由衣の独り言 21(医療現場で)




 新型のインフルエンザが蔓延してきてさ、みんな体調は大丈夫かなぁ?
うがいと手洗いをしっかりして予防してね〜。
っていう私はね、実は今そのインフルエンザの最前線にいるんだわさ。
あ、私が感染したんじゃないよ〜。
実は系列医療機関の発熱外来を手伝いに行っているんだよ。
 先週末にね、2週間の予定でそっちを手伝えって辞令が出たのよさ。
通常の診療業務とは別に発熱外来を設けたもんだから、人手が足りなくなって私たちがかり出されたんだけど、事務職の私が何をするのかなって、はじめはすっごく不安だったのよね。
系列医療機関の駐車場に仮設のテントが用意されてさ、そこが発熱外来の待合室兼診察場になってね、私たち事務職は来た患者さんへの説明とか問診とか案内とかすることになったのね。
 問題は私たちの服装‥‥。
まず下着だけになって、手術用のディスポっていう使い捨てのズボンとシャツを着るのね。これねぇ、紙で出来ているんだよ。ビックリ!!
けど風を通さない繊維だからけっこう暑いのよさ。
んでその上から同じくディスポのガウンを羽織ってさ、マスクも手術用のを着けて手袋して‥‥。あ、ソックスも履き替えるんだよ。
成田の検疫みたいな宇宙服のような恰好ではないけど、やっぱりかなり違和感と威圧感があるよ〜。
それでねぇ、トイレとか食事の時は着替えなけりゃダメなのよさ。
そりゃそうだよね。そのまま病院内を歩いたら院内感染させるおそれがあるもんね。
けどこの着替えがねぇ、とにかく面倒で大変なの!!
 手術用のディスポのズボンはね、ウエストをヒモで結ぶのね。
んで、一番小さいサイズでもMしかないもんだから、私にはブカブカじゃん。
ギュッってヒモをしっかり結んでおかないとズル‥‥なんてなりかねない。(笑)
ガウンも大きくてくるぶしまであるもんだから、まさにブラックジャックのピノコ状態になっちゃったい。

 5月18日の月曜日、朝からその恰好させられて看護師さん(女性)と一緒に待機してたのね。
保健所とか京都市から連絡が入ってから患者さんがやってくる訳だけど、私は正直言って怖くてドキドキしてたよ。
自分に感染したらどうしよう‥‥って。
 午前中は全然患者さんが来なくてね、マスクは外して看護師さんとずっとおしゃべりしてて、まだ患者さんと接触してないからって、その日はそのままガウンだけ脱いで食事したのね。
トイレも済ませて午後になったら患者さんが来た〜。
私ったら一気に緊張してさ、問診とってる手が震えて止まらなかったなぁ‥‥。
 鼻粘膜で簡易検査をするのね。
幸いその人は陰性でA型インフルエンザにもかかっていなかったので、そのまま通常の診察室の方へ案内したのね。
それから数人の外来があったけど、みんな陰性!!
その日は無事に終わったのよ。
 けど、隣の大津市で発症した人が出て、次の日は京都でも近所に住む児童が発症して、にわかに患者さんが増えだしたんだわさ。
困ったことにさ、保健所とか京都市の相談窓口を経由せずに、そのまま直接やってくる人が増え出して、もう大変!!
んで、ちょっと不謹慎だと思う人がいるかも知れないけどぉ、20日の私はおしがまだったのだぁ!!

 その日は京都でも患者さんが出た影響か、朝からけっこう来院があって、検体を検査室の窓口に運んだり、その結果を受け取りに行ったりって動き回っていたのね。
前にも書いたようにさ、着ている服が風を通さなくて暑いからって、それなりに水分補給をしていたんだけど、それが利いてきたのか10時過ぎからおしっこしたくなっていたのよさ。
けどバタバタしてる最中は行けないし、行くためには着替える必要があるし‥で、お昼まで我慢しようって思ったんだよね。
 やっと交代の人が来てくれて休憩に‥‥。
院内へ通じる通用口でガウンを脱いで、マスクと手袋を捨てて、次の間で清潔なガウンを羽織って手洗いしてから食事に行くのね。
食事も職員食堂じゃなくて別室に用意されてるの。
すごくおしっこしたかったんだけど、先に食事を済ませないと片付けの問題があるので、我慢したままパクパク‥‥。
おしっこしたいから落ちつかないし、ウエストをきつく結わえているからお腹が締め付けられてさ、せっかくのカレーライスをおいしく食べられなかったよ。
で、早々に食事を終わらせて、看護師さんにトイレに行く事を告げてその部屋を飛び出した私。
 トイレはすぐそばにあって、まず羽織っている大きなガウンを脱ぐんだけど、それを掛けるフックが中にないから、いったん個室を出て洗面台にそれを丸めて置いて、さあって思ったらさ、大変な事が起こったのよさ!!
「やっば〜いっ!!」
 なんてことでしょう、ウエストを結んでいるヒモがほどけな〜〜〜〜いっ!!
きつく縛っていた上に、汗で湿ってしまってさ、元々紙で出来ているそれだから、湿ると結び目も何もグチャグチャになってしまうのね。
蝶々結びしてるのに、ヒモが引けないんだよ〜。
和式便器をまたいだ状態で、足をクネクネさせながら結び目と戦う由衣ちゃん。
けど神は(紙は)私を見放した〜〜〜っ!!
(たすけて〜っ、ほどけないよ〜っ!!)
 爪を立ててクイクイしても、完全に固まって丸まってしまって‥‥。
おしっこがしたくて焦っているから、指先に神経が集中できなくてよけいに焦ってしまって‥‥。
(もうこうなったらヒモを引きちぎってやるっ!)
 後のことなんて考えられなくて、とにかく早くおしっこしたいからってさ、力任せにそのヒモを引っ張ってみたんだけど、そんなことでちぎれるほどやわな物じゃないじゃん!!
(どうしよう‥‥おしっこしたいよぉっ!!)
 半泣きになっている私。
トイレの中にいて、便器をまたいでいるのにおしっこ出来ないなんて、こんな辛いことってないよ〜。
もうパニックになってしまって、何度も何度もその固まってしまっているヒモを引っ張っていた。
 ちょうどそこに誰かが入ってきたのね。
私はとっさに個室を飛び出したのよ。助けを求めようと‥‥。
「わっビックリしたぁ。どうしたの?」
 それは一緒に発熱外来にいる看護師さんだった。
「○●さ〜ん、ヒモがほどけな〜いっ!」
 私はそう言いながら、シャツをめくり上げて看護師さんにすがったのよさ。
「あらあ、きつく締めたのねえ。」
 看護師さんはかがみながら私のヒモに指をかけてくれたのね。
「はやくぅ‥おしっこした〜い!!」
 恥ずかしいけどそんなこと言ってられなくて、私ったら甘えるようにそう言ってたよぉ。
「ちょっと由衣ちゃん‥動かないでっ!」
 看護師さんはそう言うんだけど、おしっこがもう漏れそうな私はじっとなんかしてられなくてクネクネって‥‥。
「こりゃダメだわ‥、完全につぶれちゃってる‥‥。」
「え〜、おしっこしたいよ〜。」
「そうねぇ、切っちゃわないと無理みたい。」
「切るって‥‥どうやってぇっ!?」
「検査室でハサミを借りてらっしゃい。」
 そう言われた私は、最後の言葉を聞く前にトイレを飛び出していたのね。
廊下に出た瞬間、事務の女の人が通りかかって
「あら、発熱(外来)の人ね。ガウンを着てないわよ。」
 あわてて飛び出した私はガウンを着る余裕をなくしていた‥っていうか、そんなことはすっかり忘れていたんだよね。
もう返事も出来なくなっていて、すぐにまたトイレに駆け戻ったら、ちょうど看護師さんがおしっこを始めた瞬間だった。
(あ〜っ、○●さん、先におしっこしてる〜っ!!)
 看護師さんもそのためにトイレに来た訳だから当たり前なんだけど、私がこんな必死になっているときに、先にするなんて〜って、その時は思っちゃった。
私は洗面台に丸めていたガウンをわしづかみにして、それに腕を通しながらまたトイレを飛び出したのね。
人のおしっこの音ってさ、我慢している者にしてみたら地獄の誘いだよね。
思わずちびりそうになっちゃう‥‥。
とにかくもう一刻の余裕もない私は、ガウンのヒモを締める余裕もないまま検査室の検体窓口に顔を突っ込んで、
「すみませ〜ん!!」
 って大声で叫んでた。
「はーい。」
 帰ってきた返事は男の人‥‥。
(げっ、なんでよりによって男が出てくるんだよぉっ!!)
 なんか訳もなく腹が立ってくる私。
けどそんなこと言ってられない。
「あ、あの‥発熱の者ですけど‥あの‥ハサミ貸してもらえませんか?」
「はぁハサミ?、なんに使うの?」
 なんに使おうといいじゃないかって叫びたい私。
まさかおしっこしたいからズボンのひもを切りますなんて言えるわけないじゃん。
カウンター越しに足をクネクネさせながら、精一杯平静を装って、
「あの‥、ちょっと書類‥切る‥ので‥‥」
 なんて訳のわからない事言って、必死でおしっこをこらえてたよぉ。
「ほーい、ちょっと待ってね。」
 男の人はじゃまくさそうに言いながら奥に戻っていった。
その待っている時間の長いこと長いこと‥‥、もうね、そのままその人が戻ってこないんじゃないかって思うぐらい待ったよぉ。
それこそ屈伸運動したり腰振りダンスしたりしながら‥‥。
「んー、書類を切るのならカッターの方がいいかな?」
 やっと現れた男の人は、小さなハサミとカッターナイフの両方を窓口に差し出してくれた。
私は迷うことなく
「ハサミでいいです。」
 と言ってサッとそれを手に取ると、すぐにお返ししますなんて言いながら、それを握りしめてトイレに走ったよぉ。
勢いよくドアを開けたら、先におしっこを済ませた看護師さんがペーパータオルで手を拭いていた。
「○●さ〜んハサミィ!!」
 私はハサミをその看護師さんに手渡そうとしたのね。
きっと看護師さんは私が自分でそうするものと思っていたんだろうね、ちょっと驚いた様な顔していたけど、すぐに私の前にかがみ込んでハサミを受け取ると、
「さ、ガウンめくり上げて!」
 って優しく言ってくれたよ。
言われるままに私はガウンとシャツをおへその上辺りまでガバッってめくり上げたのね。
(ひゃ〜、やっとおしっこできるぅっ!!)
 そんな風に思ったもんだから、もうオチビリしそう‥‥。
「由衣ちゃん、じっとしてっ!」
 今度はちょっときつめにそう言う看護師さん。
ハサミが小さくて切りにくくて手間取っているみたい‥。
(もう出ちゃうよぉ、はやくぅぅぅ!!)
 じっとしろって言われているのに、私はそれができないんだもんね。
それからまた地獄の時間が‥数十秒間あって、何度かゴリゴリしてやっとヒモが切れたのね。
締め付けられていたおなかが急にフワッと楽になって、同時におしっこの発射準備が完全に整っちゃって、私はお礼も言わずに個室めがけて‥‥走るつもりがさ、緩んだズボンがずってきて足に絡まって走れない‥‥。
右手でめくり上げたガウンとシャツをかかえて、左手でずり落ちてくるズボンを引き上げながら、よく我慢してるなと自分でも思うほど必死で個室に入り込んだのね。
とにかくドアを閉めるのが精一杯で、とてもロックなんかしてられない。
 便器をまたいで左手を離したらズボンがスルッてずり落ちて‥‥、そしたらもうおしっこがあふれ出してきたもんだから、私はそのまましゃがみ込みながらズラしょんだ〜いっ!!
右手でめくり上げたガウンとシャツを持って、左手でパンツを大きくズラして、とにかくなんとか間に合っておしっこジャ〜〜〜!!!
もうね、1分間ぐらいず〜っとず〜っと出続けたんだもんね。
いろんなシチュエーションのおしがましてきたけど、今回のはほんと焦ったよぉ。

 これを教訓にそれからは少し余裕を持たせてヒモを結ぶことにしたのね。
けどそれだとやっぱりウエストが頼りなかったなぁ‥‥。
 ま、そんなことはホントはどうでもいいことで、はやくこのインフルエンザ騒動が収まってくれたらって願うよね。
マスコミの影響もあると思うんだけど、なんか過剰反応しすぎみたいなところもあるもんね。
とにかく、うがいとしっかりした手洗いして、湿度を保つようにしてさ、みんな自己防衛しようよね。

 私はあと1週間お手伝いするんだよ。
はじめはちょっと怖かったけど、きちんと対策していればそんなにおそれることはないって判ったからさ、今は自信を持ってお手伝いしてるよ。
じゃぁね〜!!



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