小原由衣の姉・麻衣が大阪から帰ってきた。
由衣も実家に戻り、久しぶりに姉と再会した。
二つ違いの姉は、しばらく会わないうちに大人びた感じがして、由衣は少しとまどっていた。
夕食後、由衣が入浴していると、突然姉が入ってきた。
姉と一緒に入るのは何年ぶりのことだろう。
大人びた姉にハダカを見られることが恥ずかしい。
由衣が小さくなっていると、
「どうしたの、何を恥ずかしがってるのさ?」
麻衣が背中に抱きついてきて、回した手で由衣の胸を触りだした。
「ちょっ、おねえちゃんっ」
あわてた由衣は、ふりほどこうとしたが、麻衣はおもしろがって手を離そうとしない。
「なんだ由衣、ちっとも成長してないじゃない!」
「ほっ・・ほっといてよ!」
「ははあ、まだ彼氏もできてないな!」
「しつれいなっ、もう子供じゃないよ!」
「うそばっかり!」
「ほんとだよ。」
「へえ、どうだかね?」
「ほんとだって。ちゃんとつきあってるもん!」
「由衣・・ほんと?」
驚いた顔の麻衣である。
「・・うん。」
「へ~え、その胸でねえ・・・」
「な、なによお。」
「彼がかわいそうだよ、ちっちゃくて。」
「よけいなお世話っ!」
由衣と麻衣の、お湯のかけ合いが始まっていた。
そんな風呂場の騒ぎを聞きながら、ふたりの両親はほほえんでいた。
その夜、由衣と麻衣は何年ぶりかで、枕をならべて布団に入っていた。
姉・麻衣が大阪に就職して3年。
距離を感じていた二人が、ゆっくりと話せる時間であった。
「由衣さあ、ほんとに彼氏いるの?」
「うん、ほんとだよ。」
「そっか、由衣も大人になったんだねえ。」
「それってバカにしてない。もう21だよ、私。」
「ごめ~ん、だってねえ・・・」
「なによお!?」
「いつも私について回っていたあんたがねえ・・・」
麻衣は腕枕をしながら由衣を眺めていた。
しばらくして麻衣が
「由衣、あんたさあ・・・」
「ん?」
「初めてのデートどうだった?」
「ど・・どうってなにが?」
「ちゃんとトイレ行けた?」
「へっ!?」
由衣はドキッとした。
何かを姉に知られているのだろうか?
そう思えて固まっていると、
「ん・・私の事を思い出してさ。」
「ど・・ういうこと?」
おそるおそる聞く由衣であった。
「ん・・私ねえ・・・」
ゴクリとつばを飲み込む由衣。
「初めてのデートでさ、トイレ行けなくてさあ・・・」
麻衣が思い出すように語り出した。
※*・*※・※*・*※・※*・*※・※*・*※・※*・*※
そのころの麻衣はおとなしく控えめな性格であった。
特に目立つこともなく、男の子とつきあったこともなかったが、女子校2年の秋、演劇コンクールの会場で知り合った他校の男子と親しくなり、初めて異性とつきあう経験をした。何度か学校帰りに待ち合わせて、1~2時間の短いデートらしき事を繰り返していたある日、原宿に行ってみようと誘われた。
11月3日、やや肌寒い日、麻衣は初めての1日デートに、不安と期待で胸を躍らせ、目いっぱいおしゃれして出かけていった。
約束の時間よりも早めに駅に着き、先に二人分の乗車券を買って、彼が現れるのをウキウキしながら待っていた。
どんよりと曇っていた空が、電車に揺られているうちに晴れてきて、原宿駅に着いたころには、寒さも感じないぐらいの陽気になっていた。
表参道を歩き、キティーランドに入り、おしゃれなオープンカフェでお茶するカップルを眺め、いつしか時間が過ぎていき、ふと時計を見ると、午後の1時を回っていた。
「お腹すいたね!」
彼に促されるようにマックに入り、ビッグマックを大きな口でほおばる彼の顔に笑い転げて、時間の経つのも忘れていた。
(やだ、おしっこしたくなってきた・・・)
麻衣が自分の尿意に気がついたのはそのころだった。
ちょうど午後2時。
家を出てから5時間が過ぎていた。
女子校育ちの麻衣は、男の子の前でトイレに立った経験がない。
これまでの短いデートでもトイレに行ったことがない。
いつも学校でトイレを済ませてから待ち合わせており、それも短い時間であったので、尿意を感じたことはなかった。
今日のように、男の子と二人きりで長時間一緒にいるという事が始めてであり、麻衣は困った。
尿意を感じだしたものの、気が引けて「トイレ」という言葉を口に出すこととができなくなっていた。
(やだなあ・・どうしようかなあ・・・)
(なんか・・恥ずかしいなあ・・・)
麻衣が躊躇していると、
「渋谷まで歩ける?」
彼が顔をのぞき込むように聞いてきた。
「あ・・うん、平気。」
断る理由も見つからない。
麻衣はそのまま店を後にして、初めて手をつないで歩き出した。
時々彼の肘が胸に触れる。
痛いような切ないような、初めて味わう感覚に麻衣はとまどった。
先ほどまでの空に、また重い雲が張り出し、風が吹き付けてきた。
(寒くなってきたなあ・・・)
おしゃれして、普段は履かないミニスカート。
学校の制服もミニであるが、麻衣は比較的長い方であった。
素足に冷たい風が当たり、麻衣はふるえた。
歩きながら、麻衣は膀胱に溜まってきた邪魔者を忘れようと、あえて明るく振る舞っていた。
渋谷の街は原宿よりもにぎわっていて、109前は大混雑していた。
麻衣の知らないアーチストが、路上ライブをやっている。
「見ていく?」
「う・・ん・・」
人混みにもまれながらしばらくいたが、
(やっぱりトイレ行きたい!)
麻衣はここにきて焦りが出てきた。
普段、長時間トイレを我慢した経験がない麻衣。
友達と出かけても、女の子同士なので気兼ねなくトイレに行っていた。
男の子の前でトイレに行く事が、これほど気が引けることであるとは想像したこともなかった。
(トイレ行ってくるって言えばいいのかなあ?)
(でも・・トイレってどこにあるんだろう・・・?)
初めて来た渋谷。
もみくちゃな人混み。
男の子とふたりきり。。
麻衣はおちつかない。
(おしっこしたい!!)
じっと立っているのが辛い。
ソワソワと身体が動き、軽い足踏み状態になった。
「ねえ、疲れちゃった・・・。」
とにかくこの場を離れたくて、麻衣は言った。
「そうだね、ちょっと休もうか。」
彼はそう言うと、駅に向かって歩き出した。
(駅でトイレ行こう!カッコ悪くてもいいや!)
麻衣は心に決めた。
しかし渋谷駅は広い。
しかも混雑していてトイレの場所すら目に入らない。
(こまったなあ、どうしよう・・・)
キョロキョロしている麻衣に、
「喫茶店で休む?」
彼が聞いてきた。
「うん。」
麻衣は喫茶店のトイレを借りようと思って即答した。
それは麻衣の大きな誤算であった。
コンコースの隅にある小さな喫茶店。
運良く二人分の席は空いていたが、ここにはトイレが無かったのだ。
(え、やだ、トイレない!!!??)
目が泳いでいたのであろうか、彼が、
「どうかした?」
と聞いてきた。
「あ、ううん、ちょっと歩き疲れちゃって・・・」
「うん、そうだね、ここでゆっくり休んでいこう。」
「うん・・・」
オレンジジュースのストローを口に含むものの、麻衣は飲むことが出来なかった。
(この人、トイレに行きたくないのかなあ?)
(ああ・・おしっこしたい!!!)
(トイレの場所・・・聞けないよなあ・・・)
(どうしよう、いつまでガマンしたらいいの!?)
知らない大きな街で、トイレの場所もわからず、そのことを言うことも出来ずに、麻衣は足を組み換えたり、スカートの裾を引っ張たり、時々下腹部に手を持って行って、そっとお腹をさすったりして、無駄な時間だけを費やしていた。
どれぐらいの時間が過ぎたのであろう。
だんだんと下腹部の圧迫が強くなってきた。
4時近くになっている。
普段学校では2回ほどトイレを使う。
ちょうど学校にいる時と同じぐらいの時間を、麻衣は一度もトイレに行けないまま過ごしていることになる。
(みんなはどう言ってトイレに行くんだろう・・・?)
麻衣は同級生たちのデート話を思い出していたが、その会話の中にはトイレという単語が無かったなと思い、みんなガマンしていたのだろうかと不思議になった。
(ここを出たらトイレって言おう!)
そう決心したとき、
「やばいよ、雨が降ってる。」
彼に言われて外を見ると、雷までが鳴っているようであった。
「あ、ほんとだね、もう帰ろうよ。」
麻衣はいたたまれなくなってそう切り出した。
「そうしようか。」
彼がレシートを持って立ち上がった。
麻衣も立ち上がると、にわかに下腹部の重さが感じられて、あわててしまった。
スカートの裾を直すふりをしておなかを触ってみた。
(うそっ、もうパンパンになってる!!)
ベルトから下が膨らんでいる。
背筋を伸ばそうとすると尿意が強くなり、やや前屈みなってしまう麻衣。
会計をしてくれた彼にお礼を言うことも忘れ、麻衣はひたすら尿意と戦う事だけに神経を使うようになってしまった。
(え~と・・、トイレは・・・?)
歩き出す彼に手を引かれ、麻衣は引きずるように足を勧めた。
雨が降り出したことで、駅に流れる人の数が一気に増えてきた。
その人波に流されるように券売機に行き、柏駅までの切符を買うと、また流されるように改札に向かった。
「あ・・あのね・・・」
おずおずと声をかけた麻衣。
ちょうどその時、構内アナウンスが流れ、小さな麻衣の声はかき消され、先を急ぐ彼の耳には聞こえなかったようだ。
(ちょっとぉ、トイレ行きたい!)
何度も声に出しかかったが、行き交う人を避けるたびに打ち消されてしまっていた。
彼に連れられ改札をくぐり山手線ホームにあがると、すさまじい雷の音と共に、横殴りの雨が吹き込んできた。
「つめた~い!!」
思わず叫んで、麻衣は彼の影に入った。
素足に冷たい雨しぶきを感じ、麻衣の膀胱が刺激された。
(やばっ、漏れそうっ)
そこへ電車が入ってきた。
(あ、トイレ行きたいのにぃ!)
押されながら車内に入り込んだものの、彼とつないでいた手が離れてしまい、更に奥へと押し込まれて身動きが出来なくなってしまった。
身長が153センチ、決して背が高いとは言えない麻衣。
人垣に埋まって、彼の姿も見ることが出来ない。
(や・・やだ、押さないで!!)
麻衣は叫びたくなった。
パンパンに膨らんだ下腹部が圧迫される。
首から提げているポーチの中のコンパクトか財布か、固いものが麻衣の膀胱の上あたりを刺激する。
身をずらして避けたいが動けない。
(ああ、おなか痛くなってきた・・・)
電車が走り出し、ポイントで揺れるたびに下腹部へ圧力が強まった。
(やっ、たすけてっ、もれちゃう!!)
つかまるものもなく、人に埋もれた麻衣は、気が気ではない。
休日の夕刻、にわかに降り出した雨で、どの駅にも人があふれ、乗り降りの波にもまれながら、麻衣は歯を食いしばって耐えていた。
恵比寿駅で大勢の人が降り、ほっとしたのもつかの間、再び大勢の人が乗り込んできて、座席はじの手すりにつかまっていた麻衣を押さえつける。
(やあっ押さないで!!!)
電車が揺れるたびに、後ろからの圧力が加わる。
麻衣の両足は、手すりを挟むような格好になるまで押され、短いスカートはキュロットのように二つに割れ、当然のようにパンパンの下腹部も手すりに押さえつけられている。
押し返したいが、今よけいな力は出せない。
(たすけてっ!!)
カーブで減速した電車が大きく揺れた。
「あっ!」
バランスを崩した人たちの圧力が最大になったとき、麻衣の下腹部に違和感が走った。
ジュワ・・・
「やん!!」
思わず声が出てしまい、すぐ脇に座っている中年のおばさんが麻衣を見上げた。
恥ずかしさを取り繕う余裕はない。
麻衣は歯を思い切りかみ合わせ、しかめっ面でそれ以上の決壊を耐えた。
(やだやだ、少し漏れちゃったよお・・・)
手すりに挟まれた両足をすりあわせ、必死の形相の麻衣を、中年婦人は更に見つめていた。
すぐに下腹部が冷たくなっていく。
(どうしよう・・・どうしよう・・・)
はっきり言って、もう手で押さえていたい。そんな衝動に駆られている麻衣であったが、人目があってそれができない。
いくつかの駅がすぎ、何度も人混みが入れ替わり、はぐれていた彼もそばに来て、
「すごい人だな、大丈夫か?」
と、声をかけてくれたころ、麻衣の意識は違いところに行きかけていた。
普段なら、もう何度かトイレに行っている状態の麻衣。
おまけに外からおなかを押さえつけられ、ただただ精神力と羞恥心だけでこらえている極限の尿意。
蒸し暑い車内であるが、麻衣の額に浮かぶ汗は脂汗であった。
品川駅にさしかかり、大きくブレーキがかかった。
今度は後ろによろけそうになり、思わず足を一歩引いた途端、ジュワワ・・・
「ひっ!」
また暖かいものを下腹部に感じた。
(ああ。だめ~~~~~~!!!)
ブレーキによって、押さえつけられていた手すりに少し余裕が出来たことと、彼が支えてくれたことで麻衣は耐えられた。
が、冷えてくる感触が、もう次の決壊を呼び起こそうとしている。
(もうだめっ!)
品川駅に到着して、人が一気にホームに降りる。
麻衣も押されるようにホームに流された。
「小原、大丈夫か!?」
ドアの内側から彼が声を掛けた。
麻衣に余裕はない。
「・・・」
乗り込んできた人たちに押され、彼の姿が奥の方に移動する。
「小原、早く乗れ!」
彼が麻衣をせき立てる。
「ごめん、私・・ここで・・」
「え、なんだって!?」
「ごめん、用事があるの!!」
「え、なに言ってんだよ、ここ品川だぞ!」
「・・・」
「おい、小原!!」
人の頭越しに叫ぶ彼の声。
そのときドアが閉まった。
「・・・ごめん・・・」
走り出す電車を見送ることもなく、麻衣は小走りで階段に向かった。
(トイレッ!トイレッ!トイレッ!)
それがどこにあるのか知らない。
どこを走ったのかも覚えていない。
どんな格好で走ったのかも覚えていない。
とにかく麻衣はトイレを目指した。
(トイレッ!おしっこっ!おしっこさせてえっ!)
我に返ったとき、麻衣はトイレにしゃがんでいた。
心地よい開放感と、下腹部の鈍い痛みを感じながら・・・。
すべては無事に終わったように思えた。
が、麻衣は我に返ったことで、とてつもない不安に襲われていた。
(あ~あ・・パンツこんなにシミちゃってる・・・?)
無我夢中でトイレを探し、やっと見つけて飛び込んだ麻衣であったが、すこしずつ漏らしていたことで、パンツには大きなシミが広がっていた。
(どうしよう・・どうやって帰ろう・・・)
ペーパーで、何度も抜いてみたものの、湿った下着がすぐに乾くものではない。
(におい・・でないかなあ・・・?)
考えているうちに涙があふれてきた。
それと同時に、
(あの男、なんでトイレに行かないのよ!)
(なんでトイレって聞いてくれないのよ!)
(なんでこんな思いさせられるのよっ!)
彼に対する怒りに似た感情までもが吹き出してきた。
17歳の少女麻衣が、人目を気にしながら、オドオドした様子で柏駅に降り立ったのは、午後6時半を回っていた。
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泣きながら帰ってきた姉を、当時中3の由衣は覚えていた。
「ケンカしたの?」と聞いたことまで覚えている。
「あのときがそうだったの!?」
「うん、もう最悪だったよ。」
「パンツは履いて帰ってきたの?」
「当たり前じゃない。ミニだったんだよ。」
「気持ち悪かったでしょ?」
「言ってられないからね・・・」
「においが心配だったでしょ?」
「そうそう・・・」
「誰かに気づかれなかった?」
「さあ・・・どうだったんだろうね?。」
「悲惨なデートだったね。」
「うん・・・」
姉が体験したおしがまデート。
しかし半年後の4月、高校に入る直前の由衣が、同じようなおしがまデートをする事になるとは、このとき知るよしもなかった。
つづく