら・・・2人っきり。そこでプレゼントを渡して、その後は・・・どうなるんだろう・・・うひゃひゃ〜
あたしのことだから、会話も続かずにギクシャクしちゃうのかも・・・でも今回はそれは避けたいの!
じゃあ行ってくるよ、ファイトだ!

 夕方4時に、渡部先輩の家のそばの公園で文絵と待ち合わせ。あたしは白のフリルのブラウスに、黒のフレアミニと同じく黒のオーバーニーハイソックスを履き、これまた黒の薄いコートを着てきた。髪の毛は2つに結んでそれをおだんごにまとめ、白いリボンを巻いている。大人っぽい色をと思っても、あたしは背が低いから子供っぽいアイテムじゃないとどうもバランスがとれない。
服がちょっとでも汚れちゃ困るんで、ベンチやブランコには腰掛けずに立って待ってるんだけど、黙って立ってるとなんだかお腹に違和感が・・・どうしよう・・・あたし、家でオシャレに気を取られてて、トイレ入るの忘れてたよ。今はまだ大丈夫だけど、何時に帰れるかわかんないもんね。今のうちに公園のトイレ行こう、文絵が来る前に・・・
「おーーーい、いづみーーー!待ったかーーーい!」
文絵が大声で走って近づいてくる。もう来ちゃったか!てーか恥ずかしいから大声出すなっつーの。びっくりして一瞬おしっこが引っ込んだよ、いいけどさ。
とりあえずトイレに向けた足を、回れ右しよう。
「全然待ってないけどさ、そんな大声出さんくていいって!」
「はあはあ・・・うん、実はさ、はあ・・・渡部さんち行けなくなっちゃった、うちの父さん体調悪くてさ、店手伝わないと・・・母さんだけじゃ回んなくて・・・今兄ちゃんも手伝ってるから、あたしもすぐ帰らないと・・・これから忙しくなるしさ」
「えっおじさん大丈夫なの?じゃあ店抜けたらまずいじゃん!早く帰んなよ」
文絵の家は食堂をやってる。この地域は田舎だからお客さんあまり来なくて、家計厳しいんだってよく言ってたっけ。それでもこれからの時間は晩御飯だから、忙しくなるのは当然だ。早く帰って手伝わないとやばいっしょ・・・・・・
ん?そしたら、あたし一人ってこと・・・?うええっ??そりゃないぜ〜。
「ごめんね、ってゆーかさ、いづみの用事なんだし一人でもオッケーじゃない?頑張ってきてよ!あーそれにしても久々の全速力だったぁ。いづみんち電話したら出ないからさ、とりあえずここ来ないとなって思ってさ。じゃあ帰るね、明日結果報告だよ!」
「ま、待って、ちょっと待って!ねえちょっとだけ付き合えない?急に一人でって言われてもさ!心の準備が・・・5分でいいから、5分!おねがーい!」
「どっちみちいづみと渡部さんだけにする予定だったんだし、大丈夫だって!行きなよっ」
「お願い!お願い!!ちょっとだけ!こんなカッコじゃなかったらこの場で土下座してるよ!」
「そんな事言われてもねェ・・・」
「とりあえず玄関まででいいよ!ほんとにほんとにお願ーい!」
「うーん・・・仕方ないなあ・・・」
ほんとに悪いと思ってるけど、あたし急な展開には弱いんだよね。増して一人で渡部先輩の家に行くなんて、彼女でもないのに、いや彼女じゃないからこそ無理だもん。
あ・・・でも、おしっこしたいな・・・文絵引き止めてトイレ行く訳にいかないし・・・でもまだ大丈夫だろう、今日は予定変更でプレゼント渡すだけで帰るだろうし・・・これくらいの尿意なら平気さっ。よし。

 渡部先輩の家までは一分かかるかどうかっていう距離。しかし、あたしはこの短時間で急激に尿意が増していった。緊張のせいもあるけどね。
実はあたし、普段トイレに行く回数は少ないほう。そのせいかおしっこがしたいと感じた時点でけっこう量が溜まってるらしくて、それからはあまり長時間我慢することができないみたい。すぐトイレに行けば問題ないけど、一応女の子だもの、したいからってすぐできるとは限らないんだよね。ちなみに今日、最後にトイレ行ったのは昼休み。その後給食の紙パックの牛乳を飲み、家に帰ってからノドが乾いて缶ジュースを一本一気飲みして、緊張のせいかまだノドが乾く気がして、兄貴の買い置き缶コーヒーを一本盗んで飲んだ。尿意はなかったけど、出かける前にトイレに入るつもりだったの。それがあれこれ洋服やら髪やら・・・と時間をかけてたら忘れてしまった。
ああ、考えると余計おしっこしたくなっちゃうよ・・・
そうこうしてると先輩の家の前・・・2階建ての家が立ち並ぶ中で、平屋の真っ白いシンプルな造りの家。門や塀もなく、石畳が3つ敷かれすぐに玄関。あたしはドキドキして・・・

−ピンポ〜ン−

 あたしが落ち着く間もなく、文絵が思いっきりチャイムを押した。
「文絵っ!早いよ、まだ呼吸も整ってないのにっ」
「まあまあ。頑張ってよ、じゃあねぇーーー!」
と言い終わらないうちに、文絵は猛ダッシュで逃げていった。
「ええっ、ちょっ・・・ちょっとぉ・・・」
本当に自分の店が心配だったのか、気をきかせたつもりなのか、まあどっちも当てはまるけど。一瞬の事で固まってしまったあたしの前で、勢いよくドアが開いた。
「いらっしゃい、いづみちゃん一人なの?」
渡部先輩が目の前にいる。水色のシャツにジーンズ、初めて見る全くの普段着。だいたい家に来る事自体が初めてなのだから。文絵がダッシュで逃げたショックをまだ引きずりながら、
「は、はい、そうなんです・・・」
と何とか答えることができた。ドキドキというより、体中が心臓かと思うような鼓動を感じる。そうそう、今日の目的の物を・・・あたしはコートのポケットから、赤いリボンが巻かれた箱を取り出した。
プレゼントの中身は腕時計。お年玉を、これを買うためにほとんど使わないで貯めておいたんだ。気に入ってくれるといいんだけどな・・・
「あの、渡部先輩、おめでとうございます・・・こ、これ、お誕生日の・・・プレゼントなんですけど・・・も、もらって下さい・・・」
あたし多分、今ものすごい真っ赤な顔してるんだろうな。冗談抜きで顔から火が出そう。おまけにちゃんと喋れてないし。恥ずかしくて、うつむいたまま箱を先輩に差し出した。
「ああ、そうか・・・それで今日うちに来るって言ってたんだね。ありがとう!」
渡部先輩は受け取ってくれた。ちらっと顔を見ると、にこにこしていた。良かった・・・!
「いづみちゃんわざわざありがとね。入ってよ、何もないけど・・・」
入って・・・とは、家に入ってってこと!?ええっどうしよう!?
「・・・いづみちゃん?」
「はっ、はい、はい・・・えーと・・・いいんですか?」
「いいよ、誰も居なくて暇だし。もしかしてこれから何か用事ある?」
「いえっ、ないです・・・じゃ、じゃあお邪魔します・・・」
 思いがけず(いや、元々予定だったけど)家にお邪魔することになって、すごく嬉しいんだけど・・・だんだんお腹の重みが増して、あたしの大事な部分がキューンってしてきた・・・まずい。足踏みしたい・・・できれば、ちょっとだけ恥ずかしい押さえ方したい。
あたしは玄関で靴を脱ぎ、先輩に背を向けてしゃがんで靴を揃えた。その時一瞬だけ、スカートの上からぎゅっと押さえ込んだ。おしっこしたい・・・でも我慢しなきゃ。

 玄関のすぐ右側が渡部先輩の部屋。4畳半くらいなのか、机とベッドで部屋がいっぱいになってる。空いたスペースに小さいガラスのテーブルと、周りにクッションが3つ置いてある。
「適当に座って、狭いけど・・・麦茶しかないけど持ってくるから待っててね」
「はい、すみません・・・」
あたしはとりあえずドアのそばに座った。こんなときにおしっこがしたいなんて・・・あたしの出口はキュンキュンして辛くなってきたけど、正座してカカトで出口を押さえておいた。ちょっとの時間ならこれで大丈夫だろう。実際、ちょっと楽になったし。
 そういえば、渡部先輩と2度目のデート(文絵&兄ちゃん付きだけど)で映画見に行ったときも、かなりおしっこ我慢したよなあ・・・っても最後の30分くらいだったけど、あたしの席冷房の真下だったからすごい冷えたっけ。強烈な尿意で、こっそりジーンズの上から手で押さえてカバン置いて隠してたな。
文絵も冷えたみたいで、映画終わるなりトイレトイレ〜〜!って言ってあたしを引っ張って急いで駆け込んだけど、あたしも走りながらチビリそうだったよ。トイレの個室で足踏みしながら、ジーンズ下ろすの大変だったんだ・・・
「お待たせ・・・ってそんなとこに座ってんのー?ま、狭いしな・・・はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます・・・」
渡部先輩は麦茶が入ったコップをテーブルに置いた。麦茶を見るとまた尿意がこみ上げる。
「今健二から電話来たんだよ。おじさん具合悪いからみんなで店やらないと・・・って」
健二(けんじ)とは文絵の兄ちゃん。二人は同じクラスだけど、仲のいい友達はそれぞれ違うらしい。だから文絵もそれを分かってて、あまり頻繁にこうして遊べないんだ。
「あの、あたしも文絵から聞いてて・・・」
「なんだ、知ってたんだ!最初に言ってよー・・・って、言えないよね、ごめん」
「えっ・・・・・・?」
「いづみちゃんは、自分からしゃべれないもんね。俺そんなに怖いのかなあ?」
「い、いえ・・・どうして・・・?」
「いづみちゃんは気さくで、明るくてよくしゃべるって聞いてるからさ。そのうち慣れてくるかなって思ってたけど、もしかしたら俺が何か悪いのかもって・・・」
先輩・・・そんな風に思っててくれてたの・・・違うんだよ、あたしのこの性格が悪いのに・・・
「す、すみません・・・渡部先輩は、何も悪くないんです・・・」
「そっか・・・でも、もうそんなに緊張しなくてもいいんじゃない?毎回そんなんだったら疲れちゃうし。これからも、何度となく会うことになるんだし」
「えっ、これから・・・?」
「だってH高受けるんでしょ?そしたら今の何倍も顔あわせるんだよ!だから、早く俺に慣れなさい!って、この言い方おかしいよな!・・・ああそうだ、静かだよな、何か聴こうか」
渡部先輩は立ち上がって、ベッドの脇にあるステレオに向かった。
今の発言はどう解釈すればいいのか・・・少なくとも、嫌われてはいないようだ。そこは安心したけど、現在の不安はあたしの膀胱・・・渡部先輩があたしに背を向けて、あれこれ曲を選んでいる。その間ゆっくり太ももをすり合わせたり、お尻を動かしたりした。だんだん我慢が辛くなってくる・・・はあ、参ったな・・・おしっこしたいなぁ。
 その後、渡部先輩はあたしにいろいろと話してくれた。家族のこと、学校でどんな友達がいるか、担任が口うるさい爺さんで嫌になるとか、先週街に買い物に行った話やら、昨日見た夢の話まで、おかげであたしも楽しくて笑って過ごせてるんだけど・・・ちょっと気を抜くと、あたしのお腹にたくさん溜まっている液体の存在を痛感してしまう。牛乳、ジュース、コーヒー、全て集まってんだろうな・・・のどが渇いても、せっかく出してくれた麦茶に手を伸ばすことなど無理。これ以上、あたしのお腹に水分が入る余地なんてないよ。
 ふと、会話が止まった。あたしは何気に机の上に置いてある時計を見た。4時40分。4時に公園で尿意を感じてから40分も経ってる!あたしは、長時間おしっこを我慢できないはず。こないだの映画館での30分も辛かったのに、今日はどうなっちゃうんだろう・・・やばいって・・・・・・
おしっこが、出ちゃいそう・・・ダメ、ダメ!
力抜いたら、出ちゃうかも・・・ガマン、ガマン!
もしここで、出ちゃったら・・・・・・・・・・・・
出ちゃったら、恥ずかしくてもう二度と先輩に会えないよぅ!H高も受けるのイヤになっちゃう。だって、先輩がいるのもH高に決めた理由の一つなんだから・・・
ああ、ものすごくおしっこしたい!我慢してるの気づかれないように、少しずつお尻や太もも動かしてるけど、本当は思いっきりもじもじしたい!何よりもトイレに入りたい!
でも「トイレ貸してください」・・・なんて・・・言えないよ、絶対・・・・・・
2、3分の沈黙があって、突然渡部先輩があたしの肩に手を置いた。
「いづみちゃん、俺・・・・・・」
「はっ、はいっ!!」
あたしはすっごく驚いて、おしっこのことばかり考えてたのが一瞬ふっとんだ。渡部先輩はあたしをぎゅっと抱き寄せた。と同時に、あたしは尿意が蘇り全身に力を入れて堪えた。
「初めて見た時から、可愛いなって思ってたんだ・・・でも、まだ中学生だし告白していいのかどうかわかんなくて・・・健二から、いづみちゃんの気持ちは聞いてたんだけど、会った時の態度を見てたら嘘なんじゃないかって思ったりしてさ・・・でも今日来てくれて、ホント嬉しかった。俺はいづみちゃんが好きだけど・・・いづみちゃんの口から、ちゃんと気持ちを聞きたいんだ」
えっ、ホントなの?あたし、冗談抜きで目が回りそう。こんな形で、大好きな渡部先輩から告白受けるなんて!今日来て良かった、文絵いなくて結果オーライってやつだ。胸がいっぱいだよ・・・でも手放しで喜べないのは、胸だけじゃなく膀胱もいっぱいだから・・・あたしは我慢して我慢して、ぶるぶる震えてしまう。ああ、返事しなきゃ・・・・・・
「ごめん、そんなに震えるなんて思わなくて・・・驚かせてごめん!」
渡部先輩はあたしから離れた。ああっ、違うのに。抱きしめてくれて、今世界一幸せなはずなのに。よりによって自分のおしっこに邪魔されるなんてツイてないよ・・・でも、あたしも好きだって言わなきゃっ!今日という日は二度とないもん・・・
「あの、あの・・・えっと、びっくりして・・・でも、あたしも・・・・・・」
ああっ、こんな大事な時におしっこが漏れそうだよぅ・・・カカトでぎゅーっと押さえて!!
「先輩のこと・・・・・・」
おしっこの事は忘れて!・・・いや、それは出来ないみたい・・・
「ずっと、好きでした・・・」
言えた・・・!だけどついでに、トイレ行きたいことも言いたい・・・でも絶対無理!
「いづみちゃん、ありがとう。嬉しい・・・・・・思い出した、さっきの箱開けてもいい?」
そうだ、プレゼント渡したんだ。もちろん開けて見て欲しい。気に入ってくれるかどうか知りたいよ。
ああ、でももうあたし・・・限界だ・・・だめだ、もう帰ろう!
「じゃ、じゃあ、あたしが帰ってから開けて下さい・・・恥ずかしいんで・・・だから・・・そろそろ帰りますね・・・・・・」
早く帰ろう。じゃないと、本当におしっこ漏れちゃう。帰るといっても、ここからあたしの家までは歩いて30分かかる。家まで我慢できない、どこかでしちゃおう。あたしはなんとか立ち上がったけど、思ったよりお腹が重たくて真っ直ぐ立てない。前かがみで部屋のドアを開け、玄関に向かう。玄関の右側が渡部先輩の部屋で、左側がトイレだった。ご丁寧にドアに‘WC’と可愛らしいプレートが掛けてある。本当は今すぐ入って、思いっきり音たててして、スッキリしたいよぉ。
先輩が大好きなのに、今だけは一緒に居たくない・・・・・・
「いづみちゃん、ごめんね、ホント純情なんだな!いきなり抱きしめてちょっと軽かったよな。プレゼントも目の前で開けられたら恥ずかしいよなぁ・・・悪かった!送ってくよ!」
違う、違うの。先輩が思うほど、あたしは純情なんじゃないの。とにかくおしっこがしたいだけ。前かがみなだけでも恥ずかしいのに、本当は大事なところを手で押さえて、恥ずかしいカッコで我慢したいの。でも絶対見られたくないから、早くここを出たい・・・
「あの、一人で大丈夫だし・・・うち遠いし・・・えっと、友達の家も寄らないと・・・」
友達なんて嘘、寄りたいのはトイレ!あたしは手のひらにびっしょり汗をかきながら、なんとか靴を履いて、足をがくがくさせながらも頑張って顔を上げた。ああ、漏れそう・・・・・・
「先輩・・・お邪魔しました・・・それでは、また・・・」
「いや、こっちこそありがとう・・・っつーか、俺ホント軽くて悪かったよ・・・」
「ち、違います、あたしが・・・悪いから・・・お邪魔しましたっ!」
あたしが悪いから、なんて訳わかんない事を言いながらも深々と頭を下げ、逃げるように玄関を出た。
先輩が何か言ってたようだけど、ドアが閉まる音に消されてしまった。せっかく両思いだというのに、電話番号の交換もしてない。次いつ会えるのか約束もできてない。ただでさえ緊張するのに、そこに辛い尿意。それでもいつもよりしゃべれたあたしって、これだけでもすごいよ。
昼の牛乳は給食だからしょうがないとしても、なんで家でジュース飲んじゃったんだろう。なんでコーヒーまで飲んじゃったんだろう。っつーか、なんでトイレ行ってから家を出なかったんだろう・・・あたしはもう、お腹がはちきれそう。早く、早くトイレに・・・・・・

 あたしは、ドアが閉まる音を聞いてからすぐにコートのポケットに両手を突っ込み、左手だけをスカートの上から押さえつけ、出口を強く塞いだ。
ここから一番近いトイレは、さっき文絵と待ち合わせた公園。でも渡部先輩の家から丸見えだという事がわかった。先輩の部屋に入った時、窓から公園のトイレが丸見えだったの。さっき入ってたら、もしかしたら見られたかもしれない。そんな恥ずかしいことがなくて良かった、文絵が来たからそうならなくて済んだんだ。だから・・・ここのトイレは使えない。
そうだ、少し歩くとスーパーがあるよ。5分くらいで着くけど、大丈夫かな・・・・・・とにかく行かなくちゃ。もう少しの辛抱、スーパーのトイレでこの辛さから解放されるんだ!
でも、どんなに普通を装おうとしても、どうしても少し前かがみになっちゃう。そして左手でポケットの中から見えないように押さえて、お腹はもうパンパンで重たいし、すごく歩きにくい。
一歩進む度に、ジン・・・ジン・・・ってお腹の中に響いて、出口をしっかり押さえてても漏れそうになる。5分じゃ着かないかもしれない・・・・・・
こんなに、よく我慢できたなぁ。先輩の家じゃなかったら、とっくにおしっこしてるよ。
おしっこ・・・おしっこ・・・もう頭の中はおしっこの事ばかり。
はぁ、はぁ・・・頑張れ、もうちょっと・・・
やっぱり、歩き方おかしいかな・・・今、すれ違った車に乗ってたおじさん、あたしのこと見て何か言いたそうだった。おしっこ我慢してるって分かったかな・・・とりあえず、人通りの少ない道でよかったよ。それよりとにかくトイレ入りたい!
はぁ、はぁ、はぁ・・・スーパーが見えるよ、もうすぐだ・・・
今すれ違ったおばあちゃん、あたしのことじろじろ見てた。そうだよ、あたしおしっこ我慢してんだもん。もう、今にもプシャーって噴き出しそうなの。悪い!?こっちは必死なの!!
はぁっ・・・・・・・・・
  ジョワッ
あ、いやぁ!!ちょっと出ちゃった!だめだめ、これ以上出ないでっ!!
あたしは‘やや前かがみ’を‘かなり前かがみ’にして、立ち止まって全身の力を使って何とか止めた。押さえてる左手の指先の感覚が変になってる。麻痺してる?痺れてる?
出そうなおしっこを何とか落ち着かせ、あたしはゆっくり、慎重に歩きだす。大丈夫、だんだん近づいてるよ。あと少し、あと少しだから・・・・・・ほら、もう駐車場まで来た・・・・・・あとは、角を曲がって入り口に入るだけ。そしたらすぐトイレがあって、入ってしまえばもうそれでいいんだから。
今、何よりも恋しいトイレ。思いっきり、おしっこしたい!!
はぁっ・・・・・・・・・
  ジョワーッ
うわっっ!また出た!ああもうだめだ!!もう歩けない・・・もう限界・・・いや限界超えてるよ、漏れたんだもん・・・
 あたしは前かがみどころか、その場にしゃがんでしまった。カカトでぐりぐりと出口を押さえつけ、背中とワキの下にびっしょりと汗をかき、目には涙が溜まった。
どうしよう。立てないよ。このままお漏らししちゃうのかな・・・今スーパーから人が出てきたら・・・いや、スーパーに入る人もいるんだ・・・ああ、見られちゃう。おしっこ我慢して立てなくなって、必死でカカトをぐりぐり動かしてる恥ずかしい姿・・・やだよぉ・・・
こんな目に遭うなんて、普段文絵のこと良く思ってないのに渡部先輩のためだけに仲良くしてたから、罰が当たったのかもしれない・・・もしそうなら今謝っても遅いか・・・
とにかくおしっこ、おしっこ。おしっこしたい。このままじゃ全部漏れちゃう・・・・・・

「いづみ!どしたの?」
え、あたしのこと呼んだ?あたしはうつむいていた顔を上げると、那美が駆け寄ってくる。親友とはいえ道で偶然会うなんて、今まで経験がない。しかもこんな状態で。あたしはパンクしそうな膀胱の辛さはもちろん、そのせいで渡部先輩と気まずい別れ方をした心の痛みもあり、そんな時に那美の顔を見たとたん、涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
「う・・・うっ・・・ぐす・・・」
スーパーに人が出入りしている気配は感じてるけど、そんなことはもうどうでもよかった。でも那美は気にして、あたしの肩を抱いて移動させようとしてくれた。でもその瞬間、堪えてるおしっこがまた出そうになってとっさに叫んでしまった。
「いやっ!まって・・・」
「どしたの、とにかくちょっと移動しようよ。けっこう見られてるし・・・」
「わかってる・・・けど・・・ぐすっ、あたし、もうだめ・・・」
「何がだめなの・・・?」
「もぅ・・・出ちゃぅ・・・ぐすっ・・・ぉしっこ・・・・・・」
声を振り絞って、何とかあたしの状況を伝えた。もう本当にやばい。漏れそう。でもここで漏らして那美に迷惑をかける訳にはいかない。とにかくトイレに入りたい。でも立ち上がる自信がない。
「那美・・・連れてって・・・立たせて・・・・・・」
「うんうん、じゃ肩につかまってね。わたしも抱えてあげるね。いい?いくよ、せーのっ」
那美は左手であたしの背中を抱え、あたしは右手を那美の右肩にかけ、なるべく力が入らないようにして那美に任せて一緒に立った。
「大丈夫?ゆっくり行こうね」
「う、うん・・・くっ・・・はぁ・・・」
あたしはスカートの中に左手を入れてぎゅっと出口を押さえる。スカートが捲れてしまってパンツが見えてるかもしれないけど、もう構ってられない。そして一歩ずつゆっくり進み、やっと入り口にたどり着いた。普通なら10歩も歩けば入れる距離だけど、今のあたしにはとても長く感じた。店内に入る自動ドアの横にトイレがある。トイレのドアを見たら、猛烈な尿意が襲ってくる。耐え切れずまたもやジワッ・・・とおしっこが滲み出てきた。
「あっ、ああああ・・・」
あたしは那美から離れ、両手でスカートの中の可哀想な出口を押さえ、前かがみで腰を左右にくねらせた。何度もちびって濡れたパンツを触ってる手もやっぱり濡れてしまっている。すぐそこがトイレなんだから、これ以上漏れてほしくない・・・
ちょっと尿意の波がおさまり、顔を上げると那美が肩を抱いてくれた。そしてトイレのドアを開けてもらい、あたしは震えながらやっと到着。個室が二つあり、迷わず手前に入る。もどかしく片手でドアを閉め、反対の手で出口を押さえたまま和式便器を跨いだ。手を離すとパンツの中でじわじわとおしっこが出始めたので、すぐに中腰になってコートとスカートを捲くり上げ、素早くパンツを下げながらしゃがみ込んだ。あぁ、やっと思いっきり出せるっ!!
シャァー、ジョボジョボジョボジョボジョボ・・・・・・
あたしの大事な部分は押さえ過ぎか我慢し過ぎか、あまり感覚がない。でも噴き出すおしっこの音、便器の水溜りに注がれる音を聞きながら、あたしは力が抜けた。我慢して我慢してやっと出せたおしっこ・・・あぁぁ・・・幸せ!!
シャァー、ジョボジョボジョボジョボジョボ・・・・・・
すごい、まだ出てる・・・どんだけ溜まってたんだろう。こんなに出て大丈夫か!?
あれっ、あたし鍵かけてなかったんだ。まあいいや。あっそうだ、音消ししてない!いつも必ずしてるのに。今さら水流すのもおかしいかな?散々音たててたし・・・恥ずかしいなあ。
チョロチョロチョロ、チョロッ
ふぅ・・・・・・終わった・・・・・・何とかトイレでできて、良かったぁ・・・・・・
ん?トイレットペーパーがない!?恥ずかしいけど那美に頼もうか。
「那美〜!ペーパーがない!どっかにないかなぁ?」
「ええ?あはは、やだぁ!」
マヌケだなぁこんな事言って。那美も笑ってるし。こんなあたしにあきれてるかもね。
「どこにもないんだけどぉ。ずいぶん不親切なトイレだね?わたしも持ってないし買ってくる?」
トイレットペーパーがどこにもないとは、この店の人々は点検しないのか?あたしってツイてないなぁ!那美がわざわざ買いに行くなんて申し訳ない、ここは我慢しよう。
「いやいや、拭かなくても死にやしないし!帰ってシャワーすればいいよね、ははは」
笑い飛ばしてはみたものの、あたしの大事な部分に付いてる水滴は、お尻を揺らして振り落とせばいいけど・・・パンツがけっこう濡れてんだよなぁ。トイレに着くまでの3回のおチビリと、おしっこする直前にじわじわ出てたから・・・パンツ捨てて帰ろうか?いやでもこの純白パンツおニューなんだよな、レースたっぷりで可愛いし。もったいないし帰って洗えばいいか・・・
クロッチの部分がびっしょりだったので、パンツを脱いでしぼってみた。いくらしぼったものでも履けば冷たい。それにニオイとか大丈夫なのかな?もう帰るだけだからいいかな・・・
今気づいたけど、右のハイソックスのカカトも濡れている。しゃがんでカカトで押し付けた時におしっこ染みちゃったんだ・・・もうイヤになっちゃう。
とりあえず水を流して出て、手についてるおしっこを洗っちゃおう。うわ、でも歩きにくいわ・・・思いっきり不自然。気持ち悪くてどうしてもがに股になる!那美も見てるし、心配させないように明るくしてればいっか。このカッコはもう笑うしかないもんね。
「パンツびちょびちょ〜!ちょっとちびっちゃったんだよね実は。いやぁまいった!」
ちょっと・・・じゃないな、けっこうしちゃったんだけど。
「もーっ、さっきはすごく心配したんだから!おしっこしたくて泣くのは子供だよっ」
「うへっ!また那美に怒られた!我慢できないもんはしょーがないんだよぉ」
あたし達は笑った。

「また那美に怒られた!」って言ったけど、こんな理由がある。
おしっこ我慢のことを〔おしがま〕というらしい。那美はどういうわけか、あたしがおしがまな時に限ってそばにいる。まあ仲良しだからしょっちゅう一緒に居ればそんな事もあるのかもしれない。文絵には気づかれたことはないけど、那美はよくトイレに誘ってくれたりする。しかも那美は、あたしがギリギリでトイレに駆け込むと「そんなに我慢しちゃダメだよ!」とか説教する。あたしのお母さんじゃないんだから、もう。そんなに心配してくれなくてもいいんだけどな・・・でもまあ、おしがまするのって子供っぽいイメージあるし、いつも落ち着いてておしがまと無縁っぽい那美には、あたしが幼く見えてほっとけないのかも?普段からわがままでやりたい放題だし、どうせ背も小さいし・・・

 さて、辛いおしがまをしたその後どうしたかというと・・・
那美はスーパーに買い物に来たのに、何も買わずにあたしと店を出た。今までのいきさつが気になってたようで、あれこれ聞かれて細かく話した。話すうちに渡部先輩と気まずくなってしまった事を痛感して、那美と別れてから自己嫌悪になった。冷たいパンツが余計に悲しかった。
何日かたって、渡部先輩があたしの家に来た。軽率な行動を反省し、もし良ければ受験が終わってから正式に付き合ってほしいと言ってくれたんだ。もう駄目だと思ってたあたしは、もちろんOKした。告白された日の何倍も嬉しかった。だって、あの時は漏れそうなおしっこの事で頭がいっぱいだったもん。あれさえ無ければ、抱きしめられて心から嬉しかったのに。
もちろん、おしがまの件は内緒。恥ずかしいもんね。
だらだら中学校生活送ってたけど、おかげで受験頑張ろうって思えるようになった。
渡部先輩・・・じゃなくて直樹くん、ありがとう。
その前に、あの大ピンチを救ってくれた那美にお礼を言うべきだろうけど、日が経つと言えなくなってしまった。そしてまた、あたしがおしがましてトイレに駆け込んで怒られるんだ・・・
「もー、またそんなに我慢して!!」


おしまい。
 

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