当時の由衣は、身長が142センチであった。
クラス、いや学年で一番小さかった。
磯部祐子もまた147センチと小柄で、白いカッターシャツに紺のベスト、短いスカートに白いルーズソックス、白いシューズ姿で歩く二人は、繁華街に迷い込んだ小学生にも見てとれた。
人混みにもまれるように歩く二人の姿は、逆に目を引くものがあった。
交差点での信号待ち。
わずか1分たらずのこの時間がたまらない。
由衣も祐子も、じっと立っていられなくて足をすりあわせていた。
「ちょっとあなた達!」
うしろから中年の女性に声を掛けられた。
こわごわ振り向くと、婦人警官が立っていた。
「どうしたのふたりで?」
「・・・?」
なにも答えられないでいる二人。
「道に迷ったの?他の生徒は?先生は?」
ややかがむようにして優しそうに聞き出す婦人警官。
「あ・・あの・・・」
祐子がなにか言おうとしたが言葉が出ない。
「迷ったのね!?」
決めつけるように言う婦人警官。
カッターシャツの腕のところに校章の入ったリボンを付けているので、修学旅行であることはすぐにわかったようだ。
信号が青に変わっても二人は動けない。
破裂しそうな膀胱を抱えた二人に、緊張が襲いかかる。
由衣はたまらずスカートの上から押さえてしまった。
祐子もしきりに足をすりあわせるようにしている。
「どこの小学校?」
婦人警官の言葉に、祐子が怒ったように、
「ちゅ、中学ですっ!」
と答えた。
「あら・・あら、ごめんねえ・・・」
婦人警官は、明らかに笑いをこらえている。
「あっこのホテルに泊まっています!柏市立○★中学です!」
「あら・・そうなの。ん・・なんで二人だけなの?」
「あ・・それは・・」
「ほかのみんなは?」
「あ・・ん・・」
答えにとまどっている二人。
婦人警官は2人の名札をのぞき込んで、確認しているようであった。
「あの・・トイレ・・」
祐子が言った。
「え?」
「あの・・トイレ行きたくて・・先に・・・」
「あ、そうなの。」
「みんなは・・は・橋の下にいます。」
祐子の声は震えていた。
由衣もまた、体に震えを感じていた。
「わかったわ。じゃあ一緒にホテルまで行きましょう。」
婦人警官はそう言って体を起こすと、
「あら、あの人たちも同じ学校かしら?」
と、向かいの歩道を指さした。
見ると同級生たちがホテルに向かって歩いている。
由衣たちに気づいたみんなが、
「小原さ〜ん、どうしたの〜?」
「磯部さ〜ん、なんで捕まってるの〜?」
「補導されたのかーっ!!?」
と、大声で冷やかしだした。
「悪かったわね。さ、気をつけてね。」
婦人警官はそう言うと、二人に手を振った。
一瞬にして緊張がゆるんだ由衣に、これまでにない尿意の波が押し寄せてきた。
(イヤッ!!)
思わず股間の手に力が入ってしまう由衣。
その脳裏に「おもらし」の四文字が浮かび、恐怖が走った。
(だめだめだめ〜〜!!!)
おみやげの袋でその手をかくし、由衣は全神経を集中して耐えていた。
「大丈夫、行くよ!」
祐子は信号が変わったのを確認すると、由衣に手を差し出した。
婦人警官に呼び止められたことで貴重な時間を使い、結局ホテルに向かう集団の最後尾につくことになった二人。
「なんでふたりだけなの?」
「ほかの人たちは?」
最後尾を歩く同級生たちが、婦人警官と同じような質問をしていた。
由衣は何も答えられない。
一歩一歩が辛く、目の前に見えるホテルが、途方もなく遠いところに感じていた。
(ああ・・もう出ちゃうよ・・・)
一方、元気そうに見える祐子も、その手は汗ばんでいて、かなり呼吸が荒くなっており、額にも汗を浮かべていた。
ホテルの玄関先に来ると、向かい側から担任たちの集団が現れた。
「え・・!?」
どうやら、三条大橋の反対側の石段をあがれば、交差点を渡らずにホテルに着けたようだ。
(そんなあっ!!)
今更ながら、自分たちの運のなさを悔やむ由衣と祐子。
「なんだお前たち、もうトイレには行ったのか?」
担任が大きな声で言った。
注目される由衣と祐子。
二人は真っ赤になりながらホテルに駆け込んだ。
「もらすなよー!」
男子たちが冷やかしていた。
部屋にもトイレはあるが、もう間に合わない。
「すみません、トイレどこですかー!?」
祐子はフロントのおじさんに大きな声で聞いた。
その男性は無言で一方を指さした。
エレベーターホールの脇にあるようだ。
「由衣がんばれっ!」
祐子は自分にも言い聞かせるように声を出していたが、その左手はすでにスカートの裾にかかっており、後ろを追う由衣にも白い下着が見え隠れするのが見えた。
「もれちゃうもれちゃう!」
祐子が口走っていた。
ホテルを出るときから尿意を感じていた祐子である。
由衣とは比べものにならないほど我慢していたのであろう。
トイレのドアを開けると同時に左手でスカートをめくり上げ、身体全体で個室のドアを押し込むように開けると、その手はすでに下着にかかっており、ドアを閉めると同時に激しい放尿音を響かせた。
水を流す余裕すらなかったのであろう。
由衣は奥の個室に飛び込み、おみやげの袋を脇に抱えると、下着をおろしながらにしゃがみ込んだ。
祐子に負けないほどの勢いで、由衣も緊張を解いていった。
(ああ、あぶなかったあ・・・)
体が軽くなっていく開放感に包まれ、由衣はため息をついた。
由衣が終わっても、祐子の音はまだ聞こえている。
(祐子ちゃんすごい・・・あんなに我慢してたんだぁ!)
自分よりも我慢強い祐子に、由衣は感心していた。
部屋は和室の四人部屋で、すでに布団が敷かれていた。
その布団を隅の方に押しやってくつろいでいると、入浴の知らせが来た。
20分で済ませろと言う。
由衣たちは替えの下着をバスタオルにくるみ、寝間着代わりのジャージを持って浴室に向かった。
あまり広くないそこは、別の班の子たちが2組入っていて、10分ずつずれたシフトで使うようになっていた。
由衣は一番端で、隠れるようにして下着を脱いだ。
実のところ、トイレに飛び込んだ時に気がゆるんでしまって、わずかではあるが下着にこぼしてしまっていた。
見ると、祐子もまた隅の方で小さくなって脱いでいる。
(祐子ちゃんも漏らしたのかな?)
由衣は、祐子がそうであることを願っていた。
掛かり湯をし、小さなタオルを胸から下げて、広くない湯船に入ろうと片足を入れたとき、
「あれ、小原さんまだなの?」
湯船に浸かっていた別の班の子が由衣を見上げて言った。
「え、なに?」
由衣は何のことかわからずにキョトンとしていた。
「あ、ほんとだ!」
「わ、かわいいっ!」
「赤ちゃんみたい!」
その言葉と皆の視線で、由衣は初めて自分の股間の事を言われていることに気がついた。
胸の方に気を取られていた由衣は、タオルを上の方に持ちすぎていた。
あわててタオルで股間を隠し、そのままザブンと潜り込むようにして、顔まで湯に浸かった。
言われてみて初めて気がついた。
確かにどの子の股間も黒くなっている。
仲のいい祐子も、その面積は小さいが黒い。
(え、え・・・わたしだけなの!!?)
由衣は初めて自分の体が幼いことに気づかされた。
母にしても姉にしても確かに黒い。
しかし由衣はこれまで、そのことを気にしたことがなかった。
自分はまだ子供だから・・・と。
むしろ胸の大きさ、由衣はこちらの方が気になっていたのだ。
が、同級生たちまでがみな黒くなっていることを知った由衣は、少なからずショックを受けた。
「かわいいからいいじゃない。」
「小学生でも通るよね。」
「ない方がいいよぉ。私なんてさ、濃いからさあ・・・」
「キャッ、ほんとだ、真っ黒ぉ!」
「見ないでよエッチ!」
「自分から言ったくせにぃ!」
みなのはしゃぐ声が浴室に響き渡っていた。
(私ってひょっとしたら・・・)
由衣はいささかの不安に似た感覚にとらわれていた。
しかし、次のシフトの組が入ってきたとき、その中の一人に自分と同じような子がいることを確認し、
「よかった。ほかにもいるんだ!!」
なぜか安心してしまう由衣であった。
(そのうち黒くなるよ、きっと!)
ジャージに着替え、部屋に戻って荷物の整理をしているところへ、男子が数人やって来た。
一緒にトランプしようと言う。
遅い思春期の由衣にとって、男子が部屋に来ることに抵抗があった。
しかし他の3人がやろうと言うので、仕方なくつきあうことにした。
由衣にも少なからず男性に興味が出てきた頃であったが、布団が敷かれた部屋に一緒にいる事がイヤでたまらなかった。
それなりにあこがれの人はいたが、それはクラブの先輩で、この3月に卒業していた。
やって来た男子に、由衣が意識する人物はいなかった。
どこかで買い込んできていたのか、缶ジュースやポテトチップスを山ほど抱えていた。
二組に分かれてトランプが始まった。
負けた者は缶ジュースの一気飲みというルールまで出来ていた。
由衣は男子がやって来た頃、すでに軽い尿意を覚えており、負けたために飲まされたポカリスエット2本がその効力を発揮しだして、困っていた。
(トイレ行きたくなってきた・・・。)
(男の子たち、早く帰ってくれないかなあ・・・)
(今行ったらカッコわるいもんなあ・・)
(さっきのこともあるし・・・)
あれこれ考えている由衣は、頭が回らずにいたのでまた負けて、3本目を飲まされるハメになった。
「もう飲めないよぉ!」
「ダメッ、ルールだもん!」
祐子がきつく言ったので、由衣は仕方なく口を付けたが、飲み込むことが出来ずにせき込んだ。
「もう由衣!」
祐子が怒る。
「ごめ〜ん。」
「もう許してやれよ。」
由衣の横にいる健太という男子が言った。
「そうだね、おねしょされたら困るもんね!」
「祐子ちゃんっ!!!」
「小原ってさ、まだおねしょしてるのか!?」
健太が由衣をのぞき込むように言った。
「バカにしないでよ!」
由衣はふくれっ面をしながら、ポカリに口を付けていた。
「わっ、健太ってさ、由衣のことが気になるの?」
祐子がはやし立てる。
「バ、バカおいっ!」
健太は赤くなっていた。
そんなやりとりを由衣は知らない。
頭の中はトイレに行きたいことばかりであった。
消灯時間の11時まであと15分。
(もう少し我慢しよう・・・)
そこへ担任が入ってきた。
「おい、夜景を見たい者はいるか?」
ホテルの屋上から、京都の夜景を見るというものであった。
トイレに行きたい由衣は意思表示しなかったが、
「行こうぜ!」
健太に強引に手を取られ、仕方なく立ち上がった。
横座りの体制から立ち上がると、膀胱の存在感が一気に増す。
(うわっ、おなかパンパンになってるぅ!)
同室の女の子3人は部屋に残っていた。
由衣は行きたくないものの、初めて男の子から手を引かれたことに、少なからずときめきのような感覚を持ち、頭の中で考えていたほどイヤな気持ちでないことに驚いていた。
(祐子ちゃんたち、なぜ来ないんだろう?)
屋上で夜景を見せる。
これは学校側の配慮とも言えるが、たむろしている男女を引き離して、夜景を見終わると同時に各部屋に帰らせるという策略でもあったようで、毎年行われているようであった。
屋上はすでにたくさんの生徒であふれており、入れ替わりで夜景を見る事になっていた。
「京都ってさ、思っていたより都会だよな。」
健太が由衣の横でつぶやいた。
「うん、そうだね。」
「お寺とかばっかだと思っていたよ。」
「あは、私もぉ!」
2人は夜景を見ながら笑っていた。
さすがに夜の屋上は寒い。
まして下着の上にジャージだけの由衣にとっては堪える寒さになっていた。
(もう降りようよぉ・・・)
ジャージ越しに、プックリと膨らんだおなかをさする由衣。
(早くおしっこしたい!)
そのとき健太が、
「小原ってさ・・・」
「え?」
「かわいいよなっ!」
「・・・?」
「・・・」
「そ・・それって・・幼いってこと?」
由衣は言われた意味が理解できず、健太に突っかかるように聞き返した。
「ち・・ちがうよ!」
「じゃあどういう意味よぉ!?」
「いや・・だからさ・・・」
「なによぉ!」
「怒るなよ・・・」
「怒ってないもん!」
「お前さあ・・・」
「?」
「好きな人とか・・いるわけ?」
「はぁ・・??」
「だれかいるわけ?」
「・・うん。」
このころの由衣は、これがコクリだとは理解していなかった。
寒さと、おしっこの感覚と、煮え切らない物言いの健太の会話がうっとおしく、早く部屋に帰りたいという気持ちだけでいっぱいであった。
好きな人はいるかと聞かれ、卒業した先輩のことを思い浮かべた由衣は、つきあったこともないのに「うん」と答えていた。
やや間があって、
「そっか、好きなやついたのかよ・・。」
健太が吐き捨てるように言った。
「うん。」
だめ押しするかのように言う由衣。
「そっか、残念だな、つきあってるのかよ・・・」
「ううん、つきあってないよ。」
「はぁ!?」
健太は驚いて由衣を見下ろした。
「好きな人いるって・・いま・・・」
「うん、いるよ。」
「つきあってるんだろ?」
「ううん。」
「片思いかよ?」
「・・・うん・・」
「あのなあ小原、俺・・・」
「ねえ、もう戻ろうよ、寒いよぉ!」
由衣はこれ以上我慢できない。
健太を置いて階段の方に向かった。
「お、おい小原ぁ!」
周りに大勢いるために、健太は大きな声を出せない。
先を行く由衣を追いかけるようにして、
「なあ小原!」
健太は必死で何かを言おうとした。
「ごめ〜ん、私いまそれどころじゃないよ!」
由衣はおしっこがしたくてたまらない。
オクテがゆえコクリとも気づかずに、由衣は階段を下りていった。
残された健太を冷やかす空気が流れていた。
(おしっこおしっこおしっこぉ!!!)
由衣が部屋に戻ると、すっかり片づけられていて、布団も元の位置に戻されていた。
部屋に残っていた3人が一斉に
「おかえり、どうだった?」
と聞いた。
「うん、きれいだったけど・・寒かったあ!」
由衣はそれだけ言うと、トイレのドアを開けようとした。
「いや、そうじゃなくってさあ!」
祐子が由衣の腕をつかんで部屋に引きずり込み、布団の上に座らせた。
「ちょっとぉ!」
由衣は何事か理解出来ない。
「夜景じゃなくってさあ・・」
「え??」
「どうだったのよ?」
「な・・にが?」
「もう、ニブイよ由衣!」
「え・・?」
女の子3人はあきれたように顔を見合わせた。
「健太のことよ!」
祐子が怒ったような口調で言った。
「健太くん・・?」
「あいつにコクられたでしょ!」
「え・・?」
「なんて答えたのよっ!?」
「え・・え・・!??」
「もうお、答えてないのっ!?」
「・・トイレ行きたいの・・」
「そうじゃなくってぇ!」
「ちょっと、トイレ行く・・」
立ち上がりかけた由衣の両肩を押さえ込むようにして、
「由衣、あんたさあ、健太のことキライなの?」
「ううん・・別に・・・」
「つきあってくれって言われたでしょ!?」
「・・ううん、」
「は?、言われてないの?」
「・・トイレ行きたいから降りてきた・・・」
「はあっ、話の途中でぇ!?」
「途中・・だったのかなぁ?」
「あ〜あ、だめだこりゃっ!」
女の子三人は笑い出した。
「由衣、言っとくけどね、健太はあんたのこと好きだって・・」
「え・・なんで?」
「なんでって・・好きになるのに理由なんていらないじゃない!」
「ちがうよ。なんで祐子ちゃんがそのことを・・・?」
「もうっ、ほんとに由衣はニブいねぇ。」
「・・・」
「相談されてたのっ、修学旅行でコクリたいって。」
「はあ・・・?」
「せっかく私たちが設定してやったのにねえ!」
他の女の子たちも、そうだそうだと由衣に迫った。
ふたりで屋上に行けるように、後の3人は遠慮したという。
「だって・・なにも・・・」
まだ充分に理解できていない由衣は言葉に困っていた。
というよりも、パンパンに張った膀胱が痛みを伴いだし、思考回路が働かないという状態になっていた。
「かわいそうに、あいつフラれたと思ってるよ。」
「・・トイレ行きたいよ・・・」
由衣はモジモジと布団の上で体を揺らせていた。
同性の前でもトイレに行くことが恥ずかしかっった由衣であったが、この部屋の3人は気心が知れている。
かかとで大事なところを押さえながらの由衣。
「あんたさあ、男の子に興味ってないわけ?」
「そ・・んなことないけど・・トイレ行かせて!」
「もうっ、トイレとこの話とくっつけないでよ!!」
「だって・・もうダメだよっ!」
由衣は四つんばいのような格好でトイレの方に向きを変えた。
そのとき、ドアがノックもなしに開けられた。
担任である。
「おい、まだ起きているのか。早く寝ろ!」
は〜いと、由衣以外の子たちは布団に潜り込んだ。
四つんばいで残された由衣。
「小原、なにやってるんだ?」
「あ・・あの・・」
「さ、電気を消すぞ。寝ろ!」
担任はそう言うと、ドアのそばのスイッチを切っって出て行った。
一瞬にして真っ暗になった部屋。
由衣は暗いところが苦手である。
恐怖と尿意が重なって、その場にへたり込んでしまった。
鼻をすする由衣に気づいた祐子が起きてきた。
「なにやってんのよ?」
「・・おしっこしたいよ・・・」
「トイレ行きなよ。」
「電気つけて・・・」
「あ〜あ、世話のやける子!」
「ごめん・・」
「由衣ってさあ、私の妹みたい。」
「祐子ちゃん、ひとりっ子じゃなかった?」
「そう言う意味じゃなくてえっ!」
「あ〜ん、もう我慢できないよぉ!」
「だから早くしなってば!」
「た・・立たせてっ」
「あ〜もう!」
他の子たちも布団から顔を出し、由衣と祐子のやりとりを聞きながら笑い転げていた。
翌朝、食堂で由衣は健太と顔を合わせた。
「おはよう!」
さわやかな声を掛けたのは健太の方であった。
「おはよう・・昨日はごめんね・・・」
「いやあ、俺のほうこそ。」
「はなし・・途中だったんだよね・・?」
「あは・・もういいよ。無かったことにしようぜ!」
「うん・・」
そのやりとりを聞いていた祐子が、
「この子ねえ、あんたにコクられたこと気づいてなかったんだよ。」
と言った。
「え?」
健太は驚いた顔をしたが、
「まだネンネだからさ、許してやりなよ。」
祐子にそう言われ、背中を押された健太は、
「お・・おう!」
とだけ言い残すと席に着いた。
「ありがとう祐子ちゃん。」
由衣に突然お礼を言われた祐子は、
「なんでお礼言ってるのよ?」
「だって、トイレ行きたがってたこと黙っててくれて・・・」
「あ〜あ、由衣、あんたほんとに天然だねえ・・・」
「そう・・なの?」
「本人は気づいてないかぁ。ま、そこが好きなとこでもあるんだけどね!」
「ありがと。」
由衣は席に着くと、いきなりお茶を飲み出した。
「由衣、今日はバスで奈良に行くんだよ。」
「うん・・」
「あんまり飲むと、途中で知らないぞ〜!!」
「あ、そうか、やめておこうね。」
「私があんたに言ってるんだよっ!」
祐子と健太がつきあっているという噂が流れたのは、修学旅行が終わって3週間ほどしてからのことであった。
そのことを耳にした由衣は、
「祐子ちゃんよかったね!」
と、心から思い、祝福していた。
「あんたも彼氏見つけなよ!」
祐子に言われるまでもなく、由衣なりに遅い思春期を終え、それなりに異性に興味を持ち出すが、これ以後、コクられることもコクることもなく、あこがれていた先輩にのみ思いを寄せる中学時代を送っていった。
(先輩、また会いたいなあ!!!)
そんな由衣の願いが叶ったのか、中学を卒業した4月、由衣は偶然その先輩と出会い、初めてデートに誘われることになる。
(※秘密の告白室「初めてのおしがまデート」参照)
おしまい