典子のエピソード(4)




 高校生になった典子は、隣の豊岡市まで列車通学をしていた。
1年があっという間に過ぎ去った春休み、典子は幼なじみのかおると一緒に、同じクラスの友達のうちへ遊びに行った。
その子は森田理絵といい、江原という所から通学していた。
ちょうど豊岡市を挟んで、典子たちとは反対側になる。
 朝早くに家を出て、いつも乗り降りする豊岡駅を素通りすると、そこで下車しない自分が、なぜか不思議な気分であった。
 特に遊びに行く場所があるわけでもない田舎町。
同じく江原から通う別の友達も加わって、4人は理絵のうちでおしゃべりしたり、ケーキを焼いたりして過ごしていた。
「夕食を食べて行ってね。」
理絵の母親が言った。
「あ、でもぉ・・・」
「いいでしょ。せっかくだから!」
理絵の母親はそう言いながら壁に貼ってあるJRの時刻表を見て、
「19時●○分の列車に乗れば帰れるわ!」
と勧めてくれ、典子とかおる、それにもう1人の友達は電話を借り、夕食をごちそうになってから帰るとことを自分たちの家族に告げた。
 江原は典子たちの地域と違い、スキー場などがある山の中である。
「おいしいお魚は食べ飽きているでしょうから、お肉にしましょう!」
家族と一緒だと気を遣うでしょうと、お座敷に用意された料理は、但馬牛を使ったしゃぶしゃぶであった。
典子は初めて食べる料理であった。
「おいしーっ!」
ごまだれのノドごしがたまらない。
にぎやかに食事をしていると理絵の父親が入ってきて、
「もう高校生だから、ちょっとぐらいなら飲んでもいいぞ!」
と、350ccの缶ビールを4本差し入れてくれた。
「かあさんにはナイショだからな!」
にこにこ微笑む父親の顔は、理絵の事がかわいくてたまらないと言った表情であった。
「飲んでもいいのかなあ?」
「いいんじゃない。」
「そうよね、飲もうか!?」
「うん、飲もう!」
好奇心もあって、4人の少女は
「カンパーイ!」
と、はしゃぎながら口にした。
典子は決しておいしいとは思わなかったが、雰囲気が楽しくて飲み干していた。
「にがぁい!」

 おなかいっぱいになり、列車の時間までくつろいでいると、
「理絵、英樹がみんなを駅まで送ってくれるって言ってるわ。」
理絵の母親が入ってきてそういった。
 理絵の兄は大阪の大学に行っているが、その兄が友だちと一緒に帰ってきて、今から車で香住(かすみ)の方へ夜釣りに出かけるという。
そのついでに典子たちを駅まで送ってくれると言うことであった。
 その兄たちが釣り道具の準備をしている間に、典子たちはトイレを済ませて、両親にお礼を言い玄関へ出た。
理絵の父親は晩酌をしていたのか、赤い顔で
「また来なさいよ。」
と、にこにこしながら見送ってくれた。
 理絵の兄は身長が180センチほどあって、アウトドアが似合いそうな好青年に見えた。
その友だちもかなりの美男子で、福山雅治によく似ていた。
美男子二人に何となく気恥ずかしい思いがあって、目を合わせられない典子は、そそくさと車の後部座席に乗り込んでうつむいていた。
 先にもうひとりの友だちを家まで送り、車は江原駅に向かった。
「何分の電車に乗るんだった?」
理絵の兄が聞く。
「えっと・・19時●○分です。」
かおるが答えた。
「うん、充分間に合うけど、どこまで帰るの?」
「はい、竹野です。」
「なんだ竹野か。じゃあ直接送ってあげるよ。」
「え、でも・・遠回りに・・?」
「いい、いい。急いでいる訳じゃないし。」
「ありがとうございます。」
理絵の兄とかおるのやりとりを聞きながら、典子もつられてお礼を言った。
 はじめ緊張していた典子も、理絵の兄とその友だちのノリの良い話に引き込まれ、やがて大きな声を出して笑うまでになっていった。
 豊岡の街を抜け、左に折れて国道178号線に入る。
京都府北部と鳥取県西部を結ぶこの国道も、豊岡を抜けると道も狭くなり、山間部を走る。
海水浴シーズンと冬のカニの時期は混み合うが、今の季節は地元の人しか通らないような寂しい道である。
 先程まで大きな声で笑っていたかおるが、江野トンネルにさしかかるあたりから静かになっていた。
何となくソワソワし、時々ため息のような呼吸をしている。
キョロキョロと窓の外を気にするかのように落ち着きがない。
やがて小刻みではあるが貧乏揺すりのように足も震えだした。
時折スカートの上からおなかをさすったりもしている。
(かおる・・トイレ行きたいんだ!)
暗い車内ではあるが、典子はすぐに気づいた。

 会話がいったんとぎれ、前の男性が二人で釣りの話をし出した。それを待っていたかのように、
「あのねテンコ、私・・その・・困ってるんだ・・」
かおるが典子に耳打ちした。
「うんわかってる。トイレでしょ?」
「あ・・わかった?」
「うん、急にソワソワしだしたから・・」
「さっきから急に行きたくなってさ・・」
「・・うん、実はね、私もなの。」
「テンコも!?」
「うん・・・」
人ごとではなく、典子も先ほどか強烈な尿意を感じ出していた。
理絵のうちを出るときにトイレを済ませたばかりだ。
あれからまだ40分ほどしか経っていないのに、急にわき起こってきた尿意。
「きっとビールのせいだよね。」
「うん、みたいよね。」
ヒソヒソと話すふたり。
「どこかでトイレに寄ってもらおうよ。」
かおるが言った。
「うん、でも・・・」
典子は知っていた。
父親に連れられて、何度もこの道を通っている典子。
国道とは言っても、往来が少ないこのあたりにはドライブインや喫茶店などなにもないのだ。
「テンコ、我慢できるの?」
かおるの声は少し震えているようでもあった。
聞かれるまでもなく、典子の膀胱もすでに許容量に達っしかけている。
典子は、ビールがこれほど急激な利尿作用を持っているとは知らなかった。
これまでに何度もおしがまを経験している典子でも、これほど短時間で膀胱がいっぱいになる我慢の経験はない。
「自信ないよ・・・。」
典子はつぶやくようにかおるに返した。
 まだ気心が知れていない男性二人と一緒にいることと、自由が利かない車の中という緊張が拍車を掛けているのかもしれない。
典子でもきつい我慢が、同じようにビールを飲んだかおるにとって、どれほどのものなのか想像もつかない。
暗くて顔色まではわからないが、かおるの額には脂汗がにじんでいるようにも見えた。
「テンコ・・どうしよう・・」
「うん・・」
トンネルを抜けて下り込みに入った道沿いは、民家ひとつない山の中だ。
こんなところで車を停めてもらっても、どうすることも出来ない。
「ここじゃあ・・・・もう少しがんばろうよ!」
「・・うん・・」
かおるは首をすくめるような仕草で答えた。

「おっと、次の信号を右折だったな!」
ハンドルを握る理絵の兄が言った。
しかしここを右折して県道に入っても、竹野川に沿って走るだけで、駅周辺までは民家もまばらにしかない。
「ねえ・・あと・・どれぐらいかかるの?」
かおるが典子に小声で聞いた。
「うん・・20分は・・かかると思う・・・」
「え・・だめ。私・・そんなに・・。」
かおるの声は震えている。
手はすでにスカートの上から前を押さえていた。
「お願いテンコ、どこかで停まってもらって!」
「え、うん・・でもなんて言うの・・?」
「・・・」
高校2年になろうとしている少女が、まだ知り合ったばかりのカッコいい男性に向かって、トイレに行きたいと告げるのはとても恥ずかしい。
まして車に乗る直前に済ませたばかりなのに、もう行きたくなってしまったことや、周辺にトイレはなく、どこかで隠れて用を足すことしか出来ないことが恥ずかしさに拍車を掛けて、典子はどうしても言い出せなかった。
(恥ずかしいよ・・けど・・おしっこ!)
どうしたらいいのかわからず、時間だけが無駄に過ぎていく。
飲み慣れないビールを飲んだ事による利尿作用で、あっという間にふくれあがった尿意は、もうあと5分ももたないであろう。
このままでは完全に車の中でお漏らししてしまう事はわかっている。
友達のお兄さんの前でそんな恥ずかしいことは絶対に出来ない。
それならいっそ車を停めてもらって、草むらか堤防に駆け込む方がましだ。
しかし都合よく体を隠せるようなところがあるだろうか。
どうしよう、どうしようと、思考能力が鈍った頭で考えている典子の体に、変化が起きてきた。
押さえている手に力を入れ、モゾモゾと動かしていると、またあの熱い感触がわき起こってきたのだ。
(え・・なんでこんな時に!!)
中学生の時、公会堂でおしっこを我慢していて、そのとき訳のわからない気持ちよさのような感覚を覚えてしまった典子。
それをきっかけに、わざとおしがまをして、その感触を密かに楽しんでいたことが何度もあった。
しかしまさかこんな非常事態にあっても、その感覚がわき起こってくるとは思いもしなかった典子。
誰にも知られていない事なのに、典子はひどく恥ずかしくなって、体を震わせていた。

 理絵の兄たちが話しかけているが、二人の少女は生返事を繰り返すだけで、分刻みで膨らみ続ける膀胱と必死で戦っていた。
「テンコ・・もうだめ!」
かおるが右手で典子の腕をつかんだ。
首をすくめ、うつむき加減になり、スカートにシワを作るほどきつく前を押さえているかおるの様子は、もうすでに我慢の限界を超えているのかもしれない。
典子の膀胱も、キリキリとした鈍い痛みを伴ってきており、これまでに無いほど大きく膨らみきっている。
「おねがい・・テンコ・・」
かおるは大きく体を揺すっていた。
(なんで私に言わせるのよぉ!)
典子は人任せにするかおるに腹立たしさも感じた。
しかし典子自身、もうこれ以上我慢できそうにないことを感じていた。
呼吸することさえ排尿感とつながっている。
まるでふたりをいじめているかのように、車は荒れた舗装の上を走っていた。
(もうだめ、ほんとにもう漏れちゃう・・)
典子がそう思ったとき、
「テンコッ出ちゃう!」
かおるがつかんでいる典子の腕にいっそうの力を入れ、両足を大きくバタつかせた。
もうここまでだ。そう思った典子は、
「あのぉ・・」
小さな声で前の男性二人に声を掛けた。
ほとんど聞き取れないようなその声は、かすれて震えている。
「あの・・ちょっとすみません・・」
「ん、どうした?」
理絵の兄が前を見つめたまま聞き返してきた。
「あの・・ちょっと・・停めてもらえますか?」
「気分でも悪くなったか?」
「あ、いえ・・あの・・」
典子はなかなかトイレという言葉を口に出来ない。
「ちょと・・その・・」
言い出しにくく、言葉に詰まっていると、腕をつかむかおるの手に力が入った。
「あ・・あの・・ちょっとトイレに・・その・・」
典子はそう言うと、恥ずかしくて暗い車内でうつむいてしまった。
「えっ、トイレ!?・・うーん、困ったな。」
理絵の兄が独り言のように言う。
それもそのはず、周りは右手が竹野川、左は畑が広がるだけで、身を隠せるような建物など見あたらない。
いくら暗い夜道とはいっても、いつ車が通るかもわからないのだ。
「もう少し我慢できるかい?」
「は・・」
「もう少し行ったらなにか建物があると思うよ。」
「あ・・はい・・大丈夫です。」
もうとても我慢できる状態ではないのに、典子はつい我慢することを承諾してしまった。
かおるが泣きそうな顔で典子をにらむ。
典子も泣きそうな顔でかおるに目配せした。
 橋を渡り、ゆったりとした右カーブで竹野川と離れて行った時、荒れたアスファルトの大きなくぼみで、車が大きくバウンドした。
「あっ」
かおるがひきつった顔で小さく叫んだ。
典子はかろうじて声こそ出さなかったが、今の衝撃で明らかに少し漏らしてしまった。
おそらくかるも衝撃に耐えられなかったに違いない。
ただでさえ必死で我慢し、手で押さえていることで、かろうじて堪えている状態の二人にとって、今のバウンドはとてつもなく大きな衝撃であった。
もうここまでだ。
そう決心し、
「あぁ・・ごめんなさい、もう我慢が・・」
典子は声に出した。
その声は泣き声になっていた。
同時にかおるも
「停めてください!!、私、もう・・」
と、うわずった声で言った。
二人の少女のただならない叫びに、理絵の兄は驚いた。
そして
「わかった。あそこまで我慢しなよ!」
と、励ますような口調で二人の少女に言った。
「え・・でもお・・」
少し漏らしたおしっこが冷たくなり、さらに次の尿意に襲われている典子は、もう恥ずかしいなどと言っている余裕がなく、シートに身を乗り出すようにして言った。
かおるはドアに身を預けるようにしてうずくまっている。
「ほら、あそこに・・」
左手前方にモービルのガソリンスタンドが見える。
とりあえずそこに停めると理絵の兄が言った。
「はやくっ、はやく!!!」
典子は男性二人に聞こえていることも気にせず、しきりにそう口走っていた。
 ガソリンスタンドは営業しておらず、明かりは消えていた。
ガランとした空間に、奥の方にある事務所と、営業用の小型トラックが1台停まっているだけのガソリンスタンド。
「ここでもいいかい?」
理絵の兄が言いながら車を停めた。
まだ停まりきっていないのに、かおるがドアを勢いよく開け、
「いやーん!」
と叫びながら飛び出すと、降ろされているチェーンを飛び越えて奥の方へ走り出した。
運転席側に座っていた典子は、お尻をずらしながら出なければならない。
押さえていることでせき止めている典子にとって、辛い動作であった。
 かおるに数秒遅れて飛び出す典子。
見ると前を走るかおるは、両手でスカートを持ち上げていて、薄雲から顔を出した月明かりに白い下着をさらしながら、軽トラックの方に走っている。
そして荷台の方からその陰に姿を消した。
遅れた典子が運転席側から回り込むと、壁との間が50センチほどのわずかな空間にしゃがみ込んで、かおるが勢いよくおしっこを始めていた。
ちょうどタイヤの陰になっている。
典子も足をバタつかせながら一気に下着を膝までズラし、かおると向かい合うようにしてしゃがむと、すでに堰を切っていた流れが、勢いよく地面にたたきつけだした。
あまりの勢いの良さに、アスファルトにしぶきがはね、ソックスや靴に飛び散っている。
かおるもまた激しくしぶきを上げ、月明かりに照らされてキラキラと光って見えていた。
はあはあと、かおるが大きく呼吸している。
典子もまた
「ふぅぅう・・間に合ったよぉ・・・」
と、ため息混じりで言っていた。
 向かい合ってしゃがんだ二人の距離は、わずか1メートル足らず。
勢いよく飛び出すおしっこの先が、地面に届く直前でぶつかり合って交差し、そこでもまたしぶきを上げていた。
軽トラックと壁に挟まれた狭い空間であるため、その音が反響して、およそ40秒ほどもの間、不思議な音色を響かせていたことなど、その時の二人には知るよしもなかった。

 トイレに行きたいと言えなくて、ずっと我慢していたことを初対面の男性に知られてしまった事。
トイレでないところで、身を隠しておしっこしてしまった事。
それらは年頃の典子にとって、とても恥ずかしかった。
さらに、用を済ませて車に戻るときのバツの悪さ。
 それでも理恵に兄たちは、そのことには何も触れず、何事もなかったかのように車を走らせてくれ、およそ15分でかおるのうち、さらに5分ほどで典子のうちまで送り届けてくれた。
 お礼を言っているところに典子の母親が出てきて、ぜひあがってもらえということになったが、二人の青年は「今度ゆっくりと!」と言い残して走っていった。
典子はテールランプが見えなくなるまで手を振って見送った。

 (英樹さんかあ・・・)
典子はその夜、今日の出来事が走馬灯のようにグルグル回って、なかなか寝付かれなかった。
そして、どうしても我慢できなかったおしっこのことがまた浮かんできて、恥ずかしさで体が熱くなり、ついつい足の間に手を入れて指を動かしてしまっていた。
 典子が高校2年になる直前の事であった。


つづく

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