おしがま旅行2




「おはよう、眠そうね!」
ロビーの喫茶部で待ち合わせをし、遅れて入って来た由衣たちに、下柳典子がコーヒーを飲みながら声をかけた。
由衣は夕べの出来事を思い出し、恥ずかしくなって下を向いてしまった。
アイスコーヒーを飲みながらしげしげ見ると、Tシャツにスリムなジーンズの典子の姿は。由衣にとってもまぶしいものがあった。
それに比べて彼氏の永井修はやや太めの体型で、何となく奇妙なカップルに思えた。
身長差はそれほどなく、ふたりとも170前後であるようだ。

 永井の運転する車で、4人は白浜アドベンチャーワールドに向かった。
ほぼ開園と同時に入る。
富士サファリパークは車のまま入園した。
しかしアドベンチャーワールドは徒歩で入る。
(遊覧バスがあるのかな?)
何も知らない由衣は、みなについて行くだけである。
 ショーの時間などを確認し、早速園内を歩き出した。
昨日の曇り空も吹き飛んで、抜けるような秋晴れの日であった。
日差しは強かったが、山の中のせいか風は冷たく、日陰にはいると寒くさえ感じる。
 イルカやオルカ、アシカのショーを堪能し、由衣の大好きなペンギンの行進を楽しみ、遊覧バスに乗ってサファリゾーンで感動し、生まれたばかりのライオンの赤ちゃんを抱き、あっという間に昼を迎えた。
 やや混み合ったレストランで席に着くと、永井が注文したのであろう大ジョッキビールが4本届いた。
「これはオレのおごりだ!」
と、永井は自慢げに白い歯を見せている。
歩き回って、それなりにのども渇いていたので心地よく飲めたが、そのとき由衣は尿意を感じていた。
朝食に出た和歌山の梅干しがしょっぱく感じられ、お茶を2杯も飲んでいた由衣であった。
そのあと待ち合わせの喫茶でアイスコーヒーを飲んだ。
みそ汁も含めると、量にして400cc以上の水分が体に入ったことになる。
食事の前にトイレに行っておきたかったが、自分一人がトイレに行くことに気が引けて言いそびれていた。
(ここ出たら典子さんとトイレ行こう・・・)
 それでも楽しい会話につられて、ついついビールを口にする由衣。
食事が終わる頃には、8分目ほど飲んでいた。
典子も同じぐらい飲んでいた。

 話し込んでいるうちに、予約していたサファリジープの時間が迫っていることに気がついた。
「やばい、急がないと!」
あわてて飛び出した4人は早足で乗り場に向かう。
(あ〜あ、トイレ行きそびれたぁ!)
 遊覧バスと違って、ジープによる肉食動物ゾーンの走行は迫力があり、停車するとエサをくれると思ってか、ライオンたちが寄ってくる。
窓ガラスのすぐ外に現れる大きなたてがみ。
由衣は少なからず恐怖を感じていた。
飲んだビールが膀胱を膨らませつつあり、なおさら緊張する。
(早く戻りたい。おしっこしたいよ!)
運転している係員は随所随所で停車してくれ、動物たちが見えるように計らってくれた。
ジープによる遊覧の特権ではあるが、由衣にはありがた迷惑な停車となってしまった。
 50分ほどかけて戻ってきた頃、由衣の膀胱は悲鳴を上げていた。
まっすぐ立つことが苦しくて前屈みになってしまう。
見ると典子の表情も少し辛そうに見えた。
「さ、まずはションベンだ!」
永井が下品に言う。
しかし由衣は、永井が言ってくれたことで助かったと思った。
 案内板を見る。
結局先ほどのレストランの建物まで戻ることになる。
(え〜、近くにないのぉ!!)
限界近くまでこらえている由衣には、とてつもなく遠く思える。
男二人の歩く速さが由衣には辛い。
早く歩きたいが、パンパンにふくれあがった膀胱の重さが邪魔をする。
思わず横を歩く典子の腕をつかんでしまった。
何かに頼らないと、とても歩けない状態であったのだ。
典子はにこやかにほほえんでいた。

 お決まりのように女子トイレには列が出来ていた。
さほど多くはなかったが、それでも3人ほど待たされる。
水を流す音が耳に入るたびに由衣はため息をついた。
(あとふたり・・・)
(あとひとり・・・)
横に並んだ典子が、
「ビール飲むときついよね!」
と、由衣を励ますかのように言った。
はにかんで笑う由衣の顔は引きつっていた。
が、由衣の前に入った人がなかなか出てこない。
典子の方が先に個室に消えていった。
(はあ・・・)
もじつかせた足に震えが来る由衣。
何度も水を流す音が聞こえるが、いっこうにドアは開かない。
そうこうしているうちに典子は用が済んで出てきてしまった。
「あら、由衣ちゃんまだなの!?」
膝の上に両手を置いて前屈みになっている由衣を見て、典子はかわいそうにというように言葉をかけた。
返事もしにくい由衣のせっぱ詰まった表情に、典子は、
「がんばれっ!」
とだけ言って洗面所に向かった。
(もうおっ、なにしてんだよぉ前の人ぉ!)
(こんなところでウ○チなんてしないでよぉ!!)
フォーク並びが実施されていないことが悔しい。
両サイドの列が早く進むことで、由衣の後ろの人たちが何人か移動する。
しかし次の番の由衣は移動すら出来ずに耐えていた。
由衣のすぐ後ろの人からも、
「もうぉ!!」
と、怒りの声が漏れていた。
『すぐ次におしっこできる!』
そう思ってしまった脳は、由衣の膀胱の緊張を解きにかかっている。
両足をきつく閉じ、足をくねらせ、前屈みになり、由衣は必死で耐えていた。
しかしたくさんの目がある中で、手で押さえることだけは出来なかった。
(はやくぅ!、もう我慢できないよぉ!!)
声になりかかった由衣は、足をバタバタと動かして、意味もなく両手をすりあわせていた。
両サイドの人の列が2人ほど進んだ頃、ようやく水の流れと一緒にドアが開き、中年の婦人が晴れ晴れとしたような顔で出てきた。
由衣はその顔をにらみつけ、まだ手が離されていないドアをつかんで、婦人を押しのけるように中に飛びこんだ。
勢いよくドアを閉め、ジーンズのホックをはずしにかかる。
正直に言うと少し漏れていた。
婦人がドアを開けた時、
(ああ!おしっこできるっ!)
と、安堵感が出てしまって、一瞬気がゆるんでしまい、わずかではあるが熱いものが出てしまったのだ。
そのショックで由衣は婦人をにらみつけたのだった。
ジーンズに染みるほどではなかったが、お気に入りのパンツの底には、しっかりと地図が広がっていた。
(もうおぉ、最悪ぅ!)
更に追い打ちを掛けるように、ペーパーホルダはカラになっていた。
(もうぉ、あのおばさんんんっ!)
はたして婦人が使い切ったのかどうかはわからないが、とにかく由衣は腹立たしくて仕方がなかった。
背中に回したポーチをたぐり寄せ、ポケットティッシュを取り出す。
2枚をつまみ出して後始末をし、更に3枚ほどつまんでパンツのシミにあてがった。
ドンドンッとドアがノックされる。
由衣の後ろに並んでいた女性も、もう限界なのであろう。
あわてて由衣は立ち上がり、冷たい感触を残したパンツを引き上げると、ジーンズをたくし上げ、シャツを下ろして足で水を流した。
ドアを開けると、若い女性が青白い顔で待っていた。
「ごめんなさい!」
それだけ言って由衣はそばを離れたが、その女性から、
「あ・・」
という声が聞こえた。
おそらくペーパーがなくなっている事への声だろう。
(私のせいじゃないよぉっ!!)
由衣はいたたまれず、大急ぎで手を洗って飛び出していった。
使ったポケットティッシュが水洗用ではなかったことが気がかりであった。

 生まれたばかりだというパンダの赤ちゃんは、まだ公開されておらず、一昨年生まれたという子パンダだけであった。
しかし愛らしいその動きが由衣を釘付けにし、
「さ、次行くよ!」
と言われても、すぐには離れられずに皆をあきれさせていた。
「明日また来たらいいから!!」
敦史に促され、やっとそこを離れた由衣であった。
 通路に放たれた大きなウミガメの背中に乗ったり、ふれあいコーナーでは大きな犬に遊ばれ(?)たりし、あっという間に閉園時間を迎えてしまった。
広い駐車場から一斉に出る車でゲートは混雑し、またほとんどの車が白浜方面に向かうのか、道路も渋滞している。
ノロノロと走る車の中で、由衣は口数が少なくなっていた。
やはり昼食のビールが効いたのか、由衣は犬と遊んでいる頃から尿意を催していたが、他の誰もがトイレに行くそぶりを見せないため、気恥ずかしさから我慢してしまっていた。
帰る前にトイレに立ち寄れると思っていたが、先頭を歩く永井がさっさと駐車場に向かうため、とうとうトイレを言えずに乗り込んでしまった由衣であった。
助手席の典子。
なにげに見ていると、典子も先ほどから落ち着きがないようで、しきりにからだを揺らせている。
(そういえば典子さんもあれからトイレ行ってないなあ・・・)
(わあ、きっと相当我慢してるんだろうなあ・・・)
(うん、絶対そうだ、ソワソワしてるぅ!)
同士を得たような気持ちに、由衣のおしがまが少し楽になったようにも思えた。

 連泊客の夕食はガーデンで海鮮バーベキューであった。
炭火に焼ける香ばしい海の幸。
ついついビールもすすんでいた。
典子たちの姿も見え、手を振る由衣にニッコリ笑って応えてくれた。
 布団が敷かれた部屋に戻りくつろいでいると電話があり、今日も浴衣を用意しようかと聞かれた。
由衣は喜んでお願いし、昨日の色違いで赤地に白いバラが描かれたきれいな浴衣を着せてもらい、しっかりと帯を結わえてもらった。
食後すぐであったので、少しきつく感じた。
「そんなにきっちり着たらさ、トイレ大変だぞ!」
敦史に指摘される。
「もうお、デリカシーがないんだからあ!」
由衣はほほを膨らませてにらみつけていた。
「ねえ、これからどうするの?」
由衣が敦史にもたれかかったままで聞いた。
「そうだな、永井君たちと一緒にブラつくのもいいし・・・」
「・・・」
「由衣は行きたくないのか?」
「ん・・そうじゃないけど・・・」
「けど・・?」
「あーちゃんといる時間が短くなるよぉ!」
「はは・・いつも一緒にいるくせに!」
「んだって・・・」
「甘えん坊になったなあ!」
「だってえ、旅行に来てるのにぃ!」
「人と出会うのも旅行の楽しみだぞ。」
「ん・・早く帰ろうね!」
「早く帰ってエッチしたいってか?」
「バカァ、そんなこと言ってないよぉ!」
「じゃ、今夜はなしだぞ!」
「いやぁ〜ん!」
ままごとのような会話をしていると、永井たちから連絡が入った。
ロビーで待ち合わせ、ゾロゾロと街に繰り出す。
「由衣ちゃんかわいい!!」
由衣の浴衣姿に典子が感嘆の声を上げた。
「昨日の色違いね。おうちから持ってきたの?」
「ううん、ここで着せてもらったの。」
「いいなあ、かわいいなあ!」
ホテルの浴衣を着ている典子は、何度もうらやましそうに言っていた。
 小さなスナックや飲食店が建ち並ぶ一角までやって来た。
「そこの居酒屋でいっぱいやろうか!」
永井が言う。
のれんをくぐると、地元の人が多い居酒屋であった。
テーブル席に着くと、何も聞かずに永井が、
「生ビール4つね!」
と店の人に告げた。
(この人、けっこう強引だなあ・・・)
イヤではなかったが、由衣にとっては初めてお目にかかるタイプの男性であった。
 夕食からさほど時間が経っていないこともあり、シマアジの造りを注文した以外は、ビールばかり頼んでいた。
大きな声で話す永井。
大阪弁の会話はおもしろい。
明石家さんまを思わせるノリの話につられて、ついつい由衣もビールがすすんでいた。
 やがて当然のように尿意がやってきた。
話の切れ目を見つけてトイレに行きたい由衣。
しかし滝のようにしゃべる永井の話はとぎれない。
いつまで経ってもラチが空かないことを知った由衣は、
「あーちゃん、トイレ!」
横に座る敦史に耳打ちした。
「行っておいで、あっちの隅だ。」
敦史は小さく返してくれ、席を立って由衣を通してくれた。
そそくさとカウンター席の後ろを通り、トイレに着く。
そこは男女共用であった。
が、カギがうまく閉まらない。
閉めても、中から押すとすぐに開いてしまう。
困った由衣は典子に助けを求めようと思い、いったん席に戻ろうとした。
そこへタイミング良く典子がやって来た。
由衣は事情を説明し、典子に番をしてもらって用を足し、入れ替わりに典子の番をすることにした。
表で番をしてもらっているのに、わざとらしく音消しをするのもどうかと思い、由衣は恥ずかしいと思いながらも水を流さなかった。
すると典子も音消しをせず、かなり激しい音を響かせた。
(わっ、典子さん、相当我慢してたんだあ!)
 トイレを使ったことで着くずれてしまった浴衣のすそを、典子に直してもらって席に戻ると、敦史と永井はなにやら爆笑していた。
(あーちゃん、すっかり仲良くなってる!)

 1時間ほどで居酒屋を出て歩くと、ネオンが派手なカラオケがあり、強引に永井に連れられていった。
11時になるころまで歌い続け表に出ると、冷たい風にあおられて由衣の膀胱が縮んだ。
カラオケの途中から尿意があったが、常に誰かが歌っており、席を立てずにいた由衣であった。
おまけにトイレの後、また浴衣のすそを気にしなければならない。
きちんと着せられた浴衣が、かえって邪魔をしているという、敦史に指摘されたとおりの結果となっていた。
典子もまたあれからトイレに行っていない。
(典子さん、大丈夫なのかなあ?)
人の心配をする由衣。
「和歌山ラーメンをごちそうするぞ!」
得意げに言う永井に由衣は唖然とした。
(おなかいっぱいだよ。それより早く帰りたいよぉ!)
分刻みで膨らんでくる膀胱。
由衣の表情は曇っていた。
 お腹がすいていないことを告げると、由衣にはお子様用のラーメンが運ばれた。
永井はまたビールを飲んでいる。
敦史も中ジョッキを傾けていた。
それを見て由衣は身震いしていた。
(あーちゃん、おしっこしたいよぉ!!)
ラーメンは、これまで味わったことのないおいしいスープであった。
なぜサバ寿司が一緒にあったのかは知らない。
少しのスープだけを口にし、由衣はほとんどを残していた。
典子も同様である。
 酔いが回っている永井のテンションはますますハイになり、ホテルに着くまでの間も一人しゃべっていた。
腕をつかんでいる典子が、
「少し静かにしてよっ!」
と、たしなめたりもしていた。
由衣はそれどころではない。
一歩一歩が辛いほど、膀胱はパンパンに膨らんでしまっていた。
結わえられた帯で圧迫されているせいもあるのであろう。
「大丈夫か?」
気づいている敦史がのぞき込んだ。
「大丈夫じゃない!、もう出てる!」
由衣はすねたようにウソを言った。
あわてた敦史が、
「お、おい、まだ我慢しろよぉ!」
と、大きな声を出した。
「あ、もうお、ウソだってばあ!大きな声で言わないでよぉ!」
由衣もあわてて否定した。
「こいつぅ!」
敦史が由衣の頭をこついた。
「だってぇ、もう我慢できないもん!!」
典子に聞こえたのか、振り返って
「由衣ちゃんトイレ?」
と聞いた。
「あ・・あの・・」
うろたえる由衣。
「ごめんね、こいつが強引で・・」
そう言いながら典子は永井の頭をひっぱたいた。
「イテッ、なにしやがるっ!」
「いいからさっさと歩いてよ。もう我慢できないんだから!!」
「わかってるよ!」
永井はふてくされたように肩をすぼめて歩いていた。
典子の『もう我慢できない・・』という言葉に、由衣は少し変な意味合いを感じた。
(それって私のこと?、それとも典子さんのこと!?)

 ホテルのロビーまで戻ってきても永井のテンションは収まらない。
おれの部屋で飲み直そうとうるさく誘った。
由衣は気が気ではない。
一刻も早くトイレに飛び込みたいのに、永井の部屋などに行こうものなら膀胱が破裂してしまう。
敦史の腕をつねって、行かないように必死で願った。
典子もまた、
「もう!迷惑でしょ、何時だと思ってるのよ!」
と、たしなめている。
エレベーターに乗り込んでもまだ永井は誘っていた。
4階でドアが開き、引きずるように永井を連れ出す典子の動作が、かなりおしがましているように思えた。
が、今はそれどころではない由衣。
吐く息までもが荒くなっている。
廊下に人影がないのをいいことに、由衣は浴衣の上から股間を押さえるような格好になっていた。
鍵を開ける敦史の動作が、わざとゆっくりに思える。
(あああ、ああああ!!!)
心の中は叫び声だけであった。
スリッパを脱ぎ捨てると、電気もつけずにトイレに飛び込んだ。
「あ・あ・・電気つけてぇ!!」
悲痛な声の由衣。
敦史は電気をつけるとドアを閉めてくれた。
浴衣のすそを左右に開き、両手で持ち上げながらお尻までめくり上げる。
浴衣に洋式トイレは使いにくい。
パンツに手をかけ降ろそうとしたとき、いきなりトイレの電気が消えた。
「キャッ!」
敦史のいたずらである。
一瞬ドキッとした由衣は緊張のバランスを崩してしまって、まだパンツを降ろしていないのにおしっこが吹き出してしまった。
あわてて引き下ろし便座に座り込んだが、すでにパンツはびっしょり濡れてしまった。
「あーちゃんのバカァ!!」
由衣はドアに向かって大声を出した。
(あ〜あ、またやっちゃったあ・・・)
アドベンチャーワールドで少し漏らしてしまったパンツを、シャワーの時に履き替えていたが、それをまた濡らしてしまったことで、残りのパンツはもう1枚しかない。
(どうすんのよぉ、あさってまでいるのにぃ!)
 濡れてしまったパンツを敦史に気づかれないように隠したい。
そっとふすまごしに覗くと、敦史は広縁のイスに座っていた。
「あーちゃん、缶コーヒー出して!」
由衣はそう頼んで、敦史が冷蔵庫の方に歩み寄って障子の影に消えた時、ふすまの脇に置いてあった自分の旅行カバンにパンツを詰め込んだ。
何事もなかったかのように敦史のぞばに行き、缶コーヒーを受け取ると、
「驚いてちびったか?」
と敦史が聞いてきた。
「フンだ!あーちゃんのすることぐらいわかっていたもんね!」
由衣はすねたように言って舌を出した。
しばらく笑っていた敦史が、
「大浴場に行ってみるか?」
と言った。
「え、家族風呂はあ??」
「いや、もうそっちは・・無理だろう。」
「大浴場・・・なんかさ・・怖いよ・・・」
「温泉に来てるんだから、ゆっくり入らないとな!」
「・・・うん・・」
「いやなのか?」
「だってぇ・・ひとりじゃ怖い・・・」
「じゃあ男湯に来るかい?」
「え、なんでぇ!?」
「由衣なら気づかれないかもね!」
「あ、バカにしたあ!!!」
「タオルで前を隠していたらバレないよ。」
「もしみつかったらどうすんのよぉ!?」
「そのときは開き直ってさ!」
「いやあっ!」
 着替えを持って行くといって、由衣は旅行カバンをたぐり寄せた。
敦史の目を盗んで濡れた下着をビニール袋にしまい込み、新しい下着を取り出すと、
「また着替えるのか?メシ前に着替えたばかりだろ!?」
と言われてしまった。
「あ・・うん・・」
漏らしてしまったと言えない由衣が困っていると、
「帰ってきてから着替えたらいいよ、どうせまた脱ぐんだし!」
と言った。
「また脱ぐ?」
「ああ、エッチするときに!」
「あ、もうすけべっ!!」
「したくないのか?」
「・・・いじわる・・」
タオルは大浴場に備えてあるからと、何も持たずに部屋を出るふたり。
その浴衣の下には何も履いていない事が、すごく不安になっている由衣であった。

 さすがにこの時間になると、大浴場付近に人影はなかった。
これなら一緒に入っても大丈夫だなという敦史を蹴飛ばし、30分後にここでと言って由衣は女風呂に入っていった。
 脱衣所にも人はいない。
由衣はホッとして浴衣を脱いだ。
もし人がいたら、浴衣の下に何も履いていないことを見られてしまう。
そう思ってヒヤヒヤしていたのであった。
 お風呂にも人影がない。
お湯が流れる音だけが響き、湯気で曇った薄暗い雰囲気に、由衣は恐怖心を抱いたが、おそるおそる浸かったお湯の心地よさに、やがてリラックスしていき、人がいないのをいいことに、広い浴槽の中を泳ぎだした。
平泳ぎで端から端まで泳ぎ、岩の上によじ登って休み、また泳いだりして遊んでいた。
その開放感が度胸をつけてしまい、露天へとつながるガラスドアを開け、由衣はタオルも持たずに外に出ていた。
湯から立ち上がり、体に感じる冷たい空気と、太もも当たりまでの暖かいお湯の感触を楽しみながら、由衣は生まれたまんまの姿で深呼吸を繰り返していた。
(う〜〜いい気持ちぃ!!!)
体が冷えてくると、体を横たえてお湯に漂った。
(火星って、まだ見えるのかなあ?)
上向きでお湯に漂いながら、由衣は幸せな時間を過ごしていた。
 しばらくすると数人の女性が入ってきたらしく、にぎやかな声が外に響いてきた。
(!!やばい!!)
由衣はタオルを持たずに外に出ている。
曇ったガラス越しにおそるおそる中を見ると、4人の中年女性が湯船に浸かっていた。
(わあ、どうしよう・・・)
考えていても仕方がない。
由衣は覚悟を決めて、それなりに手で隠しながら中に戻ってきた。
ドアを開けたことで冷たい風が入り込み、一人の女性が由衣に気づいて、
「あらあ、お嬢ちゃんひとり?」
と聞いてきた。
急に声を掛けられてあわてた由衣は、タイルに足を滑らせしりもちをつきそうになり、かろうじて手をついてとどまることが出来た。
しかし、その格好は湯船に向かって足を大きく開く事になってしまった。
「あらあら、大丈夫?」
「あらま、見えちゃったわ!」
「ケガしてない?」
「お母さんか誰かと一緒?」
口々に言う女性たち。
由衣は真っ赤になりながら、
「あ・・お母さんは先に出て・・その・・私だけ遊んでいて・・」
と、あえて子供っぽい声で言った。
小柄で童顔であることが幸いし、女性たちは由衣を子供だと思っている。
急いであがり湯をして、
「失礼します!」
といって浴室を飛び出した。
ドアを閉めた瞬間笑い声が起こり、由衣の股間のことでも言っているのか、なつかしいだのかわいいだのと聞こえてきた。
(旅の恥はかきすてだい!!)
由衣は開き直って、真っ裸のまま湯上がり室で涼んでいた。
鏡に映る自分の全身。
(やっぱりちっこいなあ・・・)
(おっぱい、もう少しほしいなあ・・・)
(あーちゃん、ほんとにこんなでいいのかなあ・・・?)
ぼんやりと鏡を見つめていると、自分の後ろに典子の姿が見えた。
驚いて振り返る由衣。
とっさのことで隠すことが出来ず、典子に全身を見られてしまった。
「あらあ由衣ちゃん、きれいな肌!!」
タオルで前を隠した典子が、ニコニコしながら由衣に言った。
「あ・・あの・・」
しどろもどろでうろたえる由衣に、
「スベスベなのね、うらやましい!」
典子は由衣の腕をとった。
今更隠すことも出来ず、由衣は突っ立ったままでいる。
「さっきはごめんね、あいつしつこかったでしょ。」
「あ・・いえ・・そんな・・」
「間に合った?」
「は?」
「おしっこ!!」
「あ・・はい・・」
いきなり「おしっこ」という言葉に、由衣は驚いた。
「そ、よかった。私もギリギリセーフだったわ。」
「典子さんも?」
「そうなのよ。」
「はあ・・」
「部屋に戻ってもね、なんだかんだとさわいでね・・・」
「・・・」
「なかなかトイレ行かせないのよ、あいつ!」
「はあ・・」
「おまけにトイレ覗こうとするし・・・」
「・・!!」
「そのうち寝ちゃったから放っておいてお風呂!」
「あは・・」
「だけど由衣ちゃんもけっこうおしがまするのね!」
「えっ、おし・・がまぁ!?」
「そ、おしっこがまんの略。わかる?」
「あ・・はい・・」
由衣はドキドキして話を聞いていた。
「あいつね、私のおしがま見て喜ぶ、ちょっと変わり者!」
「え!!」
「私もちょっとそれにしびれてるんだけどね。」
「・・・!!」
「ふふ・・変態カップルだと思った?」
「あ、いえそんな!!」
「いいのよべつに・・」
「はあ・・あの・・・」
「由衣ちゃんもおしがま好きなの?」
「あ・・あの・・私は・・その・・」
「はは〜ん、恥ずかしがり屋さんなんだ!」
「あ・・はぃ・・」
「彼氏の前だとおしっこ行きにくいのね。」
「あ・・は・・ぃ」
「ふふ、かわいい!」
典子はそう言って裸の由衣を抱き寄せた。
その弾みで典子の前を覆っていたタオルが落ち、肌と肌が触れあう。
敦史に抱き寄せられる時とは違った柔らかな不思議な感触に、由衣はとまどってしまい、恥ずかしさの上に奇妙な感覚が加わって、どうしていいかわからず、そのまま典子に身を任せていた。
典子の手が由衣の小さな乳房に触れた。
「!!」
驚いて体を硬くする由衣。
「あ、ごめんねえ、私レズじゃないからねえ!」
典子は笑いながらそういうと由衣を離し、落ちたタオルを拾った。
「さて、由衣ちゃんのきれいな体を見せてもらったから・・・」
由衣の手を取った典子が、
「これはお返し!」
といいながら、その手を自分の乳房にあてがった。
母と姉以外の乳房に触れたことがない由衣。
目をパチクリとして驚いていると、
「じゃあまたね!」
と言って手を離し、さっそうと浴室に向かっていった。
(はあ・・・)
後ろ姿を見送りながら、ため息が出る由衣。
たった今起こった出来事がなんだったのか、由衣にはすぐに理解することが出来ず、しばらくボーゼンと立ちつくしていた。
(典子さんが・・おしがま!?)
(典子さんのおっぱい・・柔らかかった・・!)

 すっかり冷えた体に浴衣をまとい表に出ると、いつまでも出てこない由衣にしびれを切らせた敦史が、怒った顔で立っていた。
「ごめんなさ〜い!」
由衣は典子と一緒になって話し込んだとだけ言って、敦史に謝りながら部屋に戻った。
髪が乾くまで、ウーロン茶を飲みながら話をしていたが、やはり典子との出来事は口にしない由衣であった。
 その後、軽いおしがま状態で敦史に抱かれた由衣は、浴衣の下にパンツを履いていないことを発見され、先ほどトイレで電気を消されたときに驚いて、実は少し漏らしてしまったことを告白するハメになってしまった。
(わ〜い、典子さんとのことでパンツ履いてないこと忘れていたよ〜!)


つづく

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