典子のエピソード(2)




 下柳典子の家は、典子が小学1年の時、協会の勧めで民宿を始めた。
祖母と母親、それに近所の主婦で切り盛りし、公務員の父親は週末だけその手伝いをするようになった。
 幼い典子は、忙しく働く両親にかまってもらえず、時には寂しい思いもしていたが、4歳下の弟の面倒を見ながら、時にはお客さんへの配膳や部屋掃除、時には電話予約の応対まで手伝うようになり、徐々に人見知りをしない愛嬌のあるかわいい子として育っていき、常連客などからかわいがられるようになっていった。
この環境が、典子の世話好きな性格も形成していったようだ。

 典子が小学校5年の6月。
この日は遠足であった。
過疎とまではいかないまでも、年々児童数が減っている小さな町の小学校であったので、4年生以上約90名が一団となって出かけていった。
 行き先は玄武洞公園。
JRで玄武洞駅まで行き、渡し船で円山川を渡って玄武洞公園までやってきた。
 玄武洞は、およそ160万年前に起こった火山活動でマグマが冷えて固まる時に、玄武岩が規則正しくきれいな割れ目をつくりだしたもので、それが何万年もの間に日本海の波に洗われて姿を現し、人々がこの岩石を掘り出してしまったために洞になってしまったという、自然と人工が重なり合った美しい国の天然記念物である。
 典子たち一行は玄武洞の雄大な姿を見た後、玄武洞ミュージアムに入り、ビデオでその生い立ちなどを鑑賞した。
そのあと歩いて山に入り、長松寺という古い小さなお寺の庭で班ごとに分かれて昼食となった。
班というのは各学年2名ずつで構成され、上級生が下級生の面倒を見るという目的のものであった。
典子の班は6年生の男子2人。5年生の女子2人、それに4年生の男女各1人の構成あった。

 山陰地方の6月は蒸し暑い。
この日も梅雨時独特のどんよりとした日で、雲は重くたれ込めていた。
時おり吹くしめった風が、汗で肌に張り付いているシャツの中に入り、わずかな癒しとして感じられていた。
 汗をかくとノドも渇きやすい。
典子は持ってきた水筒をカラにしていた。
(食べ終わったらトイレ行こう・・・)
かなり汗をかいていたが、それ以上にお茶を飲んでいた典子は、玄武洞ミュージアムを出るときトイレに行っていなかったので、尿意を感じていた。
「かおるちゃん、小百合ちゃん、トイレ行こ!」
裏山へ探検に出かけるぞと言う男子たちを制して、典子は同級生のかおる、4年生の小百合に声をかけ、3人連れだってお寺の本堂脇にあるトイレに向かった。
 そこは木造の男女共同トイレで、男子用の便器の横にひとつだけ個室が備えられている粗末なものであった。
蒸し暑くて汗をかいているためか、玄武洞ミュージアムでトイレに行った者は少なかったが、学校を出てから4時間が過ぎている今、このトイレを利用する者は多く、女子ばかりが20人近く並んでいた。
男子たちは「女に横から覗かれる!」と言ってここを利用せず、近くの草むらですませているようであった。
「進まないねえ・・・」
典子の後ろでかおるがポツリと言った。
たったひとつしかない個室では時間がかかる。
遠足と言うことでスカートの子はおらず、みなジーンズやキュロット姿であり、なおさら時間がかかるようだ。
前に並ばせた4年生の小百合はオーバーオールの半ズボンである。
(この子も時間かかりそうだ・・・)
そうこうしているうちに、班の男子たちがしびれを切らせてやって来ると、
「おい、まだかよ!」
「早くしないと集合時間になるぞ!」
「あとにしろよぉ!」
口々にそう言ってせき立てた。
たしかにこのまま並んでいても、あと10分近くかかりそうだ。
それなら先に男子たちにつきあって探検し、集合の時にトイレに行った方がマシかもしれない。
さほど切迫した尿意ではない典子はそう思い、
「かおるちゃん、どうする?」
と、振り返って問いかけた。
かおるも同じことを考えていたようで、
「わたし、そんなにしたくないから後でもいいよ。」
と言った。
「じゃあそうしようか!」
典子は前にいる小百合の手を引いて列を離れ、男子たちと一緒に裏山へと向かった。
このとき典子は、小百合の曇った顔色を見ていなかった。

 本堂の裏山に入っていく6人。
6年生の猛夫という子がリーダー風を吹かせて、薮をかき分けて急な坂を登って行く。
「猛夫くーん、あんまり奥に行ったら集合の笛が聞こえなくなるよー!」
典子は額の汗をぬぐいながら声をかけた。
猛夫はかまわずに進んでいく。
汗のにおいに誘われてヤブ蚊が集まってくる中を、猛夫に追いつこうと必死で登っていくと、やがて小さな祠(ほこら)がある木立が開けた広場に出た。
ほかの班の子たち数人が先に来ており、男子たちは枝を折ってチャンバラのようなことをしながら気勢を上げていた。
猛夫たち男の子は早速その中に入っていき、暴れ出す。
 女子が集まっているところに行くと、開けた眼下に円山川や山陰本線の列車が見え、吹き上げてくる風が心地よく感じられた。
背中のリュックをおろしてその場に座り込んだ典子たち。
「あー、風が気持ちいい!」
典子はリュックを枕にするようにして、草の上に仰向けになった。
 ポツリ・・・
その典子の顔に、どんよりと曇った空から雨粒が降りかかった。
「え、雨!?」
手をかざしてみると、確かに雨が降り出している。
「やだねえ、雨だよ。」
起きあがって言う典子はそのとき、4年生の小百合が腰を振ったり足踏みしたりと、かなり落ち着きなくソワソワしているのに気がついた。
(え、小百合ちゃん・・?)
さきほどトイレの列から離れるとき、典子はかおるとだけ話をして、小百合には何も聞かなかった。
(しまった!、小百合ちゃんおしっこしたかったんだ!!)
そういえば小百合も玄武洞ミュージアムでトイレに行っていなかった。
典子もすでにかなり尿意を感じだしているのに、下級生の小百合が同じように我慢できるとは限らない。
典子はあわてて立ち上がり、
「小百合ちゃん、ひょっとしておしっこしたい?」
じっとしていない小百合の顔をのぞき込むように聞いてみた。
小百合は小さく
「うん・・おしっこ・・」
とつぶやいた。
「ごめんねえ、さっき・・何も聞かずに・・」
かおるもそばに寄ってきて、
「まだ我慢できる?」
と聞いた。
小百合は小さく首を振る。
「どこか・・そのあたりでしちゃう?」
典子の問いに小百合はまた首を振る。
ほかの班の子たちもいて、特に男子は所狭しと走り回っている。
木の陰に入ったところで、いつ男子が現れるか知れない。
まして小百合はオーバーオールの半ズボンである。
脱ぐのに手間取ってしまう。
「そっか・・こまったねえ・・」
あたりをキョロキョロ見渡しながら典子が言った。
「おしっこ・・・」
小百合が小さな声で言った。
「うん、じゃあ戻ろう。下のトイレまで我慢してね!」
典子は励ますように言った。
小百合は小さくうなずくだけであった。
 ポツリポツリと雨粒の数が増えてきている。
風もかなり湿り気を持ち、気温もやや下がってきているようだ。
「猛夫くーん、雨降りそうだから降りようよー!」
典子は走り回っている猛夫に大声で言った。
「まだ大丈夫だー。もうすこし待てよー!」
猛夫は典子たちが困っていることも知らずに、なおも走り回っている。
「もうっ!」
ここまで登ってくるのに10分ほどかかっていた。
今すぐに引き返しても、トイレにたどり着くには同じ時間がかかる。
小百合の様子ではそんなに我慢できないかも知れない。
それならいっそ女の子だけで先に降りて、もしダメなら途中の藪の中でさせてしまおう。
典子はそう考えて、
「じゃあ私たち、先に降りてるからねー!」
そう言って小百合のリュックを持ってやり、促すようにして歩き出した。
「おう、女どもは先に降りていろー!」
猛夫は威張ってそう叫んでいた。
その声につられてか、他の班の女子たちも後についてきた。

 登りよりも下りの方が体に加わる衝撃が強い。
さすがの典子にも、一歩一歩踏み出す衝撃が膀胱に伝わりだした。
すでに小百合はオーバーオールの半ズボンの前を左手でギュッと押さえながら歩いている。
(わー,私もほんとにおしっこしたくなってきたぁ。)
自分がこれほどの尿意を感じだした今、小百合はもっと強い尿意を堪えているのだと思うと、典子はトイレを無視して引っ張り出した無責任さと申し訳なさを痛感していた。
「小百合ちゃん、ごめんねえ・・・」
かおるに右手をひかれ、ヨチヨチと坂を下っていく小百合の後ろ姿に声をかける典子。
 雨が、次第に強くなってきた。
そのとき下の方から、集合を伝える笛が聞こえた。
おそらく降り出した雨を警戒して早めの集合になったのであろう。
上の方で騒いでいた男子たちにも笛が聞こえたのか、一瞬静かになり、二度目の笛が鳴った時、猛夫の「降りるぞー!」の大きな声が聞こえてきた。
その声が聞こえた時、突然小百合が立ち止まった。
そしてかおるとつないでいる手を離し、両手で前を押さえるようにして体をくの字に曲げてジタバタし始める。
「小百合ちゃん!!」
驚いた典子が顔をのぞき込むと、
「おしっこ!、もう出るっ!」
小百合は目に涙を浮かべながらそう言った。
「あ、うんわかった。じゃあここでしようね。」
典子は辺りを見回して、すぐ横の藪の中に小百合を連れて行こうとした。
「どうしたの?」
後からついてきた女子たちが追いついてきて、藪に入ろうとしている典子たちに声をかけてきた。
「あ・・うんちょっとね・・」
典子ははっきりと言うことをためらった。
「さゆり、おしっこするの?」
小百合のクラスメイトの子が言った。
誰が見てもわかるほど、小百合は体を揺らしている。
その問いかけをきっかけに、
「あ、私もおしっこしたいぃ!」
「うん、わたしも我慢してるのー!」
何人かの子が次々と尿意を訴えだした。
やはりトイレを後回しにしていた子が多かったようだ。
「あ・・あ、じゃあみんなでやっちゃおうか!」
典子はそういうと、その子たちを藪の方へ招き入れた。
「かおる、お願い!」
まだ余裕がありそうなかおるに、小百合のリュックを手渡す典子。
「早くしなよ、すぐ男子が降りてくるよ!」
6年生が言う。
姿こそ見えないが、確かにすぐそばまで男子が降りてきている声が聞こえる。
「見張っててあげるから早くね!」
おしっこをしない女子何人かが、典子たちが入り込んだ藪に壁を作るようにして並んで立ってくれた。
とはいっても大きな木があるわけでもなく、陰に隠れてお尻を出すところなどない。
もし男子たちが追いついてきたら、その姿を見られてしまい、思い切り冷やかされるであろう。
典子は焦っていた。
 女の子たちは銘々に距離を置いて薮をかき分け、しゃがむスペースを作り出して、早い子はすでにジーンズを下ろしかかっていた。
ふと見ると、真っ先に薮に入ったはずの小百合が、大きく足をばたつかせながら泣いている。
「小百合ちゃんどうしたのっ?」
典子が駆け寄ると
「ボタンー!」
泣きながら小百合が言う。
オーバーオールの生地が汗と雨で濡れて固くなってしまい、胸のボタンがはずせないようだ。
見るとボタンホールがいびつになっていて、そこにボタンが食い込んでしまっている。
リュックを背負っていたために引っ張られてそうなってしまったのであろう。
「おねえちゃんがやったげる。もうちょっと我慢して!」
典子はボタンをはずそうとするが、小百合がガクガクふるえるように動くためにうまくいかない。
「小百合ちゃん、ちょっとだけじっとして!」
そうは言っても、小百合の動きは止まらなかった。
「もうおしっこ出るぅ!」
「ダメ、もうちょっと我慢して!」
「もう出るぅ!」
「ほら、片方はずれたから!」
「あーん・・」
「ほら、こっちもはずれた。早く!」
典子は小百合のオーバーオールを勢いよく引き下げてやった。
同時にしゃがみ込んだ小百合。
「待って!、パンツ!!」
典子が言ったとき、小百合はパンツのまま勢いよく音を立てていた。
(あーっ、やっちゃったよぉ!)
かなり前から尿意を堪えていた4年生の小百合。
本当のギリギリまで我慢していた小百合にとって、下着をおろす余裕すら奪うほど、オーバーオールは酷な服であった。
 雨の勢いが強くなってきた。
すでに何人かの子はおしっこが終わり立ち上がっている。
「男子が来たよー!!」
かおるの声。
典子の足下では、小百合がまだ勢いよくおしっこをしている。
「ダメッ、みんな隠してあげて!」
典子の一声で、すでにおしっこが終わっている子が数人、小百合を取り囲んだ。
「なにやってんだぁお前らぁ!?」
先頭を降りてきた猛夫の声がする。
「なんでもないよ。先に行って!」
かおるたちが追い払おうとしている。
「あー、お前らそこでションベンしてただろう!」
「してないよ。先に行って!」
「奥の方にいる奴らだよ。何してるんだ?」
「いいから先に行きなよっ!」
6年の女子が怒って言うと、
「おーい、女どもがションベンしてるぞー!」
猛夫は後に続く男子たちに向かって大きな声で言った。
「あんた、いい加減にしなよねっ!」
別の6年女子が猛夫に向かって怒鳴った。
「なんだとぉ、えらそうに!」
「なによぉ!」
「おまえ、女のくせに生意気だぞ!」
「なによぉ!」
言い合いが続いている頃、ようやく小百合のおしっこは終わった。
(でも・・どうしよう・・・?)
パンツをはいたままおしっこをしてしまった小百合。
そのままズボンを上げるわけにもいかない。
かといってパンツを脱がそうにも、かさばったオーバーオールではそれもままならない。
猛夫たちがおもしろがってそばに寄ってくる可能性もある。
ことの重大さに気づいてか、小百合はしゃがんだままシクシクと泣き出した。
(あっそうだ!!)
典子は背中のリュックをおろすと、その中をまさぐった。
取り出したのは小さなハサミ。
「小百合ちゃん、パンツ切っちゃうけど、いいよね!?」
典子はそういって小百合の横にかがんだ。
「えー、パンツ切るのぉ!?」
「かわいそうだよ。」
「でもそれしかないよね。」
「そうだよ。濡れたままよりましだよ。」
「うん、そうかもね。」
みんながひそひそと話す中、典子は小百合にお尻を少し上げるように言った。
パンツをずらすためである。
しかし放心状態のようになっている小百合はうまく動けない。
仕方なく典子はパンツをずらすのを手伝った。
しゃがんでいる状態でパンツをずらすのはけっこう難しい。
脇側のゴムを思い切り伸ばして、そこにハサミを入れる典子。
パンツの両サイドを切ってしまおうとしているのだ。
しかし汗と雨で濡れたパンツは、小さなハサミではうまく切れない。
何度か繰り返していると、やがてパチンと音がしてゴムが切れた。
そのまま一気に生地を切り裂き、足側のゴムも切り込んだ。
そして反対側も同じように切り裂いて、小百合のパンツはお股のところだけを残す布きれとなって小百合の体から離れた。
「さ、早く拭いちゃってっ!」
典子はリュックからタオルを取り出して小百合に手渡した。
小百合は黙ったままお尻を拭き、ゆっくりと立ち上がると、クラスメイトの子が急いでオーバーオールを引き上げてくれた。
典子は小百合の濡れたパンツをタオルでくるみ、自分のリュックにしまい込むと、
「お母さんには私から謝ってあげるからね!」
と言って小百合の肩をたたいた。
「うん、おねえちゃんありがとう・・」
小百合はしゃくり上げながらも、しっかりとお礼を言っていた。
 雨がさらに激しさを増してきた。
猛夫たちと言い合っていた6年女子も、小百合が無事におしっこできたことを悟って、
「こんなばか相手にしないで行こう!」
と、女子だけ固まって走り出した。
「おい、お前らゴミ捨てるなよな!」
猛夫の声に振り返ると、先ほど何人かがおしっこしていたあたりに、転々とティッシュが濡れて散らばっている。
何となく情けない感じを持ちながら、典子は我に返りだした。
小百合の世話で自分自身がおしっこできていない。
(困ったなあ、すごくおしっこしたい!)
小走りで坂を下ると、先ほどよりも強い尿意が膀胱に響きだした。
(早く戻ってトイレ行きたい!)

 あと少しで本堂だというあたりまで戻ってくると、まるで夕立のように雨が激しく降り出した。
ほとんどびしょ濡れになりながら走っていくと、お墓の入り口に水やお花を用意する小屋が見えた。
誰が言うでもなく、典子たちは全員その小屋に向かって走った。
小屋と言っても6畳ほどのスペースに、4本の柱と屋根だけがある小さなもので、リュックを背負った20人ほどの男女が雨をしのぐには狭かった。
「ひゃー、ひっでぇ降りだなあ・・・」
猛夫が濡れた髪の毛をかき上げながら言った。
足の遅い4年生の女の子が、屋根に入りきれずに濡れている。
「もっとこっちにおいで!」
典子は半身になって自分のスペースを開け、その子をいれてやった。
 激しく地面にたたきつける雨は、典子たちの足下までしぶきを運ぶ。
風も強くなり、横殴りの雨も入ってきた。
濡れた服と濡れた足下。
典子の体温はぐんぐんと下がっていき、我慢しているおしっこが吹き出しそうになってきた。
(困ったなあ・・どうしよう・・おしっこしたいなあ・・)
見上げる空は、これでもかと言うほど黒い雲に覆われていて、この雨が当分やみそうにないことを告げていた。
(ああ・・おしっこしたい・・・)
髪から垂れるしずくをぬぐいながら、典子は落ち着きなく体を震わせていた。
「どうしよう、先生に雨宿りしていること知らせないとね。」
6年の女の子が言った。
「へへん、先公もそれぐらいわかってるさ!」
猛夫が言う。
「心配してるかも知れないじゃない!」
女子がさらに言うと、
「うるせい!、だったらおまえが知らせに行ってこいよ!」
猛夫が突っかかっていった。
そんなやりとりをしている上級生を横目で見ながら、典子はしきりに膝をすりあわせていた。
(おしっこしたい・・我慢できないよぉ・・・)

 典子は今朝、遠足に出かけることがうれしくて、いつもよりも早い時間に目覚めていた。
トイレから出たところへジョギングから帰って来た父親が、
「典子、冷たいコーヒー飲むか?」
と。飲み差しの缶コーヒーを差し出した。
湿度が高い朝に、それは典子にとって心地よくのどを通っていった。
 遠足のお弁当を母親と一緒に作り、朝食でみそ汁をすすった。
漬物がいつもになく塩からく感じられ、典子はお茶を2杯飲んでいた。
仕事に出かける父親を見送っていると、すぐに学校に行く時間になり、典子は家を飛び出していた。
そう。典子は今日、朝の7時過ぎに行ったきり、それ以後全くトイレに行っていない。
今はおそらく午後の1時を回った頃であろう。
持ってきた500CCほどの水筒のお茶も飲み干し、かなりの汗をかいているとは言っても、典子の体に取り入れた水分量は相当なものだ。
それが6時間も排泄されていない。
もし汗をかいていない状態であったなら、小学5年生の体ではすでに2回はトイレに行っていたであろう。
(おしっこしたい・・・)
何度も何度も頭の中でつぶやく典子。
もしここにいるのが女の子だけであったなら、典子はきっとしゃがんでいたに違いない。
しかしここには下級生も含めて9人も男の子がいる。
おなかに鈍い痛みを感じだした典子であったが、どうしても男の子の前でお尻を出すことはできない。
(もうお、なんで男がいるんだよぉ!)
典子は訳のわからない八つ当たりをしていた。
そしてふと、昨年2月の雪の中のことが思い出した。
お客さんを城崎駅まで迎えに行った帰り、どうしても我慢できなくなったあの時、美由紀お姉ちゃんが言った
【女の子はさ、こういうことって結構あるからね。がんばれっ!」】
という言葉。
(お姉ちゃんが言っていたのは・・こういう時があるって事だったんだ!)
あの時に吉野美由紀に言われた言葉を思い出し、典子は少し勇気づけられた。
しかし・・・
まだ5年生の幼い典子には、それもほんの一瞬の事であった。
(あ・・でもやっぱりおしっこしたいぃ!!)
ジーンズの上からでも、典子のおなかの膨らみははっきりと確認できるほど膨れあがっていた。
(いや・・もう漏れちゃうよぉ!)
いよいよ我慢が出来なくなってきた典子。
(もうしちゃいたい・・しちゃいたいぃ・・)
ガクガクとふるえながら、典子は精神力だけで耐えていた。

「おいテンコ(典子のニックネーム)おまえは?」
猛夫の声が遠くの方で聞こえた。
「え・・?」
青ざめた顔の典子が顔を上げる。
「おまえは持ってないのか?」
「え・・な・・なに?」
「だからぁ、折りたたみとか合羽!!」
「あ・・あっ!」
「持ってるのか?」
「う・・うん・・」
「だったら早く言えよ。」
典子の頭の中はおしっこのことで一杯になり、猛夫が折りたたみの傘か合羽を持っている奴はいないかと聞いていることさえ耳に入っていなかった。
「じゃあテンコ、おまえ先に降りて知らせてこい!」
猛夫が命令口調で典子に言った。
(そんなあ・・もう動けないよぉ・・・)
典子はリュックを抱き、それに隠して手で押さえていた。
そんな状態で歩けるとは思えない。
モジモジとしている典子に向かって
「傘を持っているのはおまえだけだ。早く行けよ!」
猛夫はなおも強く言った。
典子は仕方なく、震える手でリュックの中から折りたたみの傘を取りだした。
「のりちゃんごめんね。代表で行ってきて!」
6年生の女の子にそう言われ、典子はかおるにリュックを背負わせてもらい傘を開いた。
「ぬかるんでるから転ぶなよ!」
猛夫が似合わない優しい言葉をかける。
みんなが見ているので、前を押さえることができない。
典子は前屈みになったまま、ぎゅっと両足をしめるようにしておそるおそる一歩を踏み出した。

 雨はほんの少し小降りになったように感じられるが、それでも典子の足下に強くはねていた。
猛夫の言ったとおり、坂道は相当ぬかるみが出来ている。
雨水が小さな川となって流れていた。
それに足をとられないように、一歩一歩を踏みしめると、これ以上膨らむことが出来ないところまで張りつめていた典子の膀胱が刺激され、ついに尿道口が辛抱の糸を切ってしまった。
ジュ・・・
パンツに暖かい違和感が走った。
「やーん!」
思わず叫んでしまった典子。
なんとかそれ以上こぼさないようにと、典子は左手を持って行き、思い切り押さえつけた。
その動作が重心を崩し、次のぬかるみに典子の足が取られた。
「!!!っ」
バランスを崩した典子が足を踏ん張ったその瞬間、
しゅーー
先ほどよりも勢いよくパンツの中であふれ出す典子のおしっこ。
「あっあっ!」
あわてた典子が手に力を入れようとした時、川のように流れている雨水に足をすくわれ、典子はぬかるみの上にビシャリとしりもちをついてしまい、手から傘が離れてしまった。
しゅいーーー
その衝撃で、典子の尿道口は完全に開いてしまい、6時間もためていたおしっこが、一気にあふれ出してきた。
「あ・・あああ・・・」
水たまりの中の冷たいお尻に、暖かいおしっこが混ざり合い、典子は訳のわからない違和感に包まれて、あふれ出したおしっこを止めることも出来ずに、両手を後ろについたままで放心状態に陥ってしまった。
雨と雨水とおしっこで、完全にずぶぬれになった典子。
しかし不思議と涙は出てこない。
・・・美由紀おねえちゃん、やっちゃったよぉ!
・・・でも典子、一生懸命がまんしたよぉ!
・・・一生懸命がんばったよぉ!

 お寺で借りた数本の傘を持って、教師がやってきたのはその直後だった。
典子がお漏らししてしまったことは、幸い誰にもばれず、典子は教師と一緒にお寺に行き、バスタオルを借りて体を拭いた。
ずぶぬれの服は、お坊さんの衣に着替えることが出来た。
しかしパンツまでは替えが無く、いわいるノーパン状態であったので、その格好でJRに乗るのはかわいそうと、住職が車で自宅まで送ってくれる事になった。
雨がすっかりあがったその車中、冷えてしまった典子の体に新しい尿意がおそってきていた。
(わー、またおしっこしたいよぉ!!)
(美由紀おねえちゃーん、助けてよー!!)

【女の子はさ、こういうことって結構あるからね。がんばれっ!」
【女の子はさ、こういうことって結構あるからね。がんばれっ!」


つづく

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