知佳の思い出(3)誤算・・




 梅垣知佳はそのとき、限界まで膨れあがった膀胱を抱えたまま彼の部屋にいた。
すっかり暗くなった外は激しい雨が降っている。
(ああ・・・おしっこ・・・)
何度もそう思いながら、知佳はそのことを口にできずにいた。
高校2年の修学旅行で、疲れと度重なるおしがまで膀胱炎になってしまった経験があり、それ以後はできるだけトイレを我慢しないように気をつけていた知佳であったが、今日はついつい我慢してしまっていた。
いや、我慢せざるを得なかったというべきか!?
 高校時代につきあっていた守屋晃司とは、知佳が東京の大学に進学して距離ができたことが原因で、自然消滅のように別れてしまっていた。

 20歳になった今、知佳には新しい恋人ができていた。
彼・沢井洋介は知佳が所属するサークルの先輩であった。
後輩たちの面倒見がいい彼に、だんだんと惹かれていく知佳であったが、はじめの頃はずっと遠くから見つめるだけの片思いで、二人きりになることがあっても、恥ずかしくてその場をそそくさと離れてしまい、思いを伝えることもできないうちに、彼は卒業していった。
 そんな知佳が2年になったある日、沢井が突然サークルに顔を出し、皆を驚かせた。
知佳はうれしくてたまらなかったが、それでも目が合うと恥ずかしくてそらしてしまう。
「君ってほんとに恥ずかしがりなんだな。」
白い歯を見せて、沢井が笑いながら知佳の顔をのぞき込んだ。
知佳は驚いて固まってしまい、真っ赤になってうつむいていた。
「今日、帰りにちょっとつきあえよ!」
彼はそう言ってその場を離れていった。
からかわれたのか、それとも本当に誘われたのかが判断できず、知佳はサークルが終わると同時に部室を飛び出していったが、沢井が後を追いかけてきて、そのまま駅のそばの喫茶店に入った。
 知佳が仲間内では楽しそうに話しているのに、沢井の前だと黙り込んでしまい、モジモジする姿にすごく新鮮なものを感じ、知佳のことが気になっていたという。
知佳はうれしさと恥ずかしさが入り交じり、心臓が飛び出すのではと思うほどドキドキしていて、およそ1時間、何を話したか全く覚えていないほどに舞い上がっていた。
 その日から知佳と沢井のささやかな交際が始まった。
と言っても、製薬会社でMRとして働く沢井は時間が不規則で、デートといえるほどのデートはしておらず、サークルの帰りに待ち合わせてお茶したりする程度で、あとは電話で話したり、メールで話したりすることがほとんどであった。
それでも知佳にとってはすごく大きな存在であり、やがてサークルのみんなも二人を見守るようになっていった。

 夏休みを利用して、知佳たちのサークルは伊豆の民宿で3泊4日の合宿を行った。
その最終日の午後、帰り支度をしているところへ沢井が現れた。
何も聞かされていない知佳は驚いて、
「来るなら連絡くれたらいいのにぃ!」
と、口をとがらせていた。
「悪い、悪い、君を驚かそうと思ってね。」
沢井はまた白い歯を見せて笑った。
そしていきなり、
「キャプテン!梅垣をお持ち帰りしてもいいか!?」
と、大きな声で言った。
みんながヒューヒューとはやし立てる。
キャプテンは
「どうぞどうぞ!、自由にお使いください!」
といって、知佳の背中を押した。
知佳はうろたえて真っ赤になっていた。
そのままみんなに押し込まれるようにして沢井の車に乗り込む知佳。
見送る仲間たちから知佳に対して
「この幸せ者ー!」
「がんばれよー!」
「うんと甘えてねー!」
「記念日にしろよー!」
沢井に対しては
「知佳は初めてだからやさしくしてやってー!」
「あんまり泣かせないでねー!」
「疲れてるから早めに寝かせてあげてねー!」
「明日はサークルに来させなくていいですよー!」
と、さんざん冷やかしの言葉が飛び交っていた。
 初めて乗る彼の車。
初めて完全な二人きりの密室の中、知佳はいつもに増して緊張し、しゃべることができなくなっていた。

 東名高速に入る頃から雨が降り出した。
合宿中のことを聞かれたり、いろいろ話しかけてくる沢井に対して、知佳は小さな声で答えていた。
(ひょっとして・・ほんとに今日・・抱かれるのかなあ・・?)
(やだぁ、心の準備ができてないよぉ!)
(あ・・下着・・けっこう古いのだった!!)
(汗いっぱいかいてるし・・・お風呂入れるかなあ・・・)
これから先の不安と期待を感じ、あれこれ思いを巡らせている知佳は息が詰まりそうになっていた。

 どれぐらい走ったであろう。
激しさを増す雨の中、エアコンが効いた車内で知佳は
(あ・・トイレ行きたくなってきた!)
と、感じだした。
3時過ぎにトイレに行った。
それからすでに3時間が過ぎている。
突然現れた沢井の車に乗り込んだため、知佳はそれ以来トイレに行く時間がなかった。
暑いこともあって、それまでけっこう水分補給していたが、今はエアコンが効いていて、汗すら引いてしまっている。
(どうしよう・・トイレ休憩してくれないかなあ・・?)
まだせっぱ詰まった状態ではないが、それでも高速道路の上だと言うことで、知佳は少し不安になっていた。
 雨のせいなのか、道路は徐々に混み出して、スピードが落ちてきた。
(やっぱり渋滞してきた・・トイレ休憩してもらおう!)
そう思った知佳に、
「けっこう混んできたな。休憩して食事でもしようか!?」
沢井が言った。
「はい、そうですね。」
まだ敬語でしゃべる知佳ではあるが、その声は軽やかであった。

 15分ほど走って横浜町田インターを超えたあたりのSAに入った。
雨は少し小降りになっていたが、傘を持たない二人は走って行かないと濡れてしまう。
手をつないで走るとしぶきがはね、知佳のミュールはすっかり濡れてしまい、ジーンズにもはねていた。
「先にトイレ行くよ。」
沢井の言葉に知佳も、
「あ、私も行きます!」
待ってましたと言う返事を返した知佳。
「じゃあ先に出た方が・・あっこの自販機コーナーの前でな!」
沢井はそういって離れていった。
知佳の誤算はここから始まった。

 女子トイレはやはり混んでいた。
いくつかある個室の前に、それぞれ十人前後の列ができていた。
(先に出た方って・・これじゃあ沢井さんの方が早いだろうな・・)
雨のせいかトイレの中は蒸し暑く、サラサラに乾いていた知佳の肌にも、またジットリと汗がしみ出してきた。
(!?)
知佳はいやな予感がした。
自分が並んでいる列の個室から、トイレットペーパーを引き出す音が聞こえてこない。
(まさか!?)
その予感は的中していた。
個室にはいると、ペーパーホルダーはカラで、予備のロールさえなくなっている。
汚物入れにはポケットティッシュの包装紙が散乱していた。
(もうおぉ!!)
便器をまたいだ状態で、知佳はポーチの中に手を入れた。
「えっ!?」
思わず声を出した知佳。
あると思っていたポケットティッシュがカラである。
(あ、そうだった、昨日の夜・・浜のトイレで使ったんだった!)
補充するのを忘れていたのである。
ポーチの中を探ってみたが、代用できるものは何もない。
(どうしよう・・ハンカチ使う訳にはいかないし・・・)
(拭かずになんか・・ダメだし・・)
これから起こるかもしれない事態を前に、下着にシミなどあっては・・・。
においがつくかもしれない・・・。
そう思うと、知佳は用を足すことができず、水だけを流して個室を出た。
(どうしよう・・別の列に並ぼうかなあ・・)
しかしその列は先ほどよりも長くなってきているようだ。
(ああ・・どうしよう・・?)
手を洗うそぶりをしていると、
(!!)
トイレ入り口にティッシュの販売機が目に入った。
(ラッキー!!助かったあ!)
急いでその販売機の前に駆け寄ると、それは50円硬貨専用であった。
小銭入れを探る知佳。
(え・・!)
あるのは10円が数枚と100円が1枚。500円が1枚。あとは千円札であった。
50円硬貨がない!
(え・・両替機も・・ないのぉ!?)
知佳は焦った。
(やーん・・どうしたらいいのよぉ!?)
その間にも、次々に女子トイレには人が入り込んでいった。
立ちすくんでいる知佳をどけるように、何人かがティッシュの販売機を利用していく。
車においてある荷物にはポケットティッシュがある。
しかしロックされているので沢井に言わないと取りに行けない。
(そうだ、缶コーヒーでも買って・・おつりだあ!!)
知佳はそう思うと、大急ぎで女子トイレを飛び出し、沢井と待ち合わせすることになっていた自販機コーナーに向かった。
が、そこにはすでに沢井が待っていて、缶コーヒーを飲んでいた。
「そんなに急いでこなくてもいいのに。ホレッ!」
と、冷たい缶コーヒーを知佳に放ってよこした。
「あ・・りがとう・・」
知佳は心なく言った。
(やんっどうすんの・・もう缶コーヒー買えないじゃない!)
大好きな沢井を目の前にして、その沢井が先に缶コーヒーを買っていたことで、知佳はいまさら自販機を使うことができない。
かといって沢井に50円硬貨を借りることも、車のキーを貸してほしいとも言えない。
当然理由を聞かれる。
ティッシュを取りに行くとか買うなどと、どうしても言えるわけがない。
尿意はせっぱ詰まった訳ではないが、普段ならとうにトイレに行っているほどの状態で、これから先、どれほどの時間走るのか・・?
そう思うと、知佳は途方に暮れてしまった。
「ここのサービスエリア、上り方面にはレストランはないんだなぁ」
「・・・」
「下りには確かあったんだけど・・混んでるけど、あそこで何か買ってくる?」
もうここでおしっこをすることができないと決定した以上、知佳は一刻も早くこの場を離れたい。
「・・先に・・・・帰りましょうよ。」
沢井が買ってくれたコーヒーを握りしめながら知佳は言った。
「そうするか!」
沢井は飲み干した缶をくず入れに放り込むと、知佳の手を取って走り出した。
小走りとはいえ、走るとそれなりに膀胱に刺激が伝わり、知佳は尿意に不安を感じた。

 エンジンを切っていたことで車内はムッとしていたが、走り出すとエアコンがすぐに効き出して、にじんでいた汗も引いてくる。
しかし涼しく感じるはずの冷気も、今の知佳には拷問に近い。
跳ね上げたしぶきで濡れているジーンズの裾も冷たくなり、足下から膀胱を刺激していた。
正直エアコンも切ってほしいと思っている知佳。
 時速50キロ前後であるが、それなりに車は走っていた。
すぐ目の前に、次のSAが見える。
(どうしよう・・もう一度入ってもらおうかなぁ・・)
一瞬そう思った知佳であったが、たった今トイレに行ったはずなのに、なんと言って寄ってもらえばいいのか思い浮かばない。
それにもし、そこも備え付けのペーパーが切れていたら・・。
今更後ろの席においてある荷物をゴソゴソするのも・・気が引ける。
知佳は目をつぶってSAを通り過ぎるのを待った。
(下に降りて・・ファミレスにでも入ったら・・・)
それを期待して、そっと膀胱をさすって労っていた。
「次の川崎インターで降りるよ。」
沢井が言った時、知佳の顔に安堵の表情が出た。
(降りたら・・すぐにファミレス!!)
心の中でそう叫び続ける知佳。

   夕方から降り出した雨は、ことごとく知佳の願いを壊していく。
何軒かファミレスを通り過ぎたが、どこも満車状態で入れない。
(うそぉ・・・)
ここでも知佳の誤算があった。
そうこうしているうちに、さらに知佳の膀胱の膨らみが大きくなっていった。
(えっと・・・お昼に冷たいお茶を・・2杯だっけ・・3杯?)
(そのあと・・だれかにキリンレモンもらったっけ・・・)
(後かたづけの時・・またお茶を飲んだなあ・・・)
3時頃に行ったトイレでは、まだこれらの水分は出ていないことになる。
今更ながら知佳は、摂取した水分量の計算をしていた。
(どうしよう・・おしっこしたい・・・)
修学旅行の時の、あの観光船での我慢に比べればまだ軽い。
あのときは寒くて、いつ漏らしても不思議ではない極限まで我慢していた。
(大丈夫!まだまだ大丈夫!!)
知佳は自分に言い聞かせるようにつぶやいていた。
「こうなったらさ・・」
「え?」
沢井はずっとしゃべっていたのか、それさえも耳に入っていなかった知佳は、あわてて返事した。
「俺の部屋・・すぐそこだかからさ、」
「はい・・?」
「部屋でピザでも取ろうか!?」
「あ・・いいですけど・・どれぐらいで着くの?」
知佳にとって、彼の部屋に初めて行く緊張感よりも、いま迫っている尿意を解放することの方が先決であった。
その欲求が満たされるまでの時間が気になる。
「そうだなあ・・この調子だと・・あと15分ぐらいかな!」
「そう・・15分・・・」
15分ぐらいなら我慢できる。
知佳はそう思って、自分の膀胱に語りかけていた。
(もうすぐおしっこできるから・・・)
(もうすぐだからこらえてね!)

 しかしそれは誤算であった。
一般道も結構混んでいて、到着はそれから20分以上かかった。
知佳は限界にまで膨れあがった膀胱を抱えたまま彼の部屋にいた。
すっかり暗くなった外は激しい雨が降っている。
(ああ・・・おしっこ・・・)
何度もそう思いながら、知佳はそのことを口にできずにいた。
(あと15分したら・・・)
(あと10分したら・・・)
(もうあと5分で・・・)
(もうちょっとだから!!!)
車の中ではそればかり考え、実際に彼の部屋に入ってからの恥ずかしさを考えていなかった。
いや、考える余裕すらなかったようだ。
初めて訪れた部屋で、いきなりトイレを使うのは絶対に恥ずかしい。
ましてつい3〜40分ほど前にトイレに行ったことになっている。
さっき行ったのにまた行くのかと思われてしまう。
この夏場に、トイレが近いと思われるのも恥ずかしい。
SAでトイレを使っていなかったと説明するのもいやだ。
なぜかと思われてしまう。
ティッシュがなかったからなどと、恥ずかしくてとても言えない。
むしろトイレ休憩せずに走ってきた方が、どれだけ言いやすかったろう。
後悔と、自分ではどうしようもない恥ずかしさで、知佳はクッションの上に座ったまま動けなくなっていた。
かかとはしっかりと女の子の部分に当てられている。
ジーンズがおなかを圧迫している。
ファスナーをおろして楽にしたいが、沢井の目の前でできることではない。
(おしっこ・・おしっこ・・・)
目をやると、キッチンのすぐ横にトイレらしき扉がある。
(早くあそこに行きたい。楽になりたい!!)
知佳は焦っていた。
(もし本当に今日抱かれるのなら・・それなら今の方がいいよぉ・・。)
(それだったらシャワーのときに・・一緒にできるもん!)
そんなことまで考えてしまっていた。
 ピザを注文した彼が、冷蔵庫から缶ビールを取り出して知佳に勧めた。
目の前のテーブルに置かれたそれを見た知佳は身ぶるいした。
一気に膀胱が縮まりそうな感覚まで起こる。
(ああ・・おしっこしたいぃ!)
知佳の脳裏に、修学旅行で煩った膀胱炎の文字が浮かんできた。
(ああ・・こんなに我慢したら、また膀胱炎になっちゃう!)
いつ言おう、今言おう・・
そればかり考えて、沢井がしゃべっている内容は耳に入っていない。
 時計を見ると7時を少し過ぎていた。
(あれから・・4時間以上経っちゃってる・・)
最後にトイレに行ってからの時間である。
真夏とは言っても、ほとんどエアコンの効いた車の中に3時間もいた。
ほとんど汗もかかずに。
(ああ・・もうだめっ!恥ずかしいけど言わないと!)

 向かいに座っていたはずの沢井が、いつの間にか知佳の横にきていた。
ひとりでソワソワしていた知佳がそれに気づいたのは、彼の腕が知佳の肩を抱き寄せたときであった。
「えっ!」
ビックリしたように振り向く知佳に、
「ずいぶん緊張しているみたいだね。」
と、優しく語りかけてきた。
そしてもう片方の手で知佳のあごに引き、そっと自分の方に向けさせると、静かに唇を重ねてきた。
「!!」
これまでの短いデートで、何度か別れ際にキスされたことはあった。
しかしこのように肩を抱かれて受けるキスは初めてで、知佳はとまどった。
沢井の舌が、かみあわせている知佳の歯をこじ開けようとしている。
「ん・・」
わずかに開けたその隙間から、沢井の舌が入り込み、知佳の舌と絡み合った。
「んん・・」
初めての感覚に、体の奥の方で熱いものがわき上がり、知佳は力が抜けそうになっていった。
(沢井さん、好きっ!)
大好きな人に抱き寄せられ、熱いキスを受けている。
そんな幸せな気持ちが知佳を包み込もうとしていたが
(ああ・・でも・・おしっこがっ!)
沢井に抱かれている心地よさと、呼吸を止めてしまった息苦しさと、切迫してはじけそうになってしまった尿意が交差し、知佳はパニックになりかかった。
(あっだめ・・おしっこが出ちゃうっ!!)
もうこれ以上我慢はできないと、本能的に知佳は悟った。
イヤイヤをするような仕草で沢井から顔を離した知佳は、両手をテーブルについて立ち上がろうとした。
しかし、ずっとかかとで押さえていたために、しびれてしまっている女の子の部分がはじけそうになり、あわてて座り直してしまう知佳。
肩を抱かれていることで、実際には立ち上がれない。
「大丈夫だよ。知佳がいやなら・・無理に迫ったりしないから!」
沢井はあくまでも冷静に知佳を見つめて言った。
せっかくいいムードになっているのに、それをぶちこわして申し訳ないという思いが知佳にはあった。
しかしどうやら知佳の我慢は限界を超えてしまったようだ。
「あ・・あの・・」
そう言いかけた知佳の唇は、再び沢井によってふさがれた。
「ん〜ん・・」
知佳の体が熱くなる。
しびれている女の子の部分にも熱いものを感じる。
漏らしてしまったのか、それとも別の・・・?
「あ・・やっぱりもうだめえっ!」
知佳は沢井の口から逃れると、頭を振るようにもがいた。
「ど・・どうした!?」
その行動に驚く沢井。
「ご・・ごめんなさい・・ダメなんですぅ!」
知佳は叫ぶように言いながら頭を振り続けた。
「なにが・・だめなんだ?」
沢井が知佳の頭を押さえるようにして聞いた。
「ぉ・・おしっこ・・・」
知佳はかすれた声で小さく言った。
「え?」
聞き取れなかったのか沢井が聞き直す。
「ト・・トイレ行きたいっ!」
知佳は今度は大きく言った。その声は涙声になっていた。
「え・・トイレ・・?」
沢井は怪訝な顔で聞き返した。
そして、SAで買った缶コーヒーが飲まれずに知佳の足下に転がっていることと、まったく口を付けていない缶ビールを見て悟ったようだ。
「ひょっとして・・知佳・・?」
「・・・」
知佳は両手で沢井の腕を握りしめてふるえている。
「さっき・・していなかったのか?」
のぞき込むように言う沢井に、知佳は小さくコックリするのが精一杯であった。
「ばかだなあ、そう言えばいいのに・・・」
沢井はゆっくりと知佳を立たせようとした。
「あ・・待って・・」
知佳にはもう恥ずかしいとか言っている余裕はなくなっており、ジーンズのホックをはずすと、ファスナーも引き下ろした。
ほんのわずかではあるが、おなかの圧迫が少しだけゆるんだ。
こうでもしないと、もう本当に漏れてしまう。
ベージュの下着が顔を出してしまったが、もうそれどころではない。
沢井の手を借りて立ち上がると、前屈みになりながら前をしっかりと押さえ、まだそんな余力があったのかと思うほどの勢いでトイレに飛び込み、激しくドアを閉めて、数秒後には女の子独特の音を響かせていた。
勢いよく閉めたトイレのドアが、その反動で徐々に開いてしまったが、そのときの知佳には、そのドアに手を伸ばすことも、音消しの水を流すこともできず、ただただ、こらえ続けていたおしっこの開放感に浸るだけであった。

 優しい沢井はこの夜、疲れているだろうと言って何もせず、ずっと腕枕をしたままで知佳を寝かせてくれた。
しかし知佳はうれしさと恥ずかしさと緊張で、なかなか寝付かれなかった。
と同時に、沢井に対して何か申し訳ないような思いがあって、涙ぐんだりもしていた。
そんな知佳が彼に抱かれたのは、それから数週間後のことであった。

 それから3年。
今も交際は続き、婚約までした二人だが、その彼が2月に、営業主任として金沢支店に栄転することが決まり、知佳は暮れに行った寮の忘年会で泣き崩れ、由衣たちを困らせていた。
なだめてすかして、ようやく落ち着いた知佳は、由衣の部屋で夜を明かした。
そしてこれらの体験を告白したのであった。

 たぶん知佳は・・・退職して彼について行くだろう・・・


by 由衣

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