のぞみちゃん4(長い1日)




 4時間目は日本史であった。
教科書は偶然これまで使っていたのと同じで、希美はうれしく思った。
しかし函館でやっていた所よりも先に進んでいる。
(わー、東京は進むのが早いんだー!)
元々歴史が苦手な希美は、それだけで頭が痛くなっていた。

昼休みになった。
函館では給食であったが、ここはまだ実施されておらず、みんな弁当を広げたりパンを買いに行ったりしていた。
あらかじめその事を知らされていた希美は、母親が作ってくれた弁当を取り出した。
「あらお弁当なんだ!じゃあさ、みんなで一緒に食べようよ!」
律子が言う。
「あ・・うん・・」
希美は恥ずかしそうに答えた。
律子は2人の女子生徒に声をかけ、机を向かい合わせに移動して4人で食べることになった。
律子以外の名前を知らない希美は恥ずかしくて下を向いてしまう。
自己紹介をしながら食べようとするが、どうしても気後れして箸が進まない。
「あは、まだ緊張しているの?」
律子がサンドイッチをほおばりながら言った。
はにかんだ顔をする希美に、後の二人も
「すぐに慣れるよ。元気だしなよ!」
と、励ますように言ってくれた。
うれしいとは思うものの、緊張はそう簡単にはほぐれない。
律子が用意してくれたお茶で流し込むようにしながら、希美は弁当を食べていた。
 それぞれが食べ終わる頃になると、それなりに話もできるようになってきた希美。
函館のことを聞きたがる律子たちに、しどろもどろながらも応えていけるようになってきた。
 いつの間にか周りには何人かの生徒が集まってきて、4人を取り囲むような輪ができていた。
「函館って寒いんでしょ?」
「飛行機で来たの?」
「その制服、むこうでも着ていたの?」
「お父さんのお仕事なーに?」
「小さいねえ。身長何センチ?」
転校生が珍しいのか、みなが口々に質問する。
取り囲まれてしまった希美は、小さくなって固まってしまった。
(わー、もう恥ずかしいよー!)
顔も名前も知らないみんなに囲まれ、うれしさと恥ずかしさがごっちゃになり、うろたえていると、
「みんな、そんなにいっぺんに聞いたら答えられないよ!」
律子が助け船を出してくれた。
 希美は昼食の前に軽い尿意を感じていた。
3時間目が終わった休み時間に、律子に連れられてトイレに行ったばかりであるが、緊張しているせいかその感覚は今、
(おしっこしたいー!)
にまで高まってきていた。
(あれえ・・なんでこんなに早く行きたくなるんだろう・・?)
日差しがある教室は、素足でもさほど寒さを感じない。
しかしいったん気になりだした尿意は、あっという間に希美に遅いかかってきた。
(トイレ行かないと・・・)
少し焦りだした希美。
しかし取り巻きは更に大きくなり、希美に注目が集まる。
(もう・・みんなむこうに行ってよー!)
せっかく集まってくれたみんなに申し訳ないが、希美は早く解放してほしくなっていた。
「ねえ、そろそろ行かないとヤバイよ!」
注目を浴び、困惑していた希美を解放してくれる一言が誰かの口から出た。
それを合図に皆が散らばる。
「?」
キョトンとしている希美に、
「次は体育だけど・・着替えとか用意してる?」
律子が言ってくれた。
「あ・・ううん。」
「そう。じゃあ今日は見学だね。一応・・更衣室教えておくね。」
律子は体操着の入ったバッグを取り出すと希美を促した。
(あ・・先にトイレ・・)
そう言おうとした希美だが、
「男子がここで着替えるからさ、早く出て行かないとうるさいんだよ!」
と言われて、あわてて机を元に戻し、律子について教室を出た。
 渡り廊下を通って旧校舎に入る。
更に渡り廊下を通って体育館の脇の小さな建物までついて行った。
「ここだよ。授業中は鍵かけられるから、途中では入れないからね。」
「あ・・うん。」
「今日は体育館だから・・先に行っておいでよ。」
「うん、そうするね。」
律子が更衣室に入るのを待って、希美は廊下を戻った。
(早くトイレ!!)
覚えたばかりの旧校舎にあるトイレに向かう希美。
まだなじみのないクラスメイトが数人
「どこ行くの?」
と声をかけてきた。
「あ、うん・・今日は見学なの・・」
「そう。でももう教室は男子が着替えてるよ。」
「あ、あの・・トイレ・・」
「なんだ。体育館の横にもトイレあるよ!」
「え、そうなの!?」
「うん、そっちの方が近いよ。」
「あ、ありがとう・・」
「じゃあねえ!」

何もせずにじっと立って見学していると、さすがに体育館は冷えてくる。
函館育ちの希美でも、冷え込みが堪えてきた。
ブラウスにブレザー、膝上5センチほどのスカートにハイソックス。
晩秋にしては薄着である。
4チームに分かれてバレーボールのトス練習をしているクラスメイトを恨めしそうに見ながら、希美は両手をこすりあわせ、両膝をすりあわせて、わずかばかりの暖をとっていた。
(あぁあ・・さむいよぉ!!)
換気のために開けられている床面の窓から、冷たい風が足に絡んでいた。
ただ見ているだけの時間がこれほど長く感じられるとは・・。
希美はこれまで体育の授業を見学したことがない。
(見学って・・つまらないなあ・・)
まだ律子以外の顔をほとんど覚えていない。
おまけに隣のクラスの女子と合同の体育であるため、もう誰が同じクラスなのか、それさえもわからなくなっている。
(寂しいよぉ・・・函館に帰りたいよぉ・・)
昼休みにクラスメイトに囲まれ、少し溶けかかっていた疎外感が、この見学という状況でまたぶり返しかけてきた。
(あ・・またトイレ行きたくなってきた・・・)
ついさっき行ったばかりなのに、希美はまた尿意を感じだした。
(冷えちゃったのかなあ・・いやだなあ・・・)
あと何分で授業が終わるのか見当もつかない。
じっと立っているのがつらくなり、希美はブレザーのポケットに両手を入れ、その周辺をうろうろと歩き出した。
(早く終わらないかなあ・・ほんとにトイレ行きたくなってきたぁ・・)
歩きながら、希美は急激に強くなってくる尿意を意識していた。
(わあ、おしっこしたいぃ!)
ポケットに入れた手でおなかをさすりながら、希美は歩き回っていた。
「コラッそこの見学!うろうろせずにじっとしていろ!」
いきなり体育教師の大きな声が希美に向けられた。
「は、はい!」
希美は一瞬ビクッとして固まった。
みんなの視線が希美に集まる。
ポケットから手を出し、うつむいて立ちすくむ希美の顔はひきつり、涙目になっていた。
(もういやだぁ!もう帰りたいぃ!)
よみがえってしまった孤独感が希美を包み、さらに尿意が襲いかかる。
ブルブルと希美の体がふるえだした。
(もういやだあ!!)
 こぼれたボールを追いかけて、律子が希美のそばにやってきた。
うなだれて、小刻みにふるえている希美の肩をポンとたたいて、
「ドンマイっ!」
それだけ言って走っていく律子。
その一言で希美の目に涙があふれてきた。
転校という酷な試練の中で、孤独感におしつぶされかかっている希美の小さな胸の片隅に、律子は火をともしてくれている。
14歳になったばかりの希美。
寂しがり屋で甘えん坊で、一人っ子の希美に、律子の言葉はすごく暖かく感じられた。
(ありがとう・・律子ちゃん・・)
鼻水をすすり上げ、希美は涙を拭いて律子の姿を追った。
(でも・・でもおしっこしたいっ!!)
5時間目の体育が終わったのは、それからおよそ15分後のことであった。

律子はなにかと気を遣ってくれていたが、それでも元々友達が多い彼女は、なにかと教室を出て行く事が多く、そのときはやはり孤独感を感じる希美。
 長かった6時間目の授業が終わり、形だけのホームルームが終わって、やっと放課後になった。
慣れない環境での授業で疲れていた希美は、早く帰って休もうと思っていたが、新しい教科書を取りに来るように言われ、迷いながら職員室に行った。
およそすべての教科書を受け取るとズッシリと重い。
それをカバンと紙袋に分け入れて両手に持ち、職員室を出ると偶然律子と出あった。
「重そうだね。もってあげようか?」
「あ・・でも・・」
「家はどっちの方?」
「あ、えっと・・○●町だったと・・」
「わおっ偶然。私は◎○町だから同じ方向だよ。一緒に帰ろ!」
「あ、ありがとう。」
方向音痴の希美は1人で帰る不安を持っていたが、律子が同じ方向だと聞いてすごく心強く思った。
 しかしなにかと行動派の律子は、希美をしばらく待たせたまま何処かに行ってしまった。
両手に重い教科書のカバンと紙袋を持ったまま、希美は昇降口の下駄箱の前で律子を持っていた。
(どうしようかなあ・・トイレ行きたくなってきた・・・)
体育の見学の後、大急ぎでトイレに飛び込んでいた希美。
放課後になった今、また尿意を催してきていた。
しかし律子がいつ戻ってくるかわからず、両手にカバンと紙袋を持ったままでは行きにくいこともあって、希美は家までガマンしようと思った。
そう、歩いておよそ20分ほどである。
 しばらくして律子が、女子2人、男子2人を引き連れて希美が待つ昇降口に現れた。
みな同じ方向だという。
心細くしている希美に、律子は同じ方向に帰る男女を集めてくれたのであろう。
そう思うと、希美はうれしくてたまらなかった。
男子がカバンと紙袋を持ってくれ、連れだって校門を出る。
自己紹介をしながら、函館の話をしながら、通学路の名所(?)を教えてもらいながら、ゆっくりと家に向かって歩いていく希美。
しかし、尿意は思っていたよりも早いスピードで膀胱を膨らませて来た。
昼食で飲んだお茶が、希美の膀胱へ押し寄せてきているようだ。
体育館で体が冷えたせいもあるのかもしれない。
学校と家とのちょうど半分ぐらい来たあたりで、尿意はかなりきつくなってきた。
一刻も早く帰りたくなったが、せっかく希美につきあってくれている友達の前でそのことは伝えられない。
まして男子もいる。
希美は極力話に集中して、尿意を忘れようとしていた。
「私んちそこだからさ、寄っていきなよ!」
律子が言った。
(え、やだあ!)
膀胱がいっぱいになりかかっている希美にとって、このお誘いは迷惑だった。
しかしみんなは律子の家に向かってしまう。
下町の商店街の一角で喫茶店をしているその家は、みんなのたまり場的な存在であったようだ。
勝手口から律子の部屋に入り、畳の上に思い思いに座り込んで話し出す。
表の喫茶店とは違い、母屋の方は古い日本家屋であった。
(どうしよぅ・・おしっこ行きたいよぉ!!)
希美は落ち着かない。
律子が出してくれたお茶を飲むこともできない。
それでも話の中心は希美に集まる。
函館での思い出などを披露する希美。
「好きだった彼とかいたの?」
瀬戸口という子の質問に、希美はとまどってしまった。
そして口ごもる。
「あ、いたんだ!ごめんねえ、思い出させちゃったみたい?」
確かに希美は智史との寂しい別れを思い出していた。
しかしそのことを思い出すと、尿意の波が急激におそってきた。
(つぅう・・)
横座りのかかとで女の子の部分を押さえる希美。
(あっ・・だめだめ!!)
スカートの上からも押さえたいが、みんなの目があってできない。
(トイレ行きたいっ!もうだめっ!)
希美の体は、本人が気づかないうちに左右に揺れだしていた。
(どうしよぅ・・もうガマンできない!)
今日初めて出会った律子やほかの友達の前で、まして男子がいる前で、希美はトイレを口にすることができず、いっぱいにまでふくれあがった膀胱をそっとさすってしまった。
(トイレ借りないと・・もう漏れちゃう!!)
(でも・・恥ずかしい・・なんで言えないんだろう・・)
(男子がいるから言えないのかなあ・・?)
(前は平気で言えていたのになあ・・)
(あ、もう漏れそう!)
まだ暖房が入っていない律子の部屋は、それなりに寒さもあった。
制服のスカートで膝小僧をかくし、その上をしきりにさする希美。
膨らみきった膀胱が、ズキズキと脈を打っているような感じになってきた。
(言わないと・・トイレ借りないと・・)
気ばかり焦る希美の額には、うっすらと脂汗がにじんできていた。

もう冬が近いこの季節。
あたりはすっかり暗くなり、気温も下がってきたようだ。
「私、これから塾があるの。」
「あ、私ももう帰らないと!」
瀬戸口と吉野という子が時計を見て立ち上がった。
「じゃあ俺たちもそろそろ・・」
男子二人もつられたように立ち上がる。
希美も立ち上がろうとしたが、その動作が尿道口を開きそうになって立ち上がれない。
「いいよのぞみちゃん。私たち帰るけど、あしたからよろしくね!」
瀬戸口が希美を制して言うと、みんな希美に手を振りながら部屋を出て行った。
立てない希美は、それでも精一杯の笑顔でみんなに手を振った。
勝手口から戻ってきた律子に、
「あ・・あの律子ちゃん・・お手洗い貸して!」
希美は震える声でそう言った。
「あれえ、またガマンしてたんだ?」
律子は笑いながら言う。
ありったけの力を尿道口に集め、希美は柱にしがみつくように立ち上がった。
しかし体は伸ばせない。
律子には恥ずかしいが、もう前を押さえていないと動けないほどに高まってしまった尿意に、希美は最後の力を出して戦っていた。
前屈みになり、両手で押さえながら律子の後について廊下に出る。
その突き当たりにあるトイレは和式の男女兼用で、一段あがらなくてはならない。
そのドアを開けた時にはもう希美のダムは決壊しかかっていて、熱いうねりが下着に向かって飛び出しかかっていた。
(だめえっ!)
あわてた希美はスリッパを履くと、まるで飛び上がるようにして一段上がりながら両手でスカートをたくし上げ、パンツをおろしながらしゃがみ込んだ。
その行動は神業のように速く、1秒少々であった。
ほぼ同時にしゅぃぃというかすれたような音がして、希美が思いきりこらえていたおしっこが飛び出し、数秒後にはすごい勢いとなって和式便器の前の水たまりにたたきつけていった。
今日何回目のトイレになるのだろう。
函館山で最後のお別れをしたときにすごく我慢して以来、希美のトイレ回数は増え、我慢することにすごく抵抗を持つようになっていた。
それでも緊張が解き放たれていく感覚に
「はぁあ・・」
希美はため息を漏らしていた。
しかし、ドアを閉めることを忘れるほどの希美・・・。


                     

つづく

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