修学旅行(前編)




 久しぶりに枕を並べて語り合っていた小原由衣と、姉の麻衣。
しゃべり疲れたのか、姉はいつの間にかスースーと寝息を立てていた。
 一方由衣は、姉の話に興奮した身体が冷め切らず、目が冴えてしまっていた。
薄明かりの中で姉の顔を眺めている由衣。
前髪が流れ、広くない額を出し、半開きの口で眠るその顔は、23歳よりも幼く見え、つくづく姉妹だなと思わせるほど由衣とよく似ていた。

 寝付かれない由衣が何度も寝返りを打つ。
姉の方に寝返りを打ったとき、その右手が姉の胸の上に乗ってしまった。
「ん・・・」
姉がかすかに声を出した。
由衣はとっさに手を引こうとしたが、ブラジャーを着けていないその感触に、いい知れない懐かしさのようなものを感じて、逆に小さな手で包み込むように指先に力を入れていった。
(やっぱりおねえちゃんの胸、私よりも大きいなあ・・・)
ゆっくりとさするように、由衣は姉の胸の感触を楽しんでいた。
「んー・・・」
姉の声が漏れる。
目を覚ました様子ではない。
夢の中で何かを感じているのであろうか。
由衣の手のひらに、先端部分が堅くなっていくのが感じてとれた。
(眠っていても感じるのかなあ・・・?)
さめかかっていた由衣の興奮が、また呼び戻されて来た。
ついついさすっている手に力が入り、
「ん~ん」
姉が由衣に背中を向けるように寝返りをしたために、胸に置いていた手が離れてしまった。
急にさびしくなった由衣の右手は、そのまま姉の腰からおしりへと移動し、やがて自分の太ももから股間へと移っていった。
パジャマの上から股間に手を入れる由衣。
(おしがま・・かぁ・・)
記憶の中にある由衣のおしがま経験。
強烈に残っている記憶としては、初デートや初エッチの時のことであるが、幼ない由衣は小学校6年あたりまで、出かけた先などの物陰で用を足していた記憶もあった。
中学3年になる頃に、人より遅い思春期を迎え、それを機に人前でトイレに行く事への恥ずかしさが芽生えてしまい、何度も小さなおしがま経験をしていた。
 小柄な体のせいか、普段トイレの近い由衣にとって、おしがまは辛いものであった。
(修学旅行の時もそうだったなあ・・・)
姉の背中にくっつくように体を寄せ、由衣は記憶をったどっていった。

※*・*※・※*・*※・※*・*※・※*・*※・※*・*※

 中学の修学旅行は京都、奈良であった。
通勤ラッシュを避けるためか、柏駅に早朝6時に集合させられて東京駅に向かった。
新幹線は2両が借り切りで、200人足らずの由衣たちにとっては、ゆったりとした空間であったが、それでもデッキにたむろしている男子生徒がいたりすると、由衣はついついトイレに行くのをためらって、他の女子が行く時に便乗したりしていた。
 やや蒸し暑い空気を感じる5月下旬の京都。
バスに分乗して、二条城、金閣寺、平安神宮と周り、鴨川のほとりのホテルに着いたとき、由衣は完全に疲れ切っていた。
金閣寺を出るあたりから、由衣は尿意を感じていた。
しかし休憩時間が少ない上に、トイレが少なく、由衣以外にも何人かの女子はトイレをあきらめていたようであった。
 平安神宮を出る頃、由衣は不安を感じるほどの尿意になっていたが、宿泊先のホテルまで15分ほどだと聞かされて、我慢していた。
やや蒸し暑い季節であったことが救いであったと言える。

 夕食後、班ごとに別れて繁華街の自由散策となった。
ただし、喫茶店、ゲームセンター、ファーストフードには入ってはいけないと注意がされていた。
 由衣の班は男女各4名であった。
女子は仲のいい者同士であったが、男子は抽選でくっつけられた者たちで、由衣にとってはどうでもいい存在であった。
それでも別行動をするわけにも行かず、連れだって歩いていると、一目で修学旅行とわかる集団と何組も出会った。
中には小学生の集団もいた。

 新京極のおみやげ店で、由衣たちはゆっくり買い物を楽しみたかったが、興味のない男子がしつこく「次行くぞっ!」とせきたてるので、女子から不満の声が出て、通りの真ん中で口げんかが始まった。
「おみやげ買うんだからゆっくり見させてよ!」
「みやげなんて明日でいいじゃねえか!」
「明日は奈良でしょ。京都のおみやげ買うの!」
「だったらはやくしろよ。」
「急がせないでよ!」
「おめえらがノロいんだよ!」

歩き疲れたこともあって、由衣の足は重くなっていた。
「ねえ、ちょっと疲れちゃった。休もうよ!」
リーダー格の祐子が声を掛けた。
いいタイミングであったので、由衣はホッとしていた。
新京極の中程に、小さな公園のようなスペースがある。
8人はそこで休憩することにした。
 昼間は少し蒸し暑い京都であったが、この時間になると気温が下がり、やや肌寒い風が吹いていた。
短めの制服のスカートに風が入り、コンクリートのベンチに腰掛けている由衣の体は冷えてきた。
(トイレ行きたいなあ・・・)
ホテルを出る前にトイレには行っていた。
しかし昼間の蒸し暑さでのどが渇いていた由衣は、ホテルに着いてすぐ350ccのジュースを飲み、夕食ではお茶を二杯も飲んでいた。
それらが今、由衣の小さな膀胱に集まってきたようだ。
集合時間まで、まだ40分ほどある。
そんなとき、
「ねえ由衣、トイレ行きたくない?」
磯部祐子が小声で言った。
どうやら祐子は、尿意のために休もうと言ったようだ。
「あ、うん、ちょっと行きたい。」
そう言った由衣であったが、『ちょっと』は『かなり』であった。
「私さあ、ホテル出るときから行きたくってさ・・・」
「え、1時間以上も前から?」
祐子は夕食後、家に電話をしていたために、集合時間に遅れそうになり、トイレに行けないまま出てきたという。
「大丈夫なの、まだ40分ほどあるよ。」
「うん、こまった・・・」
人ごとではなかった。
由衣もかなり尿意がつのってきている。
「マックとか入っちゃいけないんだよねぇ・・」
祐子がつぶやくように言った。
「うん、だめだって。」
「じゃあさ・・トイレってどこにあるの?」
「さあ・・・」
祐子はスカートの裾を引っ張り、膝をさすっていた。
繁華街はにぎわっていろんなお店が並んでいるが、トイレを借りられそうなところが思い浮かばない。
おみやげ店で借りるのは気が引けた。
「ぼちぼち行こうぜ!」
暇をもてあましている男子が言い、仕方なく立ち上がる祐子と由衣たち。
新京極の人混みの中を、あてもなく歩き出した。

「あ、由衣、トイレトイレ!!」
祐子が肩を叩きながら小声で言った。
「え?」
指さす方向を見ると、横道を入ったところに公衆トイレがある。
そこに、他の修学旅行生らしき女子数人が列を作っているようであった。
「どうする、行く?」
立ち止まって聞く祐子。
「うん・・でも時間かかりそうじゃない・・?」
由衣はそこを利用することに抵抗を感じた。
かなり広い道に面した公衆トイレ。
行き交う人の数も多く、あからさまにトイレに入るのが丸見え状態の環境であった。
いろんな意味で人目が気になる思春期の由衣には、そこを利用する勇気がなかった。
「うん、そうだけど・・・」
立ち止まっていたために、先を歩いていた男子に声を掛けられるふたり。
「磯部、小原、何やってんだよっ!?」
あとの女子二人も振り向いて、早くおいでと手招きしている。
「由衣、我慢出来るの?」
「ん・・なんとか・・・」
「じゃあこの際とことん我慢するかっ!?」
「とことん・・なんて・・私・・」
「開き直りよ。我慢への挑戦!」
「・・・」
元気そうな祐子に、由衣は圧倒されていた。

 四条通に出たところで、別の班の一団とクラス担任に出会った。
「おう、君たちもついておいで!」
担任が言うと、四条通を東に向かって歩き出す。
「先生、どこ行くの?」
「鴨川を歩くのだっ!」
「え、川を歩くの!?」
「バカ言え、河川敷だ。」
「なにかあるんですか?」
「何もない。アベックがいるだけだ。」
「アベック!?」
女子が全員笑い出した。
「なんだあ、何がおかしい?」
「だって・・アベックだってえ!」
「先生、ふる~い、今はカップルって言うんだよ!」
「ああ、そうか」
集団は笑いながら人混みを歩いていた。
(そんなところ行きたくないよ、早く帰りたい・・・)
由衣は落ち着かなかった。
もちろん祐子も目が泳いでいるようであった。
 途中、四条河原町の交差点でも別の班と合流し、集団は四条大橋のたもとから河川敷に降りていった。
河川敷にはたくさんのカップルが座り、寄り添うように川の流れを見つめている。
それは、誰かが決めたかのように等間隔で座っていて、不思議な光景に思えたが、もっと不思議だったのは、橋の上からそのカップルたちを眺めている人たちの多さであった。
みんなは口々に冷やかしの言葉を掛けていたが、なぜか小声であった。
川面に風が走り、かなり寒い。
時折強く吹き付ける風が女子のスカートを持ち上げた。
「キャーッ、エッチな風~!」
「おう、○○、見えたぞ!!」
「スケベッ!」
みな楽しそうに騒いでいるが、由衣はいよいよ困っていた。
(トイレ行きたいっ、おしっこ・・・)
川の流れが尿意を誘っているのか、河川敷に降りた時から、由衣の膀胱は悲鳴を上げだしたようだ。
スカートの裾を押さえるようにして、由衣は下腹部をさすっていた。
約20人ほどの中学生の集団が騒ぎながら河川敷を歩いている。
川沿いに立ち並ぶいろんなお店の窓から、由衣たちは見られていた。
(恥ずかしいよお・・・)
由衣はおみやげの袋を握りしめて皆について行くしかなかった。
祐子も同じで、いつしか二人はお互いの手を握り合って、無言で相手を励ますような気持ちになっていた。

「よーし、ここでしばらく休憩だ。」
担任が言った。
そこは三条大橋のすぐそばで、そこをあがると宿蓮先のホテルがある。
集合時間まで川を見つめて待っていろというものであった。
(やん、もう帰ろうよお・・・)
すぐそばがホテルであることを知った由衣はたまらない。
(トイレ行かせてほしい・・・)
祐子も何か訴えたいような表情をしていた。
「先生、トイレ行きた~い!」
「わたしも~!」
女子のだれかが言った。
思わず顔を見合わせる由衣と祐子。
「あと10分で集合だ。我慢しろ!」
笑いながら答える担任に、
「できな~い!」
「もう漏れる~!」
その女の子たちも冗談ぽく言っていた。
(なんだ、本気じゃなかったのか・・・)
かなりきつい我慢をしている由衣はがっかりしていた。
「先生、俺もションベンしてえ!」
「俺も~!」
男子たちも冗談を言い合っていた。
「由衣、大丈夫?」
祐子がそっと由衣の手を握り直して聞いた。
「ん・・きつい・・・」
「先生に言おうか!?」
「だって・・・恥ずかしいよ・・・」
「我慢出来るの?」
「・・・」
由衣に我慢できる自信はなかった。
しかしクラスメートのいる前でトイレを我慢していることを悟られる事への恥ずかしさが勝ってしまっていた。

かなり広い河川敷はコンクリートで舗装され、公園のようになっていた。
「◇◆、パンツ見えてるぞ!」
「見るなスケベっ!」
「体育座りすっからだろが!」
楽しそうにはしゃいでいる同級生が、遠くに感じる。
由衣は座ることも出来ずに、行ったり来たりを繰り返し、落ち着かない。
川面に流れる風はスカートを持ち上げ、足を冷やす。
「はぁ・・・」
由衣のため息が漏れた。
前屈みになり、膝の上に手を置いていた祐子が、
「私・・もうダメ。私先生に言う。」
そう言って由衣の手を取り歩き出した。
その勢いに由衣はついて行けない。
祐子の手が離れてしまった。
「由衣!」
立ち止まって振り向く祐子が心配そうに見つめる。
「大丈夫?」
「ん・・ゆっくりなら・・・」
「あ、ごめん。ゆっくり行こう。」
男子たちはふざけて追いかけっこをしている。
由衣はぶつからないようにヒヤヒヤしながら担任のそばまで来た。
数人の生徒が担任とふざけあっている。
「おう、小原。磯部、どうした?」
担任が気づいて声を掛けてくれた。
「あの、先生・・小原さん・・・私も・・・」
祐子はそこまで言うと、あとを耳打ちするように小声で言った。
それを聞いた担任は、腕時計に目をやって、
「そうか。よし先に帰れ。」
と言った。
「・・はい。」
祐子が少しうれしそうな表情で答えた。
「場所はわかるな?」
「・・・・」
「上にあがったらすぐに見えるからな!」
「はい。」
由衣は恥ずかしくてたまらないが、とにかく早くおしっこがしたい。
祐子に手を引かれるまま、石段の方にすり足で歩き出した。
「どうしたの?」
「どこ行くの?」
何人かに声を掛けられたが、由衣は答えられない。
周りに誰もいなければ、思い切り手で押さえていたい。
そんな状態の由衣と祐子であった。
石段をあがる途中で、強い風が吹き付けた。
「お~い、パンツ見えてるぞー!」
男子がはやし立てている。
前屈みで石段を登る由衣たちの格好は、ただでさえおしりが見えそうなほどになっていた。
そんなことはどうでもいい。
一段あがるたびに下腹部に重力がかかり、気が気ではなかった。

 三条大橋の袂にあがると、にわかに人通りが多くなり、二人の視界をさえぎった。
「キョロキョロと辺りを見回していると、
「由衣、あっこだ!」
祐子が指さした。
ななめ向かいに宿泊先のホテルが見える。
しかし道路を横断するには交差点まで行かなければならない。
それはかなり離れたところにあった。
(ええ、あっこまで歩くのぉ!??)
上にあがったらすぐに見えると言っていた担任の言葉は、ウソではなかったが、その言葉を期待していた由衣は、すぐにでもこの苦しさから解放されるという期待を持っていたので、交差点までの道のりが地獄のような距離に感じた。
「由衣、早く行こ!」
祐子に促されるように由衣は歩き出した。
(あん・・もう出ちゃうよぉ・・・)


つづく

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